第2話 復讐劇に終止符を 2

 男に渡された魔道具のおかげで身体の傷はある程度癒され、痛みもそれなりに抑えられた。短時間なら全力で動いても問題ないだろう。

 檻の隣の部屋で奴らに押収された二本のダガーナイフを回収し、ウチらは忍び足でアジト内を進んでいく。


「俺はリヴェル・ラグリート。一応冒険者をやってるもんだ。あんたは?」


「ウチはルティナ・フォーレル。ふつーのパンピーだよ」


「おー」


 リヴェルはどこか満足気に首を縦に振った。


「わかってたけど、ちゃんと確認取れると安心するもんだ」


「はい?」


「こっちの話しだよ」


 ウチは思わず眉を潜める。コイツの言動はちょくちょく怪しいというか、理解が及ばない部分がある。


「んで、アンタはここに何しに来たん?」


「ふふん、それはな───」


 リヴェルはこちらに振り返り、片目をパチリと閉じる。


「麗しいお嬢さんの嘆きを聞いたからさっ───!」


「……」


 盛大なドヤ顔と歯の浮くような決めゼリフ。ウチは呆れるどころか、怒りを覚えてしまいそうだった。

 ウチが無言で睨めつけていると、リヴェルは咳払いをし、「というのは冗談で〜」と仕切り直した。


「ま、たまたまこの拠点を見つけて忍び込んだだけだ。闇ギルドなんて、なんぼ潰してもいいからな。その過程で、女の子が捕らわれてるって聞いて、先に助けに来たわけ」


 ただの正義感と人助けというわけか。どこまで本当かは分からないが、少なくとも悪意は感じなかった。


「構成員は外で仕事があるみたいで、ある程度出払ってる。おかげで警備は割りと手薄だった。ここに来る道中にいた構成員も気絶させたり煙に巻いたりして躱した」


「へー。──ん?ちょいまち。もしかして、アンタ一人でここに来たん?」


「そうだけど?」


 ウチは眉間に皺を寄せる。


「そうだけど?じゃないが。他人ひとに単独で突っ込むなんて愚策だなんだと説教垂れてたのは誰よ?」


「そりゃまあ、俺はこの類の手合いとはやり慣れてるから別よ。───”Too easy“ってやつだ」


「とぅ……なんて?」


「俺のやってた超イカしたゲームの主人公の口癖なんだよ。『楽勝!』とか『チョロいぜ!』みたいな意味。うちのギルドリーダーは『なんかよくわかんないけどカッコいいね!』って言ってくれたぞ」


「いや、100パーテキトーにおだてられてんじゃん。恥ずかしいヤツじゃん」


「んなわけねぇだろ!あいつは嘘とかつかねぇよ──!」


「どーだか」


 リヴェルは後ろ頭をかいた。


「とにかくだ。隠密に動いてはいたけど、さすがに俺が侵入したことには気づいてるはずだ」


「つまり、相手は既に警戒体勢を取ってるわけ?」


「そのはずなんだけどな。妙にアジト内が静かなのが気になる。偶然まだ異常に気づかれてねぇか、或いは何か企んでるかだな」


 リヴェルは警戒しながらも、軽快な足取りで進む。その後ろをウチもついていった。

 道中にはリヴェルが気絶させたであろう構成員が倒れている。しかし、逆に他の構成員が一向に見当たらなかった。いくら警備が手薄と言っても、ギルドの本拠地がここまでガランとしているわけが無い。実際、ウチが忍び込んだ時にはあちらこちらに構成員が闊歩していた。

 嫌な予感が脳裏をよぎりつつも、トラップを躱しながら狭い通路を抜けていく。


 そして、程なくすると、開けた場所に出たのだが───。





「───本日の主役二名、お通りでーす!!!」





 リヴェルの予想が的中した。そこにはにやけ面を貼り付けた多数の構成員が待ち構えていた。


「あらら。随分な歓迎だな。サプライズパーティーか?」


「───その通りだよ」


 構成員達の群れをかき分け、優雅に歩いてくる者が一人。ドブネズミのタトゥーを胸に刻んだ、醜悪な見た目をした男。

 その姿を捉えた瞬間、全身に稲妻のような激情が迸った。


「ボードブ……!!」


 憎き仇を前に、ウチは速攻で抜剣し交戦体制に入る。しかし、その行く手をリヴェルの右手が遮った。


「アンタ──!」


「落ち着けって。前もそうやって突っ込んでやられたんだろ?」


 ウチの行動を阻害するリヴェルに憤怒の情が一瞬湧いたが、彼の言葉によりウチは何とか自分を律することが出来た。さすがに今はリヴェルの意見が正しい。


 ボードブは天を仰ぎ、高らかに演説をし始める。


「これより行われるパーティーの演目は二つ!傲慢にも我がアジトに足を踏み入れ、あまつさえ人の所有物を野に放とうとする愚か者。彼の男には惨たらしき死を!無策でアジトに飛び込み、殺意を謡う憐れで健気な少女。彼の女には快楽による調教を!今宵の宴は、この二人の演者により盛大な盛り上がりを見せるだろう!ナーッハッハッハッハ!!」


 ボードブが高笑いすると、それに共鳴するように構成員達も下卑た笑声を上げた。


「それで、みんなでお出迎えってわけか。ちなみに、俺らがここを通るってわかってたのか?」


「このフロアからしか、ボクの部屋にも出口にも到達出来ないからね」


「なるほど」


 道中敵に出会わなかったのも、アジト内が妙に静かだったのも、ここに人を集結させていた為だったのか。とんだサプライズだ。


「ルティナちゃ〜ん。そんな怖い顔しないでよ。さっきは噛み付こうとして来たから痛めつけちゃったけど、本当はキミと仲良くしたいんだよ〜。まあ、仲良くというか、ベッドの上で”ナカヨシ“したいだけだけどね。グフフフ……!」


 ボードブは頬を緩ませ鼻の下を伸ばしながら、ウチの体を舐るように視姦してきた。吐き気を催すおぞましさ。ウチの中の殺意の焔がさらに火力を増した。


「大人しく投降してくれたら、酷いことはしないからさ〜」


 愚かな宣いを続けるボードブ。そんなヤツを見て、リヴェルはふむふむと顎に手を当てていた。


「原作ではこんなヤツに好き放題されちゃうんだもんな。ひでぇ話しだホント」


 リヴェルはまた要領の得ない言葉を口にしている。


「やっぱそんな未来、許容出来ねぇわ」


 そして、一人でなにか決意を固め、リヴェルは一歩踏み出した。


「ルティナ。ちょっと待ってな」


「は?待つ……?」


 ウチが首を傾げていると、ボードブが片手を突き出し、耳に障る声を張り上げた。


「さあ、あの男を殺し、ルティナちゃんを捕らえよ────!!!」


 その言葉に呼応し、構成員達は一斉に飛びかかってきた。

 一度戦ってわかっている。奴ら一人一人の実力は確かに高いが、ウチなら余裕を持って捌けるレベルだ。しかし、そこに地の利と人数有利が付与された場合、その限りでは無い。

 少しばかり冷静にはなれたが、傷は完全には癒えておらず、コンディションは依然として悪い。トラップの所在も敵の能力も把握していないこの状況では、やはり絶対的に不利だ。


 そこにリヴェル一人加勢にくわわっただけでは、どうにも───。


「くらえェ──!」


「死ねやァ──!」


 様々な魔術を伴って襲い来る構成員達。そんな害意の群れを前に───リヴェルは妖しい笑みを浮かべた。




「───”虚ろなる鎖刃ヴォイド・チェーン“」





 刹那、異空間より無数の鎖が現出した。鎖は瞬く間に先陣を切っていた数人の構成員を縛り上げる。


「なっ、なに?!」


「んだよこれ……!」


 体を絡め取られ、四肢の動きの一切を停止させられた構成員。そんな彼らの元へ、リヴェルは無警戒に近づいた。


「クソっ!なら、このまま……!」


 構成員は動きを封じられながらも、魔術による遠距離攻撃を放とうとする。

 ウチは咄嗟にリヴェルの前に割って入ろうとしたが、構成員達の不可思議な様子に気づき、足を止めた。


「なっ、はぁ?!」


「ま、魔術が使えねぇ……!」


「ふざけんな、どうなってやがるッ!」


 リヴェルは止まることなく、鎖で縛り上げたもの達を素通りして進んでいく。


「お、おい、止まるな……!」


「やっちまえ……!」


 動揺しながらも突貫する残りの構成員達。しかし、次から次へと現出する鎖により、その身をがんじがらめにされる。進んでいく内に発動する死角からのボウガンや天井から落下する炎の球などのトラップも、軒並み鎖で弾かれていく。

 それを繰り返していく内に、とうとうボードブ以外の者全てが鎖の餌食となった。もはや、リヴェルの道を阻む物は無い。


「な、な、なんだと……!こんなことが──!?」


 脂汗をかきながら全身を震わすボードブ。リヴェルはそんなボードブの動揺した姿を鼻で笑うと、指をパチンと鳴らした。

 すると、構成員たちを縛り上げていた鎖達が動き出し、そのまま捕らえていたもの達を投げ飛ばした。打ち上げ花火のように四方八方に散っていく構成員たちは、各々壁な天井へと激突していった。


「───”Too easy“」


 飄々とした態度からは考えられない程の───圧倒的な強者。この場において、彼に対抗出来る存在はいなかった。


 恐怖に縮み上がるばかりだったボードブは何かに勘づいたのか、ハッと息を呑んだ。


「真白の髪に、その鎖───。ま、まさか、キサマ、”白鎖はくざ“か……?!」


「!白鎖……!」


 闇ギルドを調べる過程で聞いたことがある。闇ギルドの中でも最凶と謳われる七つのギルド、七覇獄セブンス。その内の一つだった黒重会こくじゅうかいをたった一人で潰したと言われる男だ。


 まさか、その男がリヴェルだというのか。


「原作の”鎖の悪魔“の方が響きはカッコいいんだけどな〜。まあ、あっちのリヴェルの称号それは不名誉だからいいけど」


 リヴェルはウチの方へ振り返った。


「さて。次はあんたの番だ、ルティナ。どうする?」


 リヴェルに問いを投げかけられる。リヴェルについての情報や急速に進む展開についていけていなかったが、元よりウチのやる事は変わらない。

 一度目を伏せ、静かにまぶたを開ける。捉えるは一人の怨敵。懐に忍ばせたイヤリングに触れ、静かに歩みを進める。


 ───ウチの身を焦がす怨嗟に。アネキの晴れることのない無念に。





「あんがと、リヴェル。───ウチは決着をつけるよ。全て、この手で」





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