元祖豚骨箕門ラーメン物語。黄凛々という女 ~メモリアル~
燈夜(燈耶)
黄凛々という女 ~メモリアル~
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黄凛々という女 ~メモリアル~
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うららかな昼下がり。
高等部の廊下を歩く俺は、あらゆる意味で学園の有名人、生徒会長殿に鉢合わせした。
そう。
この日、俺はラーメン好きな生徒会長と出会ったのだ。
ふと、昨日食ったインスタントカップ麺の味を思い出し、そして会長に情報提供することを思いついたのだ。
会長の家はラーメン屋。
地域でそこそこ有名なんだ。
で、俺は長髪をシニョンにまとめた会長を呼び止めたわけだが。
「会長!」
「なんあるか、こっちはあのバカロシア人もどきの尻拭いで忙しいある」
「そんなこと言わずに」
「やかましいある、黙るよろし」
と、いつものように暇そうな黄会長は欠伸をして廊下に立っている。
口だけは忙しいようだ。
「邪魔あるよ、彼氏」
「ああ、会長。新しいカップラーメンが発売されてたぞ? 担々麺だよ」
「担々麺? 邪道ある」
「邪道って!」
「こってり豚骨が一番! 油でギットギトのいかにも健康に悪そうな濃厚豚骨! これが一番あるよ。辛いだけの担々麺など邪道!」
会長はそう宣言する。
「いいから食ってみろよ、きっと新しい発見があるから」
「うるさいある。ロシア人のバカ騒ぎが終わったかと思えば、今度はこれから店に早く帰って父上の手伝いあるよ。ワタシ、ものごっつ忙しいあるね」
あ、そうですか。
商売大変ですね。
「先輩ってホントにラーメンのことしか頭にないんだな」
「当然ある。ラーメン道に魂を捧げるのは人類としての義務あるよ? 彼氏は義務を実践してないあるか?」
と、超真面目な視線で聞かれた。
──義務ってなんだよ。
義務なんて言葉、この会長に似つかわしくもない。
「袋麵に冷凍食品も仕入れないと」
「袋麺?」
俺は会長のこの発言を聞き逃さない。
「袋麺知らないあるか? 彼氏ってばどんなお子ちゃまある?」
「うるせえよ、はっきり言えよ」
「ふふん、そう言って初めから自分の立場を考えて、彼氏のような愚者は愚者なりにワタシのような賢人に教えを乞うものある。これ、自然の摂理あるよ? うん、袋麺も袋麺。インスタントラーメンあるよ」
至極真面目に言われた。
でも、もう一つ引っかかるキーワード。
「で、もう一つは冷凍食品?」
「冷凍ラーメンある」
何を言ってるのだろう、この人は。
家がラーメン屋なのに即席麺を食うのかよ。
「家業がラーメン屋なのに、インスタントや冷凍食品でもラーメン選ぶんだ?」
「当然ある。新商品は研究のためにも食べないと」
「それだけじゃないだろ? インスタント麺の新商品が次々店頭に並ぶわけないだろ? ここは東京でも大阪でもないんだぞ? 俺がラーメンに詳しくないと見て、会長、俺の指摘に適当に答えてるな?」
「失敬な。ワタシは真面目一筋あるよ」
ああ、ラーメンにな。
で、だ。
問題は会長の家のラーメン屋のお品書きには、世間様のラーメン屋を全て的に回しているような品が記載されているのだ。
ああ聞くぞ、せっかくだから会長をとっちめてやる。
「……会長、俺は知ってるぞ? あんたの店では麺やスープを自家製だとして売ってるよな!? 有機野菜や手間暇かけて育てた豚を原料にしているって言ってたよな!?」
そう。
ラーメン一筋と言いつつ、とんでもない物を商品として売っている。
それをビシッと指摘した俺。
ああ、ちょっと俺カッコイイ。
だけど、そんな俺の、いや、全国一億二千万人のラーメン愛好家の指摘を、この女はきっぱりと切り捨てる。
「当然ある。でも、刻み葱もメンマもチャーシューも、出来合い物も仕入れているあるよ」
「何が元祖豚骨ラーメンだ、偽物じゃねーか。有機野菜はどこに行った」
俺は会長の高い鼻を指さして指摘する。
「彼氏ぃ。勘違いしてるのは彼氏あるね」
「は?」
「ニンニクももやしもネギも、契約農家さんから直送ある。ウチでは輸入食材や冷凍食品も材料として使ってるある」
この女、地頭が悪いのか。
先ほど自分で冷凍食品を仕入れてと言っておきながら、契約農家?
まあ、それを置いておいても、冷凍食品と加工食品も混ざってるんだろ?
ま、百歩譲……る譲りしろがないわけだが、この女、なに言ってんだ?
「なんある、呆けたであるか彼氏? 女の子を侍らしすぎるからオツムがパーになるあるよ。そんな時こそ丸満ラーメン。ボケにアルツハイマーに、必ず聞くこと間違いなしあるね」
「嘘をつけ!」
「な! ワタシのラーメン道に対する疑念を持ったあるね!?」
「だってインスタント麺だしてるんだろ!? 冷凍食品だしてるんだろ!? 手作り麺とスープが会長の店の売りで、有機農法を使った食材が使われてるって宣伝打ってるよな!?
──まだまだ言い足りないが、次々と突っ込まずにはいられない。
しかし会長は強気だった。
会長の眉根が細くなり。
「黙るある!」
「はあ? 適当な商品を売ってて手作り唄ってるんじゃねーよ!」
「彼氏、もしかしたらもしかして、勘違いをしてないあるか? しかもすんごい勘違い」
「はあ?」
会長の顔が幼子に言い聞かせるような菩薩の顔となり。
俺は新鮮な感覚に。
会長、こんな顔もできるんだな、とも思ったり。
しかし、だ。
今さら何を言い出そうとするのだ、この人は。
「袋麺のインスタントラーメンは『インスタントラーメン』として150円で調理して出すある。冷凍刻み葱を添えて」
「は?」
「で、冷凍食品のラーメンは、こちらは『冷凍ラーメン』として調理して300円で出すある。ネギに続いて出来合いのメンマを添えて」
「え?」
会長の顔がニヤついてきた。
ろくなことを考えていない、そんな顔。
しかしだな、こんなことが許されていいのか。
ラーメン屋で出てくるラーメンがインスタントや冷凍食品だというのだ!
「店に行ってまでインスタント麺食う人間がいるのか?」
「いるいる。我が国日本にも飢えに苦しんだ時代があったある。その頃の名残あるよ」
待て待て。お前は何歳だ。
戦後か? 昭和か? 会長、デコトラ好きだったり?
ぴかぴか電飾が光るママチャリに、そういえば載っていたのを目にしたような。
一度お邪魔した会長の店、油ギトギトで昭和のドストライクな佇まいだったからな。
それに会長は中国人じゃないのかよ。
ああ、そういえば先祖が台湾から渡って来ただの、そうでないだの言ってたような。
まあ、あっち系日本人、ってやつなんだろう。
「で、自家製のラーメンは、あえて言うなら『丸満ラーメン』は豚骨ギトギトネギダクニンニクマシマシ自家製チャーシューにメンマと焼きのりと半熟煮卵を載せてなんと特価、500円で出しているあるよ!」
と、自家製ラーメンもある事を会長はアピールするも。
「でも、そんな安いラーメンも手が出ない人がいるある。その人たちをワタシの店、丸満ラーメンは裏切らないあるね」
「はあ? まあ、普通のラーメンも出すとして、結局インスタント麺も出してるじゃねーか」
「チッチッチ、彼氏は知らないあるね、この令和でも、親が昼食や晩御飯を作ってもらえない子供たちがいることを」
「へ?」
途端に神妙な顔つきの会長。
黙っていれば美人に見えなくもない。
「そんなカワイソカワイソな子供たちが150円握りしめて、インスタントラーメンを食べに来るあるよ」
「そ、そうなのか」
ガキどもが砂利銭もって『オヤジ、インスタントラーメン頂戴!』『あいよ!』ってな光景が目に浮かぶ。
「そうある? ワタシたち丸満ラーメン従業員一同はこうして社会に貢献し、利益を社会に還元しているあるね」
「利益、出てんのかよ」
「超秘密ある」
「秘密?」
「乙女には一つや二つ、何かしらの秘密があるものあるね」
優しく、労りさえ感じ取れる先輩の言葉。
「へえ、先輩からそんな言葉を聞けるとは思わなかった」
そんな背景が。
少し俺は感動した。
うん、俺は今までただ単純に、会長のことをただのバカだと思っていたから。
「ん、感動したなら彼氏も丸満ラーメンを毎日三食食べに来るよろし!」
「おいおい、それって絶対内臓痛めて入院コースだろ」
三食ラーメンはマズイ。
やっぱりコイツ、バカだった。
いや、よくそんな食事事情で素のスレンダーな体形維持てきてるな、いやホント。
「な! まだ言うあるか! 丸満ラーメンは完全無欠の栄養食品あるよ!? 満洲国皇帝溥儀が死の間際に食べたがった我が国日本のチキンラーメンより、味も栄養もワタシのウチの丸満ラーメンのほうがすぐれているあるね!」
「よくわかんねー例えだな」
ラーメンのうんちくで会長に勝てる気はしない。
「よく聞くある彼氏! ワタシのウチの丸満ラーメンはモンドセレクション一位! そしてミュシュランガイドで五つ星ある!」
「……黙れ平気で嘘つくな会長」
うん、これは嘘だ。真っ赤な嘘。
さすがの俺でもすぐわかる。
「チッ、勘の良い男あるね彼氏は」
「すぐばれる嘘をつくんじゃねーよ」
「ウチのラーメン、丸満ラーメンが旨い事は確実あるから、また食べに来るよろし!
あのエセロシア人でも連れて。って言うか、食べに来てお願いプリーズあるよ! ホントはウチのラーメン屋の売り上げピンチある!」
会長が自分の店のラーメンを推して来た。
素直に値上げしろと思うのは俺だけか。
「結局それなんだなそうなんだろ!? 店繁盛していないんだなそうなんだな!? 味で負けてるから売上上がんないんだろ? 全国でも指折りのラーメンの街。そんな修羅の国で毎年新規のラーメン屋が生まれたかと思うと、すぐにその御新規さんや、老舗がつぶれていく」
「ちっちっちっ! 世界の常識がウチの店に追い付いてないだけある! ウチの店は、ウチで出すラーメンは最高あるよ!! 無論、この修羅の国で最も旨いのがワタシの丸満ラーメンであることは間違いない事実ある!!!」
会長はニコニコして喋りまくる。
「はあ、そうなのか? まあ、暇があって、かつ覚えていたら食いに行ってやるよ。で、店はどこなんだよ。まだあの堤防の先でやってるのか?」
「そうある? ええと、場所は川向こうの……」
と、会長が言った時だった。
俺の心のブレーキが、途端に口からあふれ出す。
「遠いんだよ! そうなんだよ! この前行ったとき、あまりの遠さに……」
「黙るある彼氏!」
「あ、そんなこと言うんだ先輩、じゃ、俺行くのやめようかなあ」
「あんですと!?」
途端に震えだす先輩。
掠れる声は、次第に大声となり。
「ちょ、ちょっと待つある彼氏はお友達沢山連れてくるアルネ! ロシア人でも赤髪不良娘でも構わなあるよ! ね!? ワタシと彼氏の約束ある? 友情ある!? 頼むあるよ!! きっと、きっとあるよ!?」
なんだかわいそうになってきた。
だから俺は、こう答えて先輩と別れることにしたんだ。
「はいはい、今度行くよ。みんなを連れて」
「ほ、本当あるか!? 待ってるあるよ!?」
「ああ。約束だ」
と、先輩は急に眼をウルウルさせて。
「彼氏ぃ! 彼氏は日本一、いや三国一の男ある!!」
はあ、先輩はよほど嬉しいらしく、何度も俺が店に来る、俺が店に来る、とつぶやいていたんだ。
うん。
で。
結局会長の家のラーメンの味?
それは読者諸兄が実際に行ってみて、自らその味を堪能してもらいたい。
きっと損はさせない。
安くて旨いあの店。
ああ、そうとも。
今の俺にはそう言い切れるから。
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