第3話 復讐劇に終止符を 3

 リヴェルはそこから跳躍し、地面から鎖を現出する。鎖達はアーチを描くように伸びていき、さながら鳥籠のような檻を作った。

 檻の中にはウチとボードブの二名のみ。一体一の舞台が整えられた。


「これで邪魔は入らねぇだろ」


 リヴェルは檻の天井にあたる場所で、鎖の上に立ちながらこちらを見下ろしてくる。


「さあ、”憎しみを買う者“と”憎しみで狩る者“の戦いだ。せいぜい悔いのないようにやりな」


 ウチは殺意を胸に、腰を落としてヤツの首に狙いを定める。

 その怨敵はというと、神妙な顔つきで「フシュー」とガス漏れのような吐息を放つ。


「ふざけた展開になったね……!」


 ボードブは首を上げ、リヴェルに言葉を飛ばす。


「オイ、白鎖はくざ!キサマは手を出さないんだね?」


「ああ。この行く末は、ちゃんと見届けないといけないからな」


 その答えを聞き、ボードブは七三の髪を撫で、得物の長剣を腰から抜き放った。


「ならいい。この生意気な子猫ちゃんに、お灸を据えないとね。その後は、たっぷり可愛がってあげよう」


 ボードブは舌なめずりをしながら、長剣を軽く振るう。


「───もう一度だけ、聞く」


 ウチは逸る気持ちを抑え、言の葉を紡ぐ。


「オマエはアミナ・フォーレルを───ウチのアネキを殺したことを、一ミリも後悔してないのか?」


 その回答で何かが変わる訳では無いが、仇敵の口からそれを聞いておく必要がある。


  ボードブはウチの問いに対し眉尻を下げ、肩を落とした。肺の空気全てを落胆のため息に変えて吐き下し、瞳に悲哀を滲ませる。


「さっきもその名を口にしていたね。後悔?しているに決まっているだろう。それこそ、今でもずっとね」


 ボードブの言葉と態度には、確かな後悔が滲み出ている。


 想定外の反応に、ウチは眉をしかめたが───。




「───あの子をペットに出来なかったことがね!」




 ボードブは全神経を逆撫でするような笑声を漏らした。


「アミナ・フォーレルは元々それなりに有名な冒険者だったし、それに加えてキミに負けず劣らずの美女だったからね。ぜひペットにしたかったさ。最後まで抵抗されたから、やむを得ず息の根を止めちゃったけど。あの綺麗な肌を生きている間に味わえればと、今でも後悔してるんだよ〜」


 ボードブはやれやれと首を振った。


 耳に障るその声も、その声から出力される情報も、全て醜悪で下卑たものだった。これほどまでに汚らわしく、邪悪なものがヒトの形をしているものなのか。人間という存在の定義が揺らいでいくのを感じる。


 コイツの口から懺悔など求めてはいなかった。懺悔しようとも許そうとは思っていなかった。


 それでも、ボードブの答えを聞き、ウチの中の決意が完全に固まった。


 ───コイツは、ウチの手で死ななきゃならない。


「”電導雷躰ボルテクス“───!」


 ウチは魔術を発動し、全身に雷を纏わせた。細胞を活性化させ、身体に負荷をかけることにより、超速の移動と反射を可能にさせる。魔力を全身に回すことによる単純な身体強化とは異なる強化方法だ。


「”魔術付与エンチャント風切ビエント“」


 ボードブは空気を裂く豪風を剣に纏わせた。


「さあ、始めようか」


 ウチの身体はベストコンディションには程遠い。痛みを我慢したとしても、負傷によるパフォーマンスの低下は否めない。全力で動くのも限界があるだろう。

 ならば、戦術は一つ。速攻をしかけての早期決着だ。


 ウチは電導雷躰ボルテクスで跳ね上がった移動速度を利用して、一瞬にしてボードブの視界から消える。


「早いね……!」


 ボードブを中心にして、付かず離れずの距離を保ちつつ地を駆けていく。ボードブはあちらこちらへと首ごと視線を向けながら、ウチの姿を追おうとする。

 しかし、それで捉えられるほどウチの速度は鈍くない。ボードブが完全に追いきれなくなったところで勝負を仕掛ける。


 死角からの急速な接近。逆手に持ったダガーナイフを握り込み、前方に飛翔する。


 取った───!




「”風切ビエント放出ブラスト“───!」




 ボードブは即座に振り返り、そのまま剣を振るう。剣から放たれた暴風に襲われ、ウチはそのまま鎖の壁へと弾き飛ばされた。


「ガハッ……!」


 口から鮮血と空気を吐き下し、ズルズルと地面へと倒れ込む。暴風により、体のところどころに裂傷を負わされた。痛覚が体の損傷を訴え、脳に警鐘を鳴らしている。


「目で追っていると思ったかい?あんなのブラフに決まっているだろう」


 ボードブは得意げな顔で自身の剣を眺めていた


「ボクはいずれ七覇獄セブンスに名を連ねる、蝕む鼠イロード・マウスのボスだよ?キミのような小娘に遅れをとるわけにはいかない」


 甘く見ていた。いや、実力者であろうことはわかっていたが、部下もトラップもない一体一なら殺れると思っていたのだ。

 傲慢に過ぎる。相手は闇ギルドのボス。加えて、ボードブは万全な状態なのに対して、ウチは負傷と疲労を抱えこんでいる。そんな状況で、


 ウチはよろりと立ち上がり、緩くかぶりを振る。


 短時間の戦闘で、じゃない。次の一手で、一瞬で終わらせる。

 ウチは電導雷躰ボルテクスの出力を強めた。無意識に体を庇って弱めていた分と、継続時間の度外視を加えて、今できる最大限の速度を出す。


「来なよ、ルティナちゃん?」


 ウチは初速から一気に飛ばした。先程までは地を駆けるだけだったが、今度は檻の壁や天井を利用して、縦横無尽に駆け回る。壁から壁へ跳躍し、天井から地面へ落下する。二次元の動きから三次元の動きに移行したことで、ボードブの顔にも本当の意味での焦燥が窺えた。


 先程の比では無いほどの速度。この超速移動による撹乱後に、全てを集約した一撃を放つ。


 ウチは機を見て鎖の壁から一気に跳躍し、ボードブの身に凶刃を突きつけた。


「そこだ───ッ!!」


 しかし、ボードブの反射神経と予測は凄まじいもので。あれだけ速度を上げたにも関わらず、ウチを見失うこと無く、ジャストタイミングでウチが突貫してくる方向へ剣を振るった。





 キィン────!





 ボードブが振るった剣は、確かにウチのダガーナイフを捉えた。


「なっ……!」


 しかし、肝心の人間は居らず、一本のダガーナイフがそのまま弾かれて飛んでいくだけだった。ボードブはそこでようやく違和感に気づき、背後へ振り返った。


「キサマ……!」


 ボードブが辿っていたのはウチの魔力だ。魔力感知を研ぎ澄ませることにより、超速で移り変わるウチの座標を把握していた。

 しかし、いざその魔力が自分に迫った時、ボードブは勘違いをしてしまった。ウチの超速移動に合わせて魔力感知を酷使してしまったがゆえに、その感知能力が鈍りを見せる。

 ウチの魔力を纏いながら投擲されたダガーナイフを、ウチ自身だと勘違いしてしまったのだ。


 これで、勝敗は決した。


「はああああ───!!」


「ぐぅ……!」


 ボードブが長剣を振り抜くより早く、ウチのもう一本のダガーナイフがボードブの胸を切り裂いた。


「グハァ……!!!」


 血飛沫を上げながら宙を舞うボードブ。その無駄に大きな巨体はそのまま力無く地面へ落下し、砂埃を上げた。ボードブが握っていた長剣は金属音を鳴らしながら地面を滑り、主の元から遠ざかる。


「バ、カな……!」


 ウチはボードブの元へ歩みを進め、その姿を見下ろす。

 ボードブは全身を使って必死に酸素を取り込み、口の端から鮮血を無様に垂らしていた。ドブネズミのタトゥーは胸元が切り裂かれたことにより真っ二つとなっている。紅血と脂汗に塗れたその姿は、正しく醜態と言うにふさわしいものだった。


 ウチはそんなボードブの腹の上に跨る。


「ようやく、この時が……」


 鮮血に染ったダガーナイフを見やった。今は痛みも疲労も感じない。ただ、終息目前となったこの復讐劇に想いを馳せた。


「ヒッ……!や、やめてくれ……!」 


 自身の死を予見し、その手を止めるよう懇願するボードブ。しかし、聞き入れる気など毛頭ない。


「お姉ちゃん……。これで、全部終わるよ」


 こいつの傷は重傷だが、死に直結するほどのものじゃない。しかと、トドメを刺す必要がある。

 ウチは一度天を仰ぎ見たのち、ダガーナイフを振り上げた。


「終わりだ、ボードブ」


 そして、ありったけの怨恨を込めて、ナイフを振り下ろした。


「ここで、死ね───!」





「───ルティナ。お前は、アタシの光でいてくれ」





「───ッ!」


 不意に、記憶の奥底から愛しい声が響いてきた。振り下ろされるはずだったダガーナイフがピタリと止まる。なぜ止まったのか、自分でも分からなかった。


「ルティナ……」


 その時、鎖の檻を解除し、上からリヴェルが降りてきた。リヴェルはどこか寂しげな眼差しでこちらを見やる。


「その刃を止めたのは───お姉さんなんじゃないか?」


 明言化されると、記憶の底からアネキとのとある会話が蘇ってきた。





「───ルティナ。お前は、アタシにとって平和の象徴みたいなもんだ。お前が生きていて、お前がいる故郷があれば、アタシはどんな苦痛や困難にあっても前を向いていられる。安心して帰れる場所があるってのはそういうことなんだ。アタシはみんなを照らす”光の英雄“になる。だから、お前はそんなアタシを照らす”光“でいてくれよ。あわよくば、いつまでもな」





 確かに握ったナイフの切っ先が、震える手に連動して揺れ動く。

 眼前には、アネキの命を奪った死ぬほど憎い男がいる。無防備に横たわり、ウチに殺される瞬間をただただ待っているのだ。


「ハァ……!ハァ……!」


 動悸が激しくなり、呼吸が乱れる。額から汗が流れ、顎を伝って落ちていく。視界が不規則に歪み、極彩色に彩られ始める。心臓の鼓動が煩くて、過去の残響と共に耳朶を絶えず震わせてくる。


 ずっと殺したかった。この二年間、この男の息の根を止めるためだけに生きてきた。ウチは全てを捨て去る覚悟で、ここまで来たんだ。


「ハァ……!」


 ───迷うな。止まるな。躊躇うな。


「ハァ……!」


 ───殺せ。刺し殺せ。何がなんでも殺せ。


「ハァ……!」 


 ───大好きで大切だったお姉ちゃんを奪ったコイツを、地獄に落とすんだ。









「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙────ッ!!!」









 ウチは両手で握ったダガーナイフを、確かに振り下ろした。


「はぁ……。はぁ……。はぁ……」


 施設には、ウチの乱れた呼吸音だけが虚しく響き渡っていた。


 数秒間の硬直ののち、ウチは再度男を見やる。───ナイフは、ボードブの顔面の真横に突き刺さっていた。


「あ、あ、ああ……」


 ボードブは恐怖で顔面を引き攣らせながら、か細い声を漏らしている。

 ウチは地面からナイフを抜いて立ち上がると、そのでっぷりとした腹を蹴り飛ばした。


「ゴフッ……!」


 ゴロゴロと転がるヤツを一瞥し、ダガーナイフをしまう。

 瞬間、どっと疲労感が溢れ出てきて、体が地面へ吸い込まれそうになる。


 しかし、その途中で優しく何かに受け止められた。


「大丈夫か、ルティナ」


 見上げると、心配そうにリヴェルが顔を覗き込んできていた。


「だいじょーぶ。あんがと」


「……殺さなかったんだな」


 ウチはリヴェルの胸に顔を埋めつつ答える。


「───ウチは、お姉ちゃんの”光“でいたいから」


 この選択が、正解か不正解かはわからない。将来、あの時殺していればと後悔するかもしれない。けれど、人殺しにはどうしてもなれなかった。アネキの言葉を無視して復讐をやり遂げられるほど、ウチは強くなかった。

 あの世にいるアネキは、ウチがアイツを殺さなかったことを残念に思うだろうか。それとも、よくやったと褒めてくれるだろうか。

 その答えも分からない。もうアネキはいないから。だったら、アネキが遺した意志を信じよう。そう、思ったのだ。


「その刃を止めたのは、すげぇ勇気のいることだ。本当に立派だと思う。───俺には、それが出来なかったから」


 寂しげな声音でリヴェルはそう呟いた。リヴェルもまた、ウチと同じようなどうしようもない傷を抱えているのかもしれない。


「さて、じゃあこいつら全員騎士団に引き渡して、帰るとする───」





 ドォォォォン────ッ!!!





 リヴェルの言葉を遮ったのは、凄まじい爆発音だった。


「なっ……!」


 音の聞こえた方向を見やると、アジトの一角から火が上がり始めていた。しかも、その一発で終わることなく、次々と連鎖するように爆発が巻き起こっていった。


「よく分かんねぇけど、やべぇことになった。脱出するぞ、ルティナ!」


「う、うん……!」


 そうして、ウチらが動き出そうとした時───。


「クソがァ……!」


 ボードブは地を這いつくばりながら、天に向かって怨嗟の声を上げた。


「ジャグスの野郎ッ!あれだけボクから搾取しといて、ここで見捨てるつもりかァ……!許さねぇ、絶対許さねぇぞ……!ボクは未来永劫、キサマを呪い続けてやるぞッ!ジャァァグゥゥゥスゥゥゥ───!!!」


 ボードブの嘆きと憤怒の声が響き渡る。”ジャグス“───その名に妙な引っかかりを覚えながらも、ウチはリヴェルに支えられてアジトを脱出した。


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2024年10月19日 21:00
2024年10月20日 21:00

デ・レ・デ・レ〜陵辱系エログロファンタジーマンガの悪役になりましたが、主人公含むみんなをハッピーエンドに導きたいと思います〜 @root0

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