03 奴隷の首輪

「ご苦労だったな」


 ――豪奢な調度品であしらわれた居間にて。


 厚手のソファに座った御主人様ファッキンマスター――ザインは、咥えていた葉巻をゆっくりと灰皿の上に置いた。

 繁華街から離れた――貴族ではない富裕層が中心に集う、閑静な住宅街に建てられた屋敷。


 そこが俺と御主人様ファッキンマスターの住処である。


「こちらでも不死身の勇者シグフリードの死亡を確認した。死体の処理も万全だ。常に死と隣り合わせの一匹狼ソロ冒険者が、数日姿を見せない所で騒ぎになることないだろう。奴の死が世間に公表されたころには、真実は闇の中だよ――ククク」


「それは報酬か?」


 仕立ての良いスーツを着た我が主――ザインは灰皿の置いてあるローテーブルの上に、積み上げられた金貨を数えるのに忙しそうであった。


 ザインは8年前に俺が殺した当時の裏社会のドンに成り代わり、今や歓楽街の殆どを影から支配する暴力組織の長にして、聖都エル・オロヴェに蔓延する違法薬物、魔薬エル・カバブロの流通を握る密売人カルテルのドンであった。


 今では多数の構成員を抱え込む、国内最大の魔薬密売人カルテルに成長し、組織名であるロス・アラクラネスの名は裏社会の住人達に恐れられている。


 歓楽街の支配権と魔薬エル・カバブロの流通。

 その2つのビジネスによって得た莫大な富と権力によって、ザインは政府きょうかいさえも手を出すことが憚れる、闇社会の傑物とも呼べる大悪党の地位を手に入れていた。


「(まあ、魔薬エル・カバブロの流通には教会イグレシアも1枚噛んでいるからなんだが)」


 善性を説く宗教団体にして、民を導く政府組織が、薬物密売人カルテルと手を組んでいるのだから、この世に善や悪を説くことそのものが間違っているのかもしれないが……。


「しかしあのシグフリード相手に、擦り傷一つで生還するとは本当大したものだヨ――ロボ」


「これが擦り傷に見えるんだら、ゴーグルを新調するのを進言するが」


 ザインの向かいに座るもう1人の御主人様ファッキンマスターが、俺の胴部に刻まれた刀傷を見て関心するように頷いた。

 禿頭ハゲ頭とゴーグル、そして薄汚れた白衣が特徴的な、研究者然とした老爺――ホセ。

 《ファルマコ》のスキルを持つ薬師でありザインの右腕。

 そして――俺の胃袋に無理やり毒液を流し込み、一流の殺し屋シカリオに育て上げたマッドサイエンティスト。


 ザインとホセ――この2人が、奴隷エスクラボの首輪を通して、俺の主となったクソ野郎達である。


「聖灰でも塗っておけば、キミなら一晩で治るだろうヨ――ほれ」


 ホセは粉の入った瓶を俺に差し出す。

 教会イグレシアが製造・販売する万能塗り薬である聖灰を、俺はコートのポケットにしまった。


 S級冒険者の暗殺仕事なんて、成功すれば一生遊んで暮らせるだけの報酬が支払われるのだろうが――悲しいかな我が身分は奴隷エスクラボ

 一生遊んで暮らせるであろう大金は、目の前で金貨を数えるのに夢中な御主人様ファッキンマスターの懐に1枚残らず納められ、この身に残るのは傷薬1つのみときたもんだ。


 残酷なまでに不平等な世の中である。


「それから――早速次の仕事が入った。詳細はホセから聞くといい」


「S級冒険者を殺したというのに、金貨の一枚も寄越さず次の仕事だと? 少しは奴隷エスクラボを労わって欲しいものだな」


「そういうお前はいい加減に主への口の利き方に気をつけろ」


 ――ギュウッ


「かはっ!?!?」


 突如――首に巻かれた首輪が締まり、呼吸が出来なくなる。


「あ゛っ!? お゛ぇ゛!?」


 俺はカーペットの上に倒れ、首輪を掻きむしって気道を確保しようと必死にもがくが、首輪には小指一本指しこむ隙間も生まれない。

 これが奴隷エスクラボの首輪の能力。


 首輪とセットになっている指輪に魔力を流し込むだけで、首輪が自動的に締まる代物だ。

 更には主に対して加害行為を行おうとしただけで自動的に起動する優れ物――文明発展に大きく貢献し、人類が豊かな生活を送る一助となる、偉大な発明品の1つである。


 なお、ここで言う〝人類〟に奴隷エスクラボは含まれていない。


「このくらいにしておきたまえザイン。お気に入りのカーペットが血で汚れてしまうヨ?」


「吠え癖の治らない駄犬の躾をしただけだ」


「ぜぇ……ぜぇ……っ」


 ザインが指輪に魔力を流すのを止めると、久方ぶりに肺に酸素が行き渡る。


 誰もが恐れる、たった5人しかいないS級冒険者を殺した殺し屋シカリオを、指先1つで自由に出来る。

 その優越感を肴に、ロックグラスに注がれた酒を煽ると、再び葉巻を咥えた。



 ――ボウッ。



 ザインの指先に火が灯り、火の消えた葉巻が再び燃焼する。

 ザインは《フエゴ》のスキルを持って生まれたが、それを葉巻や紙巻の魔薬に火をつける時くらいしか、使っている所を見たことがない。


「それじゃあ次の仕事の説明をするから――ボクのラボへついてきたまエ」


 ゴーグルで目を防護した老爺――ホセは席を立ち、地下へと続く階段の扉を開ける。

 結局俺には報酬の金貨は1枚も支払われることなく、ゆっくりと立ち上がり、ホセの後に続くのだった



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【あとがき】

今回のAIイラストはロボの主、ザインです。

https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/16818093086962578464


【用語解説】

・クレシエンティア

 本作の舞台となる国の名前。

 女神崇拝の一神教、ルナルシア月教を国教と定め、教皇が統治する宗教国家。


・エル・オロヴェ

 本作の舞台となる街の名前。

 クレシエンティアの首都。

 肥沃な農地、金山、地下ダンジョンと、資源に恵まれた黄金の都。


魔薬エル・カバブロ

 摂取することで大量の快楽物質を分泌させ、強い依存性から禁止薬物に指定された幻覚剤。


・ロス・アラクラネス

 エル・オロヴェを蝕む魔薬密売人カルテル組織。

 歓楽街の実質支配者でもある。いわゆるマフィア。




 その他、世界観設定、用語など、説明不足と感じた点がありましたら、コメントに書き込んで下さると幸いです。

補足させて頂きます。

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