一途
サトウ・レン
あなたを初めて見た時、胸が高鳴った。
ところでデスゲームを開こうと思うんだ。
僕がそう言った時、人生で八人目の恋人は、「何それ」と笑った。
「僕には恨んでいる奴らがいて、そいつらを殺してやりたいんだ。でもただ殺すだけじゃ物足りない。生きていたことを後悔するくらいの地獄を、あいつらに見せてやりたいんだ」
僕の言葉を聞きながら、彼女は笑っていた。僕が冗談を言っているとでも思ったのだろうか。
もちろん本気だ。
一年前、僕は一度も会ったことのなかった祖父から、莫大なお金を貰った。それまで知らなかったのだが、僕は駆け落ちした両親の間に生まれた子どもで、父は本来なら或る名家を継ぐ跡取り息子だったそうだ。両親がふたりとも死んでからは天涯孤独の身だった僕には、まさに寝耳に水だ。祖父いわく贖罪とのことで、いきなり家業を継げ、とかそういう話ではなかったので安心する。貰えるものなら、ということで、僕はひとつも悩むことなく頂いた。莫大なお金は普通のひとが想像する金額を大きく超えるものだ。ありすぎると何に使っていいのかも分からない。とりあえず趣味にお金を注ぎ込んでみたが、一向に減る様子はない。
僕の八人目の恋人は、僕が莫大なお金を手にしてから、最初にできた恋人で、お金目当て、という感情を隠す気もなく、僕の目の前に現れた。同い年の彼女は、打算のみで繋がる関係だ。そのほうが僕としても気楽だった。
僕はあまり他人を信用していない。
大金を得たからではなく、もっと過去の嫌な出来事が原因だ。僕の人生を狂わせた七人に怒りの鉄槌を下してやりたい。
だから僕は、デスゲームを作る。死の危険があるゲームに彼らを無理やり参加させて、彼らの死にゆく様子を見ながら、僕は悦に浸る。あぁなんて素敵な時間なんだろう。デスゲームの場を用意するお金ならば、いくらでもある。僕はこの時のために、何度も自殺を試みながらも二十五年も生きながらえてきたのかもしれない。サンキュー、じいちゃん。
信じてはくれなかったが、恋人に決意も表明して、僕のデスゲーム準備がはじまった。
最初にやることはターゲット探しだ。
僕は標的の顔を知らないからだ。恨んでいるのに、相手の顔を知らない。自分でもおかしな話だと思うが、そうなのだから仕方ない。
僕には過去、七人の恋人がいた。
初めての恋人は幼馴染だ。小学生の頃から仲が良く、「大きくなったら結婚しようね」なんて話をしたこともある。付き合ったのは中学生になってからだ。まだ元気だった頃の母からは、「本当にお似合いのふたりだね」と言われたこともある。中学生のガキのくせに、結婚する未来を疑いもしなかった。
「私、好きなひとができた。別れて。じゃあね」
別れの言葉はさらりとしていた。相手が誰か知りたかったが、妙なプライドが邪魔して、聞くことができなかった。
こんな感じで、僕は過去の七人の恋人全員、誰かに奪われる形で失恋している。彼女たちに恨みはないが、相手の男にはある。奪っていきやがって。恋人がいる、ということを知らずにそういう関係になったのだとしたら情状酌量の余地もあるのかもしれないが、もし知っていたとしたら、絶対に許さない。その辺りも細かく調べないと。すでに探偵は百人以上雇っていて、探偵たちにはどんな手を使ってもいい、と伝えてある。様々な情報が僕の耳に入ってくる。
しかしなんで僕はこんなにも恋人を奪われるんだろう。
四人目の恋人のことを思い出す。彼女は高校三年生の時に付き合った相手で、高校の同級生だった。生物部の物静かな女の子で大量の物を運んでいるところを助けたのがきっかけだ。極度の人見知りで男性恐怖症の彼女には、最初すごく避けられていた。だけどすこしずつ愛を育んで、僕たちは恋人同士になった。
「男性に心を許したのは、あなたが初めてです。たぶんこれからもそれは変わらない気がします」
僕の胸に顔を埋めて、囁くように言ってくれた彼女も、付き合って一ヶ月後には、
「ごめんなさい。私は自分の心を誤魔化すことができません。私にはあのひとしかいないんです。もう、あのひとしか」
恍惚とした表情を浮かべながら言う彼女に、僕は何も言えなくなってしまった。
なんだ、あの急激な心変わりは。この時ばかりはさすがに、相手は誰だ、と問い質した。だけど彼女は答えてくれなかった。「あなたに言ったところで、どうせ分かってくれませんから」と言われて。なんだ、どいつもこいつも。
あるいは六人目の恋人のことを思い出す。これこそ、本当に不可解だ。六人目の彼女は、大学三回生の頃。初めて顔を合わせたのは、居酒屋だ。サークルのメンバーとの飲み会だったのだが、彼女は別にサークルのメンバーでもなんでもなかった。彼女は僕よりもすこし年上で、その居酒屋で働くバツイチの女性だった。「私、ひとを好きになると、気持ちを抑えきれなくなるんだ」と言っていた彼女は、僕のストーカーになった。僕に一目惚れしたらしい。勝手に部屋に入られたり、付き合う前から僕の恋人だ、と僕の周囲の人間に言い回ったり、と中々大変ではあったが、過去の奪われ体験で僕の心も疲弊しきっていたのかもしれない。ここまで一途に好きになってくれるのなら、もう逆に安心かもしれない、と思って、彼女と付き合ったのだ。
それなのに、たった三日で彼女は、
「私は愛を軽く考えていたみたい。あんなに愛されたら……。本当の愛を知ってしまったら、私には抗えない」
とかなんとか言い出して、僕は振られてしまった。意味が分からん。一途な女なんて、結局、物語の中だけなんだよ、くそが。
そんなことが七人続いて、本気の恋なんて信じられるわけがない。だから僕は今の恋人との冷めた関係それ自体を愛している。こういう温度感が一番いいんだよ、結局。
やっぱりやってやる。俺から恋人を奪った奴、全員デスゲーム送りだ。
探偵たちが集めてくれた情報を精査した結果、僕はデスゲームの開催を断念した。
僕は八人目の恋人を呼び出した。
「この間の話だけど」
「この間?」
「うん、僕がデスゲームを開く、という話」
「あぁ、言ってたね」
「やめることにしたよ」
「その恨まれた人間は命拾いしたね」
彼女が笑う。その笑みが、今の僕にはとても怖かった。
僕が過去に付き合った七人の恋人。彼女たちを奪った人間は複数ではなかった。たったひとりの人間が、僕から恋人たちを奪っていったのだ。なんだよ、それ。ひとりに対してデスゲームを開くのも馬鹿馬鹿しい。しかも僕はずっと男性だと勘違いしていたのだが、男性ではなかった。女性だった。探偵たちから挙がってくる名前は毎回違うが、外見の特徴は一致する。そしてその女性を僕は知っている。
……っていうか、
お前かい!
「なんで、僕から恋人を奪っていったんだ」
すでに察していたのだろう。彼女に驚く様子はない。
「だって……私のほうが先に好きだったのに。私があなたを初めて見たのは、五歳の時。まだ赤ん坊だったあなたを見て、私の胸は高鳴ったの」
って、お前、同い年じゃなかったんかい。
「いや、見知らぬ赤ん坊に胸が高鳴るって」
「これこそ運命の恋よね。私はあなたをずっと陰から見守るだけで良かったんだけど、やっぱり、いざ恋人ができた、って知ったら悔しいじゃない。あなたと恋人の仲を裂く一番手っ取り早い方法は、私があなたの恋人を落とすことだった。みんな簡単に落ちた。私、女性にはとにかくモテたから。私はあなたさえいれば他はどうでもいいから、落としたら、すぐに捨てたけどね」
「なんて、ひどいことを……」
「私からすれば、私からあなたを奪おうとするほうがひどいことだよ。殺されたって仕方ない。あぁ、あのストーカー女は本当に一度、殺しかけたけど」
お前もストーカーだろうが、と思ったが、さすがに口には出せなかった。怖くて。
「……でもそんな昔から知ってて、なんで表に出てきたのが、今なんだよ」
「だってあなたがあんな大金を得ちゃったから。言い寄る女も増えてくるでしょ。さすがにそこまで大量の女性をまとめて相手することなんて、私にはできないから。表に出ることにしたの」
その結果、僕たち付き合うことになったわけか。彼女は僕の性格を熟知している。打算のみの関係を強調したほうが、うまくいく、と。
彼女が僕にほほ笑みかける。
「まさか別れるなんて言わないよね」
「えっ」
「安心して。私は誰よりもあなたを満足させる自信があるし、そして私は絶対に誰にも奪われないから。永遠に一途だから」
彼女が僕に抱きつく。
もうどうにでもなれ、と僕も彼女を抱きしめた。
一途 サトウ・レン @ryose
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