序の二
0話 とある街のとあるギルドで
「ギルドの説明は以上になります」
「そうか、ありがとう」
とあるちいさな町のちいさな冒険者ギルド。
男、いや、本作の主人公レイモリはそう言うと、出来上がったばかりの真新しいギルドカードをつまみ上げ、しげしげとそれを眺めていた。
20代前半の風貌、長身痩躯、黒髪。
細身のスーツ、白のワイシャツにノーネクタイ。
おおよそ冒険者ギルドに似つかわしくない格好をしているレオモリではあるが、そんな場違いな格好でも、冒険者らしく腰に武器らしいものを下げている。
ただ、それは朱塗りの長鞘に立派な鍔拵え、そう、どこをどう見ても日本刀だ。
ここは、どう見ても欧風の文化圏。
やはり、どうにも場違いである。
「なくさないでくださいね、再発行は高いですよ」
「ああ、わかった」
レイモリは、小さくフッと笑うと、それを懐にしまう。
その様子に、不思議な格好の変な新人相手に遺漏なく仕事を終えたことにホッとしたのか、ミンミと名乗った猫獣人の少女はニコリと笑ってこう付け加えた。
「これで正式な冒険者です、命を大事に」
「ああ、お前もな」
何気なく、ただの返事としてレイモリはそう言うと、その場を去ろうとした。
その時だ。
一人の男。マッチョでハゲで傷顔で、そして、凝った牛脂のように獣臭い。いかにもな風体の男に声をかけられた。
「おう、新人じゃねぇか」
「……お前は?」
「お前だと?生意気な、このB級冒険者デルダ様に対して」
その、いきがっている割には素直に名前を名乗ったデルダの返答に、レイモリは一瞬微笑みかけ、そして小さく首を振ると、ふうっと長い溜息をついた。
「てめぇっ」
その小馬鹿にしたようなレイモリの仕草に、デルダは激昂しつかみかかろうとする。が、その時、ミンミがデルダに注意した。
「またデルダさんですか、ギルド本部内での喧嘩は禁止ですよ!」
「おうおう、ミンミ、こりゃ喧嘩じゃねぇよ、教育だぜ」
「ちょ、ちょっと!」
そう言うとデルダは、ミンミの制止を無視しておもむろにレイモリの胸ぐらをつかんだ。
長身とは言えレイモリの身長は180センチほど。
対してデルダの身長は2メートルを超えているようで、力任せに持ち上げられた身体はつま先立ちになり、同時に、ワイシャツの襟元が首にめり込む。
「なあ、新人、挨拶の仕方からまず教えてやろうか?ん?」
しかしレイモリは、つとめて冷静に、締まる首から声を絞り出した。
意味不明の、一言を。
「このままだと……俺は、死ぬぞ」
これには、デルダも大笑いだ。
「ふはははは、死ぬか、そうだな、そのままだとてめぇは死ぬな」
しかし、これにもレイモリは冷静に受け答える。
「わ、わかって……いるんだ、な」
「ああ?わかってるに決まってんだろ。死にたくなきゃ選べ、服従か抵抗か、どちらかしかねぇんだ、冒険者稼業ってのはよ!」
「……馬鹿げた、ぎ、業界だな……」
「ああん?!」
レイモリの物言いに、デルダは更に首を締め上げる。
その途端ギルド中から「いいぞもっとやれ」だの「そのまま殺しちまえ」などといった物騒な声が飛び交い始め、はじめこそオロオロしていたミンミもまた「手加減してあげてくださいよ」とため息をついて作業に戻った。
そう、これくらいは、ここの日常なのだ。
「どうするよ、このまま死んじまうか?」
「……いい……のか……コロ……して」
「チッ生意気な野郎だ。でもまあ、それもいいかもな!」
「そうか……」
レイモリは、そう言うと静かに目をつぶる。
そして「ギルド内で殺人はご法度ですよ!」というミンミの声を耳の端に聞きながら、腰のあたりにすっと手をやった。
「ほら、どうすんだ、服従か死か、選びな新人!」
デルダはいいながら、汚い歯を見せて笑う。
そんな中、レイモリの手が、速やかにそして音もなく動いた。
「もう、選んだ」
「は?」
途端、デルダの視界が、斜めに、ずれた。
「きゃぁぁぁ!」
ミンミが叫ぶ。
同時に、デルダの口から大量の血液が吹き出し、少しおいて、いつの間にか腹のあたりから両断されていたデルダの上半身がズルリと滑るようにずれ、ゆっくり落ちていった。
そして、ドチャリと音を立てて、ふたつに分かれた身体と血膿、絡み合った内臓が床に落ちる。
みるみる床に広がる生臭いシミ。
それをビチャリと踏んで、レイモリはいつの間にか剥き身になっていた刀の血をブンッと振るってギルド内を睥睨した。
「服従か死か、だったな」
レイモリはそう言うと、デルダの亡骸に刀を突き立てる。
「てめぇみたいなブサイク男は奴隷だったとしても欲しくないんでな、残念だけど、服従はいらんよ」
言いながらレイモリはミンミに視線を飛ばす。
そこには、アワアワと口を動かしながら床に座り込むミンミの姿があった。
床には、血ではない液体がじわりと広がりつつある。
「正当防衛……なんてないよな」
「セ、セイトウ??」
「ああ、なんでもない」
レイモリはフーッと長い息を一つ吐いて、ギルド内をもう一度見渡した。
ほとんどの冒険者達は、そんなレイモリを震えながら見つめている。ギルド本部内で起きた殺人を目の前にして、自警も兼ねる冒険者たちが一歩も動かない。
が、それも仕方のないこと。
同じ冒険者とはいえ、新人のレイモリがB級冒険者を一刀両断にしたのだ。
Fよりはじまる冒険者制度において、B級以上は上位ランカー。
冒険者の人数比率は、A級で5%。
それより上のS級はほんの数人しかいない。
B級でも、全体の10%に満たない強者なのだ。
不意打ちとは言え、そんなB級冒険者がなす術なく殺されてしまった。
これでは、そこいらでくだを巻いている有象無象では対処できない。
「俺は、このまま出ていって良いのか?」
良いわけがない。
しかし、誰も静止しないのであれば、ここに留まる理由はないとばかりに、レイモリはねばつく足元を物ともせずに入り口に向けて歩き始めた。
その時だ。
「良いわきゃねえよな、新人……いや殺人犯さんよ」
「ギ、ギルドマスター!」
そう言って、ギルドの2階から降りてきたのは髭面の大男。
その姿に、思わず叫んだミンミの言葉を信じるならば、それは現役A級冒険者でもあるギルドマスターのバイロン、別名『鉄槌のバイロン』だ。
「そうか、俺はもう冒険者じゃないのか」
「当たり前だ、ギルド内でのギルドメンバー殺害だぞ。即刻冒険者資格剥奪はもちろんのこと、中央に報告すれば一発死刑だ」
「そうか……」
レイモリは腕を組んで天井を見つめる。
そして、小さくウンとうなずき、再び刀を抜きなった。
「口止めと行こう」
言うが早いか、皆の目の前からレイモリの姿が消える。
それを見てバイロンが叫んだ。
「まずいっ、全員伏せろ!!」
「残念、遅いよ」
突如、なにもないところから声がする。
そして、次の瞬間。
一瞬のうちにギルド内にいたすべての冒険者の首が吹っ飛び、赤い尾を引いて宙を舞った。
「……たく、狂ってやがる」
「よく避けたな」
見れば、バイロンの首から一筋の血が流れていた。
「皮一枚ってところだ」
「そうか、すごいな。褒美に、真犯人の栄誉を与えてやるよ」
レイモリはそう言うと素早くその場にしゃがみ込み、その場に落ちていた誰のものだかわからない死体からサッと短剣を引き抜くと、そのままバイロンに突進した。
「させるか!」
言いながら、バイロンが腰の剣を抜き放つ。
そして。
最後の血しぶきが、ギルド内に舞った。
「さて、と」
すべてを終えて、レイモリは拾った武器を無造作に投げ捨てミンミを見た。
「た、助けて……お願い……」
「……そうだな、じゃぁ、脱げ」
「はっ?」
「命を大事に……なんだろ?」
「そ、そんなっ」
レイモリはそう言うと、怯えるミリミを睨んで、ニヤリと笑った。
立ち込める血の匂いの中で。
「た、助けてくれますか……」
「ああ、具合が良けりゃな」
「具、具合って!」
「うるさい、黙ってケツをこっちに向けろ」
「グッ……」
そして、数多くの悲鳴とともに訪れた数多くの不幸のあと。
それとは少し趣のちがう不幸が。
「アッ、アガッ!!」
今、小さな悲鳴とともに、また、始まろうとしていた。
帝都辺境、小規模中継都市ハルン。
この街ではかつて、ハルンの悲劇のといわれる謎多き事件が起こった。
公式記録には、かねてよりギルドの待遇に恨みを持っていたギルドマスターとその一味による凶行とされ、ギルドマスターによるその凶行は、ギルド史上最悪の伝説となっている。
首謀者、首切りバイロン、その名とともに。
ちなみに、これら犯行の詳細は、ハルンギルド職員ミンミによって、ギルド備え付けの伝信の魔道具からもたらされた報告をもとにしている。
悲劇のあと、ギルド内に引き裂かれた衣服を残して姿を消した、ミンミ。
そんな彼女の残した最後の通信は『ミンミの伝言』として、この先、ギルド職員の模範的行動として長くギルド内で語り継がれることとなった。
の、だが。
それは、この物語には、直接関わり合いのないことでも、ある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます