第5話 転校 → 入部
「ま、魔法少女部!?」
その言葉を聞き、ヒトミは目を輝かせた。
「おお、急に元気になったな」
「早く連れてってくれよ!」
思わず敬語も忘れるほど、その胸は高鳴っていた。その様子を微笑ましいと思いながら、モミジはヒトミを連れて歩き始めた。
「サファイアからどこまで説明されたかわからんが、この学校は表向きは個性尊重型の私立学園。しかし、その正体は魔法少女達を一緒くたに集めることにある」
夕暮れに伸びる影が廊下の壁に映る。それに並んで、2人は歩く。他の生徒も誰もおらず、幾分廊下は静かだった。
「んで、そうなったら作戦会議とか、公に集まれる場所が欲しい。そんなわけで作られたのが、魔法少女部だ。普段は魔法少女の研究と称して、年1で発表会モドキをしてる」
やがて、彼女たちは「魔法少女部」と書かれた札の下がった教室の前まできた。
「現在在籍数は3人。2年が1人で1年が2人。お前が入れば3人だがな」
「少ないっすね」
「まあやりたがる奴も少ないからな。去年は大変だったよ」
そう言いながら、モミジは扉を開けた。
「諸君。新しい仲間だぞ〜」
その瞬間、彼女の顔面に何かが衝突する。
「んがっ」
それに吹っ飛ばされて、モミジは廊下に倒れる。見れば、モミジの顔には、黒いインクが着いていた。
「ソーリー。ツバメの実験中だった」
そう言いながら、背の小さい、緑色でアホ毛つきのサイドテールの女の子が出てきた。彼女は万年筆のようなものを持っており、その手にはツバメが握られていた。
「ちょっと、ドア開けないでよ! ピックタック撮り直しになっちゃったじゃない!」
部室の中では、ピンク色でポニーテールの髪の少女が踊っており、その前にはスマホが置かれている。
「先に先生の心配をしましょうよ先輩……」
そう言いながら、もう1人の部員が出てきて、先生の顔を拭き始めた。
「あれ、チカじゃねぇか」
「って、ヒトミちゃん!?」
そのもう1人というのが、今日ヒトミに教科書を見せてくれていた、紫水 チカであった。
「んお〜とりあえずお前ら落ち着け〜」
その状況にモミジはむくりと起き上がり、チカからタオルを受け取り、顔をゴシゴシと拭き始めた。
「とりあえず部室に入れ。話はそっからだ」
「うい」
「あ。おい、ココロは後で廊下掃除しろよ」
「……ベリーサッド」
こうして、4人が全員が席に着く。部室の中には大机が真ん中にあり、そこに席が四つ置かれていた。
「いよし。改めて、こいつが今日から仲間になりました〜」
そう言いながら、モミジはヒトミを立たせた。
「よろしく」
「名前」
「あはい、黄玉ヒトミっす」
「ほい次趣味。後タメ語でいいぞ」
「……魔法少女」
「好きな食べ物」
「……オムライス?」
「よし、座っていいぞ」
奇妙な自己紹介を終えて、ヒトミは席に座った。
「あそうそう、そいつ元ヤンだから喧嘩めちゃめちゃ強いぞ。多分力も強い」
「ヤンキー……そいつはジャンキー……」
緑髪の少女がそうポツリと呟きながらヒトミを見つめた。ヒトミは彼女をなんともいえない目で見つめていた。
「んじゃお前らも自己紹介してやれ。じゃあココロから」
そう言いながら、モミジは緑髪の少女の頭を竹刀でペシっと叩いた。
「おけい」
すると、彼女が立ち上がる。
「ココロの名は
「んじゃ次エル」
「はいはい」
ため息をつきながら、ピンク髪の女が立つ。
「わたしの名前は
「最後。チカ」
「……私席隣なんですけど、自己紹介した方がいいですか?」
渋々と言った感じでチカが申し出る。モミジは少しの間ぴたりと動きを止めた。
「……そう、だったか?」
「先生……。担任なんですから自分のクラスの席くらい覚えといてくださいよ……」
「まあいいや。一応やっとけ」
「全く適当なんですから……」
呆れながらチカが立ち上がる。
「改めて。私の名前は紫水 チカ。趣味は剣道だよ。よろしくね」
彼女はそう言って、ヒトミに微笑んだ。やはり美少女。顔立ちが整っている。
「よおし、自己紹介終わり。ところでなんだが……」
モミジが懐からスマホを出しながら、近くの椅子に座る。
「ちょっち競馬見ていいか?」
その言葉に、エルが机を叩いて立ち上がる。
「先生! アンタ一応業務中なんだから、そういうことやめてよね!」
「いーじゃねぇかよ! 正直競馬の方が教員の給料よりも金もらえんだばかやろー!」
そんな折、部室の机にココロが何かを描き始める。
「おー、綺麗に描けた」
そう言いながら、彼女は机に書いた馬を眺めていた。
「な、なんじゃこの部活……」
溢れ出るカオス。自由人ばかりでまとまりがない。あっけに取られるヒトミに、チカが話しかけた。
「まあ、初めはそうなるよね。私もそうだったし」
「みんなこんな感じなのか?」
「うん、普段から。お仕事の時はしっかりしてるんだけど、いつもはこんな風に自由にしてる」
やいのやいのとしてるうちに、聞き覚えのある声がする。
「全く、なんでこうみんないつまでも騒いでいられるのかピョン……」
「あ、サファイア」
いつのまにか空中にふよふよと浮かんでいるサファイア。彼は空中でゆっくりクルクル回りながら、あくびをした。
「おーい、そろそろ僕がお話したいピョーン」
「うるせえピョン吉。今いいとこなんだよ! おら! 刺せ!」
「ちょ、サファイア! 先生止めるの手伝って!」
「このクッキーヤミー。ヒトミたちにもあげる」
「お、サンキュー」
「……ダメだこりゃ」
やがて、先生がスマホからゆっくりと顔を上げて、皆の方を向いた。
「……話戻すか」
「……擦ったのね。いくら擦ったの」
「……2万」
「ハァ……だから競馬は辞めとけって言ったのに」
「あーもー終わった話はいいの! 戻すぞ話を!」
彼女はは机をバンと叩き立ち上がった。そして、部室の奥からホワイトボードを引っ張り出してきて、キュポっとその蓋を外した。
「えー我々乙姫女学園には今まで、前衛のチカ、後衛のココロ、サポートのエルという構成で頑張って戦ってきたわけだが、ここにヒトミが加わる」
モミジはホワイトボードに全員の名前を書いた。続けざまにその下に今言った情報を書き込んでゆく。
「そうでもってだヒトミ。お前の能力なんだ」
「に、肉体強化……」
「ほおおん、シンプルイズベストだな。順当に前衛だな」
ヒトミの名前の下に、「肉体強化」の文字が書かれた。
「んで、本来ならば全員の能力を解説してやりたいところだが……」
そう言って、モミジはヒョイっとその視線をサファイアに向けた。
「お前が来たっつうことは、なんかあったんだろ?」
それを聞き、サファイアがため息をつきながら答えた。
「そうピョン。やっと話せるピョンよ……」
「んで、要件は」
「6丁目にナイトメアが出たピョン。まだ被害は報告されてないピョンから、今すぐ出動して、被害が出る前になんとかして欲しいピョン」
その言葉と共に、モミジがキキっと微笑む。
「いよーしお前ら、準備しろ!」
勢いの良い号令がかかると、ココロとエルが何か準備を始めた。
「あの2人は何してんだ?」
ヒトミが不思議そうにチカに尋ねる。
「あの2人はね、能力を使うのに少し道具が必要なんだ。だから、その道具の準備。私は特にステッキ以外はいらないんだけど……。まあヒトミちゃんもいらないか」
チカは黒板の「肉体強化」の文字を眺めながら微笑んだ。
「準備できたらいつもの場所来い!」
「了解了解」
「アンダスタン」
2人がガサゴソ何かを用意しながら、返事する。ヒトミが覗くと、何やらスピーカーのようなものが見えた気がした。
「ヒトミちゃんステッキ持ってる?」
「ああ、ここに」
ヒトミはそう言って、学生鞄を指差した。
「ならOK。私たちだけでも先に行っちゃおうか」
チカはヒトミの手を取り、部室の扉を開けた。それに待ったをかける存在が1人。エルだ。
「ちょっとチカ! 運ぶの手伝ってよ!」
「先輩アイドルでもあるんですから、そんくらい頑張って持ってってください!」
「あーもー生意気な後輩ね!」
そんなエルの悪態を背に、2人は夕暮れに染まった廊下を走る。タタタタと早足なステップで階段を下り、チカに着いて行った先は駐車場だった。
「よっしゃ乗れお前ら!」
ガーっと窓が開いて、モミジが顔を出した。同時にピーピーという音がして、ワゴン車の自動ドアが開く。
「これ先生の車!?」
「ああそうだ! ラブフルに金借りたやつ。もう完済したから安心しな」
なんとも聞き難い内容が聞こえた。その直後、タッタと走ってくる音がする。
「ココロ、乗車完了」
ヒトミとチカの間にちょこんと心が座る。その傍には、先ほどは持っていなかった大きめのバッグがある。
「ちょ、ヒトミ! 新人なんだから手伝って!」
最後に降りてきたのは、大量の荷物を持ったエルだった。両手と背中に何かを抱え、挙句サファイアにも荷物を持たせていた。
「た、助けてピョン!」
体に合わないほどの大きな荷物。今にも落としてしまいそうだ。
「アンタまたそれおっことしたら、今度こそバケツアイスに頭突っ込むからね!」
「あーもー最悪だピョン!」
そこでヒトミが車から降りて、2人の荷物を持った。
「アンタ……意外と力持ちね」
「え? ああまあ、元ヤンなんで……」
「とりあえずそれ全部トランクに積んでちょうだい。サファイア。トランク開けてあげて」
「全く、近頃の人間はなんでこうも妖精使いが荒いんだピョン……」
ぶつぶつと言いながらも、サファイアはトランクを開けた。そして、ヒトミは言われた通りにそこに荷物を積んだ。
「んじゃあお前ら。準備はいいな?」
改めてヒトミが座席に座った。助手席のエルが勝手にラジオをいじり始めた。
「ちょっと待って。キュアキュアラブリーズの曲が今やってるらしいからラジオ変えるわね」
「……それ変える前に言えねえか? いつものことだがよ」
かかるアイドルの曲。車内にラブリーな雰囲気が溢れる。
「オウ、これはキュート。ココロのワンダーが溢れ出すよ」
咳払いをするモミジ。そして、再び号令をかける。
「いくぞお前らぁ!」
「「「おー!」」」「……おー?」
こうして、ヒトミの奇妙な部活動が幕を開けるのだった。
モトヤン✴︎ビカムズ→マジカル♡ガール‼︎ 壱六 @16-009GT
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