2話 埋めればOK
「いつまでケツをひくつかせてんだ、淫乱猫」
「もう、ほんと最低ですよね、レイモリは」
森の中、木の根元。
俺に背を向け、芸術的に美しくくびれた腰から盛り上がる、これまた芸術的に美しい尻の曲線をあらわにしたまま肩で息をするミンミは、俺の言葉に震えながら起き上がる。
ゆっくりと、慎重に。
「んっ、はんっ……」
またがっている、俺の上から。
繋がりを抜き去りつつ、だ。
「……んっふぅぅ、はぁ」
吐息とともに立ち上がったミンミの足が震えている。
同時に尻も小刻みに痙攣していた……のだが、もはやそれに興味はない。
俺は、いつまでも俺の体をまたいで尻を向けているミンミの、その尻を蹴飛ばした。
「良いから早く服をきろ」
「きゃっ、ったく、ほんとに出しちゃうと興味ゼロなんですね」
「それは別に俺だからじゃない、男はそういう生きもんだ」
「……マジで?」
「ああ、誓おう」
「猫も?」
「いや、それはしらん」
たしかに、デミヒューマンである猫の獣人とヒューマンとではそのへんは違うのかもな。
なんてことを思いながら、俺は、立ち上がろうとするミンミをはねのけるように立ち上がり、膝のあたりにとどまっているズボンと下着を引き上げた。
何故か前世と同じ、スラックスとボクサーパンツを、だ。
「その服、丈夫ですよね」
切り替えの速さで言えばお前も相当だな、といった速度で、ミンミは普通に話しかける。
さっきまでお楽し……いや、犯されていたのに、な。
「まあな、これしかないからな」
一般に転生と言えば、子供の頃からが普通だろう。
ただ、俺の場合は、何故か生前の姿をちょっと美化した感じでこの世界の森に生まれ変わり、死んだときに着ていた衣服のままだった。
ただ、この服、もとのそれとは違い、破れないし汚れない。
これもまた、神の御業ということなんだろうな。
「レイモリは使徒なんですか?」
「使徒?」
「ええ、神によって送り込まれた……まあ、レイモリは魔神でしょうけど」
さぁどうだかな、俺にはアレは普通の神にしか見えなかったが。
ただ、転生後の俺の言動を予想していたなら、たしかに魔神かもしれんな。
とはいえ、だ。
「ちがう」
そのあたりは隠しておくのがこういうときの美学だろう。
「過去の詮索はするな」
俺は、ミンミにそう答えながら、焚き火の縁に座り込んで森の奥を見る。
「そんなことよりも、あれ、片付けてくれ」
「私一人で?!」
「……ま、流石にそれはひどすぎるか」
俺は考えを改めて立ち上がり、ミンミに目配せをして少しだけ森の奥に入る。
と、そこには、数人分の死体が転がっていた。
「さ、指示出してくれ」
「はい、とりあえず脱がすんで待っててください」
そりゃ、ここでミンミひとりに死体の片付けをさせたほうがクズっぽいんだろうが、それはいわゆるファッションクズだ。
ただクズっぽいムーブを決めたいだけ。
SNSのハッシュタグデモがやっていることと変わらん。
善人ムーブが嫌いだからといってクズムーブを決めるのは、アホのすることだ。
やりたいから、やったほうがいいから、効率的でしかも気持ちいから。
そこが伴わない、ただ「やったりました!」なクズ的動きに、興味はない。
「エキドナの商隊……だったな」
「ええ、まぁ」
「ふむ、じゃぁ、さっき決めた通り、盗賊に偽装するか」
「ですね、そうすれば、次の街に行きやすいですし」
「死体を引き連れててもか?」
「盗賊殺しは、善行です」
言うが早いか、ミンミは森の奥へ行き転がった死体の服を器用に脱がせ始める。
「なれてるな」
「盗賊の死体改めも、ギルドの仕事ですよ」
「ああ、そうか」
俺は、ミンミの答えに少し頬が緩む。
そう、この世界は前の世界と違って命が軽い。
それでもまだ生ぬるいところはあるが、俺の理想とするクズ人間が、それなりには生きて行きやすい価値観の世界なのだ。
だからこそ、美少女であるミンミは無表情で死体を裸に剥き、そして。
「顔、フレアで焼きますけど、ヒールつかえるんですよね」
平気な顔でこんなことが言えるのだ。
「ああ、プチからエクストラまでつかえる」
「はぁ、エクストラヒールつかえるんですか?!レベル80超えって聞いたときも驚きましたけど、回復も一流、というか規格外なんですね」
「まあな、じゃぁ、エクストラを使うのか」
「いやいや、そんなの使ったら古傷に見えませんよ、ってかコイツら美形になっちゃいます」
「プチでいいか」
「うーん、普通のヒールで」
「了解」
俺が答えると、ミンミはなんの躊躇もなくリーダーとみられる男の顔にフレアの魔法を唱えた。
「コリアル・エル・ハデイ・フレアル」
途端燃え上がる、男の顔。
ただ、そのにおいは不快ではなかった、むしろ腹の減るタイプのにおいだ。
「半生で表面は炭化させてっと、これくらいでいっか、じゃ、お願いします。古傷感があるくらいで止めますから」
「ああ、わかった……ヒール!」
「ちょ、詠唱は」
「ああ、あれか、かっこいいよな。俺はしらんけど」
「……もう突っ込まないことにします」
話しながらも、俺の指先から放たれる白い光。
その光は焼けただれたリーダーの男の顔を包み込む。
そして、その傷を癒やしていく。「ちなみにあれかっこいいと思っていってるんじゃなくて、言わないと出ないいんですからね」と弁明するミンミの横で、だ。
「死んでるのに、傷治るのな」
「生者にヒールをかければ治療、死者にかけると修復になるんですよ」
「へぇ、なんでそんな事知ってるんだ」
「バカな冒険者が持ち込んだヤバい死体を隠蔽するのも……」
「……ギルドの仕事、なんだろ」
「正解です」
即答して、ミンミは薄い胸を張って微笑む。
そう、ミンミは今の境遇からは考えられないほどによく動きよく食べよく眠り。
そして、良く笑うのだ。
あまりにリラックスして見えるその姿に、元凶であることも忘れて「お前辛くないのか?」と聞いてみたんだが「生きてるだけで幸せな方です」という答えが帰ってきた。大したことでもないように「奴隷として生まれ、食事より先に男のものを口にする子供だっている世界ですし」と続けて。
世間話のように。
いやはや、ほんと、なんて素晴らしい世界だろうね。
「あ、それくらいでいいです」
「お、わかった」
言われて俺がヒールを止めると、今度はミンミが男たちを縛り上げていく。
「で、それをギルドに突き出せば金になる、と」
「ええ、それに、盗賊引き渡しの名目があれば関所も通りやすいですし」
「で、金ももらえる、と」
「もう、金金って……でも、はい、まあ、ここから一番近いギルドはムリでも、森の反対側にある国境を超えてデジエルト王国の辺境要塞都市バーリエアのギルドなら、問題ないでしょう」
「なんで一番近いところはだめなんだ?」
「もしかしてレイモリってバカですか?ハルンですよ、ここから一番近いギルド。まあギルドは世界組織なんで隣国のギルドでもかなり危ういですが、行方不明のギルド職員を連れて事件を起こしてそこの職員を拉致ったギルドに戻ってどうするんですか」
あ、そっか、あそこがハルンか。
たしかに無理だな、だが、バカ呼ばわりは許せん。
「お前、お仕置きしてほしいのか?」
「……最低ですね」
「きらいじゃないくせに」
「ほんっっっっと!最低のクズですね!」
ハッハッハ、そんなに褒めるな。
とはいえ、とりあえずはお仕置きよりもこの死体の偽装の方が優先だ。
お仕置きは、まあ、するけどな。
「そんなことより、欲を言えばもうちょっと死体が欲しいですね」
「……ん?どういう意味だ」
「そうですね、なんていうかその、こいつデブなんですよ」
「だめなのか」
「だめじゃないですけど」
ミンミはそう言うと、裸で転がる男の腹をつま先で小突きながら答えた。
「これくらい裕福な男が頭を務める盗賊にしては、人数が少なくて」
「なるほどな、デブすなわち裕福ってことか。で、あと何人ほどいるんだ」
「できれば十人」
「わかった、そうしよう」
まったく、ミンミもかなりの悪党だな。
デブが首領を務める盗賊団にしては数が少ないから、もうあと十人ほど人を狩りましょうと平気で言えるその神経。
というか、死体偽装のその手際も含めて。
「お前も大概最低だな」
「そうですか?生きる知恵ですよこんなもの、それに……」
そう言うとミンミは、スックと立ち上がって俺のそばまで来ると、つま先立ちをして俺の顔に迫り、胸を押し付けて抗議した。
くるくるとよく動く表情が、幼気で非常に愛らしい。
性欲処理用として拾ったが、うん、ミンミはアタリだな。
「レイモリに出会わなければ、安心安定のギルド職員だったんですけどね!」
はっはっは、そうだな、ミンミにとってはハズレを引いたということか。
と、その時、コレまた可愛いミンミの耳がピクリと動いた。
「あ、噂をすれば獲物です」
さすがはネコ科、こういう索敵には大いに役立つ。
「規模は」
「まあまあですね8人」
「何者かわかるか?」
「うーん、それが」
ミンミはそういうと、少し腕を組んで考える。
どうやら、あまり歓迎できない状況らしい。
「もしかしたら護衛付きの金持ちかもです」
「ほぉお、いいじゃないか」
「……盗賊の仲間に偽装する人を探してるんですよ」
「あ、そっか」
俺の言葉に「はーっ」と長いため息をつくミンミ。
しかし、そのままなにかを考えるように目を閉じると、少しだけ首を傾げ、そして「まあなんとかなるかもなぁ」とつぶやくと爽やかに宣言した。
「とりあえず、やっちゃってから考えましょう」
「それで良いのか?」
「はい、ダメそうだったら埋めればOKです、どうします?」
「そうか」
埋めればOK、か。
まったく、はじめは可哀想な女だと思ったのだが、すっかり最低野郎の相棒だな。いい考え方だ。
と、ミンミの思い切りの良さに感心しつつも苦笑していると、またしてもミンミが周りを探るように耳をピクつかせて、そして、今度は嬉しそうに言った。
「いや、絶対行きましょうコレ」
「何だ、どうしてだ」
「いや、それは……」
ミンミはそう言うと、ニコリと微笑んで告げた。
「若い女がいます」
「……だったらなんだ」
「相手が囚われのご令嬢とか人身売買の商品とかなら、救出の体がととのって嘘も通りやすくなりますし、それに……」
「それに?」
たずねる俺に、ミンミは嬉しそうに答えた。
「そうでなかったとしても、若い女なら、ね、必要なんでしょ?」
「あ、そういうこと」
「はい、それで、もし、レイモリが気に入らなければ……」
ミンミは言いながら笑って地面を指さした。
「埋めればOKです」
「あ、そ」
とりあえず、まあ。
襲いますか。
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