第二話 お揃い(改稿)

散々なほど喧しい日照りが自分たちを焦げつけるなか、学校特有の鬱蒼とした森の木々の合間を駆け縫う内海 淳は灰がかり藍色髪を髪の先しか揺らさずに自分を姫抱きに抱え走っていた。其れはもう風の気持ちが分かるようになりそうな程に緩やかな走りで。


そんな内海 淳の額には一滴の輝く汗すらも見受けられない。なんて奴だろう。


それにしてももう振り切ったのだから降ろしてもいいだろうに⋯⋯と、ガシッと抱えられ降りようにしても降りれず困りあぐねていると――突如、手に抱える鞄からけたたましい音が鳴り響いた。かと思うとあっという間に別のメロディーに変わった。


このメロディー、自分がスマホに設定しているのと違う。そう思いつつも聞いていて心地よいメロディーに気づくと口はメロディーを口ずさんでいた。


波乱としていて軽快なメロディーだな。このメロディー好きだな。


まぁ、でもこういうのは呑気にしていると碌なことにならない。そっと鞄を開けようとした途端――内海 淳の方からもけたたましい音が鳴り響いた。


今度のけたたましい音は長い。耳がキーンといったかと思いきや、今度は鼓膜が四方八方から手で引き破かれそうな痛みとなって襲いかかってきた。


じんじんするなんていう話じゃない。感覚が消え失せた方がまだマシだと思う程の痛みがある。鼓膜が⋯、引っ張られる。


すると内海 淳は自分を真下にストンと落とした。


「え。」


コレが木々の上だったらヤバいことになっていたことを想像してしまい、思わず内海 淳の方を見やると。


内海 淳は歯を剥き出しにして口角は吊り上がり何処か引きつった笑い声をあげながら手に持っている鍵を見て笑っていた。


その艶黒い瞳には身を委ねるような憎悪と失意が感じられた。一瞬、きらりと何かが光った。そう思って見ると、其れは一筋の涙だった。


狂わされた。絶望させられた。そう感じた。何が男をそうまでさせたのか知るのが恐い、踏み込んだらそこは――と思う程に内海 淳は苦しみながら笑っている。


「ねぇ、彩さん。俺⋯⋯ずっと待っていたんです。あなたと同じようにこの日を。」


自分の方を向きそう言ったかと思いきや、一瞬内海 淳は何処か憂鬱そうな目で手を見つめた。内海 淳はどうしようもなく過呼吸気味になりながらも深呼吸し、又口を開いた。


「あなたを見たとき直ぐにピンと来ました。だから学校にだって入ったんです。この人が鍵を持てば0分の1のオルゴールは応えてくれるって!」


嬉しくてたまらない。けれど何処か鬱憤とした雰囲気を醸し出す男は本当に先ほどと同一人物なのかすらも疑わざるを得ない。にしても応えてくれる⋯か。ということは音の出どころは鞄の中の鍵かもしれない。でも――内海 淳が持っている鍵は鳴っていない。


この音の出どころはまるで⋯内海 淳自身。


「俺の手をみてください。」


そう言ってまるで騎士のようにしゃがみ込み自分に鍵を持つ手とは反対の自身の手を自分の手に重ねてきた内海 淳。そのどうしようもない憂鬱な笑顔を見て――何処となく嫌な予感がピリッと身体を貫き握らせられた手を振り払おうとしてハッと気付く。


「細い穴?」


思わずぽつりと呟いてしまった口を慌てて閉じようと片手を口に持ってこようとするも遅し。


既にあの時内海 淳から揺れ動いていた影と全く同じ特徴の二本のドス黒い影が。一本は自分の口を影で塞ぎ、もう一本は影を丁寧に動かし口の中になにか鋭く尖ったものを入れようとしてくる。


そのなにか鋭く尖ったものが思いっ切り口の中を引っ掻きながらぶち刺さり口からは血がダラダラと零れ落ちる。


「い゛っ!」


痛くて痛くてしょうがないのに影はそんな痛みは露知らずと云わんばかりにめいいっぱい押してくる。そんな痛みに耐え切れず自分の目からは涙がこぼれ溢れた。


「ッ。」


く゛るしい゛。


「0分の1のオルゴールはですね⋯、俺らを変えたんです。だからあなたは、笑って断ってください。」


と、何処か諦めた表情で笑って言う内海 淳を横目に見やり自分は怒りが込み上がってきた。


どうして⋯⋯! そんな風にどうして!


ふと気付いた。あれ、? ならどうしてドス黒い影は⋯⋯?


もしかして断って欲しい。けど制御出来ていないんじゃないだろうか? 行き場を失った怒りが――。いや待って、変えたと言っていた。なら、もしかして一緒に変わって欲しいとかだろうか?


う゛、息が苦しくてマトモな思考が出来やしない!


もう一度しっかりと内海 淳の目を見つめる。彼自身をちゃんと見なきゃ。何か分かるものも分からない気がする。


そうしてちゃんと見た内海 淳は泣こうとしても涙が出ない。そんな様子だった。だって、目がピクピクして今にも堕ちていきそうで必死に藻掻いている。そんな目をしているからだ。


何だか何処にも頼れる所がなくて自分一人で塞ぎ込む。――まるで数年前の自分みたいだ、と。




その日は雨が降っていた。両親を失って直ぐだった自分は意気消沈していた。何だか日々がどんどん色褪せていきただ息をして何となく学校への通学路を歩き、何となく遺ったお金で学校へ行き、何となく体育の授業でバレーをしたりして――。


そんなものだから自分に話しかける人は誰もいなくなった。


消失感は消えないし、あっという間に友達は消えるし、一度崩れたら人生あっけなく崩れ果てるんだな。


そう思いながらその日の帰りは珍しく寄り道をした。そう、屋上に。


何処か覚束ない頭のまんま、自分はゆっくりと屋上の端に近づいていった。


一歩、また一歩と地面を踏んで行き。あともう一歩、そう思いながら自分は何も無い所でつまずいた。


近くにい過ぎたからだろう。身体は呆気なく頭から真っ逆さまに落ちていった。自分はこの体勢から戻るのはもう無理だなと感じ取った。


身体が風になる。そう誰かが言ったけれど自分がその時思ったことは違った。身体が重力に抗う重石となる。そう自分は感じてしまったのだ。身体が、いや全身が重力に逆らい首は逆らい切れずカクンと落ち、でも少し斜めから見える空は何処までも綺麗で⋯⋯。


あぁ、もうちょっと生きていればこの綺麗な景色を何度も見れてその変わりゆく景色すらも見れたのかな?


そう、どうしようもなく妄想してしまうのだ。もう死ぬというのに。


そして生きたいと思えてる自分がどうしようもなく、もう死ぬというのに生きたいと願っているのが可笑しくって堪らなくなりつい笑ってしまうのだ。


そんなどうしようもない自分をその時、――先生は助けてくれた。そして、今の学校を紹介してくれた。道標を自分で考えさせてくれる時間もくれた。




だから、あの時の自分のようにどうしようもなく笑っている淳を見て断れるか⋯と言われれば断りたくない自分がいた。


もし、コレをやったら自分は確実に死ぬだろうな⋯⋯。数年前まであんなに望んでいた⋯ハズなのに、もう暖かいものを知ってしまったからだろうか。


体が拒絶している。でも、此処で自分が拒絶したら彼は、内海 淳はずっと一人ぼっちになってしまう気がした。コレが何なのかは理解らない。けど自分には感じる力がある。


だから、内海 淳が一人で消えてしまうような気がする未来には絶対したくない!


「は、⋯⋯彩さん。」


自身の口にコレでもかと押し付けられる物を歯で掴み取り思いっ切り口を開けゴキュンと喉を鳴らしながら呑み込んだ。


途端に視界は揺れ動き焦点は定まらない。身体がじんわりと生暖かく火照っていきそれを追い払い正気を保とうとするも比喩でも何でもなく溺れそうになる悦楽に吸い込まれ、どうしようもなく逃れられなかった。


まるで酔い、のようだ。酔ったことがないので理解らないけども。


何にも考えれなくなって、だんだん意識の在処も何処にもない場所へと墜ちていくのが何となく分かった。


気づくと辺り一面は何にもない水底だった。溺れる。堕ちてゆく。


――本当に此処で終わりたいのか?


一つの問いかけが自分の身体を巡った。


そうだ、自分は⋯⋯自分は! 内海 淳に言わなきゃならないことがある!


身体は火照り続け、顔はかぁっと熱くなっていくのを感じながらも自分は必死に足掻き墜ちそうになるのを、重い水塊のように吸い付いてくるのを振り払う。


何度も何度も吸い付いてこようという魂胆丸見えの水塊を振り薙ぎながら口を無理にこじ開けた。


水の中からでは届かないかもしれない。けれど――! 死に物狂いで腹の底から声を絞り出した。


「ねぇ、ちゃんと自分を見て! 今を見て! 君が本当に言いたいことは何?」


「それでも俺は――」


「あぁ、もっともう本音で喋っちゃえって言ってるんだよ! 間違ってもそりゃ人間、良いの! それで! というか人間まちがーいだらけだから! そこから学んで色んなことを知ってゆったりすんの! それであぁもう駄目だーって後から後悔してぐちゃぐちゃになったりさ!」


「⋯⋯。」


「人生やり直せないからさ、後悔してももう遅くって自分なんか――ってなったりもするよ? けど――、自分が立ち止まろうとも時間はそんなこたぁ知らん! と云わんばかりに進んでいくんだよね⋯⋯。どんなに立ち止まって休みたくっても!」


「まぁ要するに君自身の本音をぶち撒けてよ! 恨み辛みでも良し。誰かのものじゃなく、誰かを着飾った、飾りたっけのあるモンじゃなくてさ! 君自身の本音が自分には必要なの!」


「⋯⋯一緒に堕ちて下さい。」


そう誰かが言った途端、自分の視界は立ち眩むようにキーンと白くなり気づくと元いた鬱蒼とした森に戻っていた。


そして自分の手元に乗っていたぽた、ぽたと涙を流すドス黒い影から気持ちが頭に流れ込んできた。


あぁ、それが本心か。きっと一緒に堕ちてやると言ってくれるような相手が淳にはいなかったのかもしれない。もしかしたら寂しくて、でもどうしようもなくて他愛の無い話を繰り広げる相手もいなかったのかもしれない。


「うん、勿論。一緒に堕ちちゃおっか。」


自分は自然とそう笑って言っていた。


すると、どうしてだろう。目の前は真っ黒に包まれていた。包まれたと同時に今度は寒気が自身の身に襲い掛かる。吐き出した息が白いのがなぜか見えて背筋に思わず震えとツンとした寒気が駆け回ってきた。


頭を抑え、冷静になろうと黒いものを見つめると一つ分かったことがあった。


いや、これ⋯包み込まれてる感じはしない。じゃあ黒いものが自分を覆ったのだろうか?


「う゛ぅ゛、ごめ゛んなさ゛い、彩さん。俺、俺⋯。――あなたを巻き込んでしまった。」


そう泣き声のようなダミ声と化している声が外から聞こえる。それにため息をつきつつも口を開いた。


「いい? 自分は好きで巻き込まれた。だから淳が気にする必要性なんか全く無いし、寧ろ遅かれ早かれ巻き込まれていただろうから本当に気にする必要はないんだよ。」


「う゛う゛。良゛い人です゛ね。あ゛なたって。」


「どうせなら良い女って言ってもらいたいものだけど。」


見えていないかもしれないけどブイの字を手で作り言ってしまった。何だかテンションで作ってしまったし恥ずかしい。


――う゛う゛ん。さて、どうやって出ようか。ん? あれ、でも――アレを呑み込んでから変なことばかりだし聞いてみた方が早いんじゃないだろうか。


何処か思考が楽をしようとしている気もするけど、気にせず聞いてみよう。


「ん゛。」


何か聞こえたような⋯⋯? まぁいいか。


「ねぇ、自分が呑み込んだものって何だったの?」


「う゛⋯、鍵についていた針です。」


針⋯⋯、え、針? 胃に刺さり込んで自分死なない? それ。思わず自分の胃にふかぁく刺さり込み、意味も分からぬままお腹が痛い。痛い。くるしいと叫ぶもどうすることも出来ずに藻掻き苦しむ想像をしてしまった。


「ッ色々黙っていたことは謝ります。本当にごめんなさい⋯⋯! い゛った゛!」


ゴッと外から音が聞こえた。どうやらこの黒いのに頭をぶつけたらしい。大丈夫だろうか? 結構、鈍い音がしたけど。


「改めて説明し直した方が良いですか?」


まぁ、確かにちゃんとした説明が欲しいところ。


「うん。ちゃんとして貰おうじゃないの、。」


「彩さん、彩さん。よく真剣に落ち着いて聞いて下さい。あなたは、人でなくなっちゃいました。」


そう何処か落ち着きのない声で言われた。うん、分かったからまず君が落ち着け?


「でも、お揃いですね⋯。」


と言い始めた途端、徐々に少しずつ開いていく隙間からは淳がゆたりと揺蕩うように真っ黒な目が此方を覗き孤が描くように目を細め笑っているのが見えた。


自分、そんなお揃い聞いたことない。あとちょっとこわい。そう思いつつも、何だか内海 淳がそう言ったのが仔犬が自分に見てみて! と言っているのと同じようなものを感じてしまい面白可笑しくなってしまった自分は思わず


「まぁ、いいか。」


「はい!」


嬉しそうだ⋯。


「⋯⋯あ、そういえば注意点がありました。」


へー、注意点。というか未だに何が何のことやらさっぱりなんだけど。


「俺もそこら辺よく分かっていないので彩さんは彩さんなりの別の何かがあると思うんですよ。俺は自分の身体が―いや皮膚がオルゴールになっててグロいんですけどもー。」


皮膚が⋯オルゴール。確かにグロそうだ。


「そうなんですよ。コレが痛くて痛くて。まぁ、手の方はほんとに嫌いですが! 皮膚は何とも思っていません! ⋯慣れなんですかね?」


ん? アレ、普通に会話?


「あ、誰でも出来るものだと思って下さい。」


え、誰でも? 今、さらっと自分のプライバシーの侵害が暴露されたよ? え、と。つまり――今までのも。⋯だ、誰か人の記憶を抹消する機械を造って欲しい!


「それで注意点なんですが⋯。」


あ、自分の気持ちはスルー。


「不謹慎な話なので簡単に言うとストレス発散出来なくなりました。」


なるほど、分からない。


「まぁ、今は置いておきましょう。」


何も分からない儘、ストレス発散が出来なくなったらしい。


「そんなわけで俺のことを簡単に言うと俺自身のプライバシーも消え失せあらゆる声が急に聞こえるようになりみえるようになり誰もいなくなり友達が出来てもみんな死にゆき⋯⋯って感じです。」


自分のこと簡略化してしまうのか⋯⋯と何処か反応に困った。


「だからこんなことをした奴に糞食らえと思った俺は0分の1のオルゴールを追っているわけです。」


「あ、だから言っていることにも矛盾を感じたワケだ。知ってたからか。」


「え、矛盾してました?」


「うん。家の謎。なーんで言ってもないのに知ってるのかなぁーって思ってたら⋯⋯そっか。でも、コレは知らないみたいだね。」


震える怒りを抑える為、一呼吸おいて笑顔を貼り付け口を開く。


「0分の1のオルゴールに糞食らえと思っているのは君だけじゃない。自分の家系もそう。」


「え、家でアレだけ親を亡くした復讐のためとくっちゃべっておきながら?」


「聞いてたんだ⋯⋯。いや勿論それもあるけど、少し複雑な家系でね?」


少し遠い所を向きたくなりながらも、今から話すことを思い浮かべ吐きそうになった。でも何だか内海 淳には話したいと思えるのだ。


「⋯⋯表向きは代々守ってきたよ? そりゃあもう大事に、大事に。鍵をね。」


間を置いた。話すとあの日の出来事が脳裏によぎって息がし辛いと思いきや気づくと息を止めているからだ。


間を置かないと自分は死ぬ。そして淡々と話さないと、考えないようにしないと息が詰まりそうで話せなくなる。


「でも――その内心は憎くって憎くってたまらなかった。だって家から一人ずつ未だに死人が出ているのだから。差し出さなきゃいけない。そう、大事に大事に一緒に過ごしてきた、一緒に笑っていた人をある日突然。差し出せよと言われるんだ。代々、みんな言われるタイミングは決まってバラバラで。だから逃げる隙もなくて。タダ、タダ言われるんだ。

⋯⋯奴らに。多分、君たちがそう呼んでいる0分の1のオルゴールに。⋯兄弟姉妹がッ理不尽に死ぬんだよ。何で死んでゆくのかは何も知らないまま。」


また間を置いた。


「それに鍵って元は人だ。見た目はタダのゴッツイ鍵だけど。その実、鍵の中にはそれぞれ人が、一人いる。」


だから自分はもしかしたら鍵が兄弟姉妹なんじゃないだろうかと考えたことがある。


かといって、自分は鍵が三つしかないのか。それとももっとそんな胸糞悪いものが沢山あるのかは知らない。だから、知りたかったけど⋯⋯。


内海 淳も他にあるかもしれない鍵の在処は知らなさそうだ。


「知ってますよ。鍵の中身が人だということは。」


「え?」


「そして、鍵の中身に俺の友達もいます。」


⋯⋯。それはつまり――


「はい、俺はずーっと探しています。友達が入っている鍵を。まぁ、見つけた所で生きているかは分からないんですがね。それに0分の1のオルゴールを殺っちゃったら俺もいなくなるでしょーけども。」


⋯⋯。何も言えない。内海 淳にとってもうどれくらい待っていたんだろうか。そう思うと自分のしていたことが、思い悩んでいたことが些細なことに思えて仕方なかった。


「そこであなたに問題です。鍵が二つ集まり今、あなたが人じゃなくなった。コレが何を指すか⋯⋯。分かりますか?」


そう言って持ってきていた鍵を見せる内海 淳。鍵⋯ってことはまさかッ! 自分は焦って鞄のチャックを開けようとしてハッと、気付いた。


チャックが開いている。慌てて箱を取り出して又気付く。箱も開きかけだ、と。


「ねぇ、まさか針って此処から取った?」


「はい。こっちの鍵には針がなかったものですから。驚きですね、あなたと同じように反応のある人がいたんですよ。恐らく、預けている最中の学校に。」


え⋯⋯? みんながみんなこうじゃないの? そう思っていると


「彩さん、彩さん。箱、開けて鍵を見て下さい。」


「鍵?」


楽し気に言うなぁ。何だろう? と思い言われた通り、少しだけ隙間が開いていた蓋をずらすと――錆一つなかったタダゴッツイだけだった鍵は見るも無惨に色が混ざり合い変色し、見た目はうねりうねりしつつもゆたっと揺れ動く骨そのものに変わっていた。


「ヒュッ。」


気付くと口から息が漏れ出ていた。


「じゃあ、鍵を思いっ切り握り潰して下さい。」


え。


予想外の言葉に固まる自分を横目に待てないからなのか自分の手にある箱から鍵を奪い取ると――内海 淳は思いっ切り握り潰した。


途端に床のあちこちに散らばりうねりうねり揺れ動く骨。すると中からは元の鍵が――。


はッ。恐。⋯⋯前世、ゴリラだったりして。


思わず意味不明なことを脳が考えるくらいには混乱していた。それに加えゴリラ具合になのか床に散乱したうねうね動く骨が気持ち悪かったからなのかは分からないけど腰を抜かしてしまっていた。


「まぁ、要するに針がなくなった鍵は安定しなくなるんです。だから、偶に着いてしまうんですよ。こういうのが。」


そのまま立つことも出来ずぺたりと地面に座り込んでいると


「震えていらっしゃるところすいませんが、もしかしたらお友達と戦う、いや殺し合いに発展するかもしれません。」


更に追い討ちをかけてきた。は、殺し合いって⋯。何で。そんな淡々と。思わず自分は淳に訴えようと淳を睨みつけ――


え⋯⋯?


無。ヒドく無だ⋯⋯。でも、その目の端はピクピクしていて目は何処か諦めている。

――もしかして、淳はこういうことを何度も経験し見慣れてしまっているんじゃないだろうか? それに何だか優しさ故に淡々と言って⋯、自分を抑えて割り切っているようにも見える。そう感じざるを得なかった。


でもそれって――裏付けることになってしまうような⋯。淳の手慣れ感が鍵がもっと沢山あるということを。


「まぁ、あるでしょうね。」


そう言った内海 淳は少し俯きながらも此方を見てどうしようもないというように笑っていた。


あるかもしれないんだ⋯⋯。


すると突然、内海 淳は袖を捲し上げた。


え。


思わず自分の目は驚愕のあまりか眼孔が縮み、瞼は大きく見開かれた。


前腕部の中垂から肘にかけて裂け目が出来ており筋繊維やら骨やらが裂け目から垣間見える。


そして、肘辺りには針穴のようなものが無数に空いていた。


内海 淳からオルゴールのような音が聞こえたかと思うと


自分を覆っていた残りの黒く固くドス黒い影のようなナニカはゆたり彷徨いながらスルスルおちていく。


そうしてナニカがおちていく最中、淳に差し出された手の平には相も変わらず針のような細い穴が六個空いていた。


「死ぬとなれば結局は同じタイミングなんでしょうが俺言いますね。彩さん、0分の1のオルゴールに辿り着く迄、ずっと一緒に来てくれませんか?」


内海 淳の手は何処か震えている。断られると思っているのだろう。確かに今日あったことは始めてで、正直恐い、死ぬと思うことばかりだった。

それでも何処かで内海 淳を信頼しきっている自分がいた。

この男の人懐っこい感じが自分をそうさせたのか、この男に勝手に共感してしまっている愚かで馬鹿な自分がいるのかは理解らない。


それとも仔犬のように思っているのかもしれない。


「ん゛ん。」


内海 淳から声がした。内海 淳は口を必死に抑えている。もしかしたら仔犬に怒っているかもしれない。


⋯⋯うん、仔犬は失礼だったかもしれない。


でもこれから起こるだろうことをやはり何処か恐れているような自分はこの手を取っていいものだろうか?

此処まで来て何を迷うんだ。そうも思いはするものの、その奥底はどうしようもなく恐れてしまっている。


恐怖が⋯⋯、0分の1に対しての恐怖が。恐らく自分に刷り込まれているからだろう。


震えが止まらないんだ。


それに、手を取ったら毎日が死以上のモノと隣り合わせ――つまり隣人になる。


⋯⋯知りたく復讐したいなら取るべきかもしれないとは思う。けれど、命の恩人の先生は――「自分の生きる目標を、生きたいと思える気づきを大事にしてごらん。」と言ってくれた。


一度、生かされた命。本当に自分だけのために使っても良いのだろうか? そういった迷いの類も何処かある。


確かに自分はまだ世界を何も分かっていないし世界を全て知っているわけでもない十八歳のガキである。そしてまだまだ未熟モノだ。だから自分の返事は――


「一緒に行くし淳を一人には絶対にさせないよ? けど⋯⋯ずっと一緒に行くかはまだ保留で良いかな? まだまだ人生これからだからね!」


「あはは、俺あなたのそういうとこ割りと好きですよ。」


内海 淳はちょっとそっぽを向きつつも可笑しくて堪らないといった様子で笑っていた。


え、もしかして揶揄われた?


思わず少しムッとしていると、黒い覆っていたものがなくなったせい故か草木から虫が飛んで来た。


「ひぇ。」


「あ、学校直ぐそこですね。」


そう言いながら何処かを向き裾を下ろす内海 淳。


え? 直ぐそこ? そう思い、淳が向いた方向を見ると辺りが何処か見慣れた森景色をしていることに気付いた。


この景色。言われてみれば確かに?


でもいつも道に迷うからかな。全然どこら辺なのか分からないや。えーとここら辺だったかな? 学校。まぁでも、いつも通ってる場所だから直ぐに見つけられるよね。そう思い自分がキョロキョロ探していると


「え、嘘ですよね? 彩さん。あそこの斜め横に見えてるじゃありませんか。」


そう指を差されるもわからず


「うーん?」


「ほら、あそこですよ。あそこ。」


と、隣に来て指を差されようやっと見つけた。


「あ、あった!」


何処か呆れた視線を隣から感じつつも鬱蒼とした森の中にポツンと佇む廃校舎のような外装の我が校を見つけれたことに安心感を覚え、胸に手を当てほっとひと息ついた。


「じゃあ、今度こそ気を引き締めて行きましょー!」


おー! といいたそうな感じで内海 淳が手を掲げる姿を前に自分は思わず待ったをかけたくなった。ので、かける。


「ねぇ、ちょっと待って。こちとらローストチキンまみれのパジャマなんだけど!」


「あぁ、そういえばそうですね。」


と、ローストチキンまみれのパジャマをじーっと興味深そうに見つめたかと思うとどうでも良さげに言われた。


う、何だか気にしている自分がアホみたいじゃないか。


少し顔に熱がこもるのを感じつつも気になっていることを聞こうと言葉を紡いだ。


「そういえば狙っている人は? それに学校にも同じような人がいるんだよね?」


「うーん、それなんですけどまず学校に行きましょう!」


どうしても学校に行きたいのかな? 何か自分より内海 淳の方が凄く行きたそうだ。


「べ、別に学校に行ったことがないから見てみたい⋯とかでは全然ないんですよ?」


と、顔を赤くして言うものだから全く説得力がない。というかないのか。いや、まぁそりゃそうなのか? え、じゃあ何歳?


! 学校には色々と集まっていました! 彩さんといい、他の針の人がいるかもしれないといい!」


何だか勢いで乗り切ろうとしてない?


「まぁ、とりあえず針の人を探しに行って話し合うにせよ何にせよ手がかりが学校か⋯、順当に考えると彩さんの家かしかありません。」


自分の家⋯⋯。


「それに、何か理解のある場所なら俺のことだって受け入れてくれるでしょ? 多分。」


まぁ、あそこなら何でもアリだからな。思わず自分はちゃらんぽらんな校長と先生を思い浮かべてしまった。


うげ。怒られないといいけど。遅刻も、変なの呑み込んだことも。


「え⋯⋯、変なのって失礼すぎません? まぁ、否定はしませんけども。それに⋯ま、まぁ何とかなりますよ! きっと⋯。」


う、怒られたくない。


逃げようと足を踏み込むと


「俺を置いてどこ行くんですか? 彩さん。んですよね?」


と思いっ切し肩を掴まれた。く、なんてパワーだ。このゴリラめ。


「ちなみにいうと、新入生なのに現在俺は遅刻中です。」


「あ。自分も遅刻だ。」


更に怒られる要素が追加されてしまったじゃないか!


「じゃあ道草を多大に食ってしまいましたが行きましょっか。彩さん。」


確かに自分もついつい駄弁ってしまった。


ん? そういえば⋯⋯と思い下を見るとべったりと汁がこびりつき少しのローストチキンがついたとこにはローストチキンサンドゆるキャラベーラくんが描かれたお気に入りのパジャマがやはりあった。う、ベーラくんが悲惨な姿に⋯⋯。


対して内海 淳は真新しいうちの学校の制服に身を包んでいる。そっか、もしかしてローストチキンまみれで行けっていう皮肉か。


「あぁもう、ローストチキンまみれで行けばいいんだよね!」


「いや、誰もそんなこと言ってませんが。」


行こうと言いつつも自分は微動だに動こうとしなかった。するとこのままでは埒が明かないことを内海 淳は悟ったのか又姫抱きに自分を抱えた。


必死に怒られたくない一心で抵抗するもゴリラの前では自分の筋トレで培った筋肉など虚しく⋯⋯。

よいしょこらしょと学校に連行されるハメになった。

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0分の1のオルゴール 日明かし人 @Rsknii7_myouya

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