【閲覧注意】05 聖夜の奇跡(鈴木 縁視点)

 ※残酷な描写・死の描写があります。ご注意ください。






 公社こうしゃりつ白梅しらうめノ社かい学校がっこう

 社会学校のイメージは、ドラマとか映画えいがで、「わるはいるところ」のうちのひとつ。

 でも、なんだか……元気げんき活発かっぱつ生徒せいとがいない、学校みたい。

 廊下ろうかはしる子もいない。

 せん生をめてからかう子もいない。


 一階いっかい診療しんりょうしつからていた、女子じょし中学ちゅうがく生っぽい子。この子がわたしが遭遇そうぐうした、「一人ひとりの社会学校生」。

 表情ひょうじょうで、げん気がかんじ。

 しろいブラウスに、くろのジャンパースカート、くろタイツ姿すがたで。廊下にある椅子いすにしばらくこしかけていたけれど。

 わたしたちを案内あんないしていた教官きょうかん鹿やま先生につかってうながされて。その女子中学生は、すぐ灰色はいいろあつのカーディガンをこむ。

「廊下は来客らいきゃくゆう先です。

 こちらへどうぞ」

 椅子にすわってやすんでいたのに、わざわざ立して。かべをつけて、お辞儀じぎをする女子生徒は、独特どくとく挨拶あいさつをする。

貴方あなたさま日本にっぽん魔術まじゅつめぐみがありますように」

 なーんか、こわ施設しせつ……。

 絶対ぜったい、そんなことおもっていないのに、そんなかたちばかりの挨拶あいさつをされてもこまる。



 面会めんかい希望きぼうひかえ室のまえのホールにあった面会希望者受付うけつけ記入きにゅうだいが壁のほうへ移動いどうしてあって、ひろいスペースを作ってあって。今日きょうは「冬休ふゆやす帰宅きたく生保護者待機たいきスペース」が用意よういされ、大人おとなたちがパイプ椅子にこしかけていた。

 でも、わたしたちは、面会希望者控室へはいる。

 五分ごふんもしないで、<1イチばん2番のかたは、面会室『青空あおぞら』へお入りください>と丁寧ていねいにゆっくりと、はっきりとび出しアナウンスが入った。


 面会室「青空」に入ると。

 パイプ椅子がたて三列さんれつよこ三列のけい六脚ろっきゃくならんでいた。

 わたしたちは一番いちばん前の。松平まつだいら先生がひだり。作田君が中央ちゅうおう。わたしがみぎのパイプ椅子にすわった。

 の前には、透明とうめいな板。


 ここまでわたしたちにってくれた松平先生のちいさな「どうぞ」というびかけで。

 正門せいもんから案内あんないつづけてくれた鹿山先生やほかの教官が他のいているパイプ椅子に腰かける。


 シュンシュンシュン。

 シュシュンシュンシュンシュシュン。

 こちらがわと、あちら側の加湿かしつ機能きのう付き暖房器だんぼうき稼働かどうしている。

 さっきまで、そと冬風ふゆかぜよりもつめたかった廊下をあるいていたから、足元あしもとからジワジワあたたかいのはたすかる。


 あちら側には、パイプ椅子が三脚だけ透明ばんからすこはなれたところにある。


 あちら側ののドアがひらいた瞬間。

 作田君がいきおいよく、あがってしまって。松平先生に「座りなおそうか」とうながされていた。

 もう、会ってもいないだん階で、作田君は小船こふねさんの気配けはいかんじて、なみだながしている。

 わたしは、邪魔な存在そんざいなのに。

 何だか、ついてきちゃって悪かったな……。

 でも、小船さんが転校してから、どこにいるかわからなかったままだったから。

 まあ、これで、一件落着らくちゃく

 それをとどけることが出来たのはかった良かった。


「……あお?」


 しろなお人形にんぎょう病衣びょういせられて、真っ白いベッドのうえよこになっている。

 ベッドのまま、面会室へ連れて来られた。

 手足はもちろん。

 首から上も、目も口も動いていない。

 人形と同じツルツル、スベスベした存在そんざいなのは、さわらなくても、透明板しでも、見ればわかった。


「あっ、……ほっとくん?」


 どこからか、なつかしい、放課後学童で聞いた声が聞こえて来た。

「青良、人形いてる?

 くるしくない?」


「……ごめんなさい。

 わたしがいけないの。

 迷声めいせいなんてかよえなくても、ふてくされずに。

 ちゃんと、月影つきかげしょうに通えば良かったの。

 わたし、子どもだった。

 小学校こう学年になったのに、幼稚園ようちえん児みたいな我儘わがままを言ってた。

 温君、こんなところまで会いに来てくれてたのに。

 ごめんなさい」


 やっぱり、くちびるうごいていない。

 呼吸こきゅうをしているようにも見えない。

 これは本物ほんものの人形だ。


「青良はわるくない!」


「「「「「……」」」」」


 誰も、なにもしゃべらない。

「青良。

 迷声がきだったんならさ、それで良いじゃん!」

「……でも、わたしの魔術のいしずえ喪失そうしつで、おとうさんもへんになっちゃって。

 お父さんのせいで……近所きんじょの人は家がこわれたし、家の中にいたペットが死んだんだって」


つきあかり地区ちくでも、ペット飼育しいく許可きょかしょう必要ひつような地区なのに。あの家は、許可証が無かった。

 家をてるときも、ペットシェルター推奨すいしょうだったのに、拒否きょひしてたんだ。ててから、工事こうじするのはたい変だから。使つかわなければ、物置ものおきとして使えた。

 ペットシェルター設置せっち義務ぎむを拒否して、もし魔術まじゅつ事故が起きても、被害ひがいが出ても、文句もんくを言わない約束やくそく書類しょるいを作ってた。だからさ!」

 作田君が「青良は悪くない」をかえす。


「それでも……わたしがちゃんとお父さんと話し合っていれば、こんなことにはならなかった」

「いいや、それはちがう。

 ごめんね、話にりこんで。

 青良さんにた人形現象げんしょうは魔術事の前からはっ生していたことが組石くみいし警察けいさつ家庭かてう相談局そうだんきょく・テント小児しょうに病院びょういん合同ごうどう調査ちょうさ判明はんめいしている。

 人形はね、青良さんのお父さんがすべて、発生させていた。

 お父さんは人形をかくすために。青良さんをれて、テント小児病院ではなく、市外の病院をじゅ診していた。

 青良さん、おぼえてる?」

「はい、鹿山先生。わたしは何度も、千家ちか市の病院に行きました」

「青良さんのお父さんのほうのおじいさんのいえの近くの病院。

 精密せいみつけん査もむずかしいのに。たい内魔すいよく制するくすりで、どうにかしようとしていたことがわかっています。

 人形の発生じょう件は、お父さんの『教育パパのストレス』だったのに」

 ……まあ。

 なーんか、小船した原因は、楓池かえでいけ小校内でも不倫ふりんをしていて。

 おくさんに、不倫がバレて。

 不倫あい手と再婚さいこんすることも出来ず、近所では「不倫の家」ってうわさになって。

 月明地区へげるしか無かった。

 不倫する相手をさがすのは、やり直しを決めた奥さんの手前出来ない。

 その不倫への情熱じょうねつが、今度は放置していたむすめそそがれた。

 わたしたちにそんな話を聞かせなくても良いのに。

 でも、これも「過去かこかたり合い、ゆるし合い、たすけ合う」訓練くんれんなんだろうな。


「青良さんは教育虐待ぎゃくたい育児いくじけた。

 意味いみな転校もしなくちゃいけなかった。

 子どもの意思いしはんした転じゅくも、ひどい話だ。

 組石市内の大きな病院での受診をさまたげたのは育児放棄と、積極せっきょく的な虐待だ」


 そう。

 青良さんの自立の一歩いっぽ目は、「ごめんなさい」を言わないこと。

 二歩目は、両親りょうしんが「間違まちがったよう育をした」事じつから目をらさないこと。

 でも。

「おかあさんは?

 おとうさんは?

 今日きょう、面会に来てないんですか?

 わたし、ここへ来てから、ずっとって無いんです」とよわ気なことを、青良さんは言う。

 こんなかわいそうなじょう態で、かわいい声で、おねがいされたら。

 また、作田君は頑張がんばっちゃうのかな……。


「青良さんのお父さんの分身体ぶんしんたいが、月森つきもりいえ二次にじ避難ひなんしたよん家族かぞく襲撃しゅうげきした。

 これは先々月せんせんげつ、話したよね。

 大量たいりょう殺人未遂みすいざい逮捕たいほされたけれど、被害ひがいしゃぞくすべてがきみこう生と、お父さんの猛省もうせいのぞんで、殺人未遂罪に罪状が変更された。

 分身体だから、つみにはえない。不起訴きそになる。

 実刑じっけいまぬがれるが。

 成人せいじんの場合、魔術療養施設に入ることになる」

「……」

「そして。お父さんとの離婚が成立したお母さんがね。一度は親けんを手ばなしてしまったけれど、いまになって、青良さんを引きりたがっている『り』がある。

 お母さんは今、旧姓きゅうせいの『あら』を名乗っていらっしゃるよ」


「……どちらともらしたくない場合は社会学校をえん長出来ますか?」

 まあ、そう質問しつもんしたくなる青良さんの気持ち、わかるっちゃわかる。

 うん、うん。

 両親どちらとも、というか。

 お父さんと暮せないからって言っても、お母さんと暮すのもいやだろうな。

 だって、そもそも夫婦ふうふ仲良なかよしじゃないから、こんなだい事にまで発展はってんしちゃったんだもんね。

 わたしは小船家の詳しい話を知らないから、適当に思っちゃうけど。

 どうして、青良さんのお母さんは、青良さんを助けてくれなかったんだろう?

 不倫でもわかれられないから、仕方しかた無く引っ越して、やり直すことをえらんじゃった。

 結局けっきょく、別れたのなら。

 全てが無意味。

 お母さんがもっと早く、離婚をけつ意してくれて、青良さんを引き取ってくれていれば……。


「いいや、延長は出来ないんだ。

 ただし、君はね、お父さんともお母さんとも暮らさなくて良いんだよ。

 児童福祉ふくし施設。

 グループホーム。

 人形化現象の療養が必要ひつようだから。

 あっ、鈴木すずきさん。玉浜たまはま先生はどこに今、入所していらっしゃる?」

きざしってわかる?」

「うん……あの『あばうし』?」

学年ではそういうふうに呼ばれてたんだ。

 まあ、その暴れ子牛が玉浜先生をこわしちゃったんです。

 あまりきたない話をしたくないんですけど。

 くち食道しょくどうちょう肛門こうもん。この順番じゅんばんぎゃくに配置する魔術を使ったんです。

 玉浜先生は、施設めいわからないけど。ダフネがたしん療養施設に入ってます」

「青良さん、心配しんぱいいらない。

 白梅ノ社会学校は退たいの自立支援しえん継続けいぞくして取りむ」

 そこからはたのしい話をしようという雰囲ふんい気になった。

 でも、本とうに、「小船 青良はこの社会学校にることがただしいのか」疑問ぎもんおもえて仕方しかたが無かった。早く療養施設へうつしてあげれば良いのに……。

 まあ、でも。

 魔術の礎を取り戻せれば、療養施設へ移れるのかな。

 何か、そのへん、大人たちは何かをかくしている。


 それから。

 作田君が増改築ぞうかいちくぎの大学病院が広過ひろすぎて、迷子まいごになった話。

 学習発表会はっぴょうかいの話。

 給食きゅうしょくの話。

 いえに帰ったら、かきめのれん習をしなくちゃいけない話をしたら。

「あっ、白梅ノ声も書初めがあるはず。

 わたしは手が人形のゆびになっているから、参加さんか出来無いけれど。

 お習授業じゅぎょう外部がいぶから講師こうしの先生が来て、学校の先生の指導しどうよりも上達じょうたつする子がおおいの」と教えてくれた。


 たのしいおしゃべりがつづく中、一時間をえてしまった。

「メリークリスマス」と、作田君が小船さんにしかづいた。

 でも、透明板があって、越えられない。

れは規則きぞく違反いはんなんだ。持ちかえってね」とあわてて、鹿山先生のうしろにすわっていた篠原しのはら先生。このおとこの先生が作田君をゆっくり透明板から引きはがして、パイプ椅子に座らせる。

「もう、かたちの無いものわたしたってことなんじゃないかな?

 こうやって、面会に来てくれた。

 それがクリスマスプレゼント……作田君?」

 鹿山先生も作田君をなだめようと、作田君にうが。

 やっぱり、あの音おとと》がこえ始めた。

 作田君の仇名あだな

「ギプスマン」だもん。

 かれがプレゼント出来るのは、あれしか無い。


 ゴド。

 ピキ。

 メキ。

 パキパキパキ。


「作田君?

 どうしたの?

 魔術を使ったの?

 駄目だよ!作田君はまだ小学三年生なんだよ!」

 ベッドによこになって、こちらを見ていたお人形のくちびるおおきくうごいて、が見えた。

「青良さん、普通にくちが動いているよ?」

「え?」

 そう、おどろいた青良さん。彼女かのじょりょう手が自然しぜんに動いて、動く唇と、唾液だえきでキラキラ光っている白い歯にれていた。



 無言むごんで、面会室を出た作田君をささえる教官たち。

 ひだりうでがだらりとしている。

 いきあらいから、肋骨ろっこつ骨もれているはずだ。

「……ッ」

養護ようごの先生に。魔術で、ほねのこれ以上いじょうのズレはきないようにしてもらったから。

 さあ、組石に帰ったら、そく入院だよ」と松平先生も、おこるというより、あきれていた。



 後三時。

 帰りもきとおなじで。

 白梅ノ声社会学校正門外の「しろばやし停留ていりゅうじょ」から終点しゅうてんの「しろがねえきバスターミナル」まで、高そくバスにる。

 市街いがいはしっていたリムジンバスが、面会をえた人と、「冬休み帰省生徒」とその保護者を乗せて、出発しゅっぱつする。

 一時間、高速バスにられて、銀駅で鉄道てつどう列車れっしゃに乗り予定よてい

 そして、夕方ゆうがた五時近くに発車する列車に乗って、五時間はんかけて、組石中央ちゅうおう駅にかわなくてはならない。


 銀駅には、複合ふくごうビルがくっついていて。駅一階にはハンバーガーショップもあって、たくさんせきいていた。

 そういえば、制服せいふく警察けいさつ官がウロウロしている。

 作田君を見かけて、声をかけようとしたが。

「白梅ノ社会学校職員の松平です。この二人は、面会終了しゅうりょう者で、わたし責任せきにんを持って、迷公社組石支社員に引きわたします」と、職員のIアイDディーを即提示ていじして、わたしたちをかばった。

 あの警察官。年まつのテロ特別とくべつかい期間にしては、仕事しごとをし過ぎじゃ無いだろうか。

 子どもを見ると、かまわず、声かけをしている。


 松平先生は二人分のホットココアをって、窓辺まどべの椅子にわたしたちを座らせた。

「あそこに、てん内トイレがあるからね。

 じゃあ、二人とも。万堂ばんどうさんが来るまで、ハンバーガーショップに居てくれるかな?」

「松平さん、施設に戻らなくて良いんですか?

 俺等おれら二人で大丈夫ですよ」

「うーん。

 でも、事じょうが変わったんだ。

 今、銀駅から君たちの付き添いをしてくれる万堂さんとまず、合りゅうするから。

 緊急きんきゅう事態でね。

 ここは、結界けっかいがしっかりしているから、変なことにはならない。

 すこし、ここからはなれても良いかな?」

「はい」

 あっというに、松平先生は改札口かいさつぐちへ向かって、けだした。


「どうしたんだろう?」

「さあ。

 駅の中。騒音そうおんで、電話でんわが聞こえにくかったんじゃない?」


「作田君。

 未来みらいえちゃう、魔術。使ったんだね」

「……」

「これから、どうするの?

 居場所はかったけれど。

 結局、またすぐ別の場所へ移っちゃうんじゃない?」

「……あんまり、おおやけには出来ないんだ。

 青良の未来をえ過ぎて、青良が不こうになることもあるから。

 骨がれちゃったのも、界と折り合いをつけた結果」

「……いつも、骨折こっせつしてたよね?『ギプスマン』って呼ばれてるし」

「めざといな」

「一人の女の子をすくうために、人間じゃ無くてペットを犠牲ぎせいに。

 むすめのことになると暴走ぼうそうする殺人鬼をすくうために。父親本にんじゃ無くて。分身体に、屋根やねだけを壊してもらう。

 このあたらしい骨折は?」

 わたしは三角巾さんかくきんられて、プラプラしている作田君のひだりくびを見ろした。

 作田君は骨折になれちゃって、いたそうだけれど。

 ホットココアをグブグビ、んでいる。


「これからさきしあわせをねがったよ。

 人形から人間に戻せた。

 すぐに、全身ぜんしん、人間に戻る。

 まあ、これっぽっちの骨折でんだんだから、俺が何かしなくても、まあまあ幸せな人生をおくれるよ」

 嗚呼ああ

 クリスマスプレゼント、とっておきだったんだろうな……。


「……もしかして!

 青良さんには、会わないってこと?」

たり前。

『魔術の礎喪失』も、それによる『魔術暴走』も過去かこになった。

 むかしのことなんておぼえてる男子がさ、生涯しょうがいわたって、目の前をウロウロしてたら、いやじゃん。

 お別れはわかんだから……」

 何それ。

 せつな過ぎる。

 ハッピーエンドじゃ無いじゃん!


 わたしは立ち上がって、作田君のあたまをヨシヨシでる。

 骨折箇所かしょさわらないほうが良いから、仕方無い。

「痛いの、痛いの、うみそこしずめ」

「そういうのって、遠くの山へばすんじゃない?」とわらわれてしまった。

「おつかさま

「うん、お疲れ様」

 作田君も椅子から立ち上がった。


 握手あくしゅじゃない。

 おたがい、ギューッときしめ合った。

 作田君のみぎうでが、わたしの背中をちからいっぱい抱きせる。

 そして、お互い抱き合ったまま顔を見合わせるように、すこじょう半身を相手からはなす。

 うーん。

 別に恋愛れんあい感情はないのに。

 周囲しゅうい誤解ごかいされていないか?

 何か、学校がえりの男子高校生たちに「ヒューヒュー」って言われた。


 でも。

 一瞬、いやな気配がした。

 そう思ったら。

 窓辺で抱き合っていたわたしたちをジーッと見ていた周囲の人たちがこう言った。





「今、誰かちたよね」




「キャーッ」




「子どもが飛びりたぞ!!!!!!」




 未来を変える魔術は存在しても、「特別な過去」を変える魔術は存在しない。

 ひとの生死はいじれない。

 魔術って、そのてい度だし。

 その程度でおしまいにしないと、駄目なんだと思う。

 世界自動修復どうしゅうふく

 魔術。

 人には越えられない領域りょういきがある。


 わたしは、窓から出来るだけ離れた。

 作田君がほかの人たちと一緒に窓辺から外のしたのぞこうとしたけれど。やめさせた。

 ココアのかみコップをゴミばこてて、わたしたちは店内出入でいり口へいそいで。

 そこへ、あせをかいた松平先生が万堂先生とお互いにささえ合って、駆けつけた。

こく立社会学校には、外出がいしゅつ訓練があるんだ。

 国立社会学校職員は運悪うんわるく、げられたみたいだね」


 松平先生と万堂先生がおなかからながしている。

 一番いちばん赤黒あかぐろみはくろいコートのお腹部分。

 てつにおいがする。

 でも、二人のコート。どんどん、どんどん、全体がれていく。


うごいている列車に転移するから、動かないで」

地下ちか鉄の改札を通らないと……ケガしてるなら、救急きゅうきゅう車を呼ばないと!

 俺、駅員さんに呼んでもらいます!

 止血しけつしなきゃ」と作田君は慌てる。

ちょう法規ほうき措置そちだ。

 切符きっぷ購入こうにゅうみ。

 松平さんも、あのから離れたほうが良いんだ」

「万堂先生」

 ぐいっと、わたしたちは万堂先生と松平先生につかまれて、一瞬で転移した。

 その際。

 万堂先生に、ささやかれた。






「君たちが抱き合ってきずつくのは、誰か。

 よくかんがえてごらん」






 聞きのがさなかった松平先生は「そんなこと、どうだって良いんですよ」と万堂先生をとがめるようににらんでいた。



 転移後。

 おそらく、組石市方面へ向かってる列車内で、松平先生たちの指示通り、指定せきへとちゃく席する。

 一人、先に転移していた迷公社職員さんに。

「さきほど、十分じゅっぷん前に出発したので、まだのこり五時間です」とげられた。

 松平先生と万堂先生の転移合わせわざだったけれど。四人よにんを同時に転移させるには、げん界だったんだろう。

 わたしは松平先生と万堂先生のコートをそれぞれひらいて、赤黒いあなかた手ずつかざす。

「やめなさい。

 素人しろうとじゃ失敗しっぱいする。

 二人同時も無理だ。

 医療じゅう事者にしかゆるされない」

「もう、こっ資格しかく取っちゃったんです。

 最年少人体じんたいさい

「いつ?

 万堂先生、知ってたんですか?」

「知らないよ……ったく。

 悪運あくうんつよいですね、松平先生」

「大学病院に入院中に取れました。

 未来改変のような時間じくによる遮断しゃだんでの『だいしょう骨折』はなおせないんですけどね」

 わたしは一瞬で、リュックサックから補充ほじゅう用魔すいカートリッジをたくさん取り出し、人体再生魔術を同時行使こうしする。


 リクライニングをめいいっぱい使って、座席を倒して。

 わたしは二人に魔術をかける。


ひつぎくぎ

 棺のふたを割れ

 死にぞこなうものどもをかつ

 生じゃみちある靴音くつおと目覚めざめるだろう

 ふかねむりより目覚めろ

 いのちまといをめ 死のほこりはら

 ただしき運針うんしんすす

 人体精密せいみつ縫合ほうごう


 一瞬で、高速で、黄金おうごんはりいと銀色ぎんいろの針と糸が先生たちの身体からだを駆けめぐって行く。

 そのねっ気に。

 列車の窓がくもっていく。

 外は雨交あめまじりだったのに、ゆきに変わった。


 ふらつきながらも、通路つうろはさんだとなりの座席に戻る。

 窓側の席には、作田君が「俺の骨もなおしてしい」と見つめてきたが、「無理むり無理」と両手をって、ことわる素振りをしてみせた。



 キーーーーッ。

 ガガガガガガガガッタンッ。

 特急とっきゅう列車が急ブレーキをかけた。

鹿シカをはねたのか?」

人身じんしん事故?」

 わたしたちのあやしいうごきをのぞき見しつつも、「かかわらないほうが良い」と判断した乗客じょうきゃく途端とたんに、さわぎだす。

 そりゃあ、かなりのそく度で走行している列車が緊急てい止した。誰だって、ビックリする。

 踏切ふみきりは無い区間だったから、車そうからは、休こう中で雪をかぶんった田園でんえんたいと。雪山しか見えない。


 すぐに車内が騒がしくなる。

 黒づくめの怪しい人たちが車両の前と後ろからやって来て、通路をふさぐ。

 この車両は、乗っている人がすくなかったけれど。

 まみれのコートをいで、座席についた血をしょう失させる魔術をかけている、つかった松平先生と万堂先生は、もう警戒するのも面倒で、怪しい人たちに背を向けたままでいた。


 ……え?

 わたし?

 わたしを見下ろす、黒ずくめの男の人がわたしに視線しせんを合わせるため、通路でしゃがむ。

「鈴木さん、ご同行願います」

「任意なら、後日ごじつにしてください。

 この二人におうしょ置したばかりです」

「国家非常ひじょう事態宣言せんげんがなされました。

 日本にっぽん内閣府ないかくふは、松平・万堂・作田・鈴木の四名よんめいの保護を最優先しろと指示を出しました」

「この子たちを利用したのは我々われわれ迷公社です。

 国は無関係でしょう」と松平先生が割って入る。

形式けいしき上、保護するだけです。

 もとり、現えき異端狩り、未来改変、人体再生士。

『四人で仲良しこよし』では、今の組石市に戻られては、こまるんですよ。

 それに」

 何だか、もったいぶる怪しい人たちだな。

 いきなりふるえてちぢこまった作田君の首根っこをかれの座席の後ろからつかんで、座席からたせるなんて。

 らん暴な人もいる。

 げられない状ようで。

 おそらく、この緊急停車も、この人たちが起こしているんじゃないか。


「我々には、小船 青良を再生する術とノウハウがあります。

 小船 青良は、外身そとみ人間にんげんになれましたが。中身は人形のままです。

 たん当教官の松平先生が午ぜん中不在の間。

 ためしに切開せっかいしても、赤い血が流れず、心音しんおんは消失していました」

 酷いことをする……。

 でも、残酷ざんこくだけれど。

 そうまでしないと、あきらかに出来ないことがあったんだろう。

 ……心臓しんぞうの音が消えているなんて、人間っぽいところが本当に無くなっていたんだ。


「作田君。

 あれのどこがクリスマスプレゼントなんだい?

 中途半端な未来改変なら、しないで欲しかったな」

「彼は成功したはずです!

 心音だって、あったはずです。

 だから、血のも戻り、人形化がまって、人間に戻りつつありました」と松平先生が作田君を庇った。

「そうだ!

 俺は心臓を復活ふっかつさせた!」




「子どもの心臓を未来から略取りゃくしゅした可能性があります。

 いつ・どこの未来の、誰の、心臓かはわかりません。

 人形の心臓と子どもの心臓の交換こうかんおこなわれたため。今、交換現象を修復をこころみています。

 中途半端なら、元に戻すのが一番です」

「俺は成功した!

 元になんか、戻すな!」

「作田君はPピーの心臓を人間の状態に元に戻したか、かく認しなかったのに。よく、威張いばっていられるね」

 黒いロングコートの男がわたしを見つめている。

 そして……。

「我々内閣府を信用出来無いでしょうから。

 鈴木さんに人体再生の学習をさせましょう。

 内閣府の秘伝ひでんですよ。

 ごきょう味、あるはずです」

 ……作田君がわたしにすがるように見つめて来る。

 でも、わたしは、そんな秘伝の魔術をならったところで、使いこなせるか。ううん、使いこなせない。


わたくし立・公立社会学校は、ヤバイ魔術師見ならいたちに最てい限の倫理かんえつける程度のことをやれば良いんです。

 しかし、公社立と国立は、それではいけません。

『きちんと正しく使える魔術師』を育せいするのです。

 しかし、今日はクリスマスイブ。

 内閣府職員の中にも、浮かれた間抜まぬけがいたんです。

 そいつが、『危険な国立社会学校生』の監督かんとくおこたりました。

 児童Xエックス新館しんかん市にある国立献原けんげん社会学校付近ふきんこう外活動地域から、ぶっつけ本番で長距ちょうきょ離転移魔術。

 さらに、自分の意中の相手『鈴木 縁』の任意座標ざひょう把握はあく

 テロを起こしたときもストーカー気質きしつだったのは、わかっていましたが。

 他傷たしょうではなく、自傷行為に走るなんて……。

 国庫こくこそん失を出してしまいましたね」


「医師の死亡確認がそろそろわるでしょう。心臓がつぶれても、魔術解除しなければ、大型生動ぶつの如く、体内魔水がれるまで大あばれしますからね」と、淡々たんたんとアイツがもうたすからないことを付けくわえた。

「でも、皆さんは、心肺停ぱいてい止のXよりも。

 小船 青良さんを助けたいでしょう?

 すくいたいでしょう?

 内閣府は、みなし公務員を殺傷しようとするような、『国無くになさと無し無し』なんか、がん中に無いのでごあん心ください」だってさ。


「転らく者は、転移魔術を使った時点で、みんです。

 国せきも、そもそも無かった。

 組石市のしゅっとどけも、じゅうひょうも、しゅう学・在学記ろくも無し。

 籍もえました。

 良いですか?

 日本でくなった場合、原則火葬です。

 しかし、国家転ぷくによる棄民の死体は、樹木じゅもくとうにされます」

 松平先生がわたしの両みみふさぐように手を当ててくれたけれど、聞き取れてしまった。




「骨がたてによくけているギプスマンと、人体再生のしん童。

 彼等を害するなど、日本の国えきを大きくそこないますしね」




 余計なことをベラベラ言う人だな。

 せっかく、かくしていたのに。

「鈴木、人体再生出来るのか?

 さっきのは、風属かぜぞくせい治癒ちゆ魔術じゃ無いのか?」と作田君がおどろいたように、わたしにめ寄る。

「作田君が『産み直しリバースチャイルド』だから、世界はゆがみ続ける。

 世界は作田君をあきらめさせるために、『鈴木さんのいっ生涯を人体再生にささげる』ようプログラム変更を行ったんです。

 かわいそうに、鈴木さん。

 作田君のせいで、まれながら、人生が台無しなんですよ」






作田 温ギブスマン

 貴方あなたこん後未来改変を行った場合。

 私、内閣府職員、門橋かどばし いさみは貴方を成人と同じ扱いで、法務置をおこないます。

 たまたま、国立献原社会学校にきが出来ましたから。

 さあ、作田君ギプスマンは鈴木さんとは別の道をあゆみましょう」






て。

 残念ざんねんだが、日本国は鈴木 縁を洗脳せんのうし、誘導ゆうどうし、そう作し、人体再生士国家試験を受験させたうたがいがある。

 不正受験では無いが、『小船 青良の継続けいぞく的支援ち切りと作田 温の幽閉ゆうへい』のために、鈴木 縁を人体再生士にした。

 手っ取りばやく、小船 青良をチューニングするために。

 今後、鈴木 縁は迷公社が保護する」

「当たり前でしょう。世界が『それ』をのぞんでいるのですから」

「だとしても、彼女はこの世界に生まれて来た、普通の女の子だ」

「迷公社は、日本内閣府に反して、この反社会問題を先ばしにする、ということですね?」

「いいや。

 我々迷公社は世界を正す。

 彼女を一人ぼっちにはさせない」

 万堂先生が門橋さんと言い争って、……その、ってくれたのだろうか。

 わからない。


「そうそう。

 人体再生士は鈴木 縁さん一人ではありません。

 国家試験の合格者数は毎年全国で、二十名前後。

 我々公社立白梅ノ声社会学校は、小船 青良を国立紅泉こうせん社会学校へ転校させる準備が整っています。

 そうですね。

 鈴木さんに関しては。どうぞ、お好きになさってください」



「あの致命ちめい傷を一発いっぱつで治したんだぞ。

 俺は知ってる。

 木目の王国にも、人体再生士がいる。

 あの紫頭むらさきあたまやつ

 でも、人体再生士の資格を持っている細川先生よりも、鈴木の方がてき任だ!

 俺は鈴木に!

 青良をたのみたい!」

「……いいや、それは違うよ。

 作田君。

 迷公社は、さじげた。

 白梅ノ声社会学校の校長が小船 青良の国立社会学校への即時転校をしょう認した。

 小船 青良の再生は、勝手に作田君がやってしまえば良いんだろう。

 もう、迷公社は小船 青良に関わって、かなり損えきかぶった。

 もう、あの子を普通の子どもとして更生させる気も無くしてしまった。

 ひとつ一つの選択せんたくが、この結果になっているんだ」




「御前たちは、何が起きているか。

 何も知らないのに!!!!」



 作田君が抵抗ていこうするけれど、白梅ノ声社会学校の養護教諭の先生がやってくれた骨の定魔術は内閣府職員たちによって、解除されてしまった。

 途端に、作田君は声にならない悲鳴ひめいを上げて、気ぜつした。

 内閣府職員が簡単かんたんに作田君をかたで担いで車両から出ていく。


「鈴木 縁さん。

 これが最後のかん誘です。

 本当に、我々内閣府と共に、小船 青良さんを人間に戻そうとは思いませんか?」

 最後まで残っていた門橋さんはわたしをやさしく見つめてくれている。

「……何で、何で、子どもにばかり、お願いするんですか?

 大人なら、大人にお願いしてください!……」

 頭がクラクラする。

 無理をし過ぎた……。

 わたしはもう、いっぱいいっぱいだった。


「では、これを。

 音声通話で聞こえるように、通信端末をイジりました。

 来年は別の音になりますから」




 <……ドッドッドッドッドッ……>




 門橋さんの通信端末から聞こえて来た。

 嗚呼、思い出した。

 わたし、知ってる。

 台座大学の病院で、いろいろな精密検査をした。

 そうそう心臓の検査で、自分の心臓の音を聞いたんだ。

 このおとも規則正しくて、元気な心音だった。

 でも、気味の悪さも感じだ。



 冬休みが始まって。クリスマスイブに、わたしは作田君とデートをした気分になっていた。

 でも、それは違った。

 松平先生はまだ組石きの列車が停車したままなのに。「内閣府に、小船さんの資料しりょうの引き渡しを急ぐようにあつをかけられている。少しでも、彼女の待遇たいぐうが良くなるように、引継ひきつ文書ぶんしょを作成するよ」と言って、転移して、消えてしまった。

 周囲しゅういに座っていた乗客は、内閣府職員によって、矯正きょうせいみん状態だったみたいだけれど。列車が動き出すと、彼等がバラバラに目をました。



 お父さんとお母さんとわたしは、組石市のお隣の千家市の魔術事件・事故被害者家族支援施設「窓あかりいえ」にたい在することになった。

 今、迷公社千家支社の支援で、市内で新居を探している。

 お父さんはそもそも、千家市まで四十分の鉄道通勤していたので、困っていなかった。

 お母さんもルールがきびしいヴァーミリオンのマンションから退居するまって、大だすかりなんだって。

 二人とも、わたしが大学病院に入院するくらい、酷いケガもしたから。

 まあ、「わたりに船だね」って言って、組石市外への引っ越しを受け入れている。


 木目の王国の子たちにも。

 楓池小学校三年一組の皆にも。

 お別れは言えなかった。

 もう、会って話すのは「やめましょう」と迷公社組石支社の社長との面会機会があって、忠告を受けて居る。

 いつ、兆部家が因縁をつけてくるかわからないから。

 作田君のお母さんは息子を「国立矯正施設」へ入所させられて、パニックを起こしたそうだ。

 とにかく。

 わたしはもう、組石市には行けない。

 だから、わたしはこのまま、新生活に早くなじむしか無い。

 二日に一回。

 万堂先生が窓明の家に遊びに来てくれる。

 そして、かならず、わたしの手首でみゃくを取る。


「良かった。

 取られていないのはわかるけれど。

 でも、どうしてもね……」


 万堂先生はかなしそうに笑うから。

 力強ちからづよく脈打つ。

 嬉しい気持ちなんて、良くない。

 こんなことで、よろこんじゃいけない。




 ◇◇◇




 万堂先生はそれから、クリスマスイブになると。

 わたしと過ごしたいと言うようになる。

 万堂先生がいそがしかったり、わたしがことわったりすると。松平先生がわざわざ、我がに遊びに来るって言い出す。

 わたしたち三人は門橋さんから、聖夜せいや奇跡きせきを無理理聞かされたから。



 一年後、わたしは小学四年生になっていて。



 また、一年後、小学五年生で。



 そのまた一年後、小学六年生。わたしは私立中学校受験をすすめられて、Opalオパール Schoolスクール千家駅前校の受験直前こう習会に缶詰かんづめだったけれど。

 万堂先生は、トイレ休けい時間の合間にわたしが教室から出て来る度に、わたしの手首で脈をはかった。


 まだ、子どものわたしの心臓は、小船 青良さんの心臓の予備スペアえらばれていない。

「ごめんね、えにしちゃん。

 背負わせてしまって、本当にすまない」

 万堂先生がクリスマスイブだろうが、何だろうが。

 わたしの顔を見るたびに、あやまることがえた。


 大人って、いつからなんだろう。

 小学校をそつ業したら、乗り物の運ちんは大人と同じ料金。まあ、定期けんは学生料金だけどね。


 高校生になったら、バイクのめん許が取れる。

 それよりも、中学校で義務教育が終わっちゃうから。そっちのほうが、やっぱり大人かな。

 それとも、十八歳の誕生日って区切りかな。

 でも、作田君。わたしの誕生日たんじょうび、知らないよね。


 さあ、もう教室に戻らないと。

 まだまだ、受験勉強が続く。

「あっ、一応。

 メリークリスマス、縁ちゃん」と遠慮えんりょがちに万堂先生から言われた。

 塾講師の先生たちからも怪訝けげんな顔で見られても、万堂先生は迷公社のIDを首からぶら下げて。

 千家校塾長にも何か言われたみたいだけれど。

 千家支社長の「保護対象の監任務である」という紙を見せつけて、事なきを得ていた。


 でも、すぐに事は動いた。

 講習会中、突然、強大な魔術結界に囲われてしまう。

 先生たちも塾生も一気に教室外に逃げ出す。

 気を付けていても、気がゆるんだ瞬間、これだもの。


 まあ、作田君のおまじない程度のパワーなんて。

 あのおぞましい、兆部 毎日の暴力魔術にくらべれば、全ぜんものになってない。

 それでも。

 年々ねんねん、腕をげているのはたしか。



 門橋さんに聞かされた、あの心臓の音をイメージする。


 わたしは模擬もぎ問題の紙を何枚もかき集めて、これを素材そざいとすることにした。

 もう、人間の生肉なまにくなんて、そこらへんに落ちていない。

 仕方がない。

 わたしは左どなりと右隣の子の筆箱ふでばこをあさって、何とかカッターナイフを見つけ出す。

 緊急事態だ。

 あとで、事情を説明して、べん償しよう。

 ゆび先に切り込みをいれて、心臓の中をわたしの血でたす。


「触れた心音になぞらえて

 かがみぬの

 血がれぬように

 命がこぼれ落ちぬように

 人のうつわを投げださぬように

 おとりとなって

 我がおとを隠せ

 はりの心臓」


 目の前にみるみるうちに、本物そっくりな心臓が出来上がる。

 わたしの体内魔水はいやなので、教室にしみついている魔術残いこませて、偽物にせものの心臓の強度きょうどす。

 そして、出来上がったと思ったら。

 誰かさんの召喚しょうかん魔術によって、張子心臓が目の前から消失した。


「まあ、一回は『してもいない約束』をたしたってことで。

 メリークリスマス、作田君」


 わたしはつくえに座りこんだ。

 結界の外では、万堂先生がさけんでいる。

 わたしに必死ひっしに呼びかけている、

 でも、その声はわたしに届かなかった。




 ◇◇◇




 あの年のクリスマスイブ。

 わたしは。

 千家警察と消防しょうぼうによる、魔術解除が終わるまで。

 自力で何とか指先の止血をしながら、何とか持ちこたえた。

 散々さんざんな、クリスマスイブだったけれど。

 あのとし以降いこう、わたしは結界にじこめられることは無くなった。


 ただ。

 念のために入院した病院で、三年ぶりに会った門橋さんに、「どうやって、生き延びれたのか教えてくれる?」と聞かれたけれど。

 万堂先生がおこって、怒って、門橋さんに触れずにボコボコにしたので、何も話せなかった。

 まあ、このままでは万堂先生が逮捕されてしまうので。

 結局、門橋さんの大ケガを、病棟看とうかん護師さんたちに気づかれないように、わたしの人体再生魔術で一瞬で治さなくちゃいけなかったので。

 まあ、大変だったかな。


 わたしの心臓は、万堂先生に守られて、動いている。

 本物の心臓は無事ぶじ

 あの張子心臓がどうなったかは知らないまま。

 わたしは大人になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷の世界短編集 雨 白紫(あめ しろむらさき) @ame-shiromurasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ