薄明かりの空のままで
さなこばと
薄明かりの空のままで
『わたしも好きです……』と。
この始めの一文を書いたのは、布団に入ってすぐの夜十一時頃だった。
夜も更けて、わたしはゴロゴロしながらスマホをいじっていた。
ちゃんと届くかな。
ほとんど夢を見ているような心地で、いてもたってもいられずスマホを抱きしめたりもして。
想いをしたためる文、いわゆるラブレター、いや、ラブメールを書いていた、いや、書こうとしていたんだ。
……今は午前四時。
次の文が思い浮かばないまま朝方にさしかかり。
呆然と天井を眺めるわたしは、「好き」がわからなくなっていた。
ちょっといいかもって思ったのは、一週間前の定期試験の最中のこと。
誰もが目を落としてペンを書き動かしているときに、不意にテスト用紙を紙飛行機にして飛ばす歌が流れた。
スマホの鳴らした音だった。
いい曲だけどなんて悪いタイミングなんだろう、と思ったのはわたしだけじゃなかったはずだ。
固まる教室内の空気。
目を鋭くして無言で犯人探しを始めるのは怖いと有名な先生。
その動向を注視して。
わたしはこっそりとかがんで、床に転がってしまった消しゴムを拾った。
それだけ。
告白されたのは昨日の放課後。
わたしのこと、ずっと見ていて好きだったみたい。
どこが?
そう聞いたら、抜けているところだって。
馬鹿にされている説があるけれど好意はよいものだし、自分を好きになってくれたってことが、もう嬉しいんだ。
でも返事はすぐにできなくて、気持ちを伝えられないまま帰ってしまって……。
で。
午前四時過ぎ。
わたしは眠れないまま文面に悩み、スマホを握りしめていた。
こんな時間にメールを送ったら迷惑かな……。
眠っているときに音が鳴ったりしたら、と思うとやっぱり良くない。
まず文面が思い浮かばないからこんなことで悩んでも意味のないことだ。
わたしは起き上がって、窓際まで行くとそっとカーテンを開いてみた。
見下ろすと誰も歩いていない道路。
遠く聞こえるバイクの音が朝を呼び寄せているようで、足踏みするわたしを急かしているみたいだ。
もう、これで送ろう。
好きだって気持ちは、きっと伝わる。
窓から離れてベッドに腰かけると、布団の上のスマホに手を伸ばす。
わたしは迷いに迷って躊躇してたけれど、目をぎゅっと閉じてそのまま送信をタップした。
おそるおそる薄目を開くと、ちゃんと送信できていた。
それで、正直なところ、ほっとした思いだったんだ。
夜が明けていくのが、不思議とわかる。
空はほんのりと明るくなった気がして、まだ見えない太陽の存在を教えてくれている。
わたしは窓辺に立って外を眺めている。
時刻は朝五時前。
まだ起きてないよね。
返信がきていないから、着信音で起こしてしまったなんてこともなかったみたい。
確認してからそのまま放置されているのだったら、わたしはもう立ち直れないけれど。
そうだ。
もしかしたら上手く届いていないだけで、もう送ってくれている可能性がある!
そうだったら、速やかに返事をしないといけない。
わたしはドキドキしながら、握っていたスマホの、メールの更新をタップする。
……ゼロ件だった。
でも、今まさに書いている最中なのかも。
なら待つしかない。
このまま朝が来なければいいのにと思う。
待つ時間は落ち着かなくてもどかしいけれど、とても甘いんだ。
口元がむにゅむにゅするくらい。
徹夜もなんのそのだ。
全然眠たくなかった。
また立ち上がって、窓のカーテンの隙間からちらりと外を見る。
人通りのない道路を見てから、視線は上へ。向かいの家を見飛ばしながら、電線の走る空を見て――わたしはカーテンを思いきり開いた。
これが朝焼けなんだ!
初めて見た。
いつもは寝ている時間だから。
空の端が夕暮れみたいになっていて、雲の暖色に染まっているのがすごく綺麗だ。
これから朝が来るとは思えない。
素敵だな……。
ずっと見ていたい。
太陽が昇れば、いつも通りの青空が広がるはずだ。
そしてその頃にはメールの返信も来ているに違いない。
でも、もう少しこの薄明かりの空に浸っていたい。
そうだ、この絶景を写真に撮ろう。
手にしているスマホをぱっと見る。
メールはきていない。
この時間が、このくすぐったさにたゆたうひとときが、しばらく続いてもいいなって思った。
わたし、今、「好き」を実感しているのかも。
一晩中頭を悩ませていた『わたしも好きです……』の続き、今なら書けるかもしれない。
この瞬間を大切にとっておこう。
わたしはスマホを空にかまえた。
薄明かりの空のままで さなこばと @kobato37
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