02 壊れる事を恐れながら壊れ続けろ

 蠱毒ベネノ・マルディート


 ――そう呼ばれる、海を超えた別の大陸から伝わった猛毒の製造方法がある。

 壺の中に無数の毒を持つ生物を入れ蓋をする。

 生物たちは狭い壺の中で互いを殺し合い、喰い合い、やがて最後の1匹となった生物に、強力な毒性が宿る――といった代物である。


 真実か与太かも不明な、件の伝承ベネノ・マルディートから強いインスピレーションを受けた、2人いる御主人様ファッキンマスター(詳細はまた今度語ろう)の片割れは、奴隷市場から《ベネノ》のスキルを宿したガキ共を買い漁り、地下牢に閉じ込めると、ガキの胃袋を壺に見立ててあらゆる毒物を飲ませた。


 そのガキの1人が俺――ロボ・ベレニハーノである。

 当時10歳。


 あと一滴でも多く摂取すれば致死量に至る、絶妙な量の毒物を飲まされ、吐くことは許されず、ガキ共は常に、腹の中で暴れまわす激毒の苦痛に耐え続けた。

 それはあたかも、本当に毒虫が胃袋の中で暴れまわっていると錯覚する激痛であり、冷たい石畳の上でのたうち回らない夜はなかったと断言できる。

 毎日決まった時間に出される食事や水にも毒が入っており、それと比べればカビた野菜や腐った肉や便所の臭いがする水の方が美食にカテゴライズされるであろう。


 無数のどくが腹でうごめき、毒針で、毒牙で、毒液で死んでいく。

 殺した蟲を喰らい、喰らわれ、毒の純度は増し、洗練されていく。

 壺の底の毒溜まりが、壺の内側に染み込むように、胃袋に染みついた毒液が全身を隅々まで侵していく――そんな感覚であった。



『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!』



 石壁と鉄格子で隔てられていたとはいえ、声や振動は伝わる地下空間――顔も知らない同じ境遇の隣人の存在は、数少ない救いであった。

 同族意識というやつだろう。

 俺はここにいる。ここで生きている。だから兄弟達も生きろ。

 多分、そういう祈りも、絶叫に含まれていたのだと思う。


 数ヶ月もすると、毒の影響か、黒かった頭髪は脱色して白髪となり、同じく黒い瞳も色を失い白濁と濁り始めた。

 瞳に宿る希望の輝きが消え失せるように、身も心も――色と光を失った。


 そんな地獄を繰り返す内、ガキ共を閉じ込めていた地下牢から聞こえる悲鳴の声は、日々少なくなっていく。

 熱し過ぎた土器が割れるように、強力過ぎる毒に鍋底が溶けるように、ガキの数が減っていく。

 悲鳴が少なくなる日に出される晩飯が、いつもより肉が多くなっている理由に気付いたのは、地下牢に響く悲鳴が俺1人になり、地下牢から解放され、ある程度の心に余裕が出来てからだった。


 その時ようやく、俺は壺ではなく、地下牢という巨大な壺に放り込まれた毒物の1つだったのだと気付かされた。


「おめでとう――君が最後の1人だヨ」


 錆びついた地下牢の扉が開き、禿頭とくとう御主人様ファッキンマスターが拍手をしながら近づいてきて、凄惨な笑みを浮かべながら俺の両肩に手を置いた。


 飲み込んだ毒液が染みこんでこびりつくかのように、既に俺の体液に毒性が宿っていた。


 地獄の終わりであると同時に――終わらない地獄の始まり。


 かくして俺は――《毒狼エル・カラベラ》と呼ばれる殺し屋シカリオになったのであった。



***



 地下牢を出た翌日からは、御主人様ファッキンマスターによる殺し屋シカリオとしての教育が始まった。

 今までは訳も分からず飲まされ続けてきた毒物の知識を叩きこまれ、それと同じ毒を生成しろと命令された。


 サソリと言われればサソリの毒を。

 蜈蚣ムカデと言われれば蜈蚣ムカデの毒を。

 毒草と言われれば毒草の毒を。


 間違えれば、高純度に精製された毒を、致死量ギリギリまで飲まされた。


「これがお前の答えられなかった毒の味だヨ」


 ――と、静かに叱咤しながら。


 当時の俺は毒に対する相当な毒耐性がついていたので、致死量と言うのは常人の数十倍の量を指すのだが……。


 スパルタ教育を受け続けていた11歳のある日、俺は殺し屋シカリオとして最初の仕事を任されることになる。

 ターゲットは当時の歓楽街のナワバリを半分以上を支配していた暴力組織シンジケートのドンと呼ばれる中年男性であった。

 ドンは敏腕な経営者であり、数多の酒場、娼館を経営し、恫喝紛いの方法で同業他社を蹴散らし、みかじめ料を徴収し、司法機関である教会イグレシアさえも安易に手を出すことの出来ない、闇社会の大物と呼んで差し支えない怪物であった。


 しかし神話や伝承に登場する怪物が弱点を突かれて勇者に破れたように――そのドンにも致命的な弱点があった。



「(女児の装いをした美少年でしか、性的興奮を抱けないという欠点が)」



 俺は御主人様ファッキンマスターが経営する娼館に男娼として潜り込み、件のドンの毒殺を命じられた訳である。

 つい先ほどまでいた、S級冒険者、《不死身の勇者》シグフリードを毒殺した、あの娼館に。


 ――可憐なドレスに身を包み、喉仏の生えていない、まだ誰にも汚されていない、白皙の肌と白髪と白目の11歳の美少年。


 そんな謳い文句に、ドンはまんまとおびき寄せられた。

 その蜜が毒であるとも知らずに。


 おぞましい儀式によって、1度でも摂取したことのある毒を、体液から生成することの出来る程、己のスキルの理解度を高めたものの、非力なガキが、過酷な闇社会を生き抜いてきた傑物を毒ナイフで突き刺すチャンスを作れるはずもなく――。

 けれども、男娼という立場から、毒物を飲ませる方法はあまりにも簡単とも言えた。



 ――粘膜接触。



 幸いだったのは、その粘膜・・腸液・・ではなく唾液・・で事足りたという事か。


 かくして裏社会のドンは、少年しか愛せないという悪癖によって、身辺定かでない何処の誰だかも不明な男娼の甘い毒に唆され、輝かしい生涯に幕を閉ざした。


 ボスを失った暴力組織シンジケートは、幹部達による後継者争いによる内部抗争の末に弱体化。

 隙を突くように御主人様ファッキンマスターは歓楽街での勢力を伸ばすのであった。


 そして現在。

 ロボ・ベレニハーノ――19歳。


 幼少の頃の中性的な美貌は失えど、血と共に体内を循環する毒は更に濃度を増し、あらゆる自由を束縛する奴隷エスクラボの首輪は相も変わらず食い込み続け、命令されるがままに働く歴戦の殺し屋シカリオは、ついにS級冒険者さえも殺す毒を手に入れた。


「(何がいけなかったのだろうか)」


 改めて己のクソったれな人生を振り返る。


 ――もはや顔を思い出すことも叶わぬ両親が、俺を奴隷商人に売り飛ばしたからだろうか。


 ――人間がこの世に生まれる際、必ず1つ宿す事になるスキルが《ベネノ》だったからだろうか。


 ――御主人様ファッキンマスターの目に留まってしまったからだろうか。


 ――他の《ベネノ》を持ったガキ共よりも、身体が頑丈だったからだろうか。


 いくら自問しても、答えは返ってこない。


 唯一分かるのは、文字通り俺の血肉となってしまった、同じ苦しみを味わった兄弟ガキ共が、頭の中で「生きろ」と囁いている。


 それだけは確かだった。


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【あとがき】

今回のAIイラストは主人公、毒人間ロボです。


AIイラストはこちら↓

https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/16818093086959601738

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