第3話 物色

 森を少し移動した街道沿い。

 少しだけ切り立った崖の上から街道を見れば、そこから、えらく豪奢な馬車と警備兵とみられる騎士の姿が遠くかすかに見えた。

 その様子に、ミンミは舌打ちする。


「チッ、ハズレですね」

「そうだな、囚われのお姫様ではなさそうだ」

「ええ、しかも身分がつくと厄介ですから」

「たしかにな、で、相手はだいぶ本格的だが俺が負けるとは思わないのか?」

「それはないです、保証します」


 ミンミは太鼓判を押す。

 しかし、その直後、一転、ミンミが心細さを感じさせる声で続けた。


「あの、ひとつ聞いていいですか」

「なんだ」

「あの馬車にのっている女がいい女だったら、わたしはお払い箱ですか?」


 そうか、考えてなかったが、それもありうるのか。


「あれは貴族かそれに類する人間の馬車です、となれば、その……」


 ……そこ乗っている若い女は高貴な女で決定となる。

 そして、この世の道理からいえば、基本的に金持ち、特に身分のある代々の金持ちの血族は美形を中心にブリーディングされていることが多く、つまり、あそこにいる若い女は美女の公算が高い。

 しかも、色んな意味で、色々と手入れも行き届いているだろう。


 となれば、the庶民な自分はかないっこない……ってところだな。


「わたし、もっと、役に立ちます!」

「必死だな」

「あたりまえですよ。でもホントです、奴隷より下の扱いでも性欲処理でもストレス発散のための殴りつけ人形でもいいですから、その……」


 ミンミは、小さな声で絞り出す。


「捨てないで……殺さないでください」

「はっ、追加の条件、今と変わらんだろうが」

「くっ、いじわる」

「……ま、考えとく」

「ありがとうございます、必死で頑張ります」


 必死で、ねぇ。

 基本的にミンミはお気に入りだし、所有する女は、一人より二人、二人より三人となったほうが、個人的にも嬉しいので捨てるつもりなどはないのだが。

 まあ、健気なこった。


「ま、その話は後でいい、で、どうする」

「そ、そうですね、まずは……んっ?ちょっと待ってください」

「どうした?」

「森の反対側から……先客です」

「まじか」

「はい、運がいいですね。ちなみに、あの辺りです」


 言われて目を凝らせば、コレまでのレベルアップでミンミほどではないにしろ鋭敏になった俺の感覚でもそこに人の集団を感じた。

 気配を探れば、やる気満々の殺気もある。

 こんな街道沿いで殺気をたぎらせているのだ、まず間違いなく野盗や追い剥ぎのたぐいだと考えて間違いはない。


「救出任務なら偽装しなくても謝礼付きで堂々と街に入れます。申請無しでギルドランクも上がりますし、最高の展開です。まあ、顔焼き損になりそうですが」

「そうか、じゃあ、行くか」

「いえ、餌がまだ遠いです。待ちは釣りの基本です」

「あ、なるほどね」


 そう言うとミンミは、さらに体を低くしてゆっくりと近づく一団を見つめた。

 あと、少し、もう少し進めばきっと野盗は襲いかかるだろう。

 じっと見つめる視線の先、さらに近づく一団。

 さらに近づく、さらに、さらに……。


 ……ん?これ間に合うのか?


「おい、間に合うのか?」

「まだ食いついてませんし」

「いや、食いついてから動いたんじゃ遅いだろ」

「え?全員助けたいんですか?」

「ちがうのか?」

「いや、護衛は賊に殺してもらったほうが楽じゃないですか」


 ミンミは事もなげにそういう。

 俺としては……納得するばかりで、返す言葉もない。


 そしてそのまま待ち続け、予定通り、20数人という大所帯の野盗の群れは餌である豪華馬車の一団に食いついた。


 奮戦する騎士、しかし、いかんせん数が違いすぎる。

 しかも、護衛騎士側にはいない魔法使いが野盗側にはいた。

 よく見れば野盗の装備も、野盗と言うにはやけに立派なものを着けている。これではさしもの騎士もかなうまい。

 そう俺が分析していると、ミンミが小声でつぶやいた。


「いや、予想以上に美味しいかもですよ、アレ」

「どういうことだ」

「あれ野盗じゃないですよね」

「ああ、そうか、たしかに野盗にしては……とは思っていた。しかし、でなきゃなんだ」

「貴族のお家騒動……的な」

「そうか、積み荷の価値がぐんと跳ね上がるって話だな」

「御名答です」


 ミンミは喜んでいるが、俺にはどうにも面倒事になりそうな気がしてならない。

 ま、今そんな事考えても意味は無いんだがな。


 と、そうこうしているうちに、事態は一気に進んだ。

 護衛騎士の最後の一人が首から先を空に吹き飛ばして沈黙し、攻め手の方から鬨の声と凱歌も聞こえる。

 どうやら、決着がついたらしい。


「いくか」

「はい、ただここで二択です」

「まだあるのか」

「そうです、その、中にいる女、野盗による略奪でなければ、殺されるか犯されるかのどっちかはもはや確定なんです」

「そうなのか」

「はい、野盗なら処女のまま人質や商品にってこともあると思いますが……」


 そうなのか、いや、お家騒動であればそうだろうな。

 亡き者にしてしまうか傷物にしてしまうか、そこはマストの状況というわけだ。


「で、二択とは」

「殺されるとしても、その前には犯されるでしょう。つまり、どうあれ犯されるというのは決定事項なんです」

「うん、まあ、そうか」

「はい、その場合、犯されるの待ちますか?それともその前に助けますか?」


 なんてひどい二択だ。

 ただ、たしかに考慮すべき二択だな。


「時間がありません、早く決断してください」

「わかった」


 そう答えて、俺は想像と想定をフル回転させる。


 まず、無事な状態で助けた場合。

 こちらはいわゆる白馬の王子様ルートで、相手がどれくらいの家格の人間かはしらないが、本人、親ともどもそれなりに優遇されるだろう。

 そのかわり、厚遇すぎて自由度が薄くなる可能性がある。


 そして、後者、犯され待ちをした場合はコレがまたガラリと話が変わる。

 まあ、表向きの感謝はされるだろう。

 しかし、命の恩人とはいえ、敵の目的は果たされてしまったのだ、感謝のその度合いがぐんと減るのは間違いない。

 しかも、下手をすれば事実自体を隠蔽すべく俺たちに敵対するかもしれない。


 娘が犯されたことを隠すには、俺たちを殺せばすむんだしな。

 まあ、黙って殺されることはないけどな。


「さて、どうするか」

「決断はお早く」


 ……うん、考えれば考えるほど、やはり喜ばしい展開にはなりそうにないな。

 むしろ、どちらもあまり歓迎できる状況じゃない。

 ならば。


「さらうか、あの女」

「へ?まぁ……一応プランを聞かせてもらえますか」

「基本的にだ、金持ちや貴族と関わるのはめんどい。しかし、娘を助けたとなれば金を払ってバイバイとはいかないだろう、間違いなく金以上の関わりができる。ならば、要は助けた事実すらなくなればいいんだ。敵は倒す、そして、散らばる死体を盗賊に偽装して、あとは当初の予定通り」

「なるほど、要は、一番はじめのプランですね。じゃぁ、女は犯され待ちですか?仲間にするんですよね?」

「いや、違う、とりあえず……」


 そこまで言いかけて、俺はミンミの肩をポンポンと叩いて微笑む。


 たしかに、送り届けてやるつもりがなく、そのままさらってしまおうというのであれば犯されてくれたほうが精神的に操りやすい。それこそ、二度と再び人前に出れないくらいには人生に絶望してもらったほうがいいのだ。

 家には帰りたくない、合わす顔がない、でも死にたくはない。

 で、そこにすがるに値する、ちょっと手遅れ気味に現れた王子様、完璧だな。


 ただ、それだと、俺が気に食わない。

 理由は簡単。

 せっかく目の前に新品が転がっているのに、どこの誰ともしらん男の使い古しになるのを待つなど、まっぴらごめんだ。


「……犯される前に救って、俺が犯す」

「はぁ?」

「なんだ、反論か?」

「いや、だってレイモリが犯したら、嫌悪感マシマシですよ?仲間にしづらいですよね?」

「ハッハッハ、犯されたお前が言うなよ」

「……グッ」


 答えに窮して、ミンミは俺の肩をグーで殴る。

 まあ、それくらいなら戯れで許してやってもいいが、計画の変更はしない。


「犯されそうになる寸前、さっそうと現れる白馬の王子。ところがその王子にいきなり問答無用で犯された挙げ句、その後も性処理要員としてその男に奉仕し続けなければならない囚われの姫……」

「うわぁ」

「最高だろ?なぁ」

「最低ですね」


 はい、いただきました、褒め言葉。


「では行くぞ」

「はい」


 とはいえ、俺の言葉に、ミンミは躊躇なく従う。

 そう、内容はどうあれ、ミンミは従うのだ。


 なぜなら彼女は目の前でギルドの人間が一瞬で屠られる姿を見ている。

 英雄に等しいギルドマスターがなすすべなく殺される様を見ている。

 そして、その圧倒的な暴力に組み敷かれ、散々に犯されている。


 俺が規格外に強いことを、ミンミは身を持って知っているのだ。


 強者に逆らう革命家も、強者に媚びへつらう人間を批判する夢想家も、そんな事ができるのはその思想が机上にしか存在しないからだ。

 身を持って知ればわかる。眼の前で殺戮を見せられ、犯されればわかる。


 暴力以上に説得力を持つ演説はないのだ。


 だからこそ、最低のクズ野郎になるには、圧倒的暴力が必須なのだ。

 つまり、チート転生者こそ、クズ人間には適役なのだ。


 その確信をミンミが追加証明してくれる。

 悲しくも忠実な、この仔猫が。


「レイモリは敵の始末を、救出はわたしがやります」

「なぜだ」

「まず女に救われたほうが、その後の絶望も大きいでしょ?」

「ハッハッハ、流石だな」

「ね、わたし、役に立ちますよね」


 強者の前では、人はこうなるということが。

 女であるミンミが、同じく女である救出相手の不幸を、強者のために真剣に考え実行できるようになるという事実が。


「ね、最高に愉快でしょ?役に立ったでしょ?」


 ああ、本当に最高だ。


「役に立つかどうかは、こっから先次第だ」

「わかりました、最大限優しく助けます」

「最低だな、お前」

「……」


 俺の言葉に答えずに、ミンミは先立って一団へと突っ込んでいく。


 こうして、最低最悪の救出劇は、幕を開けた。

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クズ転生 ~男は異世界で、最低なクズを目指す~ 蒲焼龍魚(かばやき・りゅな) @kabayaki_unagi

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