第4話 アッパー → 転校
「アタシが魔法少女かぁ……」
その日の夜。ヒトミはもらったステッキを眺めながらベッドの上に寝転がっていた。その目はどこかぼんやりと、まだ現実を信じきれていないような目をしていた。
「そうピョン。ヒトミは今日かられっきとした魔法少女ピョンよ」
ポフンという音と、ファンシーな色の煙と共に、サファイアが現れた。
「うお、お前そんなこともできたのか」
「できるピョン。なんてったって、僕は魔法少女の妖精ピョン」
そう言って、サファイアは部屋を見回す。
「……にしても、ヒトミは本当に魔法少女が好きピョンね」
彼が目にしたのは、あたり一面魔法少女のグッズが並べられたヒトミの部屋だった。壁のタペストリーから、天井、床に至るまで、ありとあらゆるところに魔法少女のグッズや、それにマッチしたファンシーさがあった。
「うっせぇ。別にいいだろ」
ヒトミはそう言ってサファイアから目を逸らした。
「全く……というか、明日から学校なんだし、早く寝たらどうピョン?」
「あ? アタシ学校行く気ないぞ」
「違う違う。転校するピョンよ」
「……は?」
「やっぱりちゃんと契約書を読んでなかったぴょんね……」
キョトンとしたヒトミと対照的に、サファイアは呆れた顔であの時の契約書を取り出した。
「ほらここ。ちゃんと書いてあるピョン」
サファイアが指差したのは、ある一文だった。ヒトミはそれを声に出して読む。
「『第二項。この契約書にサインした次の日から、乙姫学園への転校を行い、模範的生徒として、学園生活を送ることを誓う』……」
「というわけだから、明日から乙姫女学園に行くピョン」
衝撃で声も出ないヒトミ。それもそのはずである。彼女は高校に入ってから一度しか学校に行っていないのだ。そのため、そもそも学校に行くこと自体も危ういのだ。
「そ、それに模範的生徒って……」
「一応そうは書いたピョンが、まあ相当まずいことしなければ大丈夫ピョンよ」
「例えば?」
「酒飲んだり、タバコ吸ったり……。まあとにかく、高校生がしちゃいけないことしてないなら大丈夫ピョン」
「……ケンカは?」
「……まあ大丈夫……だと思うピョン」
微妙な表情を浮かべるサファイアを尻目に、ヒトミはゴロンとベッドの上に寝転がった。
「まずったなぁ……あいつらになんて説明したらいいんだ?」
「あいつら?」
「黄玉組だよ。アタシ一応あっこの親玉だからな」
彼女が真っ先に危惧したのがそう、黄玉組についてだ。あの団体はヒトミ中心で、彼女が抜ければ、存続さえ危ぶまれるのだ。
「確かに、魔法少女として活動していく以上、かなり忙しくなるピョン。なら、一度すっぱりその関係を切ってしまうのも、ある意味賢明な決断ではあるピョン」
「うーーーん……」
ヒトミは悩む。黄玉組は彼女が最も大事にしていた存在。それをホイと簡単に手放してしまって良いのやら。だが、魔法少女を続けるという、己の夢を突き通したいのも事実なのだ。
「……いや、あいつらなら大丈夫だろ」
次の日の朝。
「いよーし、説得してきた!」
朝のうちに皆を集めて、ヒトミはなんとか彼らを丸め込むことに成功した。一応、万が一の時にはくるように言っておき、保険もかけておいた。
「そいでもって……これが制服か?」
そのまま自室へとパタパタと向かい、ドアにかけてあったセーラー服を手に取る。
「そうピョン。それが乙姫女学園の制服ピョン。ヒトミはとりあえず……ってわー!」
サファイアが解説しようとした時、ヒトミはポイポイと服を投げ捨てて、着替えようとしていた。
「ん、なんだ?」
「ちょ、はしたないピョン!」
「いや、こっちの方が早いからいいだろ?」
服は廊下に散らかしっぱなし。挙句、廊下でそのまま着替える始末。思春期の女子にあるまじき様だ。
「全く、もう少しお淑やかになって欲しいぴょんね……」
「しゃあねぇだろ? こいつで慣れちまったんだからよ」
着替え終わった彼女はカバンを引っ掴み、自転車のカゴへと放り投げ、自転車に飛び乗った。
「うっし、行くか!」
快調に漕ぎ出す自転車。ビュンと風を切りながら進むそれは、横切る人を驚かせる。
「ちょ、ヒトミ、は、速すぎ……ピョン」
信号待ちをしていたヒトミに、息切れしたサファイアが追いつく。どうやら後ろから追いかけて来ていたようだ。
「ああ、すまん。早過ぎたか。ならここに入りな」
そう言いながら、彼女はサファイアをドリンクホルダーにさした。サファイアはなんともいえない表情をしていた。
「んでよ、なんでアタシは乙姫学園とやらに入学しないといけないんだよ」
自転車を漕ぐその最中、彼女はサファイアに聞いた。
「乙姫女学園は、唯一魔法少女へのサポートを行ってる学校だからだピョン」
「マジで!? 学校あんのかよ!」
「正確に言うと、僕たち魔法少女に妖精たちが干渉するために作られた学校で、僕が推薦した魔法少女は乙姫女学園に集めているんだピョン。じゃないと、チームが組みにくいんだピョン」
「なるほどなぁ……。ってか、魔法少女の妖精っていっぱいいるのか?」
「いっぱいってほどじゃないピョンけど、一応他にもいるにはいるピョン。というか、そんな話をしてる間に見えてきたピョンよ!」
自転車を走らせるヒトミの眼前に、巨大な校舎が広がる。
「こいつが乙姫学園か……」
「生徒数は2000人超え。集まる人材は多種多様。それゆえに、魔法少女もかなり際物が集まってるピョン」
「アタシ以外に何人いるんだ?」
「3人ピョン」
「意外とすくねぇな」
「しょうがないピョン。魔法少女に適性があって、尚且つ引き受けてくれる人は相当稀なんだピョン」
ヒトミは自転車を止めて、学園の中を歩き始めた。
「んで、どこいけばいいんだ?」
「え〜、こっちの道ピョン」
「あいよ」
広い学園の中をサファイアの指示を頼りに進む。やがて、着いたのは職員室だった。
「失礼しまーす」
ガラガラと開けて中に入る。その瞬間、彼女の耳に大声が飛び込んでくる。
「ロォン!」
朝早いからか、職員室にはたった1人の教師しかいなかった。教師は机の上で、ネット麻雀をしていた。
(な、なんだアイツは……)
「って、おお。お前が新人か?」
入ってきたヒトミに気がつき、彼女は席を立った。
赤く長い髪に、上下が黒色のジャージ。その手には竹刀が握られており、相当に目つきが悪い。ヒトミは彼女にどこか親近感を覚えた。
「ほら、モミジ。連れてきたピョンよ」
ヒトミの後ろからひょこっと顔を出して、サファイアが彼女に声をかける。
「ん、ご苦労。もう引っ込んでていいぞ」
モミジの言葉に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるサファイア。やがて、彼はポンと音と少しの煙を立てて消えてしまった。
「んで、お前が魔法少女だな」
「あ、はい」
「ワタシの名前は
モミジはそのままぶっきらぼうにヒトミの手を取り、握手をする。ヒトミは彼女の傍若無人さに驚き、固まっていた。
「そいで名前は」
「……あ、ああ。黄玉 ヒトミっす」
「ういよ」
彼女はヒトミの名前を聞くと、その名前を何かの紙にメモした。やがて、その紙を書き終わると、再びヒトミの方を向いた。
「さて、まずは突然の転校お疲れさんだ。話に聞けば、昨日魔法少女になったばっかだそうだな」
「あ、はい」
「必要な書類とかはこっちで仕上げてあるから、お前は何もしなくていいぞ。そうだな……朝のホームルームまで時間があるし、少し学校見て回っとけ」
「了解っす」
年上との会話に慣れていないヒトミは、若干緊張しながら、そっけない返事ばかりしていた。
「あそうそう、アドバイスだが……」
職員室を出て行こうとしたヒトミに、モミジが声をかけた。
「サファイアは魔法少女以外に見えないから、あんまりあたり構わず話さないほうが良いぞ」
そして、ヒトミは朝のホームルームまで学校を見て回るのだった。
「ほい。今日からウチのクラスに仲間が増えるぞ〜」
少し経って朝のホームルーム。彼女はモミジに紹介されて、黒板の前に立っていた。
「黄玉 ヒトミです」
金髪。無愛想な挨拶。そして目つき。明らかにヤンキーだとクラスがざわついていた。
「よし、自己紹介終わり。お前の席あっこな」
そう言って、モミジは空白の一席を指差した。ヒトミは言われた通りそこに座ると、隣の少女が話しかけてきた。
「初めまして、ヒトミちゃん」
「ああ、初めまして」
「私は
(なんか……いかにも名家のお嬢様って感じだな)
ヒトミはチラリと彼女を見た。その顔立ちは整っており、かなり中性的。濃い紫色に短い髪で、一見すると男と見間違える。
「よろしく」
「教科書持ってないだろうから、今日は私が見せたげるよ」
こんな具合で、彼女の学園生活が幕を開けるのだった。
「ほい、あいさつー」
「ありがとうございました」
「「「「ありがとうございました」」」」
転校初日を終えて、ヒトミはグッタリと机の上に寝転んだ。
(わっかんねぇ……)
そう、ヒトミは勉強がからっきしダメだった。
(黄玉組にいた頃から、あんま学校も行ってなかったし、わかるわけないよなぁ……)
ぼんやりと斜めった太陽を見ながら物思いに耽る。そんな折、突然彼女の頭が叩かれる。
「おい転校生。どうだった1日目は」
顔を上げると、そこには竹刀でヒトミの頭を叩くモミジがいた。見渡せば、もう誰も教室にはいなかった。
「つっかれました」
「まあ話しかけられまくりだったからな。それに、経歴見たら元ヤンだとな。勉強もわかんねぇとこだらけだろ」
「そうっす」
「まあしょうがねぇ。慣れてけ」
なんとも投げやりなアドバイスをしたのち、モミジはヒトミの肩を掴んで、立ち上がらせた。
「んじゃ、本題いくぞ」
「本題?」
「あれ、お前サファイアから何も聞いてねぇのか?」
モミジはニヒッと笑い、竹刀で地面を叩いた。
「魔法少女部、行くぞ」
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