第3話 変身 → アッパー

(うおおおおお! マジで変身した! スッゲェ!)


 先程までのかっこいい決め台詞を言った彼女はどこへやら。ヒトミは内心ではテンションMAXだった。


「小癪ナァ!」


 対して、ナイトメアは目の前で変身したヒトミに苛立ちを隠せていないようだった。彼女を見て、頭に血管を浮かび上がらせ、飛び掛かった。


「おらくらえ! マジカルビーム!」


 彼女はステッキを振る。これは彼女がマジカルガールズで見た技であった。アニメでは、マジカルガールたちはステッキから魔法を出して戦っていたのだ。


「……」


「……あれ」


 しかし、ステッキはうんともすんとも言わない。


「おわっと!?」


 そして、ナイトメアが飛びついてきた。彼女はそれを咄嗟にステッキで受け止める。


「ナッ、受ケ止メタ!?」


「うおラァ!」


 逆にナイトメアを弾き返し、体勢を立て直す。すると、ヒトミは近くに飛んでいたサファイアに話しかける。


「おい。魔法使えないんだけど」


「契約書、ちゃんと読んでなかったピョンね?」


「あったりまえよ」


「はぁ……。多分、今のヒトミはもっと違うことが強化されてるピョン」


「……どういうことだ?」


「魔法少女になった人間は、その人間の特徴が能力となるピョン。ヒトミ、得意なことと好きなことは?」


「ケンカ、魔法少女」


「魔法少女は今なってるから多分違うピョン。こうして残ることは?」


「ケンカ?」


「そうピョン」


「……ケンカが強化されるってなんだよ」


「察しが悪いピョンね……。ヒトミ、地面を殴ってみるピョン」


「地面を?」


「そうピョン」


 言われた通り、彼女は拳を下に向かって構えた。


「おらよっと」


 瞬間、彼女の体が少し浮かび上がり、ナイトメアが作ったものとは比にならないほどのクレーターができた。


「うおあぁ!?」


「ナァ!?」


 その様子にヒトミも、ナイトメアでさえも驚く。


「やっぱりピョン。つまるところ、ヒトミの能力は『筋力増強』ピョン」


 その言葉を聞き、ヒトミはプルプルと震え出した。


「……じゃねえか」


「ん?」


「んじゃあステッキ意味ねぇじゃねぇか!」


 ヒトミの魂の叫びに、サファイアは耳を抑えた。


「しょうがないピョン! そういう魔法少女もいるピョン!」


「いや確かに格闘系のマジガはいるけどさぁ! ステッキ出てきたら普通格闘系じゃないと思うだろ!」


「んじゃあ格闘系はいやピョン?」


「いや好きだよ? 昨日だって見てきたし」


「ならそれで頑張れピョン!」


 サファイアの言葉になんともいえない表情を浮かべるヒトミ。しかし、彼女とて格闘系が嫌なわけではない。ステッキを握りしめて、ファイティングポーズをとる。


「しょうがねぇ……。戦うか」


 その様子を見ていたナイトメアに異変が訪れる。


「イラツク……イラツクゾォ!」


 その身がムクムクと大きくなり、やがて2倍以上の大きさまで膨れ上がった。


「なっ!? デカくなりやがった!」


「マズイピョンね……。どうやら相手にもされなくなったことで、負の感情が増大して、もっと強くなってしまったみたいピョン!」


「マジかよ!」


 先程と違い、理性を失った様子のナイトメアは、その拳を叩きつけた。そして、砕けた破片を投げ始めた。


「うおあっぶねぇ!」


 彼女は飛んできた破片を拳で殴り壊してゆく。その様を見て、サファイアの予想が確信に変わった。


「あ! そうだあの子は!」


 ハッとしたヒトミが振り向くと、彼女は何やら黄色い半透明のドームに包まれていた。


「あれは僕が貼ったマジカルガードだピョン。ヒトミが死なない限り、剥がれないピョン」


「ありがとよサファイア!」


 そう言うと同時に、ヒトミは飛んできた破片を一つ掴み、なんと投げ返した。


「ガアアアアアア!」


 それが腹に当たり、叫び声をあげるナイトメア。その隙を見逃さず、ヒトミはステップを踏みながらナイトメアに近づいてゆく。


「もうちょい!」


 しかし、もうすぐ届くというタイミングで、何かがヒトミの体を吹き飛ばした。


「うあ!?」


 ガァン!と大きな音を立てて、廃ビルに叩きつけられる体。彼女が顔を上げると、ナイトメアに尻尾が生えていた。しかも9本も。


「オイオイ……そりゃずるいぜぇ?」


 瓦礫の中から体を起き上がらせて、パッパと砂埃を払う彼女。しかし、ナイトメアは先程と違い、冷静に様子見などしない。


「グオガア!」


 瞬時に立ち上がったヒトミの腹に拳を入れる。それにヒトミの体が宙に浮き上がり、そしてナイトメアの伸びた尻尾で今度は地面に叩きつけられた。


「カッハ……!」


 肉体の強度も強化されているとはいえ、かなりのダメージ。ヒトミはなんとか立ち上がった。


(結構なモン食らっちまったな……。あちこち痛いぜ……)


 実際に彼女の足に伝うように血が流れ、その頬にも、流れる血があった。


「ヤッベェなこりゃ……」


 暴れるナイトメアを前に、彼女はそう呟く。その瞬間だった。


「お姉ちゃん! 頑張って!」


 その言葉を聞いた途端に、体の痛みがなくなり、傷もドンドンと治っていった。


「こ、こりゃ……」


「それも魔法少女の力だピョン」


 そんな折、サファイアが再び降りてきた。


「誰かから応援されることで、そのマジカルをもらってその力が強化されたり、傷が治ったりするピョン」


「スッゲェ!」


「マジカルガールズもみんながテレビの前で応援してるから毎話勝つんだピョン」


「アタシの応援にも意味があったのか……!」


「そうだピョン。声が届かずとも、彼女たちが応援してくれているんだとわかっていれば、みんなのマジカルは届くんだピョン」


 魔法少女の凄さに思わず身震いするヒトミ。そして、再びその闘志をみなぎらせた。


「お嬢ちゃん! ありがとよ。これで、また戦えるぜ!」


 そのまま彼女はもう一度構えると、走り始めた。それに反応するナイトメア。今度は廃ビルを引き抜き、ヒトミに放り投げる。


「んなもん食うかぁ!」


 彼女はそれを上手くかわし、どんどん近づいてゆく。やがて、ナイトメアは攻撃を尻尾に切り替えた。


「ガアアアアアア!」


 向かってくる尻尾。しかし彼女はここで、マジカルステッキをぎゅっと握った。


「その手はもう食らわん!」


 一本を裏拳で弾き返し、できたその隙になんとステッキを高速で投げたのだ。そのステッキは黄色い軌跡を描きながら、ナイトメアの顔にクリーンヒットした。


「ウガアアアア!」


 仰け反るナイトメア。できたその大きな隙を、彼女は逃さない。


「おらよ、こいつで終わりだ」


 元の体制に戻るナイトメア。しかし、すでにヒトミはナイトメアの懐に潜り込んでいた。


「アタシはよ、ずっとこれを昨日から試したかったんだよ」


 グッと足を踏み込む。地面に少しの凹みができる。ビュンとその足を伸ばし、その凹みはクレーターに変わる。

 やり方は違えど、その技はまさに、昨日見たマジカルガールズの技であった。



「マジカル✴︎スカイ♡アッパーァ!」



 ドゴォンという鈍い音を立てながら、彼女は空高くまで飛び上がった。そして、着地すると同時に、先ほど投げたステッキをキャッチする。


「マジカルに、任務遂行!」


 ボオオオンという大きな音を立てながら、ナイトメアは爆発した。その爆発は黄色いハートを出しながらで、少しラブリーだった。




「これで、バッチリピョン」


 ウワアンと暗かった空間が晴れて、彼女たちがいたのは、夜の河川敷だった。いつのまにか、ヒトミの魔法少女の変身も解けていた。


「あれ、ここは……」


 そこは彼女たち黄玉団が集会をしている場所で、見渡しても少女はいなかった。


「おめでとう、任務完了ピョンね」


 そんな彼女の元に、再びサファイアが降りてきた。


「その空間の主のナイトメアを倒すと、空間が晴れて、変身が解けて自分の家に帰るピョン。なんでここになったかはわからないピョンけど、さっきの女の子は今頃お家に帰ってるピョン」


「そっか」


「後これ、お仕事頑張ったからあげるピョン」


 そう言いながら、サファイアは小さな手をかざすと、ポンという音とともに、ヒトミの自転車が現れた。


「あこれ、アタシの自転車……と、なんだこれ」


 自転車のカゴにはクリスマスプレゼントのように包まれた箱が乗っていた。


「それがプレゼントピョン。急な話だったのに魔法少女になってくれたし、そのお礼もあるピョン。これからの任務は期待しないでピョン」


 ガサガサと乱暴に包み紙を破ると、彼女は叫び声を上げた。


「マジガルステッキ!」


それはヒトミが並んでた女の子にステッキを譲ったものと同じものだった。


「いっぱい買ってる若い男がいたから、一個拝借してきたピョン」


「ありがとよサファイア!」


 彼女は満面の笑みで自転車に跨った。そんなヒトミを、サファイアは優しげな笑みで見ていた。


「これからも魔法少女として、いろんなお仕事をお願いすると思うピョンが、よろしく頼みピョン」


「おう、任せときな! んじゃあもう遅いからアタシ帰るわ! ありがとよ〜」


 そうして、彼女は慌ただしい様子で家へと自転車で帰路につくのだった。



「アカリ!」


 その頃、少女は自宅の前で母親に抱きしめられて迎えられていた。時刻は8時。母親は警察にも通報して、帰りを待っていたのだ。


「良かった、良かった……!」


 公園で遊んでいた少女は、母親が目を離した隙にナイトメアに引きずり込まれてしまったのだ。

 そんな彼女を母親は泣きながら抱きしめていた。


「どこ行ってたの?」


「暗くて、とっても怖いところ。でも、お姉ちゃんが助けてくれたんだ」


「お姉ちゃん?」


「そう。金髪の、お目目の怖いお姉ちゃん」


「お名前とか、わかる?」


 少女は少し考えた後、唯一覚えていた名前を言った。



「マジカルイエローだよ!」



 その表情は満面の笑みを浮かべていた。

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