0分の1のオルゴール
芒硝 繊(日明かし人)
第一話 水面下での邂逅
朝起きて後ろに括り縛っていた黒髪を横に流し垂らした。
それから手の感触があるかどうか、ここは本当に見慣れた場所なのかどうか不安になり。今日も焦りで鼓動が早まるのを感じながら何度も、何度も、辺りを見回した。
いつも通りなのか否か。目はちゃんと開けているかどうかと藍色の瞳を、鋭い眼孔を目ぇいっぱいにパチパチした。
不安のせいなのかは分からない。けれど息はあがり途切れ途切れ、手もヒドく凍えるようにかじかんでいた。
其れでも今日も学校があるものだ。
はぁーと、目を瞑り俯きながらも今の気分を紛らわすようにため息を吐き出し、ベットから降りようとすると息がヒドく白い色をしていた。
ん―、部屋はこんなにも生暖かい。まさか。
不味いッ! と冷や汗をかき慌てて飛び降りようとし「いだ゛!」と足が思いっきりベットにぶつかった。
ジンジンする痛みを感じながらも自分は温いベッドから足掻くように一歩を踏み込んだ。瞬間、ジーンと痛みが足を走ったがそれでもと足を進めた。
その間、ずっと誰かがいるような気配が自分の背後を覆っている気がした。
自分が走り出すと、其れは誰かに後ろから追われているような気配なのか錯覚なのか分からないものに変わっていった。走っているのにずーっと、肩に手が置いてあるようなそんな気が。
冷や汗が背中をつたった。マズイと脳が分かっているのに足は全く進まない。
そして外の天気が急激に雨に変わったのか雨音がザーッと鳴り始めた。
その変われることがどれだけ恐ろしいことなのか理解もしたくなく考えを放棄した。進まない足、それでも歩みを止めたくなくこれでもかというほどの急ぎ足で階段に行けた。
つかの間の安堵も当然、相手にとっては知ったこっちゃない。逃げなきゃッ!
白く肺が凍えそうなほど寒いと感じる息を吐きながら階段を駆け下りた。
瞬間、足が滑って手すりを離さないこと一心に。ッ、危なかった。寒い? 肩の上の手が指で肩をさすりさすり。感触が妙にリアルでけれど寒い!
⋯⋯急ご。
背筋がゾッと遠ざかるような気がしつつも階段を下りた先で自分がふっ―と顔を上げると家には誰もいなかった。見た途端に心はギュッと締め付けられ、思わず下を俯き膝から崩れ落ちそうになった。
あ。と足でしっかりと立ち覚悟を決め前を向いた。そうだ、其れでも⋯⋯。自分は切り替えなきゃいけない。
そんな自分の気持ちはお構いなしに肩の指が小刻みにリズムを刻んでいる。ッ、完全に弄んでる!
苛立ち半分恐さ半分に走り出し急いで昨日買ったローストチキンパンを掴み取った。袋から取り出し袋はゴミ箱に、だなどと悠長なことを言ってる暇はないので床に投げ捨てパンを口にがっつりと咥える。
朝食が未だだからだ。
はぁ、でもこんなことはいつものことだ。でも未だに慣れない。いや、慣れるものじゃない。急いで玄関へ走り抜こうとしてる途端――天井が崩れ落ちて来るのが視界に入った。
ちっ、毎度の如く壊しやがるのはいい加減やめて欲しい。
そう舌打ちを心の中でしながらも支度一式セット鞄と学校の鞄を取―届かない、少し遠い。上からは瓦礫。ッ間に合わない?
――ならば、と思い立ち直ぐに自分は身体を斜めに捻りながらも鞄をすかさず一つ玄関に向けて投げる、そしてその体勢から足を取っ手目掛けて振り回しそのまま弧を描いて身体の向きにある玄関目掛けて一片足投げ。
見事、玄関のドアにぶち当たり鈍い音がした後そのままドア近くに落下してくれた。
よかった⋯。なくなったらどうしようかと。
少しの安堵も束の間でしかないらしい。後ろから迫り来ている気配がする。自分は急いで落ちている鞄を掴み取り目前にある玄関へのドアを開け、ピシャンとまた急いで閉じた。
危なかった⋯。最悪、死んでいたどころでは済まされなかった。
コンコン、コンコン。指だけでノックしているのか小刻みで軽快な音だ。
思考を思いっきり回し考えよう。幸いにも、ここは玄関。其れに玄関は鍵によって守られている。まぁ、兎に角安全のハズ。後ろからドアを叩く音が若干激しくなってようとも――た、多分安全。
そう思いながら、靴を履きいつでも出れるようにとローストチキンパンがつきそうな距離でドアの前に自分は立った。
問題はここを出てどうやって学校へ行くか。振り切って走れるだけの体力があればいいが――。
ドンドン、ドンドンッ! 激しいノックへと変わってゆく。グーパンで殴ったみたいな音がした。
でも今、自分の口にはローストチキンパンが。
息がもたない可能性が高い。かといって急いで食べるだけの余裕があるか――? と言われれば当然ない。
でも昨日ウキウキで買ったローストチキンパン。もしチキン部分だけでも落ちようものならその途端自分は崩れ落ちるだろう。
だからそんなローストチキンパンを犠牲にしたくはないけども其れをしてでも自分には学校に行かなきゃ駄目な事情がある。
だけどもローストチキンパンも食べたいのだ。
――ローストチキンパンを咥えたまま振り切らなければ。
途中でローストチキンパンのロースト部分が落ちる可能性もありはするのが悲しい事実。
すると突如ドアが目前に迫り驚いた拍子にローストチキンパンのローストチキン部分が空を舞った。
んなバカな! 夢か?
そして近くにい過ぎたせいか、自分の頭から鈍い音がした。そして生暖かい何かがつたるのを感じた。
自分は意図せず、四歩後ろに下がらされた。
「い゛」
咄嗟に頭を抑えた。ヒドい痛さだッ⋯⋯!
「こんにちはー。
気づくとローストチキンは自分のパジャマにべったりとくっついていた。
嘘だろ、ローストチキン部分。
「あ、ローストチキンパンのロースト部分が⋯⋯。」
嘘だ⋯⋯、信じたくない。きっと夢だ。これじゃあタダのパンだから!
「え、頭に血? パジャマにお肉? もしかしなくてもですよね⋯⋯。――すみません! 家紋 彩さん!」
ショック過ぎて思わず俯いた。ローストチキンが⋯、ローストチキンが⋯⋯逝ってしまった。今日はなんて日だろう。
「すいません⋯。」
タダのパンとなり、相棒であったハズのローストチキンがいなくなり⋯⋯。
このパンは一体どういう気持ちだろう。
「はぁ。ローストチキンの気持ちが分からない。」
「あの、すいま゛せ゛ん!」
突如、耳元で大きな音――いや声が聞こえた。
ふと目線を上げて声の出どころを探そうとすると、濡れ濃藍に灰を混ぜたかのような髪を短く後ろに括り何処かへ
例え美形だろうが、急に見知らぬ人がいるってこわ過ぎる。
「不法侵入者が、うちに何の御用で?」
苛立つあまり、失意のあまり、怖いあまりうっかり言ってしまった。だが、相手が不法侵入者なのも事実。こんな灰がかり藍色頭の知り合いはうちにはいない。
ゴンゴンゴンゴンゴンッ! もはやリズム関係なく後ろから音が。
「失礼しましたー。ですけど不法侵入者ではありませんよ。俺、ちゃーんと許可とっていますから。」
にっこり笑って目の前の男はグーにした手をパーにし手の平を此方に向けに突然何処からとも無くデカくゴツいあの鍵を中指に引っ掛けた。えぇ⋯⋯? ノック音を無視? 肝座りすぎ。
しかも鍵? なんで。というか不味い。それに許可? 怪しすぎ。⋯⋯でも鍵が相手の手にある以上仕方ないか。相手の機嫌を損ねないよう意図を探るしかないな。それにしても――
「おぉ。えっと⋯⋯、それって手品なの?」思わず気になった。
「いいえー。其れと頭、食べ物。何から何まで本当、すみませんでした!」
と、突如地面スレスレまで勢い良く頭を下げるものだから内心困惑中である。
急にどうした! この男!
「えっと?」
「頭から血が出てます。あとお空を舞ったお肉のことです。」
お空を舞ったお肉? え、あれ現実なの?
「あの、大丈夫です?」
頭に血? ふとそう思って頭を触る。そして手をゆっくりと見た。
⋯⋯あ、ほんっとだ! 血だ! すご!
「ね、見て! 血出てる!」
「えっと、そうですね?」
「へー、頭から血って出るんだね。」
「えっと、はい。そうなんですか?」
ドアにぶつけたくらいで血が出るとは――初めてだ。
「ほんっと、すみませんでした!」
先ほどは困惑していたのに今度は仔犬みたいにしおらしくなった。どうしてだろう?
ドドドンドンッ! ドドンッ! もはやノックと思えないような音がする。工事現場かな?
「うぅ、もうやけです。すぅ――あなたお困りでしょ?」
もう仔犬にしか見えなくなっていたのに今度はやけに真剣な目で此方を見据えて言うものだから、自分は思わず不安になった。
「ねぇ、君ってひ――」
「あ、伏せてください。」
伏せる? 疑問に思ったその瞬間――。うちの玄関が、いや家が全て崩れ落ちてきた。家が、破片はパラパラと。塊は真っ逆さまにやけに速く頭上に。
よく見ると黒い影が手で塊を突き落とし、自身もその上に乗っかったようだ。弄びとは違う、明らかな殺意。
「ヒュッ」
今自分の口から声が出たの? あ、これ――死ぬ。そのたったの二文字が頭の中を埋め尽くした。
まだ何も出来てな――すると突然視界が吐きそうなほどにぐるりと回り
「ふぅ、大丈夫ですか? ん、あーコレは⋯。暫く学校にお泊まりにでもなりそう、ですかね?」
そう言って片手は雨風に揺れる髪を抑え、腕一つで自分を抱えた男は此方を覗き込みしっとりと髪を雨風に揺らしながら何処か楽し気に目を細め笑っていた。
其れが何故だか綺麗に見えた。
チラっとドス黒い影が自分の視界の端に映り込む。
「危ない!」
気付いたら声が出ていた。
「コレ、お借りしますねー。」
其の瞬間、男は自分のパジャマについていたローストチキンを手で掬い上げ影に向かってコイントス投げをした。
自分でも何を言っているのか分からない。けれどコイントス投げでドス黒い影をじゅわりと溶かしたのだ。
え、トンデモない。ゴリラ――
「ね、困っているでしょ?」と此方を覗いて奇天な男が口角を上げていた。背景、コインとドス黒いぐちゃぐちゃを添えて。
男は鍵をちらつかせ、明らかに不法侵入してきた不審者3号だ。今度の男は鍵について何か知っているのだろう。物言いから察するに。
だから――
例えそれがトンデモないローストチキンコイントス投げ人ゴリラが知っていたとしても!
根掘り葉掘り聞かなければいけないッ!
けれど、まずお礼を言わなきゃいけない。多分。礼儀ってダイジ。それと愛するローストチキンへの疑問も。そう思っていると男は自分をそっと降ろした。
「⋯助けてくれてありがとう。でもなんでローストチキンコイントス投げ?」
「あぁ、そりゃあすいません。手元にあるものがこの鍵しかありませんでした。この鍵を⋯⋯投げるわけにもいきませんし。」
そう言ってチャリ⋯と先ほどと同様何処からとも無く鍵を出して自分に見せる。狙われていることを知ってそうな口ぶりだ。
やっぱり自分より何か知っているのか?
鍵は三つしかなかったハズ。で、その内一つは自分のパジャマのポケットの中。残り二つのうち一つは学校に預けてもう一つは亡くなった親が親戚に預けていたハズ。
この家の鍵は何故か分からないけどさっきのような奴らに狙われているから厳重に保管している。親も厳重に保管しろとしつこく言ってきた。
でもそんな親は奴らに、よく分からない奴らに溺死させられ弄ばれた挙句殺されてしまった。親自身も元々いつか死ぬかもしれない。そう覚悟していた。
していたとはいえ、いざ事が起こって冷静でいられるか復讐心が全くないかと言われれば嘘になってしまう。
だから、自分は怒りを抑えきれないから淡々と喋る。
自分は死ぬ思いをしようがこれまで鍵を一つ手元に置いてきた。勿論、生きて色んな世界を見たいという類いの欲求も、滅茶苦茶自分の中に存在するだろう。
けど恨みと好きである心が両立しているからかヒドく複雑な心境だ。敵も討たずに普通に笑って平然と家族のことを忘れ青春をして生きて行く、友達と時に寄り道をする、笑顔になる、恋をする。そんな何気ないように見えとても大事な日常に自分が平然と笑っている。
そんな毎日を想像したら、罪悪感を覚えて討てたのかもしれないのに挑まない自分に腹立たしくて――。そこで自分がようやく平然と奪われて嫌だったということに気付いた。
だから決して褒められた意志じゃないとしても――、自分は生きて復讐する!
でも他にも奴らに乗っ取られ、自分の意思がないまま何処か映画を見ているような他人事のまま人生を生きていた人も沢山いる⋯⋯。
自分がいるのは、そういう学校だ。けど普通の学校でもある。普通のそんなこととは関わりのない生徒も大勢いる。
だから、聞きたい。先生方が厳重に管理してたその鍵、どうしたのだと。自分は猫を被って笑顔で口を開く。でも、目は⋯笑えているかどうか分からない。
「その鍵、どうしたの?」
「あぁ、学校から⋯預かりましてねぇ。」
「なるほどね、学校から。」
嘘だね。けれど目前の男は何の為に? だって校長が鍵を一部の先生に預ける時は交代制だし。一見ランダムに見えるその交代制は実はある程度決まっている。だから、この男の言っていることはどうも噛み合わない。
其れを知らないということは鍵を誰かから奪ったか、四つ目の鍵があったか。其れとも鍵が実は三つとかそういう数ではなく単純に元から沢山あってうちで保管していたのがそのたった三つだった可能性も存在するし⋯。
そもそも何の為に自分の家へ来たのだろう?
「え、じゃあどうして此処へ?」
「⋯実はぁ。」
何故か目を逸らしながら申し訳なさそうに言った。どこか可笑しいようにヘラリと笑って言う男は一体どうしたというのだろうか?
「俺、昨日学校で手続きをしてその最中、寮が空いてないから誰かの家に住んでくれって。」
へ? え、それ大丈夫? 色々と。そう自分が思うもこの男は続ける。
「そしたら生徒の資料を先生が手を滑らせ落としちゃいまして。そこで偶然、あなたの資料を見ましてね? あ、これは困っているだろうなぁーと思いまして。」
⋯。
「俺、お願いしたんです。この人の家がいいですって。」
ん?
「そしたら、先生駄目ですって言ったんです。」
そりゃそうじゃない? というか先生も先生でどうした!
――それに! 自分こんなナリだけどコレは動き安さ故で! 決して女子力に不安はないんだよ? 別にね?
「だから、俺は無断で鍵を持ってここに来たわけなんですけど。」
何故そうなった⋯⋯。嘘だろ、君。でも目の前の男に言わなきゃならないことがある。
それは――。
「なんで鍵一箇所に持ってきた? 馬鹿? 死ぬよ!」
若干般若顔になり詰め寄りつつも男に聞いた。
奴らは鍵目掛けて一直線で来るけど、それと同時にそれを意図せず邪魔するような仕草をとってしまった場合、最悪死ぬ。そして死人も出てしまうだろう。
勿論、そんなことは滅多にない。いや、なさ過ぎて逆にやる人がいたら凄い。奴らは知恵もあるし、やる人がもしいたら好奇心で首を突っ込む人かもしれない。だから聞いているわけだけど――
「んふふっ。そんな風に怒れるんですね。俺、もっと静かな人かと。」
目元は柔らかく、楽し気だ。どうやら怒りを理解していないらしい。何故だ! と一瞬思ったけれども。同時になんだか焦っていた自分が馬鹿のようにも思えてくる。不思議だ。
「ごめんね。煩かった?」
「いいえー、そういうところもいいと思いますよ。」
「そう。だけど、鍵は駄目! 絶対駄目!」
「うっ。」
そんな、仔犬みたいな顔しても駄目なものは駄目!
「でも家紋さん! 聞いてください!」
え、急にどうした?
「今日はどの道お泊り会です。それもお空か学校で。」
「え⋯、急。いや、どうしてお泊り。もしかしなくても自分に拒否権って存在する?」
「問答無用! 行きましょっか? 知りたいんですよね?」
え、そうだけどなんで知りたいって――
「目をみれば分かります。」
え、そんなに分かりやすかった?
「それに鍵。学校。家の謎。生きる為に知識は重要となります。俺、ずーっと同世代の友達がいなくって⋯⋯。ふふっ、友達になりません?」
そう笑った男はどこか鬱憤とした雰囲気を持ち合わせていた。そして濡れた髪が更に男の放つ鬱憤とした雰囲気を助長させ、何処か艶やかな黒目は此方の目をじっーと覗いていた。
それが開けてはならない真髄のように見えたのは自分の気の所為だろうか? それにどうして急に自分なんかと友達になりたいと言ったのだろう。
何処か寂しそうな男の様相になぜか自分は目が離せなかった。それと同時に男が言った言葉が自分にヒドく重くのしかかった。
突如、目前の男の影から視界の端に一瞬チラっとドス黒い影が二本伸びているのがみえた。
不安が的中した。この男はやっぱり――人じゃない。
「みましたか?」
「⋯うん。」
「やっぱり友達になりましょう。」
「⋯⋯いや、そこで友達になりましょうは怖いよ!」
思わずツッコミを入れてしまった。なんで⋯⋯?
「じゃあ、どうすれば友達になってくれるんですか!」
「普通になればいいじゃん! そんな儀式でもあるまいし!」
またまたツッコミを⋯。
「儀式⋯⋯。なるほど、名前を言い合えばいいんですね!」
「いや、だからそういうわけじゃ―」
「そらそうですよね。名前を知らないと不安ですモンね!」
「いや待て――」
「俺の姓は
そう言った男、内海 淳に自分は気が遠くなった。思わず空を仰ぎたくなり、いつの間にか晴れていることに気付く。
あぁ、学校遅刻だな。これは。
「友達⋯ですよね?」
其れがなんだか学校で飼っている仔犬のパンちゃんが落ち込んでいるように見えて⋯⋯。仕方なくため息を吐きながら返事を溢した。
「友達だよ。そう思うのならね。」
「え、ちゃんと友達ですよね? あ、もうこんな時間。学校に、いやでも鍵も集めたいですし。んー、そんじゃあ⋯お泊まり会しましょっか。」
何で、急にお泊まり会と?
「お泊まり会ですよー。お泊まり会ぃ! ハッ、ひょっとしてお泊まり会を知らないんですね?」
え、いや勿論知っているけど――
「お泊まり会は青春のひと時の一部でもあります! だから、学校にいる人集めてみんなでやりましょーよ。ね、ねっ?」
――先ほどとは一転。内海 淳は急にガラリと態度を変え目と鼻が当たるんじゃないかというほど距離を詰めて自分に聞いてくる。
そんな内海 淳に自分から一言。取り敢えず言わせて貰おう。
「いや、近い。近すぎる。」
「あ、すいません。つい楽しくなってしまいまして。」
素直だ。でも時折ひょうきんな態度をみせる。本当に不思議な男だ。
気付いたら向こうのペースだし⋯⋯。ぐ、でもずっと寂しかったのを誤魔化しているようにも見えてもしまう。
本当に不思議な男だ。何だかなぁ⋯⋯。
そう思った自分はそのひょうきんっぷりに乗ってみた。これで合っているのかは分からない。行動に正解はないと思うからだ。
そう、ひょうきん! つまり、憎たらしいほど綺麗な顔の両頬を引っ掴んでみたのだ。其れに自分からすれば、ついでに色々と聞きたいことも多い。よし――
「何故、鍵を集めるのか! 何故、お泊まり会に其処まで拘りを持っているのか!」
「そらそうへしょ。とひうかはなひてくだひゃい。話せま゛せん!」
「あ、それもそっか。ごめん⋯⋯。」
「いっだぁ⋯。大丈夫です。う゛う゛ん。」なんちゃって咳払いをし、何処か遠くを向きながら口を開いた。
「聞いた話によれば、鍵はですねー集めてこそ真価を発揮するんです。なんせ、鍵ってモンは元は教科書にも載っていないある天才が作り上げた一つのオルゴールのようなものらしいですからね。其れを俺らはこう呼んでましてね。0分の1のオルゴールと。」
そうペラペラと話をし始めた内海 淳。話しちゃっていいのか、内海 淳。単純過ぎないか? 騙されてないか?
というか本当に天才なのかすらも自分たちからは分からないし努力の天才かもしれないのに人はどうしてこうも何でも天才だと言いたがるのか、俺らってどういうことなのか、色々と言いたいことはあるけど⋯。
「0分の1なら存在しないってことにならない?」
「はい、なりますね。俺も気になって聞いたんですが鍵は実体を持っているのに⋯⋯。オルゴールは存在しない可能性が高い。そう言っていました。」
ん?
「つまり、何も分からないということなの?」
「そうかもしれませんね。」
「えぇ⋯。いい加減な。」
やっぱり騙されてるんじゃあ。
「あともう一つ疑問なんだけどあのゴッツイ鍵が実体のないオルゴールみたいのに入るの⋯⋯? というか入るとかあるの?」
「同感ですが、入るらしいんですよ。鍵があれば当然鍵穴もありますよね? 多分、そういうことです。」
「テキトーに言ってない?」
「いや、だって分からないことを聞かれてもこんな風にダラダラと述べるしかありませんからね。」
いや、分からないなら分からないでいいよ。
「で、どうして集めるのかと言われれば集めたら分かるとしか言えません。まァ、最もあんなもの手元に置いて集める奴がいたら死に急いでいるようなモンですけど⋯⋯。」
え、其れってさ――
「そう、今の俺たちの状態というわけです。」
と、示し合わせたかのようなタイミングで笑って鍵を見せる内海 淳。
「じゃあ今の状態は――、格好の餌ってことだよね?」思わず顔と目が引きつった。
「手をお取りください。」
と言いつつも自分の手を勝手に取り、何時ぞやの如くお姫様抱っこをしているのに言った意味はあったのだろうかと疑問が残る。
「逃げましょっか、学校に。」と笑って崩れ果てた家を背に走り出した内海 淳。
あ、家が⋯⋯と後ろを振り向くと
既に人間の形を模しながらなれなかった肉塊や、影しかないようで実体がある奴らが「おいしそう。」「ちょうだぁい。ちょうだぁい。」「わたしがいちばん。」「格好付けかよ。」「死ね、死ね、死ね。」といっぱい喋るから何言ってるか分からん声が、有象無象が集まっていた。
一気すぎて⋯⋯、少ししか聞き取れない。
けれど何となく聞こえた言葉だけを考えると、まるで鍵の方が彼らを狂わせているかのようにも思える。あり得そう――なのか?
ふと更に後ろを見ると、有象無象は玄関だった残骸には近寄っていなかった。
自分なりの推測だけどどうやら合っていたみたいだ。玄関だった残骸には何故か奴らは近寄れない。けれど壊せはする。確信出来てある意味良かったのかもしれない。
今後、残骸だけ何かに使えるかも。
「あ、そういえばもう一つ言い忘れてました! あなたの家は一応仲良くやってるらしいですが、俺らのとこは普通に鍵を奪い合っているので気を付けてくださいねー。」
うーん、それ本当か?
「いずれ、必ず分かります。」
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