第1章 女たち
森の中
1話 レイモリとミンミ
「いつも同じものばかり食べて、ほんと飽きないですよね」
「余計なお世話だ」
俺の名前は、レイモリ。
前世の名前は森零士、35でふぐにあたって死ぬまでは普通に生きてきた普通の男だった。ただ言うまでもなく、それはこの世界の話ではない。
そう、俺は。
転生者だ。
「で、美味しいんですか、その、黒いの」
「やらんぞ」
「いらないですよ」
もう一人の名は、ミンミ。
ストレージから出した無限に湧いてくるおにぎりを頬張っている俺の横で、焚き火のそばに腰を下ろし、適当に見繕ったボロギレ同然のシャツと短パン姿で焼きイノシシを食べている。
「こっちのほうが美味しいですし」
ミンミは猫の獣人で、ナントカいった小さな町のギルドの職員だった女だ。
別に仲良しというわけでも知り合いというわけでもないが、転生の際、神に与えられたものだけでは足りないから、連れてきた。
そんな神からもらったもの。
まずは、ストレージ。
そこには決して無くなることのないおにぎりと水。そして、キャンピングカーが一台入っていた。もちろん燃料や電気その他消耗品湧き放題のやつが、だ。
これで生活に不便はない。
次に、戦闘力。
生前積み重ねた弛まぬ善行のおかげで、大幅チートにしてもらったそれは、職業万能、経験値20倍というとんでもないものだった。
つまり、何でもできて成長が早い。
おかげで戦闘は朝飯前の気楽さで、すぐにレベルは上がり今や88、スキルは覚えまくり、とりあえず身の危険を感じない程度には強くなった。正直、かなり役に立っている。
あとは、手入れの必要がなく、無駄によく切れる刀も、もらった。
結果、今や、世界最強と言って不足ない力を手にしている。
と言っても、この世界をよく知らない俺だ、最後の評価はミンミのものだが。
よって、衣食住は完璧。
便利な住処と尽きない食料。そして、膨大な戦闘力、これはすでにこの手の内にあった。
で、足りなかったのは、といえば。
女だ。
「お前もフォレストボアばっかり食ってるじゃないか」
「だってこの辺フォレストボアくらいしか美味しいモンスターいないじゃないですか」
「山菜や木ノ実もあるだろうが」
「冗談じゃないですよ、兎人族じゃあるまいし」
そう、俺達は今、森の中にいる。隠れている。
とはいえ、俺は別に隠れる必要はないのだが、ミンミが働いていたなんとか言う街のギルドで一騒動起こした件で、どうやらミンミに対して大捜索が行われ、いまだに続いているという。
と、いうのを、すぐ近くの街道を行く商人から聞き出した。
もうあれからひと月にもなるというのに、別に困ることはないが、面倒なことではある。
「お前、人気あるんだな」
「人気のせいじゃないでしょ、事件の大きさのせいですよ」
「そうなのか?」
「……たく、当事者のセリフですか、それが」
「犯人はギルドマスター、だろ?」
「最低ですね」
「ほめるなよ」
ギルド内での大量殺人、その犯人はギルドマスター。
まあ、たしかに大事件ではあるのだろうが、ここまでの騒ぎに納得はいかない。
というのも、モンスターや魔族は当然のこと、盗賊だの追い剥ぎだのと言った犯罪者を勝手に決めつけて、それがヒューマンやデミヒューマンであってもなんの躊躇もなく切り捨てる冒険者の集まり、それが冒険者ギルドなはずだ。
いわば、冒険者ギルドは人殺しの集団で、ろくな組織ではない。
となれば、そこでの殺人事件が、そこまで問題かね、というのが率直な思いなのだ。
正直、バカバカしい。
元いた世界風に言えば、反社の抗争くらいどうでもいい。
そんな事を考えながら、俺は手にしていたおにぎりの最後のひとくちを飲み込んだ。
「さてと、腹も一杯になったな」
ストレージから取り出したペットボトルの水を飲み干し、それを投げ捨ててうんと一つ背伸びをする。ああ、空気がうまい。
「天気いいな、今日」
「ですね、でも森の天気は変わりやすいって言いますよ」
「ふぅ、爽快だな」
ミンミの返事を無視して見上げる木々の隙間から見える空は、青い。
なんだか、テントでも立てたい気分だ。
我が家たるキャンピングカーがかたわらに停めてあるせいもあってか、この非常に濃い森の空気がキャンパーの気分にさせてくれる。
ここでキャンプしてキャンプめしでも作って動画サイトにアップすれば結構回るんだろうな。
ま、手持ちの食料はおにぎり各種、だけなんだが。
俺は、まったく動画向きでない、自然派からはかけ離れた自己流キャンプを思って少し自嘲気味に笑う。
それでも、この生活は、悪くない。
そもそも食に興味のない俺だ、飯なんかおにぎり各種で十分なのだ。
ただ、そのぶん、食以外の欲求には貪欲な方で。
「おい、下だけ脱いでそこの木にしがみついてケツをこっちに向けろ」
「はぁ?わたしまだご飯食べてますよ」
突然の指令に、ミンミは俺を親の敵のごとく睨む。
の、だが、俺としては、だから何だ、と言う気分でしかない。
こいつは、そういう目的のものでしかないからだ。
食わねば死ぬ、だから食わせているだけ。
まあ、断るなら、かわりを探しに行けばいいだけだしな。
「そうか、じゃぁ死ぬか」
渋るミンミに、俺は神からもらった日本刀を引き抜いて、その首に刀身をあてる。
その行動に、咀嚼していたミンミの口の動きがピタリと止まり、その全身がブルリと震えるのを見た。そしてミンミは、飲み込むという行動が恐怖で取れなくなったのか、口の中にあった肉をペッと吐き出し、最後の意地のような一言を口走った。
「ほんと、さいっていですね」
「だから、ほめるなよ」
そう、俺は最低の男だ。
いや、最低であろうとする男だ。
それこそが、この生での俺の生きる目標だからだ。
前世は本当に、クソみたいな人生だった。
取るに足りないありきたりの家庭に育ち、取るに足りないありきたりの親のもとでそだてられた、取るに足りないありきたりな幼少期。
そしてそれに続く取るに足りない人生。
何不自由もなくと言うほど豊かではなく。
なにかに飢えるほども貧しくはなく。
ただ、世の中の風潮に従って、汚いものを排斥し邪悪なものを憎み、品行方正であることが唯一の価値観とでも言いたげな世間の中で、その要望通りに生きた。
他人に不快感を与える。
それこそが最大の悪であるかの如き世界で。
煙草のポイ捨て一つで人生を失う世界で。
たあいない若気の至りが社会のすべてを敵にするような、そんな世界で。
親切心と優しさ、笑顔と慈愛にあふれ、それでいて無難に無個性に、そして、潔癖に生きた。
生き抜いた。
そんな前世とこの現世の間の地で、神は、言った。
「あなたほど善に満ちた人生を生きた人間をわたしは知りません」
それが、転生という生き直しを与えられた理由。
「次の生もまた、あなたの思うがままに生きてくださいね」
それが、有り余るチートを与えられた理由。
「あなたの新しい生が、より素晴らしいものになることを期待していますね」
そして、それが。
神の唯一の誤算。
きっと、今まではそれでうまくいってたんだろう。
1度目の生を、清く正しく生きた転生の先輩たちは、新しい世界でもそのチート能力を遺憾なく発揮し、清く正しく、まるで正義の味方のごとく生きたのだろう。
それは本当に、なんて素晴らしく、なんて尊く。
……なんてばかげた話だ。
少なくとも、俺にはできん。
そう、俺は、ずっと不満を抱えて生きていたんだ。
古いフィルムの中にいた男たちのように。
昭和の古臭い漫画やアニメで動いていた男たちのように。
ずるく、汚く、乱暴で粗野で、道に平気でつばを吐き、吸い終わったタバコを指で弾いてかっこよく飛ばし、戯れに女を抱いて、そしてタバコのごとく捨て、暴力を言語として語り、常に泥と埃と汗の匂いをまとってボサボサの髪をワイルドにかきむしる男たち。
最低最悪の、それでいて究極にかっこいいハードボイルドたち。
いや、それだけじゃない。
暴走族、ヤンキー、チーマー、不良。
前世で、あの世界で、排除された価値観を生きた男たち。
俺も、そんなふうに生きたかった。
みんなと一緒にバカなSNSの使い方で炎上する若者を蔑みながらも、心の何処かでまちがいなくうらやんでいた。パワハラ的なお笑い番組を「時代にそぐわないよなぁ」なんて嘯きながら、本当は心の底から笑いたいと思っている自分がいた。
もうゴメンだと、いい人なんて、善人なんて、まっぴらだと。
叫ぶ自分がいた。
だから俺は、今度のこの人生では。
「良いから早く脱げ、そのために生きているんだ、お前は」
「……クズ」
「ああ、いいな、俺はそう、クズだ」
憧れたすべてを超越して、さらにその先に挑戦することにした。
最低であろうと、最悪の人間であろうと。
クズになろうと、決めたのだ。
「でも、その、ちょっと待ってくださいよ、その、わたしまだ準備が」
「しらん、つばでも塗ってろ」
「なっ!」
俺の答えに、肩をビクリと動かしながらも健気に睨み返すミンミ。
しかし俺は、眼の前でのっそりと立ち上がり、歯を食いしばりながら下半身につけているボロいズボンを脱ぎ捨てるミンミを見ながら、その白い尻を見ながら、股間に自らの唾液を塗り込む屈辱的な姿を見ながら。
心底満足していた。
前世では、あの世界では。
創作の中ですら許されない炎上必死の男であろう自分に、ゾクゾクしていた。
眼の前で森の木に抱きつき、裸の白い尻をこちらに向けて突き出すミンミの姿にではなく、そんな今の俺のあり方に。
下半身が熱くなった。
「おい、おねだりはどうした」
「はぁ……どうか、この哀れなメス猫に、お情けをください」
「そうか、頼まれたら断れないよな」
ひと声かけて、俺はミンミに欲望を打ち付ける。
小さく悲鳴が上がり、そしてそれは、くぐもったうめきへと変わる。決して甘やかではない、苦痛に耐え、それでいて悲鳴をかみ殺す声に。
「うっうっうっ、ふーっ、んっんぁっんっ」
ミンミの頬に何度目になるのかわからない涙が伝う。
「最高だな」
そう、今俺は、理想の人生を、生きているのだ。
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