教室で甘えてくる私の彼女、秘密にしたい私

音愛トオル

教室で甘えてくる私の彼女、秘密にしたい私

 星南ほしなは意外とずるい。

 私たちが友達から恋人になったその日も、可愛いずるさに私は赤面してしまった。高い所で結ぶポニーテールがいつも、私は眩しい――そんな星南が髪を結わってくれると言ってくれて。嬉しくて。背中を預けた。

 仲良し4人組のもう半分の2人を待つ夕闇の教室の中。


「ねえ、好きだよ。絵麻えま

「……え」


 椅子に座った私の髪を立ったまま後ろから梳いてくれている星南。4人で居る時も、2人で居る時もいっぱい目が合って、可愛くて、優しくて、頭もよくて、憧れで、最近、ああ好きなんだなって気づいてそれが嬉しくて。

 星南も同じ気持ちだったらいいのにと幾千と考えた私に、まるで世間話でもするように、星南は言ったのだった。


 それが彼女の一世一代だったと、私は返事をした後に振り返って知った――ああ、星南の顔も夕暮れの茜だ。


「……私たち、今日から恋人だね」


 近づいてくる2人ぶんの足音を前に、恋人どうしになった私たちはひそひそとある約束を交わした。


――4人組のあとの2人には、秘密にしようね、と。



 ……そのはず、だったのだけど。


「えへへ、えーま」

「……なに?星南」


 恋人になってから1か月。初デートも、おうちデートもそれからそれから――も、イベントを済ませた私たち。

 友達で居る時よりも教室で目が合う回数が増えた。その後微笑んで、私の名前を呼んでくるようになった。聞き返してもずっとにこにこだ。4人一緒に居る時にもひそひそ話でのろけてきたりする。


 私の彼女が、教室で甘えてくる。



※※※



 正直、それは本当に嬉しいんだ。

 たとえるなら今まで乾燥しきっていた授業前後の時間が、今や星南と目が合うことでプラネタリウムの輝きを放っている。ひそひそ話のこそばゆさが、胸を跳ねさせ、幸せに高揚させる大切な瞬間になっている。

 それでも私は、星南は可愛くてずるいんだ、とあえて、そうあえて言おう。

 だって――


「ねえ星南」

「なに?」

「……依吹いぶき緒戸おとには内緒にしようって言ったの星南だよね?」

「……恋人どうしとは言ってないよ」

「――けどさ!?」


 中学校からの仲の依吹と緒戸、そこに私たち――今やカップル――を合わせた4人組。そこではこの関係は秘密にしようと約束した。

 すなわち、教室、学校ではあまり、その、だから。


「甘えてこられると、その」

「えー、いいじゃーん」


 付き合う前の星南は頼れる姉御、のような印象だったが今では甘えん坊の妹のようだ。私としてはそれもまた最高に愛おしいのだが――おっと、危ない。

 首の皮一枚繋がっている昼休み、5限が移動教室ということもあり教室に人影はまばだらだ。こんな時間ギリギリになってやっとトイレに行こうと言い出すのが依吹と緒戸であり、それを教室で待つのが私と星南。

 他のクラスメイトに聞こえないように、ひそひそ話が板についてきた感があるね。


「あ、いぶいぶとおとちゃん来たよ」


――余談だが星南は「おっちゃん」と呼ぼうと試みて緒戸とだい指相撲大会を繰り広げたことがある。


「ごめん2人とも!お待たせ……!」

「うむ。では行こうか」

「なんで緒戸が偉そうなの」

「あはは、待ってないよ全然。行こうか」


 依吹が緒戸の手を引き前を小走り、私と星南は並走。それが私たちのお決まりだ。移動教室へ向かう時の。

 依吹たちが前を走っているからと、星南は走りながらそっと私に耳打ちしてきた。こんな時になんだい彼女ちゃん。


「――私たち今日、シャンプー同じだよね」

「ごふっ!?」


――事実である。


 しかしなぜ今それを言う。


「大丈夫か絵麻!?」

「う、うん大丈夫!ま、前見て依吹っ」


 本日月曜日、私たちは同じ家から登校している。もちろん同棲などしていない。お泊り会だ。一緒に寝て、起きて、学校に来た。

 幸せすぎてどうにかなりそうだった週末のことについては、今晩の電話でみっちり話したいと思っていたのに、急に意識させてきたのだ、星南は。2人には秘密にしようと言ってきた張本人が、である。


「星南……聞こえたらどうするのっ」

「大丈夫大丈夫。それよりさ、特別って感じしない?30人ちょっとのクラスでさ、私たちだけ同じ香り」

「……まあ、それは」


 正直すごく幸せな特別です。


「夜いっぱい話そうね」

「――うん」


 ああ、本当に星南はずるい。こうやって今でもたまに、姉めいたふるまいをする。私はいちいちそれにときめいてしまう。胸が痛いくらいのどきどきだ。

 私たちは教室に入る1歩前、悟られないようにほんの一瞬だけ手を握ったのだった。



※※※



 月曜日は奇跡の日だ。私はそう呼んでいる。

 私と星南、依吹と緒戸が部活もアルバイトもない日、それが一週間で月曜日だけ。


「美味しかったね~。おとちゃんないす情報だったね」

「ふふん。まあこんなものよ」

「良かったね絵麻。お目当ての食べれて」

「うん!やっぱここのお店は最高だねぇ」


 星南と緒戸、私と依吹で並んでの帰路。欲を言えば平日もデートしたかったが、4人の時間もかけがえのない瞬間だ。

 それにこの順番は、帰る方向が同じどうしのペアでもある。中学校が一緒だから電車の最寄り駅までは同じだけど、そこからはこのペアで分かれる。中学校からのお決まりだ。


「緒戸、ありがとね。おかげで食べれたよ」

「なに、大したことじゃないよ。いつも迷惑かけているからね。その埋め合わせだ」


 緒戸はちっちゃくて可愛い。この尊大なしゃべり方とのギャップがなお。

 前を行く依吹はあの星南を超える姉御肌な子で、4人のまとめ役でもあった。星南とは小学校からの仲らしい――そして私は星南の恋人。


「えへへ」

「どうした?さっき食べたスイーツの味を思い出してるのか?」

「おっ、絵麻、まだいける感じ?」

「ふふ、この場合もスイーツは別腹ってことになるのかな」

「ちっ、ちちがうよ!?」


 思い出し笑いならぬ再確認でれでれをしていた私にあらぬ疑いがかかりそうになりながらも、その日の帰り道も楽しい時間が過ぎていく。流石に前後に分かれているから目もあまり合わなくて、そうなってくるとそれはそれで寂しい。

 でも、元々星南から言い出した約束だ。たまには、ちゃんと守ってもらわないと困る。


「なんか月曜日は皆で遠足してるみたいだよね」


 依吹に3人してうなずいた。

 中学校までは家の周辺が世界の全てだった。こうして高校生になって、なっても4人で下校する。昔とは違う電車の風景、違う町のお店。

 地図で見れば数センチ程度の距離でも、私たちにはちょっとした冒険、それこそ遠足みたいな時間。こうやって思い出が積み重なっていくのは本当に幸せで、1か月前までは永遠だと思っていた。

 永遠に、星南とも仲良しの友達のままだと。


――そこで久しぶりに、目が合った。


「ふふ」

「えへへ」


 軽く、軽く息を吐いて2人、笑いあう。きっと同じことを考えていたのだろう。こうして恋人になって、重ねる時間が2人の間でほんの少し特別になっても、4人のこの時間が大好きで。

 それでも、やっぱり恋人といられて胸がときめいて。


「じゃあね、2人とも」

「うむ。また明日会おう、いぶ」


 手を振って別れを告げる依吹と緒戸。その後ろに私と、星南。

 ああ、今日はここまでだ。

 夜になったら電話をすると分かっていても、こうして別れるのはやっぱりさみ――


「大好き」

「え」


 去り際、ごく自然な形で私の肩をたたいた星南は、2人には聞こえないほどの小さな、小さな声でそう囁くと、何事もなかったかのように改めて「ばいばい」と手を振った。依吹と連れ立って、町の反対へと消えていく。

 消えて、いく……


(ずるい!私にも大好きって言わせろばかー!)


 と、まさか叫ぶこともできず、星南の背中に向けてぷっくりと頬を膨らませたのだった。


「どうした絵麻、そんなUMAにじゃんけんで負けたような顔をして」

「そんな顔してな……いやどんな顔じゃい」



※※※



 そりゃ、私は絵麻に、皆には秘密にすると言った。だから教室でも甘えている。

 けれどそれには理由があって――


「星南、好きだよ」

「ねえ、ぎゅってしていい?」

「ほしな~」

「えへ、また髪結んでよっ」


 学校以外の絵麻は、学校での私の数千倍はいちゃいちゃしてくるのだ。


「ふふ……ほんと、絵麻は」


 ずるい、なんてね。

 今日も電話でいっぱい好きと言ってくるだろう私の可愛い彼女に、私は明日も教室で甘えてやるのだ。

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