第2話

 新入生代表挨拶のため、江崎さんと2人でステージに上がりマイクスタンドの前に立つ。


 そこから見える光景は想像とはあまりにも違っていた。


 まず新入生の男女比。事前に聞いていた話が正しいなら男子が9割のはず。だが、明らかに女子が9割といった割合だ。


 そうか。事前に聞いていた話が間違っていて本当は女子が9割のほぼ女子校なのか。


 ……いや! そんなわけある!? 理系のオタクが集まる学校だよ!?


 だが、教員席を見ても女性の方が多い。


 もしかして俺は参加する入学式を間違えているんじゃないか? ここは別の女子校から共学化された学校で、別の高校なんじゃないか?


 念の為、ステージに設置されたホワイトボードに書かれている式次第を確認する。


 そこにははっきりと『東浜工業高等専門学校 入学式』と書かれていた。


 つまり、東浜高専の女子生徒が9割というのは間違いないことらしい。


 そんなことを考えていると、江崎さんのパートが終わり、俺のパートがやってきた。


 事前に記憶した通り、淡々と台本のままに喋ると挨拶は問題なく終了。


 最前列の席に戻り、校長の挨拶に移った。


 当然、校長も女性だ。


「――新入生の皆さん、入学おめでとうございます。これからの日本を背負う技術者となるべく頑張っていきましょうね。さて、近年はリケと呼ばれるように理系に男性が増えつつあります。例年、男性の比率は1割を切るところでしたが、今年は開校以来初めて新入生における男性の比率が1割を超えました。これからは多様性の時代です。皆さんも性別や国籍などにとらわれず、是非とも活発な交流、議論を重ねてくださいね」


 言っていることが自分の認識と真逆で、もはやギャグなのかと思ってしまうが周りの人は真面目に聞き入っている。


 隣に座っている江崎さんなんてメモ帳にメモを取っている始末だ。


「何なんだここは……」


 明らかに異常事態。だが入学式の最中に声を上げる訳にもいかず、そのまま午後の入寮手続きへと続くのだった。


 ◆


 入寮の手続きのため、地図に従って学校の敷地に併設された学生寮に向かう。


 寮と言われた場所には、綺麗なマンション型の建物が6棟建っていた。


 そのうちの一つだけが高い柵に覆われていて、さながら刑務所だ。柵の上部は有刺鉄線で覆われ、これを生身で超えるのは無理だろうと思わされる。


「やっぱり女子寮は警備が違うな……」


 そんなことを考えながら『一年生はコチラ』と書かれた柵のない建物に向かうと、受付にいるジャージを着た女子生徒が別の方向を指さした。


「こっちは女子寮よ。男子寮はあっち」


 指差している先は柵と有刺鉄線に囲まれた建物。


「えっ……あ、あの刑務所みたいなところですか?」


「そうよ。昔は柵だけだったんだけどね。女子があの手この手で侵入するからどんどん警備が厳しくなっていったのよ。去年も男子風呂を女子生徒がドローンで盗撮してて……妨害電波を出す装置を設置したら妨害電波を無効にする妨害電波を出す装置を寮生が作っちゃってイタチごっこなのよね」


「えっ……えぇ……」


 なんだそれは……モノづくりの才能の無駄使いすぎるだろう。


「あ、ついでに連絡先教えてよ。私は寮長の川端かわばた。5年生ね」


 そう言った川端さんは、背は150センチもないくらいの小柄な体格にツインテール。パッと見では同級生にも見えるくらいの幼さだ。


 5年生というのは当然、小学5年生のことではない。高専は5年制のため、最上級生は20歳で大学2年生に相当する世代の人になる。


「せっ、先輩なんですね……僕は仏面です。よろしくお願いします」


 QRコードで連絡先を交換すると、川端先輩は俺に近づいてきて他の人に聞こえないくらいの声量で「また後で連絡するね」と言い、他の入寮生の女子のところへ行ってしまった。


 俺も教えてもらった男子寮へと向かう。


 刑務所のような見た目なのは、内からの脱走を防ぐためではなく、外からの侵入を防ぐためだったとは驚いた。


 入り口に立っている警備員の人に会釈をして男子寮に入る。


 見た目は刑務所だが、中は綺麗なマンションのエントランスのように整備されていた。


「えぇと……301号室……っと」


 部屋番号は事前に知らされていて、母さんが準備を先にしてくれているはず。階段を登って部屋に入る。


 8畳くらいの広さの部屋。その真ん中で父さんが段ボールを開けていた。


「あっ……あれ? 父さん仕事は?」


「ん? 今日は休みだぞ」


「そうなの? さっき今日は入学式が終わったらすぐに仕事に行くって……」


「それは母さんの話だろ? 大変だよなぁ。毎日遅くまでさ」


 話の噛み合わなさに若干のいら立ちと恐怖を覚える。


「母さんは家の近くのスーパーでパートをしてるよね……?」


「それは父さんのことだろ?」


 やはり何かがおかしい。何か、色々と逆転している気がしてならない。


「……あのさ、この国の男女比ってどのくらいだっけ?」


「何を言ってるんだ。普通に一対一だろ? あ、あれか。厳密にはどちらかに偏っていて、みたいな話か?」


「あー……いや。うん。大丈夫。高専ってやっぱり女の子だらけなんだね」


「はっはっ! そりゃ理系に進みたがる男子がそもそも少ないしな! ま、この環境なら彼女はすぐできるんじゃないか? 二次元の興味が薄れたら、だろうけど」


 父さんが俺の荷物からアニメキャラの抱き枕カバーを取り出して目の前で広げる。何を隠そう俺は重度のオタクだ。


「それは自分でやるからいいよ!」


 しかし、美少女キャラを愛でる文化は特に変わっていないらしい。これはこれで助かる。


 それにしても一体何がきっかけなんだろうか。今日あった変なことといえば――


「看板……」


 入学式に向かう途中、看板に頭をぶつけて意識を失った。思えばその直後から母さんと会話が噛み合わないわ、入学式で女子ばかりになっているわと別世界に紛れ込んだような体験が続いていた。


 そして、この世界では明らかに男子が守られている。そして、理系の世界は女子が多い。


 ここまで女子達から向けられていた視線の正体。


 それらをすべて勘案すると……ここは男女の概念が逆転している世界なのではないか? という一つの仮説に思い当たった。


「貞操逆転世界……」


「ん? なんだそれ?」


 父さんが不思議そうに俺を見てくる。


「あー……あはは……何でもないよ!」


 あり得ない話だが、それですべての説明がつく。


 高専は理系で女子ばかりだし、男子寮は女子から守るために厳重に警備される。つまり――


 ブブーっとスマホが鳴動する。通知は川端かわばた成実なるみという人から。さっきの寮長だろうか。


『やっほー! 片付けが落ち着いたら部屋に遊びにおいでよ! 女子寮に男子が入るのは本当はダメなんだけど抜け道教えてあげるね。女子寮のA棟の前に来たら連絡ちょうだーい!』


 ――つまり、ここでは男子が男子というだけでどえらいモテ方をする。高専病にかかった女子は、男子というだけでイケメンに見える。そういう世界だということに気づいてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年10月20日 12:01

貞操逆転世界だと工業高校は女だらけになるのでフツメンの俺でも美少女ハーレムが出来てしまった 剃り残し@コミカライズ連載開始 @nuttai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ