第二話 巻き込み(改稿)

散々なほど喧しい日照りが自分たちを焦げつける中。学校周辺の鬱蒼とした木々の合間を駆け縫う内海 淳は、髪の毛先しか揺らさずに自分を姫抱きに抱え走っていた。其れはもう風の気持ちが分かるようになりそうな程に緩やかな走りで。


そんな内海 淳の額には一滴の輝く汗すらも見受けられない。なんて男だろ。


にしてももう振り切ったのだから降ろしてもいいだろうに⋯⋯と、意外とガシッと抱えられ降りようにも降りれず暴れていると。


――突如、パジャマのポケットからけたたましい音が鳴り響いた。かと思うとあっという間に別のメロディーに変わった。


そのメロディーはオルゴールの音色だった。けれど、錆びた音が時折聞こえるオルゴール音色だった。

もしかして――。と頭では分かっていても聞いていて心地よいメロディーに気づくと口はメロディーを口ずさんでいた。


波乱としていて昔風の軽快なメロディーだ。このメロディー好きだな。なんて呑気にも。


まぁ、でも呑気にしていると碌なことにならないし。そっとポケットに手をかけようとした途端――内海 淳の方からもけたたましい音が鳴り響いた。


今度のけたたましい音は長い。耳がキーンといったかと思いきや、今度は鼓膜が四方八方から手で引き破かれそうな痛みとなって襲いかかってきた。


じんじんするなんていう話じゃない。感覚が消え失せた方がまだマシだと思う程の痛みがある。鼓膜が⋯、引っ張られる。


すると内海 淳は自分を真下にストンと落とした。


「え。」


コレが木々の上だったらヤバいことになっていたことを想像してしまい、思わず内海 淳の方を見やると。


内海 淳は歯を剥き出しにして口角は吊り上がり何処か引きつった笑い声をあげながら手に持っている鍵を見て笑っていた。


その艶黒い瞳には身を委ねるような憎悪と失意が感じられた。一瞬、きらりと何かが光った。そう思って見ると、其れは一筋の涙だった。


狂わされた。絶望させられた。表情からなのかメロディーからかは分からない。けれどそう感じたのだ。

何が男をそうまでさせたのか知るのが恐い、踏み込んだらそこは――と好奇心すら抑えられる程に内海 淳は苦しみながら笑っている。


最も、人の事情に踏み込むのは野暮だけれど。


「ねぇ、俺⋯⋯ずっと待っていたんです。あなたと同じようにこの日を。」


自分の方を向きそう言ったかと思いきや。一瞬だけ内海 淳は憂鬱に思える目で手を見つめた。内海 淳は突然、過呼吸気味になりながらも深呼吸をし、また口を開いた。


「あなたを見たとき直ぐにピンと来ました。だから学校にだって入ったんです。この人が鍵を持てば0分の1のオルゴールは応えてくれるって!」


嬉しくてたまらない。けれど何処か鬱憤とした雰囲気を醸し出す男は本当に先ほどと同一人物なのかすらも疑わざるを得ない。にしても応えてくれる⋯⋯か。つまり、自分をわざと巻き込んだと。


ま、人のこと言えないよね。自分も情報知りたさでノコノコ着いてってるし。


ん? そういえば――音の出どころが内海 淳全体から鳴り響くようだ。


「俺の手をみてください。」


そう言ってまるで騎士のようにしゃがみ込み、手の平をパッと広げ自分の手を握ろうとする内海 淳。でも、その表情は暗く憂鬱な笑顔だ。――何処となく嫌な予感がピリッと身体を貫き、握ってくる手を振り払おうとしてハッと気付く。


「細い穴?」


思わずぽつりと呟いてしまった口に片手を持ってこようとするも既に遅かった。


少し前に内海 淳から見た同特徴の二本のドス黒い影が流れゆれた。一本は自分の口を影で塞ぎ、もう一本は影を丁寧に動かし口の中になにか鋭く尖ったものを入れようとしてくる。


そのなにかが思いっ切り口の中を引っ掻きながらぶち刺さり、口からはダラダラと血が零れ落ちてきた。


「い゛っ!」


痛くて痛くてしょうがないのに、影はそんな痛みは露知らず。めいいっぱい押してきた。突き走る激痛に耐え切れず、目から涙がこぼれ溢れたのを感じた。


「ッ。」


く゛るしい゛。


「0分の1のオルゴールはですね⋯、俺らを変えたんです。だからあなたは、笑って断ってください。」と、何処か諦めた表情で笑って言う内海 淳を横目に見やり思わず怒りが込み上がってきた。


どうして君が⋯⋯! そんな風にどうして!


ふと気付いた。――ん? なら、どうしてドス黒い影は? 制御が効かない? それとも本心? 分からない⋯⋯。


う゛、そもそも息が苦しくてマトモな思考が出来やしない!


もう一度しっかりと内海 淳の目を見つめる。彼自身をちゃんと見なきゃ。何か分かるものも分からない気がする。


そうしてちゃんと見た内海 淳は泣こうとしても涙が出ない。そんな様子だった。だって、目がピクピクして今にも堕ちていきそうで必死に藻掻いている。そんな目をしているからだ。


何だか何処にも頼れる所がなくて自分一人で塞ぎ込む。――まるで数年前の自分みたいだ、と。




その日は雨が降っていた。両親を失って直ぐだった自分は意気消沈していた。何だか日々がどんどん色褪せていきただ息をして何となく学校への通学路を歩き、何となく遺ったお金で学校へ行き、何となく体育の授業でバレーをしたりして――。


そんなものだから自分に話しかける人は誰もいなくなった。


消失感は消えないし、あっという間に友達は消えるし、一度崩れたら人生あっけなく崩れ果てるんだな。


そう思いながらその日の帰りは珍しく寄り道をした。そう、屋上に。


何処か覚束ない頭のまんま、自分はゆっくりと屋上の端に近づいていった。


一歩、また一歩と地面を踏んで行き。あともう一歩、そう思いながら自分は何も無い所でつまずいた。


近くにい過ぎたからだろう。身体は呆気なく頭から真っ逆さまに落ちていった。自分はこの体勢から戻るのはもう無理だなと感じ取った。


身体が風になる。そう誰かが言ったけれど自分がその時思ったことは違った。身体が重力に抗う重石となる。そう自分は感じてしまったのだ。身体が、いや全身が重力に逆らい首は逆らい切れずカクンと落ち、でも少し斜めから見える空は何処までも綺麗で⋯⋯。


あぁ、もうちょっと生きていればこの綺麗な景色を何度も見れてその変わりゆく景色すらも見れたのかな?


そう、どうしようもなく妄想してしまうのだ。もう死ぬというのに。


そして生きたいと思えてる自分がどうしようもなく、もう死ぬというのに生きたいと願っているのが可笑しくって堪らなくなりつい笑ってしまうのだ。


そんなどうしようもない自分をその時、――先生は助けてくれた。そして、今の学校を紹介してくれた。道標を自分で考えさせてくれる時間もくれた。




だから、余計なおせっかいかもしれない。内海 淳は自分をおびき寄せる為に利用した。けれど、あんな表情を見せられて本心を見せられて断れるほど、自分はどうやら――割り切れる性格じゃないみたいだ。


いつか漬け込まれた時は⋯⋯ま、遠慮なくだけれどね。


でももし、コレをやったら自分は死ぬかもな⋯⋯。いや、でも鋭いものだしな。生きている可能性も。


にしても数年前まであんなに望んでいた⋯ハズなのに、もう暖かいものを知ってしまったからだろうか。


体が拒絶している。でも、此処で自分が拒絶したら彼は、内海 淳は一人ぼっちで助けも求められず死ぬような気がした。予感、勘違いかもしれない。


それにここにいたのが誰だろうとそうしたのかは分からない。でも、誰かが死ぬような未来だけはもう見たくない!


これは自分の我儘だ!


「は、⋯⋯家紋さん。」と一瞬見たかと思えば直ぐに何処か違うところを見た。内海 淳は自分を見ていない。


いや、目は見ている。けれど自分自身を見ようとしない。ううん、見たくないのだろう。


なら、余計に――だな。ははっ。


自身の口にコレでもかと押し付けられる物を歯で掴み取り思いっ切り口を開けゴキュンと喉を鳴らしながら呑み込んだ。


途端に視界は揺れ動き焦点は定まらない。身体がじんわりと生暖かく火照っていきそれを追い払い正気を保とうとするも比喩でも何でもなく溺れそうになる悦楽に吸い込まれ、どうしようもなく逃れられなかった。


まるで酔い、のようだ。酔ったことがないので理解らないけども。学生だから。


何にも考えれなくなって、だんだん意識の在処も何処にもない場所へと墜ちていくのが何となく分かった。


気づくと辺り一面は何にもない水底だった。溺れる。堕ちてゆく。


手を伸ばすもあ、それでもいいかなんて一瞬考えてしまった自分がいた。


どうしてだろう、泡が見える。


深い水底に誘われるように、固定され二度と出られないように。そんな感じにガシッと身体が動かない。


ッ!


――本当に此処で終わりたいのか?


一つの問いかけが自分の身体を巡った。


否! 違う! 違うに決まってる! と思って脳が徐々に晴れていくのを感じた。


そうだ、そうだった。自分は⋯⋯自分は! 我儘だ! エゴだと言われてもそれで良い!


けど! 生きたい!


なんてどうしようもなく足掻くのは醜いかな?


笑みが溢れた。なんだかおかしくてたまらなくなったのだ。こんなにも身体は火照り続け、顔はかぁっと熱くなっていくのを感じているのに。

自分は必死に足掻き墜ちそうになるのを、重い水塊のように吸い付いてくるのを振り払っている。


確かに、人生何が起きるか分からないな。だって――、こんなにも足掻いているのだから。


何度も何度も吸い付いてこようという魂胆丸見えの水塊を振り薙ぎながら口を無理にこじ開けた。


水の中からでは届かないかもしれない。心にすら届かず響くこともないのかもしれない。自業自得かもしれない。


けれど――! 死に物狂いで腹の底から声を絞り出した。


「内海 淳! 下じゃなく自分を見て話せ!」

「はっ⋯⋯?」と下を俯いていた内海 淳が此方を見て目を見開いていた。


「どうして影はあぁした! 紛れもなく君の意思なのか! 答えてよ!」

「⋯⋯。」


内海 淳は何も言わない。下を俯き、泣いているからこそ何も言わない、いや言えないのだろう。


でも! 自分は言ってもらわなきゃ困る!


自己中だと思われようが! お前が勝手にやっただけだろと思われてようが!


「無理にとは言わない。だってこれは自分の我儘だから。⋯⋯けれど、言いたくなったら言って。」内海 淳の捜しているものはきっと内海 淳自身で見つけるだろう。いつか。


だって、内海 淳は自身と向き合ってそれでも憎いほどの相手がいるのだろう。それぐらいの思いを抱いているから自分を利用した。どうしても叶えたかったから! なんて、綺麗事かな。


「――ッ、そこまで言われたら言いますよ。でも、巻き込んだのは俺なのに。どうしてッ?」と迷子のような表情で聞かれた。


「いや、どうしてって聞か――あ、重ねてしまって。ま、つまり我儘だよ。ごめんね!」


「えぇ? なんで謝るんです?」


「なんでって――勝手に嫌でしょ。重ねられても、俺はお前じゃないんだーくらい寧ろ言って! 居心地悪い!」と思わず言った。

「⋯⋯そうですか。重ねてたんですか。」


「うん、内海 淳は内海 淳一人しかいないのにね。ほんっと! ごめんなさい!」と言って土下座した。


「え――、いや巻き込んだ俺がそもそも。」

「でも嫌なものは嫌でしょ!」


このままじゃ埒あかない。


「とにかく、謝らせろ!」

「なんでキレ気味なんです?」


「というか距離感じる! 敬語! 同い年でしょ!」

「えっと⋯⋯。」と何故だか困ったように言う内海 淳。


「あ、家紋さん!」

そう内海 淳が叫んだ途端、自分の視界は立ち眩むようにキーンと白くなり気づくと元いた鬱蒼とした森に戻っていた。


そして突然、自分の手元に乗っていたぽた、ぽたと涙を流すドス黒い影から気持ちが頭に流れ込んできた。



友達が鍵になった。村人、笑ってた。馬鹿だって。


その言葉だけが浮かんだかと思うと次の言葉が浮かんできた。



許せない、友達は絶対戻す。他の子供たちも。


大人は信用ならない。何を使ってでも戻す、絶対に。



もう、どうしようもない。


もう何年も捜したはず。いや、何年かも分からない。


すみさんという人に話しかけられた。こんな夜遅くにどうしたんだい? と。


純夫さん、色々子供たちに教えてる人らしい。大人が話してた。ふーん。


純夫さん、また話しかけてきた。俺がうろついてたかららしい。家に入れられた。ご飯与えられた。まぁ、大人にしては良い人だと思った。


純夫さん、変なものに垂らしてる。純夫さん、変なことしてる? と疑って聞いた。何、それ? と。


あぁ、手紙を書いているんだよ。


てがみ? かいて? なにそれ。そう言ったら純夫さん、目玉飛び出そうだった。


純夫さん、手を添えて字は――と言った。でも俺、突き放しちゃった。手が気持ち悪いと嗤われると思って。


純夫さん、怒ってなかった。純夫さん、何も言ってこなかった。こわい。きらわれた?


純夫さん、字を書いて見せるようになった。純夫さん、どうしても俺に字? を教えたいらしい。


純夫さん、子供たちとワイワイしていた。俺も捜さないとな。


純夫さん、またしても俺に字を書かせた。思ったように書けなかった。悔しい。


純夫さん、今度は絵本を持ってきた。俺を子供と勘違いしてない?


ま、でもあれから背が何年に1mmしか伸びなくなったから見た目が子供だ。でも最近、食べ物食べ始めてからほんの少しずつ伸びてる。不思議だよ。



「ちょ、ちょっと待って下さい!」と急に映像から現実に引き戻された。どうし――顔を赤らめ恥ずかしがる青年の、いや内海 淳の姿があった。


へぇー、案外感情豊かだな。良かった⋯⋯、いらない心配だったようで。



「み、見なかったことに!」と叫ぶ内海 淳。見ちゃったものは仕方ない。影に言ってくれ。


「うぐ。」俯いた内海 淳。なんだろう、さっきよりは距離を感じないかも。は、そうだ! 今だ!


「内海 淳! 敬語なしで!」

「へっ?」と目を見開く内海 淳。すかさず――

「名前で呼んで! かったるいから! あ、でも無理にとは言わないというか、全然断ったとしても悲しくな――いや、うそ。悲しいデス。」


「えっと――彩さん?」

そうじゃない、そうじゃないんだ! けれどそれで良いんだ! 自分でももはや何を言っているのかワカラナイ。


「よし! じゃあ自分はなんて呼べば? ずっとフルネームっていうのもなんか――うん。」とうんうん悩むも分からず。淳って感じがするけど⋯⋯。


「うー、好きに呼んで下さい。」

「あ、敬語!」


「敬語でもいいって言ってたのに?」

「すみませんでした! 敬語で!」と90度頭を下げた。


「そういえば――説明させて下さい。」

「何を?」


「呑み込んだものです!」と意気揚々に言う淳。そういや考えてみれば初対面の人間に本音言わないよな。ごめん。


「あ、いえ。彩さんを見ていなかったのは、滅茶苦茶嫌ですが図星ですので⋯⋯。」図星なのか、淳。


「そ! それで、呑み込んだものとは――」

「ものとは?」


「鍵についていた針です!」


針⋯⋯、え、針? 胃に刺さり込んで自分死なない? それ。思わず自分の胃にふかぁく刺さり込み、意味も分からぬままお腹が痛い。痛い。くるしいと叫ぶもどうすることも出来ずに藻掻き苦しむ想像をしてしまった。


「ッ巻き込んで申し訳――」ゴッと木に淳がぶつかった。

「い゛!」

「大丈夫? 冷やすもの持ってないけどいる?」

「いや、持ってないなら持っていないでしょ! ⋯⋯あ、何言ってるんだ。俺は。」


「ま、お互い様ってことで。」

「なんか丸め込まれた気が⋯⋯。」と頭を抱える淳。う。


「えっと、でもはしてもらうよ! 君?したい範囲でね!」

「あー、はい。」なんか適当な返事。


「ま、とりあえず言うと鍵になったようなものです。」え、鍵って生贄らしき鍵?


「えーと、ちょっと俺みたく成長遅くなる印ですね!」そんな笑顔で言わんでも。わざとか?

「そんなわけないじゃないですか!」と言う淳。やっぱり重ねたこと根に持ってる?


ん? アレ、普通に会話?


「あ、誰でも出来るものだと思って下さい。」


え、誰でも? 今、さらっと自分のプライバシーの侵害が暴露されたよ? え、と。つまり――今までのも。だ、誰かァ! 人の記憶を抹消する機械を造って欲しいィ!


「それで注意点なんですが⋯。」


あ、自分の気持ちはスルーね。


「不謹慎な話なので簡単に言うとストレス発散出来なくなりました。」


なるほど、分からない。


「まぁ、今は置いておきましょう。」


何も分からない儘、ストレス発散が出来なくなったらしい。


「そんなわけで俺のことを簡単に言うと俺自身のプライバシーも先ほどのように本当に偶に消え失せ、心声が急に聞こえるようになりみえるようになり誰もいなくなり友達が出来てもみんな死にゆき⋯⋯って感じです。」


あぁさっきのことか。でもあれを簡略化してしまうのか⋯⋯反応していいのか?


「だからこんなことをした奴に糞食らえと思った俺は0分の1のオルゴールを追っているわけです。」


「あ、だから言っていることにも矛盾を感じたワケだ。知ってたからか。」


「え、矛盾してました?」


「うん。家の謎。なーんで言ってもないのに知ってるのかなぁーって思ってたら⋯⋯そっか。でも、コレは知らないみたいだね。」


震える怒りを抑える為、一呼吸おいて笑顔を貼り付け口を開く。


「0分の1のオルゴールに糞食らえと思っているのは君だけじゃない。自分の家系もそう。」


「え、家でアレだけ親を亡くした復讐のためとくっちゃべっておきながら?」


「聞いてたんだ⋯⋯。いや親じゃないよ? 家族だよ? 家族。えっと、少し複雑な家系でね? というか多分、あの村の隣の村の家系だと思う。」


少し遠い所を向きたくなりながらも、今から話すことを思い浮かべ吐きそうになった。

でも淳には話さないといけないだろう。あの村の出身なら。


「⋯⋯表向きは代々守ってきたよ? そりゃあもう大事に、大事に。鍵をね。」


間を置いた。話すとあの日の出来事が脳裏によぎって息がし辛いと思いきや気づくと息を止めているからだ。


間を置かないと自分は死ぬ。そしてと話さないと、考えないようにしないと息が詰まりそうで話せなくなる。


「でも――その内心は憎くって憎くってたまらなかった。だって家から一人ずつ未だに死人が出ているのだから。差し出さなきゃいけない。そう、大事に大事に一緒に過ごしてきた、一緒に笑っていた人をある日突然。差し出せよと言われるんだ。代々、みんな言われるタイミングは決まってバラバラで。だから逃げる隙もなくて。タダ、タダ言われるんだ。

⋯⋯奴らに。多分、君たちがそう呼んでいる0分の1のオルゴールに。⋯兄弟姉妹がッ理不尽に死ぬんだよ。何で死んでゆくのかは何も知らないまま。」


だから自分はもしかしたら鍵が兄弟姉妹なんじゃないだろうかと考えたことがある。いや、これは淳には言えないな。って! 聞こえてるのか! と思い出した。


思わず淳を見る。気まずそうに目を背けられた。

「ごめん! 無神経に!」

「いや、分からないなりにあれこれ推測した結果でしょう? それに話しを聞けて良かったです。その瞬間を狙えば――」

「待って? 何年待つつもり?」


「え、ですがあなたを巻き込むわけには! 安全な場所にいれば印にだってなりません!」

「――自分はね、そんなことが起こるかもしれないって怯えさせたくない! 家族に! 我儘だよね。でもね、自分だって家族を大事に思ってる。だから、家族じゃなくて自分が囮になれるなら! そうして?」


「彩さん⋯⋯。ッ!」と突然、淳が頬を両手で打った。

「分かりました! 囮にでもなんでもしてやりますよ! いいんですか!」

「いいんだよ! 遠慮なくね! てゆーか元々囮だったんでしょ!」

「えーと、でも小規模の囮です。」


小規模のおとり?

「今は大規模の囮です。」


大規模のおとり?

「で、人です。でも、寿命というか時が伸びてます。たぶん。」


なんかよく分かっていないんだろう。よく分かっていなさそうな説明だ。


「それから俺は肉体そのものが端体オルゴールです。肉体も裂けます。」

「え゛! ん、端体?」


「ま、0分の1のオルゴールの直接的要因のせいです。彩さんはたぶん、ちゃんと人です。」

「なるほど? 分からない。」


意味が分からないことが分かったよ。あれ?


「そういえば友達が鍵になっていて戻せるの?」

「分かりません、でも戻したいんです。けれど、俺の知る限り鍵は生贄分あります。」と自分をはっきり見てはっきり言う淳。生贄分⋯⋯。


「でも0分の1のオルゴールを殺っちゃったら俺もいなくなるかもしれません。寿命の延長だと推測してますから。」


⋯⋯寿命のえんちょう。


「そこであなたに問題です。鍵が二つ集まりあなたが囮になった。コレが何を指すか⋯⋯。分かりますか?」


そう言って持ってきていた鍵をヒントというようにチャリッと見せつける内海 淳。鍵⋯ってことはまさかッ! 自分は焦ってパジャマのポケットの自分で縫い付けたチャックを開けようとしてハッと、気付いた。


チャックが開いている。慌てて白い小箱を取り出して又気付く。小箱も開きかけだ、と。


「ねぇ、まさか針って此処から取った?」


「はい。こっちの鍵には針がなかったものですから。驚きですね、あなたと同じように囮になれる人がいたんですよ。恐らく、預けている最中の学校に。」


え⋯⋯? それすごくマズイんじゃあ?

「はい、マズイです。だから学校に行きましょう。」


じゃあ今直ぐ――


「待って下さい。彩さん、彩さん。箱、開けて鍵を見て下さい。」


「鍵?」


急に楽し気に言うね。何だろう? と思い言われた通り、少しだけ隙間が開いていた蓋をずらすと――錆一つなかったタダゴッツイだけだった鍵は見るも無惨に色が混ざり合い変色し、見た目はうねりうねりしつつもゆたっと揺れ動く骨そのものに変わっていた。


「ヒュッ。」


気付くと口から息が漏れ出ていた。


「じゃあ、鍵を思いっ切り握り潰して下さい。」


え。


予想外の言葉に固まる自分を横目に待てないからなのか自分の手にある箱から鍵を奪い取ると――内海 淳は思いっ切り握り潰した。


途端に床のあちこちに散らばりうねりうねり揺れ動く骨。すると中からは元の鍵が――。


はッ。恐。⋯⋯前世、ゴリラだったりして。


思わず意味不明なことを脳が考えるくらいには混乱していた。それに加えゴリラ具合になのか床に散乱したうねうね動く骨が気持ち悪かったからなのかは分からないけど腰を抜かしてしまっていた。


「失礼な! 筋トレの結果です!」ムッと力こぶを作る淳。嘘だろ? 意外と筋肉だ。細いのに?


「まぁ、要するに針がなくなった鍵は安定しなくなるんです。だから、偶に着いてしまうんですよ。こういうのが。」


そのまま立つことも出来ずぺたりと地面に座り込んでいると


「震えていらっしゃるところすいませんが、もしかしたらお友達と戦う、殺し合いになるかもしれないです。」


更に追い討ちをかけてきた。無慈悲すぎるッ!


「いや、理由をプリーズ?」

「プリーズ?」

「あ、えっと説明して?」


「集まるじゃないですか。群がるじゃないですか。正気じゃないかもしれません。」

「なるほど、分かった。」


突如、自分の視界を黒い影が覆った。いや、これ球体だ。黒い。でも隙間から向こうの景色が見える。


あ、淳の目が見開かれて――突然、内海 淳は袖を捲し上げた。


え。


思わず自分の目は驚愕のあまりか眼孔が縮み、瞼は大きく見開かれた。


前腕部の中垂から肘にかけて裂け目が出来ており筋繊維やら骨やらが裂け目から垣間見える。


そして、肘辺りには針穴のようなものが無数に空いていた。


「ギ⋯〜♪」


音色が合わさるようにギ、ギ⋯と錆ついた音と内海 淳からオルゴールのような音が聞こえたかと思うと


自分を覆っていた黒く固くドス黒い影のようなナニカはゆたり彷徨いながらスルスルおちていく。


そうしてナニカがおちていく最中「死ぬとなれば同じタイミングの可能性もあります。でも寿命を伸ばすだけなら恐らく違うでしょう。」と何処か不安気な表情で淳が言った。


「改めて言います。彩さん、0分の1のオルゴールに辿り着く迄、ずっと一緒に来て俺が無事死ぬのを見届けてくれませんか? その時は、実体がない0分の1のオルゴールも死ぬ時です。」と差し出した淳の手は震えていた。手の平には相も変わらず針のような細い穴が六個空いていた。


見届ける、か。今日会ったばかりの人に聞くことじゃないのは確かだろう。


手は、取りたい。けれど恐怖が⋯⋯、妹たちを連れ去られた0分の1に対しての恐怖が。恐らく自分に刷り込まれているからだろう。


震えが止まらないんだ。


それに、手を取ったら毎日が死以上のモノと隣り合わせ――つまり隣人になる。いや、そんな物騒な隣人。願い下げだけれど。


⋯⋯難しいな。命の恩人の先生は――「自分の生きる目標を、生きたいと思える気づきを大事にしてごらん。」と言ってくれたし。


気づきか。気づきといえば自分はまだ世界を何も分かっていないし世界を全て知っているわけでもない十八歳のガキだ。そしてまだまだ感情も未熟だ。


足手まといかもしれない。だから自分の返事は――


「一緒に行く。それに自分の我儘で首突っ込んだし。けど⋯⋯見届けはしない。淳も一緒に生かす! 絶対に! だから淳を一人にさせてやんない!」


「あはは、俺あなたのそういうとこ割りと好きですよ。」


内海 淳はちょっとそっぽを向きつつも可笑しくて堪らないといった様子で笑っていた。


え、もしかして揶揄われた?


思わず少しムッとしていると、黒い覆っていたものがなくなったせい故なのか草木から虫がピョンッと飛んで来た。


「ひぇ。」


「あ、学校直ぐそこですね。」

そう言いながら何処かを向き裾を下ろす内海 淳。


え? 直ぐそこ? そう思い、淳が向いた方向を見ると辺りが何処か見慣れた森景色をしていることに気付いた。


この景色。言われてみれば確かに?


でもいつも道に迷うからかな。全然どこら辺なのか分からないや。えーとここら辺だったかな? 学校。

まぁでも、いつも通ってる場所だから直ぐに見つけられるよね。そう思い自分がキョロキョロ探していると


「え、嘘ですよね? 彩さん。あそこの斜め横に見えてるじゃありませんか。」


そう指を差されるもわからず


「うーん?」


「ほら、あそこですよ。あそこ。」


と、隣に来て指を差されようやっと見つけた。


「あ、あった!」


何処か呆れた視線を隣から感じつつも鬱蒼とした森の中にポツンと佇む廃校舎のような外装の我が校を見つけれたことに安心感を覚え、胸に手を当てほっとひと息ついた。


「⋯⋯。」いや、ずっとジト目で見ないでよ!


「それじゃあ、学校に向かいましょう!」とおー! といいたそうな感じで淳が手を掲げる姿を前に自分は思わず待ったをかけたくなった。ので、かける。


「ねぇ、ちょっと待って。こちとらローストチキンまみれのパジャマなんだけど!」


「あぁ、そういえばそうですね。」

と、ローストチキンまみれのパジャマをじーっと興味深そうに見つめたかと思うとどうでも良さげに言われた。


う、何だかローストチキンを気にしている自分がアホみたいじゃないか。いや、ローストチキンは大好きだけれど!


少し顔に熱がこもるのを感じつつも気になっていることを聞こうと思った。


「お泊まり会はまさか自分を巻き込む為の口実?」

「じょ、冗談です。別に憧れとかはなくてですね⋯⋯。」

あ、ただの憧れだったらしい。逃げないよう監視とか考えちゃったよ。


「そういえば学校の先生どんな人なんです?」

「えっと、ちゃらんぽらんな校長に厳しい先生――」

うげ。怒られないといいけど。変なの呑み込んだこと。


「え⋯⋯、変なのって同感過ぎます。あ、遅刻は黙って怒られましょう。」

う、怒られたくない。逃げようと足を踏み込むと


「俺を置いてどこ行くんですか? 彩さん。くれるんですよね?」と思いっ切し肩を掴まれた。く、なんてパワーだ。このゴリラめ。


「ちなみにいうと、新入生なのに現在俺は遅刻中です。」

「あ。自分も遅刻だ。」


更に怒られる要素が追加されてしまったじゃないか!


「じゃあ道草を多大に食ってしまいましたが行きましょっか。彩さん。」

確かに自分もついつい駄弁ってしまった。


ん? そういえば⋯⋯と思い下を見るとべったりと汁がこびりつき少しのローストチキンがついたとこにはローストチキンサンドゆるキャラベーラくんが描かれたお気に入りのパジャマがやはりあった。う、ベーラくんが悲惨な姿に⋯⋯。


対して淳は真新しいうちの学校の制服に身を包んでいる。そっか、もしかしてローストチキンまみれで行けっていう皮肉か。


「あぁもう、ローストチキンまみれで行けばいいんだよね!」


「いや、誰もそんなこと言ってませんけど。」


行こうと言いつつも自分は微動だに動こうとしなかった。するとこのままでは埒が明かないことを内海 淳は悟ったのか。また姫抱きに自分を抱えた。


必死に怒られたくない一心で抵抗するもゴリラの前では自分少しの筋トレで培った筋肉など虚しく⋯⋯。

よいしょこらしょと学校に連行されるハメになった。

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0分の1のオルゴール 芒硝 繊(日明かし人) @Rsknii7_myouya

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