第2話 遭遇 → 変身

「俺タチノ、テリトリーニ、入ルナァ!」


 瞬間振り下ろされる剛腕。ヒトミはそれを難なく躱わすが、その威力は凄まじく、地面に凹みができていた。


「おいおいなんだありゃ!?」


 訳もわからない状況で混乱するヒトミ。しかし、ハッと気がつき少女の元に駆け寄る。


「大丈夫かお嬢ちゃん!」


 あの怪物と遠かったこともあってか、幸い怪我はない様子だった。しかし、あんなものがいるところにこのまま置いておくのは危険すぎる。


「お嬢ちゃん、走れる?」


「うっ、うん……」


 やっと返事をしてくれた彼女に安堵し、ヒトミは言葉を続ける。


「アタシが合図したら思いっきりあっちに走りな。落ち着いたら迎えに行くからよ」


「うん……」


 不安そうな少女を背に、彼女は怪物と相対した。


(ありゃ今までの誰よりも強いな。気を引き締めねぇと)


 ギンと彼女は怪物を睨みつけて、構えた。


「走れ!」


 それと同時に少女は走り出した。


「待テッ!」


 追いかけようとする怪物。その刹那。ヒトミは怪物の懐に入り込む。


「オラァ!」


 みぞおちに思い切り入る右フック。しかし、怪物はそれをもろともしない。


「なっ、かってぇ!」


「何スンダ!」


 反撃をするりと避けて、連撃を腹にくらわせる。だがその体は一切動くことなく、まるで石像のようだった。


(こいつ……アタシの拳喰らってびくともしねぇ……。普通の人間ならぶっ倒れててもおかしくねぇってのに!)


 彼女が考えていたその時、一瞬の隙を突き、怪物が動いた。


「邪魔ダ!」


 そう言って腕を振り払う。ヒトミはその危険性を本能的に理解して寸のところでしゃがむ。

 その一撃は廃ビルの窓を次々と割っていった。その凄まじさは威力を物語っていた。


(やばいぞこれ……相手にならねぇ!)


 今まで数々のヤンキーと拳を交えてきた彼女。そんな彼女だからこそ、目の前の存在の強さがわかる。

 それを察した彼女は冷や汗を流し、考える。だが、怪物は彼女のことなど気にしていない。


「小娘ェ! ドコダァ!」


 ヒトミは少女のことを思い出し、彼女の元へと急いだ。


(そうだった。こいつの目的はアタシじゃなくてあの子! 急がねぇと!)


 廃ビルの間を駆け回るうちに少女を見つける。


「いたっ!」


 しかし、運の悪いことに同時に化け物も少女を見つけてしまった。


「イタッ!」


 怪物は目の色を変えて、少女の元へと一直線に向かってゆく。ヒトミはその様に思わず体が動く。


「寄越セ、オ前ノ……マジカル!」


 長い爪が生えてきて、少女を切り裂かんとする。それに少女は怯えて、動けなくなってしまった。


「危ねぇ!」


 ヒトミは少女を抱き抱え、なんとか少女を守った。だが、その背中に大きな切り裂き傷がつく。


「あだっ」


 ヒトミは少女を抱えたままゴロゴロと転がり吹っ飛ばされた。少女だけは決して離さず、その背の痛みを堪えていた。


「いってぇ……」


 こんな大きな傷を負うのはいつぶりか。負けなしだった彼女には、その痛みが戦闘の本来の恐ろしさを切に訴えているように思えた。


「お姉ちゃん!」


 少女が心配そうに話かける。ヒトミはそんな少女の頭を静かに撫でる。


「大丈夫だ。お嬢ちゃんも怪我ないか?」


「うん、大丈夫……」


 そうは強がったものの、その痛みはかなりの物だった。やがて、2人に怪物がゆっくりと近づいてくる。


「オイオイ……ソンナモンカァ? 2人マトメテ、食ッチマウゾ?」


 ニタニタとした嫌な笑み。それに少女は怯えて、ヒトミの服をぎゅっと掴んだ。


(くっそ、体が動かねぇ……! もう……)


「カラン……」


 そんな時、うずくまったままのヒトミのポケットから何かが落ちる。


「あ、マジカルガールズ……」


 それは、先程買ったマジカルガールズの缶バッチだった。ヒトミはそれを見てハッとし、缶バッチを少女に渡してフラフラと立ち上がった。


「お姉ちゃん!」


「それ……持ってろ」


 彼女は少女を背に、そう少女に告げる。少女はただ、缶バッチを胸に強く握った。


「諦メナ。オマエジャ俺ニハ勝テネェ」


「諦めっかよ」


 彼女はふらつく脚をガンと殴り、ジャージの上着を投げ捨てた。その下には、マジカルガールズのTシャツがあった。


「諦めっかよ!」


 そして、叫ぶ。その姿には、容姿がみなぎっていた。


「マジカルガールズは、こんな時も絶対に諦めなかった。どんなに負けかけても、どんなに辛くても、誰かのために戦い続けた!」


 憧れの存在を胸に、拳を強く握り、自分に言い聞かせるように叫んだ。


「なら! アタシも諦めねぇ!」


 それはまさに、彼女の決意そのものだった。


「マジカルガールズたちが諦めない限り、戦い続ける限り、アタシも戦う! アタシの、大事なものたちを守るために!」


 彼女の頭に浮かぶ、黄玉組の仲間たちの存在。彼女のことを慕い、ともに歩んできてくれた存在。彼女も今まで、彼らを守るためにその拳を使ってきたのだ。


「アタシはできた人間じゃねぇ。だけどよ、こんぐらいの夢は絶対に突き通す! それがアタシだ!」


 そんな彼女の姿を見て、怪物は高笑う。


「ハッハッハ! 何ヲ言ウカト思ッタガ、ソンナコトカ」


 そして拳を振り上げた。


「サッサト、ドケ!」


 それに咄嗟にガードの姿勢をとるヒトミ。そんな折、空間にパチンと指を弾く音が響いた。


「そんなんじゃあ、1発で吹き飛ぶピョンよ」


 可愛らしい声が聞こえて、ヒトミの目の前で止まる怪物。彼の腕は空中で停止しており、空間自体の時間が停止していた。


「な……今度はなんだ!?」


 再び混乱するヒトミ。彼女の前に、何かが現れた。


「君、魔法少女にならないピョン?」


 それは先程までヒトミのことを見ていた存在であった。


「なんだお前。ウサギか? なんで人の言葉喋ってんだよ」


 ふよふよ浮いている手のひらサイズのそれに、ヒトミは話しかけた。


「違うピョン! 僕の名前は『サファイア』だピョン!」


「サファイア?」


「そうだピョン。魔法少女の妖精なんだピョン!」


「魔法少女の……」


 その言葉を聞いた途端、瞳はサファイアを手のひらで捕まえた。


「ギャー! 何するピョン!」


「てことはアタシも魔法少女になれんのか!? マジカルガールズみたいに!?」


「そ、そうならないかって言ってるんだピョン! とりあえずその手を離してピョン!」


 ヒトミは言われた通りにその手を離し、サファイアは空中でゲホゲホとむせた。


「全く……なんて女だピョン」


「それで! 早く魔法少女にしてくれよ!」


「……しょうがないピョン。するから一旦落ち着くんだピョン」


 サファイアが言うと、ヒトミは落ち着き、やっと彼の話を聞いてくれた。


「まず。目の前にいるこいつは『ナイトメア』って言うピョン」


 サファイアは怪物を指差しながらそう言った。


「ナイトメア?」


「そう。みんなの後悔とか悲しみとか妬みとかの、いわゆる負の感情が集まってできた存在なんだピョン。こいつらはそこらの人間じゃ敵わないくらいにすっごく強いんだピョン」


「ほうほう」


 次にサファイアは少女を指差し、話を続けた。


「それで、ナイトメアはあの子みたいに、突然人を『ナイトメアワールド』って言う空間に引きずり込んでしまうんだピョン」


「引きずりこまれたらどうなるんだ?」


「『マジカル』を食べられてしまうピョン」


「なんだマジカルって?」


「マジカルって言うのは、いわゆるみんなの正の感情。喜びとか、笑い、夢とかだピョン。これを食べられると、希望も喜びも抱けない、悲しき存在になってしまうピョン」


「マジかよ。やばいじゃねぇか」


「やばいピョン。だからそこで魔法少女の出番だピョン」


 そう言いながら、サファイアはどこからか小さな紙を取り出してきた。


「魔法少女はみんな、高いマジカルを持ってるんだピョン。それを元に、ナイトメアたちと戦うんだピョン」


「なるほどなぁ……。んでその紙は?」


「これは魔法少女の契約書だピョン。君は元の戦闘能力が高く、何より魔法少女への強い憧れと、優しい心を持ってるピョン。だから、そんな君に、魔法少女になって欲しいんだピョン!」


 その話を聞いた途端、ヒトミはブンブンと頷いた。その反応を見て、サファイアはなんともいえない表情でため息をついた。


「……誘っておいて言うのもなんだピョンけど、魔法少女は激しい戦いに巻き込まれることになるピョン。それでもいいピョンか?」


「いい! 慣れてるから!」


「……んじゃここにサインを……」


 ヒトミはその紙を受け取ると、親指をガリっと齧り、そのまま出た血でサインをした。その様子に、ペンを渡そうとしていたサファイアはドン引きしていた。


(どんだけ魔法少女になりたいんだピョンこの子……)


「ほらよ、書けた」


 渡された紙いっぱいに書かれた彼女の名前。それを受け取って、サファイアは紙を見つめていた。


「血文字でサインされたの初めてピョン」


 そして、サファイアが紙に手を触れると、その紙から眩いほどの光が溢れ出してきた。


「な、なんだ!?」


「さあヒトミ! この光に触れるピョン!」


 言われるがまま光を握る彼女。その手の中で何かが形成されてゆくのがわかった。


「それが君のマジカルステッキだピョン! それが僕からのプレゼントだピョン!」


 やがて光が晴れて、彼女の手には一本のステッキが握られていた。


「こ、これが……」


 マジカルガールズたちが持っていたのものとは少し違うが、テッペンに金色の装飾が施された大きなハート。そしてその柄には黄色のハートが。それは正に、彼女の思い描いていたステッキそのものだった。


「スッゲェええ!」


「いや〜そこまで喜ばれると僕も嬉しいピョン」


 ひとしきりその喜びを噛み締めて、彼はナイトメアの方を向いた。


「さあ、それじゃあ次は何をすべきか……わかるピョンね?」


「ああ、もちろんよ……」


 ニッと笑うヒトミ。彼女はステッキを構えて叫んだ。


「「変身!」だピョン!」


 動き出した時間。それと共に異形、もといナイトメアは吹っ飛ばされた。


「ナ、ナンダ!?」


 眩い光がヒトミから溢れ、彼女を包む。そしてそれは黄色い大きなハートを形成した。その中でヒトミハ宙に浮かび上がる。


「この胸に宿るは、溢れる闘志!」


 腕、足の順番に煌びやかな装飾が装着される。


「その闘志、誰かを守るため今、燃えたぎる!」


 ドレスのような服を身に纏い、胸には大きなハートの宝石のようなものが装着された。


「ここに参上!」


 そして、黄色いハートの髪留めをして、ポニーテルとなった彼女が着地する。そのまま腕を振り上げて、こう叫ぶ。




「マジカルイエロー!」




 薄暗い空間の中で、一際目立つその輝き。それにナイトメアは目を見開く。同時に、ヒトミの後ろの少女は目を見開いた。


「ま、マジカルガールズ!? 来てくれたの?」


「ああ……ヤンキーだからちっと違うが、来たぞ」


 彼女は腕を回し、ゴキゴキと肩を鳴らしながらナイトメアに再び相対する。


「行くぜ。反撃開始だ」


 彼女の瞳には、『マジカル』が宿っていた。


 

 

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