その光は月まで届く(月野廻光×紅谷萌歌)

 スポットライトが照らし出す、シルエットすら可愛いアイドル────紅谷萌歌。


「みんなっ、今日は紅谷萌歌三周年ライブに来てくれてありがとーっ」


 ライブは二曲目が終わり、小休止。萌歌はマイクを握りながら、「あのねー、みんなからもらったメッセージもぜーんぶ読ませてもらいました!」と目を伏せた。

「意外だったのが、『どうしてアイドルになったの?』っていう質問が結構あったのよね。最近プロデュース業にかまけてると思ってるなー!? こーんな美少女がアイドルにならなくてどーすんの!」

 なーんて、と萌歌がその大きな目を観客席に向ける。


「私ね、聴こえたんだぁ……みんなの声。生まれた時から。呼んでたでしょ? 私のこと。だからここまで来られたんだ。――――会いに来たんだよ、」


 左腕を真っ直ぐに伸ばし、「バンっ」と銃を撃つような仕草で小首をかしげた。


「あなたに!」


 曲がかかり、どんどん音量が上がっていく。観客席もヒートアップしていく。


「あったまってるかーっ!?」

『おおおおっ』

「ついてこれるかーっ!?」

『おーーーーーっ』

「いくぜっ、“初恋前線~キミを好きだったのはボクが先キミボク~”っ!!」


 歌も踊りも完璧。愛くるしい表情はさながら、地上に降り立った悪戯好きの天使。濡羽色の長い髪はきゅるっとツインテール。そして、フリフリの衣装から覗くすらっとした肢体。アイドルになるべくして生まれたアイドル、それが紅谷萌歌である。






 そんな彼女もステージから降りれば、その日の反省をしたりするものだ。プロとしては当たり前である。

「うーん、今日のMC言うほどウケてなかったかもなぁ。ダンスは完璧だったと思うけど」

 そこは演者の控室。汗を拭きながら、萌歌は腕組みをする。


「逆に言うと、完璧すぎたかも。ライブ感っていうか、ハプニング性ってのに欠けてたか。そういうのは狙ってやるもんじゃないけどさ」


 うーん、と唸っているとどこからか「いい、おもいました、わたし」と声が聞こえた。「そう言ってもらえると嬉しいけどさー」と言ってから、萌歌はハッとする。

 振り向けば、人懐っこそうな顔の痩せた男がそこにいた。思わず「誰っ!?」と叫んでしまう。


「わたし、月野いいますよー」

「いつからいたの!?」

「わたし、ここ、いました。あなたはいってきたそのあとね」

「何してんの!?」

「おおきなはこ、はこんできました。はこ、はこんで……ぷふっ、日本語おもしろいですね」

「会場スタッフってこと?」

「ここ、人間いっぱいがんばっててえらいね。わたし手伝う、言って箱かわりにはこんだよ」

「スタッフじゃない疑惑」


 萌歌はドアを開け、辺りをきょろきょろ見る。どうやら近くには誰もいないようだ。

警備員セキュリティー? ちょっと来てー、警備員セキュリティー?」

「……? セキュリティー、セキュリティー!」

「なんであんたが呼んでんのよ。あんたを連れってもらうために呼んでんのよ」

「あなた何か困ってますか?」

「困ってるわよ、あんたのおかげで」

 何もわかっていなそうな男を見ながら萌歌はため息をつき、「今マネージャーを呼ぶからじっとしてて。変なことしたら警察沙汰なんだからね」と言い含める。


「いいこと? このテーブルよりこっち側に来ないで」

「オー……もしかしてわたし、あやしいですか?」

「やっとわかったみたいね。怪しすぎるわよ。今すぐそのドアから出ていくならこっちも大事にはしないけど」

「そう……」


 すっかりしょんぼりしてしまった男を見ながら、萌歌はこほんと空咳をして「ま、あなたが無害な会場スタッフだったとしても、こういうのはケジメだからね」とフォローする。

「あんまり知らない人と仲良くはできないわけよ。異性なら尚更。身の危険、社会的リスク……それに、」

「に?」

「アイドルの紅谷萌歌は、安くないから」

 他のファンに示しがつかないでしょ、と萌歌は言う。男はしばらくしょんぼりとうなだれていたが、いきなり「わたし、あなた、言いたい」と顔を上げた。


「あなた、とってもステキ。わたし、見てました。ここの、ここ、すきです」


 言いながら、男は萌歌がステージで見せたダンスの振りをやって見せる。萌歌はそれを何とも言えない表情で見ていたが、やがて「待って」とそれを止めた。

「あなた、私のダンス何回見たの?」

「今日はじめて見ました」

「初めて……?」

 困惑しながら、萌歌は「もう一回やってみて」と頼む。男は楽しそうにダンスを繰り返した。


「どうかしましたかー、萌歌さん」


 萌歌が呼んだマネージャーが控室のドアを開ける。アイドル好きが高じて萌歌の事務所でアルバイトから始め、ついに萌歌のマネージャーとなったにも拘わらず今は地下アイドルを推している榊雪彦という青年だ。そんな彼が「うわ! 誰ですかそれ」と眉をひそめた。

 それまで顎に手を当てながら考え事をしていた萌歌が言う。


「マネージャー、彼のことアイドルにするわ」

「またですかぁ?」

「私の付き人から始めてもらう。きっといいアイドルになるわよ~!」


 アイドル向きのすらっとしたスタイルに、顔も決して悪くない。ダンスのセンスもあり、不思議な口調はお茶の間に浸透しやすい。

 これはイケる。萌歌は久しぶりに手ごたえを感じていた。


「あなた、名前は?」

「月野……廻光、いいます」

「ふーん……」


 エキゾチックな顔立ちといい、癖のある喋り方といい、日本人には見えないが――――まあ、どう見ても日本人なのにセバスチャンと名乗る執事みたいなボディガードにも会ったことがあるし、そんなことはどうでもいいか。


「よろしく、廻光。連絡先聞いとくわね」

「わたし、電話もってない」

「今どきそんなことある? じゃあ、家は?」

「あー……家、すごく遠い……具体的に言うと、38万キロぐらい」


 思わず萌歌は、マネージャーと顔を見合わせた。






「社長に怒られますよー、こんな得体のしれない人を事務所に連れてきて」

「しょーがないでしょ。私の家に連れてく訳に行かないんだから。社長叔父さんにはちゃんと私から言っとくって。そうだマネージャー、ピザでもとってよ。お腹すいちゃった」


 事務所の休憩室で、廻光は落ち着かない様子でうろちょろしている。

「あなた、しばらくここに泊まっていいわよ」と声をかけると、本当に驚いた様子で「エエッ、なんで!?」と飛び上がった。

「期待してるからね、あなたに。アイドルの紅谷萌歌は安くないって言ったけど、萌歌Pプロデューサーとしてなら別。Pとアイドルは足並みそろえないと」

「売られる、わたし……?」

「そうそう、これからあなたのこと売り出していくんだから」

「ひえー……」

 そうこうしているうちにピザが届いた。廻光はなぜか「これが最後の晩餐……」と言いながらもぐもぐしている。


「とはいえ、いつまでもヒモでいてもらっちゃ困るわ。ホームレスアイドルは話題性があるかもしれないけど、ヒモアイドルはなんていうか生々しいし……」

「ふふ、“ヒモ”っていうのは、わたしのくにでは女性に養われる男のこと言うよ」

「じゃあ同じじゃないのよ、こっちと」

「ええっ!?」


 テレビをつけると最近流行りの動物番組が流れる。萌歌はそれをぼんやり見ながら、「ヒモが嫌なら稼いでくればいいわ」と言った。

「私と同じように歌って踊って、ちゃんと稼げれば住む場所だって用意してあげる。マンションの契約するなら(社長が)保証人になるし。やるでしょ? アイドル」

「やり……ます……」

「よーし、そうこなくっちゃね」

 近頃愛猫家として名を馳せる弱竹輝夜という作家がテレビに出ていた。それを見た廻光が「あっ」と目を丸くする。


「ナンデ!? ひめさま、ナンデ!?」

「輝夜先生のこと? 最近はコメンテーターなんかもやってて引っ張りだこなのよねー」

「月のお姫様! 貴族だよ、貴族」

「何よ、って。あなたそういうキャラで行くつもり?」


 別にいいけど、と萌歌はテレビに視線を移す。画面に映った輝夜が、こちらを見て人差し指に手を当てたような気がした。


 なぜか押し黙ってしまった廻光に、萌歌は眉を顰める。

「あなた、髪が長いわね。似合ってるからこのままでもいいけど……」と言いながら髪に触れる。そのまま結んでいた紐を取ると、廻光は飛びのいた。

「あっ、ごめんってば」

 そう言いながらも、萌歌は目を見張る。

 ほどけた髪の中から立ち上がったように見えるのは、どう見たって兎の耳だ。


「何それ!!? 常時うさ耳装着はさすがに気合い入りすぎじゃない!!?」


 廻光はうさ耳を押さえながら、「うー……」と唸っている。


「わたし、月から来ました……地球人じゃないです……ごめんなさい、嫌わないで……」

「別にそのキャラでいってもいいけど四六時中うさ耳つけてなくてよくない!? どうせつけるならもっと出しといてよ!!」

「……ついてていいですか? わたし、地球人じゃない、いいですか?」

「なかなか癖のあるキャラで行くのね……。まあやりたいようにやってみなさいよ、私もプロデューサーとしてフォローするから!」


 目を輝かせる廻光に、萌歌は「私のことは萌歌Pと呼びなさい」と胸を張った。

「モカピー……!」

「柿ピーのイントネーションやめて」

 なぜだかすっかり懐かれたらしい。「モカピーの言うとおり、やります」と廻光はにこにこと笑っている。

「明日から忙しくなるわね」と萌歌は腰に手を当てた。






 数日後、レッスン終わりの帰り道。

 月を見ながら萌歌がふと、「月が綺麗ねー」と呟く。


「そういえばあなた、設定上は月から来たわけでしょ」

「はい。わたし月から来ました。なんで?」

「日本にはね、アイラブユーを『月が綺麗ですね』って訳した昔の人がいたわけよ。月だと逆に、『地球が綺麗ですね』みたいな言葉があったりしないのかなって」

「うーん……」


 廻光が考え込む。それから「そういう言葉、ないけど……」と口を開いた。

「月から見た地球、綺麗だった。すごく綺麗。ここから見た月よりずーっと綺麗だよ」

「そうなの?」

「そう。地球きれいだからわたし来た。あんなに地球きれいだったのは、あなたここにいたからだったね」

「えっ……」

 突然の口説き文句に、萌歌は頭がフリーズする。知ってか知らずか、廻光はにこにこ笑っていた。


「わたしも会いに来たんだよ、あなたに」


 呆気に取られていた萌歌だったが、じわじわ恥ずかしくなって顔を赤くする。「どうしましたか?」と言う廻光を、「言ってくれんじゃないのよ、この美少女アイドル紅谷萌歌さまに……!」とちょっと睨んだ。


「耳、出てるわよ」

「えっ」


 咄嗟に隠そうと両手を頭の上に持って行った廻光に「嘘よ、おばかさん」と言って萌歌はそっぽを向く。

「この私にそんな口説き文句、百年早いんだからっ」

 そう言って歩き出すと「じゃあ、百年経ったらもう一回言います」と嬉しそうに廻光はついて来た。

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