54. 最終話


*****


 _____数か月後


 ルキウスの執務室で、ロジェは残った仕事を整理していた。書類を纏めていると、ルキウスの新たな側近であるロベルグが、はぁ、と溜息を吐き出した。


「どうした、ロベルグ。腹でも痛いのか?」

「どうしたもこうしたもないですって。アースターさん、明日からいなくなっちゃうなんて……俺、無理ですよ。どうやって閣下の機嫌を取るんですか?」

「ザザドさんと同じ感じで良いんじゃないか?」

「あの人の真似なんて出来ませんて! 閣下のオーラに耐えうるスキル持ちは、ザザドさんとアースターさんしか居ないんですから……」


 「もう一人いるぞ」と言いかけて、止める。ルトルクにはつい先日、処罰が下ったばかりだ。

 死刑は免れたが、彼には流刑という死ぬよりも辛い刑が言い渡された。厳しい環境で労働し、望みは一切なく、死を待つだけの刑だ。


 ロジェは今でも、頻繁にルトルクの事を思い出す。彼のルキウスへの眼差しは、親愛に満ちたというよりも、もっと濃いところにあったように思う。それに気づいていたのは、きっとロジェぐらいだろう。

 彼がどんな思いで、ルキウスに仕えていたかは分からない。ロジェという存在に心を乱されたり、何かに葛藤したりしたのだろうか。


(……やめとこう。考えるのは不毛だ)


「あーあ。閣下はまじで王座を狙う気ですかね? フェルグスを傘下に組み込んじゃったから、一大勢力になっちゃったじゃないですか。どうするんでしょう」

「さぁ、どうするんだろうね」

「呑気だなぁ、アースターさんは……普通気になるでしょ」


「ロベルグ。無駄話はそこまでにしろ」


 地を這うような声が、ロベルグの真後ろから聞こえてくる。いつの間に来ていたのか、ザザドがぬっと姿を現した。

 

「お前……アースター様に余計な心配を掛けるなと言ったろうが。黙らないと、口を極太針で縫い付けるぞ」

「な、なんでそこ、極太選びます? 細糸にしません?」

「……っぷ、細糸だったら良いのかよ」


 ロジェが笑うと、ロベルグが縋るような目を向けてきた。

 そんな目をされても、ロジェにはどうすることもできない。ザザドがどれだけ恐ろしい存在か、知ってしまったからだ。


 ルキウスとザザドがフェルグスにどんな処罰を行ったのか、ロジェは詳しく知らされていない。


 16年前の合同訓練では多くの者が亡くなったが、それは王兄一派の火龍を使った襲撃によるものだった。

 その件については王兄一派の全滅ということで解決しているし、関わった者も魔王によって死罪になったと聞いている。


 フェルグス家の罪は、ただロジェを誘拐しようとしたという一点だけだった。

 しかもこの事実は、公には一切知られていない。当事者もルキウスとロジェ、そしてルトルクとガイナスだけだ。

 事を荒立てたくないのか、はたまた別の理由か分からないが、ガイナスとルキウスは双方でじっくり話し合ったようだ。


 結果、スヴェラは辺境の地に嫁ぐことになり、偽のロジェであるダンはヒトの国に帰されたと聞く。

 実質、大きく処罰を受けたのはルトルクだけだったが、彼は一切申し立てをしなかった。当時の事も話さず、ガイナスが代わりに全てを語ったようだ。

 主に背くのは逆罪に当たるため、ルトルクだけに厳罰が処されてしまったという訳だ。


 ザザドが厳しい姿勢を一変させ、ロジェを温かな目で包み込む。


「アースター様。今日はその辺にして、早めにお休みになっては?」

「……明日にはカイが迎えに来ると思うので、終わらせときたいんです。きっと早朝に来て、茶も飲まないまま帰るつもりですよ」

「そうですか、明日はカイ様が!」

 

 ザザドが目を輝かせ、嬉しそうに破顔する。その様をロベルグはぎょっとした表情で見つめていた。

 未だ彼は、ザザドの推しに対する変わり様に付いて行けないようだ。


 ルキウスとロジェの間に子がいた事を、一番喜んでくれたのはザザドだった。


 彼は一瞬呆然とし、珍しく冷静さを欠いた。執務室のソファで立ったり座ったりを繰り返し、その他様々な奇行を一通りこなしたあと、ほろほろと涙を流し始めたのを覚えている。


 それ以来、ザザドはカイを天使と呼び、溺愛している。しかしカイの性格は『粗雑な暴君』なので、ザザドはいつも振り回されている。しかしそれすらも、彼は喜んでくれているようだ。



 かつかつと軽快な足音が聞こえ、執務室の扉が開く。ノックもせずに入ってくるのは、ここの主だけだ。

 ロジェが振り向くと、ルキウスは満面の笑みを湛え、両手を大きく広げる。


「ロジェ!」

「おお、おかえり」


 ロジェが書類を持ったまま近付くと、そのままぎゅっと抱きしめられる。

 ルキウスは意外にも、愛情表現が豊富だった。人前でもそれは変わることなく、ロジェは彼からの愛情攻撃に翻弄されている。


 ルキウスの手がロジェへと伸び、少しだけ膨らんだ腹へと伸びる。ゆっくりと優しく撫でながら、ルキウスはこてりと自身の額をロジェの頭にくっつけた。


「うん、今日も良い魔力の流れだ。元気元気」

「そうか。良かった」

「……アカツキに着いたら、連絡するんだぞ。俺も直ぐに向かう」

「焦らなくていいって。まだ予定日は先だ」


 発情期に陥ったあの日、やはりと言うべきか、腹には子供が宿っていた。アカツキに帰ってマグウェルに診てもらった当時、ロジェは絶望に打ちひしがれた。

 また過ちを繰り返したのだと、自分を責める事しかできなかったのだ。


(……ごめんなぁ。……お前ができたことを、素直に喜んであげられなくて……)


 ロジェは腹を撫でて、ため息を零す。

 数か月が経った今も、ロジェには今の状況が信じられない。ルキウスが記憶を取り戻し、こうして新たな命がいることを喜べるとは夢にも思っていなかった。

 しかも今度は、この命を共に守って行けるのだ。


「……しかしまさか、俺の息子が第三騎士団に入団しているとはな。……マーカスが倒れそうになってたぞ」

「うわぁ……団長にはご迷惑を掛けっぱなしだ……」

「まさか歴代一の問題児が、俺の子だったとは……くくく、思い出しても腹が捩れそうだ」

「笑うなって。ったく、お前に似たんだからな!」


 スヴェラが指摘していた第三騎士団との密会だが、あれはカイの親として必要書類を提出していただけだ。

 カイはずば抜けて優秀らしいが、とにかく周囲とトラブルを起こしやすい。ロジェは何度も第三騎士団長のマーカスに謝罪に行き、今ではすっかり親しい友人になってしまっていた。

 宿屋で飲んでいたのもカイの近況を聞いていただけで、やましい事はひとつもない。


 ルキウスがロジェの肩を抱き、笑い声を含んだ溜息を零す。


「……それにしても、君の16年間には驚かされっぱなしだ。今度はロブルースについて教えて貰おうか。『小さな守護者』さん」

「……長くなるけど、聞く?」

「ああ。先は長いからな」


 ロジェの旋毛に唇を落として、ルキウスは熱い息をぶぅと吹きかける。

 頭のてっぺんが熱くなって、それでいてくすぐったくて、ロジェは思わず声を出して笑った。


 

 16年間、ロジェは大切なものを守り続けた。

 ルキウスを支えることが希望だった。

 しかし今は、未来にルキウスがいる。

 愛する子供たちがいる。


 これからは少しずつ、失った時をかき集めるかのように、ルキウスと一緒に巣を作っていくつもりだ。


 16年越しの巣作りを、あなたと共に。

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16年越しの巣作りを【BL】 墨尽 @mohuo_yuhima

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