モトヤン✴︎ビカムズ→マジカル♡ガール‼︎

壱六

第1話 ヤンキー → 遭遇

「姉御、お疲れ様です!」


 河川敷。そこに花道を作るように、真っ直ぐ左右に並んだ男たち。その先には、場違いなほど綺麗なソファがあった。


「おう。よく来てくれたな、お前ら」


 その花道の真ん中を通り、彼女はその席へと腰を下ろす。


「あー、突然で悪いんだがな。ちょっと報告がある」


 その言葉に、空気にピリリと緊張が走る。


「アタシ、ヤンキー辞めて魔法少女になることにしたわ」


「「「「え?」」」」


「つーわけで、後は頑張れ!」


「「「「はぁーーー!?!?!?」」」」


 河川敷に驚嘆の声が巻き起こるのだった。



 時は少し遡る。


「うし、これで全員だな?」


 積み上げられた人の山。その上に1人の少女がいた。いや、少女と形容して良いものか。

 彼女の右手には、ボコボコに殴り倒された男が握られていた。


「おら。ここ来なかったら手は出さないでやるから、さっさとどっか行きな」


 そう言ってその手を離す。しかし、気絶しているせいか動く気配がない。

 それを気にせず彼女はその山から降り、仲間の元へと向かう。


「「「うおおおおおお!!!」」」


 途端に巻き起こる歓声。彼女はその中を闊歩する。


「さすが姉御! 喧嘩ふっかけてきたヤンキー全員ぶん殴ってぶっ飛ばしちまうなんて!」


 鮮やかな青い瞳と鋭い目つきに、たなびく長い金髪。彼女の名前は黄玉オウギョク ヒトミ。ヤンキーグループ「黄玉組」のトップに君臨する存在だ。


「喧嘩じゃ負けなし。その力はこの辺じゃ知らぬものなしの最強! この時代の天下は姉御しかいねぇ!」


 トップに君臨するにふさわしい実力を持つ彼女。時にやってくるヤンキーを薙ぎ倒し、この組を守り続けてきたのだ。


「さてお前ら。アタシは今日は用事があるから帰んないといけねぇ。お前らも遅くならないようにしっかり帰れよ!」


 喧嘩を見届けた彼らへの、彼女なりの労い。彼女は組員たちからも、仲間想いとして慕われており、それが理由で黄玉組もかなり大きな組織になっていた。


(さて、これなら飛ばせば間に合うか)


 夕暮れと組員たちの見送りを背に、彼女は帰路へと急いだ。




「6:59、ギリセーフ!」


 家に着いた彼女は、勢いよく戸を開けて、居間へと急ぎテレビをつける。そして、テレビの前で体操座りをする。


『キュアルル〜、マジカルガールズ!』


 テレビから流れるタイトルコール。その画面に映る鮮やかな少女たち。彼女はそれを無言で見つめていた。


「……」


 その目は真剣そのもの。食い入るように魔法少女たちを目に焼き付ける。


「……ピッ」


 やがて番組が終わり、テレビを消す。いまだに無言の彼女だったが、その拳はプルプルと震えていた。


(や、やっぱマジカルガールズ……ぱねぇ!)


 そのキラキラと輝く目は、まさに少女そのものであった。


「やっぱり、マジガは生で見ないとな!」


 表向きは喧嘩無敗の最強ヤンキー。しかし、その正体はただの魔法少女オタクの女子高生であった。

 小さな頃から魔法少女を好み、そのまま高校生となった彼女。その趣味を知るものは、組の子分たちどころか誰もおらず、ただ1人彼女だけの趣味だった。だが、彼女はそれも気にせず、夕方にやるこの番組を健気に毎週見ているのだ。


「く〜っ、あの時のアッパーったらねぇよなぁ! アタシもあんなのかましてみたいぜ〜」


 そう言いながらアッパーの真似をするヒトミ。その拳はシュッシュとまあまあな鋭い音を鳴らしている。


「……アタシも、魔法少女に慣れたらなぁ……」


 ひとしきり盛り上がった彼女は、そうぼんやりと呟いた。その言葉は空気中に溶けて、誰の耳にも届いていない。


「あんな風にダチと一緒に平和守って戦ってみてぇなぁ……」


「……なるほどピョンね」


 はずだった。


「黄玉 ヒトミ。戦闘能力も申し分なし。そして、その志も文句なしピョン」


  彼女の自宅の木の上。暗い木陰の中に、何かの小さな影が一つ。それは窓からヒトミのことを見つめていた


「明日少し、試してみるピョンね」


それは少しのつぶやきを残し、シャランと消えていった。



 そして次の日。


「さて、今日は1日かけてブツを探すか」


 ジャージ姿の彼女は早朝に家の前でストレッチをしていた。そしてひとしきりそれが終わると、自転車に乗った。


「待ってろよ……マジガルステッキ!」


 彼女のお目当てはマジカルガールズのグッズで、今日発売の代物である「マジガルステッキ」であった。


(いつも通りのステッキならこうはいかねぇ。しかし、今回のは特別デザインバージョン。販売前からその評判は凄まじく高い!)


 田舎道を自転車で駆け抜け、朝の爽やかな風をその身に浴びながら、そんなことを彼女は考えていた。


(この日のために金は貯めてたし、十分!)


 そんな彼女のポケットには、お金の詰まったマジカルガールズの財布がある。その膨らみからは、マジカルステッキに対する彼女の情熱が見て取れた。


「うおおおおおお!」


 こうして、マジカルステッキへの熱情を胸に、彼女は自転車を走らせるのだった。




「ぜ、全然ねぇ……」


 夕方。疲弊し切った彼女の顔に、橙の夕焼けがさす。朝から自転車を漕ぎ、気づけば隣の隣の隣町まで来ていた。が、その手中には未だ目的のものがない。


「転売ヤー……あいつら昨日のヤンキーよりよっぽどクソだぜ全く……」


 彼女はそんなことを呟いて自転車に乗る。夕暮れが彼女の目に映る。


「くっそ、次が最後の店舗か」


 しかし、彼女は諦めなかった。転売ヤーへの恨みをペダルに乗せて漕ぐ。ただ一心に魔法少女への愛を抱いて進む。


「ここで無理なら諦めるしか……」


 自転車を降りて、早足でエスカレーターを駆け上がる。そして目にするのは、個数制限の文字であった。


(いよっし! まだ残ってる!)


 個数制限により転売ヤー被害の少ないこの店舗。だが、レジには長い長い列が。彼女はそこにハラハラしながら並ぶ。


「残り10個でーす」


 前方から店員の声が聞こえる。手に汗を握りながら、列の人数を確かめる。


(ピタリで10! やっぱお天道様は味方してるぜ!)


 さて、ついにやってきた彼女の番。彼女は意気揚々と最後の一個を店員に言おうとする。


「すみませ……」


「もうすぐだね!」


 直後。彼女の耳に入る後ろの親子の声。


「誕生日プレゼント、ギリギリ見つかって良かったね」


「うん!」


 数秒。彼女の中に葛藤が生まれる。


(いや、構うな。先に並んでたのはアタシ。買う権利はアタシにある)


「この日のためにお年玉持ってきたんだ!」


(意識をしっかり持てアタシ! 買う! マジカルステッキを買うんだろ!)


「マ、マジカル……」


「マジガルステッキ、楽しみだなぁ!」


(何のために自転車半日走らせたんだよっ……!言え! 言うんだアタシ!)


 苦虫を噛み潰したような表情の彼女は、か細い声でこう言った。


「ま、マジカルガールズの缶バッチください……」




「チギショウ……」


 もはや自転車を漕ぐ気力もなく、彼女は帰りに買った肉まんを頬張りながら自転車を押していた。


(そうだよな。これで良かったんだよ。本来あれはあれくらいの女の子が買う物なんだからよ……)


 少女の夢を守った。こう言い聞かせないと、彼女は到底歩く気力も沸かなかった。


(……もう、魔法少女を見る年齢じゃねぇのかな。アタシって)


 ふと、星のない夜空を見上げながら彼女はそんなことを思う。


(昔っから変わらず魔法少女を見続けて、同い年のやつらはどんどん卒業していって……。好きにも限界ってもんがあんのかもな)


 その趣味は、同世代の人からすると確かに異端に入る。ヒトミもそれを自覚していた。だが、彼女にはこれ以外に好きになれるものがなかった。


「魔法少女……かぁ」


 キイキイと自転車を押しながら、呟く。

 そんな折、路地裏の方から何かの声が聞こえてくる。


「うっ……うっ……」


 

「これは……泣き声か?」


 その先は見えぬほどの漆黒。だがしかし、その先から確かに少女のすすり泣く声が聞こえる。


「こんな時間にあぶねぇぞ!」


 彼女は押していた自転車を放り出し、路地裏へと走ってゆく。


「狭いけど、これくらいなら……」


 瞬間、狭い路地裏が一気に晴れて、出た先は真っ黒な夜空に、作り物のような星や月が貼り付けられた、不気味な空間だった。


「んだここ?」


 呆然としながら足を進める彼女。その空間は瓦礫や、崩れかかった廃ビルが幾多も存在していて、まるで戦後のようだった。


「うっ……うっ……」


 そんな折、彼女は地面にしゃがんで泣いている少女を目にした。


「あっ! 大丈夫か!」


 ヒトミは彼女に駆け寄り、声をかける。しかし、少女は泣き続けるばかりで返答してくれない。

 それに、目つきの悪いヒトミの顔を見て、余計に泣き出してしまう。


「ままぁ〜……」


「迷子か。警察に連れて行きたいが、どうやっていけばいいんだ?」


 見知らぬ空間。ヒトミはその中で困惑する。何をすべきなのかと思案していると、何か物音が聞こえる。


「なんだ?」


 物音のする方を見る。ただ倒れた廃ビルがあるだけで、何もいない。


「……ちげぇ。裏からなんかくる!」


 彼女は少女を抱き抱え、その身を翻す。瞬間、その場を突き抜けるように、黒い何かが彼女の背後を通過して行った。


「うお!?」


 動揺する彼女。しかし、そんな彼女の目の前に異形が姿を表す。


「ナンダァ? オマエ」


 それは真っ黒い体に、狐の面をつけたような人形の姿をしていた。その図体はかなり大きく、ヒトミの2、3倍はあった。


「な、なんだお前!?」



 そんなヒトミの様子を見ている影が一つ。長い耳に白い体。宝石のように色とりどりに輝く目を持ち、その体には真っ赤なハートのマークが描かれている。


「さてさてさて〜。期待してるピョンよ、ヒトミちゃん?」


 それは一番高い廃ビルで、静かにヒトミを見守るのだった。

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