【蠱毒】の殺し屋と【桃娘】の小聖女――毒狼は桃血の乙女と眠る――

なすび

01 毒使いの殺し屋と不死身の勇者

【まえがき】

新連載です。

よろしくお願いいたします。

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「お天月様てんとさまが見てるというのに、相変わらずお盛んなこった」


 夜の聖都は、毒々しい色に発光した魔光石まこうせきに照らされていた。

 清貧を是とし、色欲を非とするルナルシア月教げっきょうを国教と定め、教皇が国を統治する宗教国家クレシエンティアの歓楽街。


「そこの格好いいお兄さ~ん、ウチに寄ってかな~い?」


「…………」


 今にも乳が零れ落ちそうな、薄いドレスを着た娼婦の客引きを無視し、俺は目的地へと進む。


 教皇猊下のお膝元である首都エル・オロヴェであろうと、人と金が集まれば色町が作られてしまうのが人のさがというもので、歓楽街は今日も欲望に飢えた人々から金を吸い続けていた。


 酒、女、薬――あらゆる快楽が金で買える都、エル・オロヴェの夜の姿であった。


「おい、テメェ! ど~こに目ェつけて歩いてんだぁ!?」


「…………」


「ひっ!? き、気ィつけて歩け!」


 今度は酔っ払いの中年男性と肩がぶつかる。

 男は酒臭い息を吐きながら、肩を掴んで呼び止める。

 俺は肩越しにその男の赤ら顔を睨みつけると、果たして――男は一気に酔いが覚めたのか、逃げるように駆けていった。


 客引きを無視し、酔っ払いを追い払いながら、ようやく目的地に到着する。

 そこは歓楽街では珍しくもない娼館。

 その正面入り口を無視し――ゴミの臭いがこびりついた路地に入って、裏口に到達する。


「その髪……《毒狼エル・カラベラ》ですね、お待ちしてました」


 裏口には娼館で働くボーイがおり、俺の色素を失った白髪と、白濁した瞳を見て、待ち人の特徴と一致したのを認めると、裏口の扉を開ける。


「部屋番号は303です、場所は――」


「…………」


 ボーイの言葉を無視して娼館の中に入る。

 思い出したくもないが、ここは勝手知ったる古巣であり、部屋番号さえ分かれば最短距離でターゲットの場所へ到達することが出来た。


 廊下を進み、階段を上り、目的の303室の前で足を止める。

 コートの中に腕を突っ込み、シャツの背中側に取り付けたホルスターに収納した得物を取り出す。

 そうして準備を整えると――音を立てないように扉を開き、部屋の中へと滑り込んだ。


「あ゛ッ! あ゛ッッ! あ゛え゛ぇ゛ぁ゛ッ!?」


「いいぞ! お前は最高だ!」


 ギシギシと――ベッドが軋む音。

 そして――幼獣のうめき声のような声。


 ベッドの上では大柄な男が、幼い少女の上に覆いかぶさっており、大きな背中に隠れて下敷きになっている少女の細い足が、苦しそうに跳ねていた。

 ここから男の顔を伺うことは出来ない。


 だが――この男が、殺し屋シカリオである俺のターゲットであることは間違いない。


「…………」


 悟られぬよう、ゆっくりと得物を持ち上げ――振り下ろす!



 ――斬ッ!



「ッ!」


 しかして――刃は空振り、ターゲットの背中に突き刺さることはなく、その下のベッドマットレスに突き刺さる。

 敷き詰められていた羽毛が宙を舞う。


「ちッ」


「おいおいおい――ルームサービスを頼んだ覚えはねェぜ」


「常連様への感謝の気持ちだ。銭はいらない」


「なるほど、お礼参りって訳か――どこの回しモンだ? 生憎敵が多くてな、心当たりが多すぎる」


 ターゲットの男――国内に5人しかいないS級冒険者の1人――《不死身の勇者》・シグフリード。

 そいつは背後からの殺気を察知すると、素早く飛びのき、同時に壁にかけていた愛剣を掴んで部屋の隅まで退避していた。


 流石はS級冒険者。

 そう簡単にらせてはくれないか。


「きゃはッ! 今夜はツイてるぜ。合法的に人を殺せるんだからよぉ!」


 シグフリードは命を狙われているというのに、未だ股間の得物が力強く12時の位置を指しているのは、傑物といった所か。

 興奮冷めやらぬ様子で、愛剣の刃を舐めている。


教会イグレシアか? 冒険者協会ギルドか? それともこの前殺した少女ガキの親に金を積まれた殺し屋シカリオか?」


「悪いが、冥途の土産は渡さない主義だ」


「闇討ちに失敗した殺し屋シカリオが、この俺様に敵うと思ってんのかァ!?」


 男――シグフリードは吠える。


 ――ダンッ!


 シグフリードは床を蹴り上げ、素早い剣技を繰り出す。

 現役の最高クラス冒険者による、無駄のない一撃。

 一歩遅れて放った俺の斬撃は、容易に躱され――英傑の斬撃が俺の胴部を切り裂いた!


「ぐはッ!?」


「ひゃははッ!!」


 俺はそのまま背後のベッドに背中から倒れ込む。

 その衝撃で、先ほど俺の開けたマットレスの穴から羽毛が吹き出す。


「い゛ぃ゛!?」


 ベッドの上にいる娼婦が、枯れた声で小さな悲鳴をあげる。

 そこには齢二桁に届くかどうかといった年頃の少女が、怯えるように俺を見ていた。

 その首には、両腕で絞められたような痕が残っている。

 彼女の声が枯れているのは、絞首による弊害か。


殺し屋コイツの死体の上で続きやってやるから、楽しみにしとけよぉ?」


 シグフリードは負傷した俺にトドメを刺そうと一歩前に出る。

 窓から零れる月明りが、血の付着した長剣を照らす。

 それを認めたシグフリードは、愉悦の笑みを浮かべながら、伸ばした舌で刃に付着した血を舐めとった。


「その悪癖――備考通りで助かったよ」


「あーん? 何言ってん――ごはッ!?!?」


 愉悦の表情が一転――苦痛に歪む。

 シグフリードは口から大量の血を吐きながら、床の上に倒れ込む。

 その瞳の血管は破裂寸前まで膨張し、顔色は黄土色に染まり、勇ましかったイチモツも、くたびれた根菜のようにしなだれていた。


「テメェ……何しやがった……!?」


「俺のスキルは《ベネノ》――お前が舐めた血液は猛毒だ」


 本日のターゲット――S級冒険者シグフリード。

 《バリエンテ》のスキルを持つ不死身の勇者。

 ダンジョンから取れる魔水晶の年間産出量の3%をたった1人で賄い、数多の討伐手配ネームド魔物を討伐してきた国の英雄。

 勇者と崇められる一方、本性は人を殺すことに快楽を覚える異常者で、司法の目が届かない故に、ダンジョン内で数多の同業者を殺害し、その罪を魔物に押し付ける殺人鬼。

 挙句、幼い少女が苦痛に悶える姿を見なければ性欲を満たすことの出来ない小児性虐嗜好者。


 そういった背景から、これまで数多の恨みを買ってきたことは想像に難くない。

 しかし奴は今日まで報復を受けることなく、己の欲望のまま生き続けている。

 それは二つ名である《不死身の勇者》を冠する《バリエンテ》のスキルの恩恵が大きいのだろう。


 《バリエンテ》はあらゆる状態異常に耐性を持つスキル。

 毒・麻痺・石化・魅了――シグフリードにそういった搦め手は通用しない。

 そして真っ向勝負でS級冒険者の剣技に敵うはずもない。

 ダンジョンから大量の魔水晶を持ち帰り、国に多大な貢献をしている事もあり、司法機関は証拠不十分という建前で捕えることもせず、結果――シグフリードの傍若無人な振る舞いを止められる者はどこにもおらず、俺に白羽の矢が立ったという訳だった。


「ありえねェ……俺に毒は効かねェ……!」


「《バリエンテ》のスキルは状態異常を無効化するのではなく、耐性をつけるだけだ。お前の耐性よりも、俺の毒性の方が上だったというだけだ」


 ゆっくりとベッドから起き上がる。

 元よりわざと斬撃を喰らう予定だった故、奴の攻撃に合わせてバックステップで背後へ飛んだことで、出血はしたものの傷はかなり浅い。


「ふ……ざけるな……ッ!」


「驚いた……0,1グラムでミノタウロスとか動けなくする毒なんだが」


 《バリエンテ》スキルによる耐性か、それともS級冒険者としての意地か、シグフリードは剣を杖代わりにして身体を支えながら立ち上がろうとする。


「ぜぇ、ぜぇ……ぜってェ殺してや――ゴハァッ!?!?」


 腐ってもS級冒険者。

 毒殺専門の殺し屋シカリオが真っ向勝負で勝てる相手ではない。

 奴が体勢を整える前に、得物によるフルスイングを頭部に叩きこむ。

 再び床の上にくずおれるシグフリード。


「毒で死ぬ前に殺してやるから安心しろ。ま――ご覧の通りのナマクラだから、楽に死ねる訳ではないがな」


 俺の得物は一見なたのように見えるが、その刃は肉食獣の牙のような鋸歯状になっており、ノコギリのようにも見える鋸鉈のこなただ。

 切断力の高い研がれた刃よりも、皮膚に突き刺さり骨に食い込む形の方が、毒を体内に流し込むのに都合がいいのだ。

 そのせいで、斬撃というよりは打撃型の武器に近く、刃による殺害には向いておらず、苦痛を長引かせてしまうデメリットがあるが……。


 ――斬!

 ――斬!

 ――斬!


「や、やめろぉ! か、金ならいくらでも払う! だから解毒しろ! 雇われた額の倍払う!」


 5回鋸鉈を振りかざした所で、眼下から情けない声があがる。

 剣を手放し身を丸めて、両手で頭部を守って震えている。

 もはやそこに殺意はなく、怯えの情しか伝わってこない。


「分かった3倍払う! だから助けろ!」


「悪いが俺は奴隷エスクラボだ。お前をらないと俺が死ぬ。それに俺のスキルは《ベネノ》だと言っただろ。毒は作れても解毒薬は作れない」


「やめてくれ! 頼む!」


「仕方ねェな。とっておきの毒で楽に殺してやる――憐れな勇者へささやかな贈り物ギフト・フォー・ユー――ってやつだ」


 スキルを発動し、俺が生成できる最も強力な毒を血中に生成する。

 胴部の切創から零れる血を拭い、鋸鉈の刃に塗る。

 そして、もはや指先一つ動かせないでいるシグフリードの頭部を踏みつけ、首に刃を添えると――ノコギリで木材を切るように、勢いよく刃を引いた!


 ――ガリガリガリガリッッ!


「あああああ!? あああああ!?!?」


 最後に断末魔を上げたシグフリードは、以降目を開けることはなかった。


「まさか本当に殺せるとはな。刃に付着した血を舐める悪癖がなければ、どう足掻いても勝てる相手ではなかった」


 無茶な仕事を寄越す御主人様ファッキンマスターに恨みの言葉を吐きながら、得物を折りたたんで背中のホルスターに収納する。


「い゛っ! い゛ぃっ゛!?」


 振り返ると――ベッドの上には、涙目で怯える幼娼婦の姿。


「安心しろ。殺し屋シカリオは頼まれた人間しか殺さない。悪かったな――太客殺しちまって」


 俺と違い・・・・――少女には奴隷エスクラボの首輪はついていない。

 つまり彼女は経緯はともかく、自分の意思でここで働いており、労働に応じた対価が約束されている訳で、シグフリードと行っていた淫らな行為は合意の上である訳で、間違っても加害された少女を助けてあげたなどというヒロイズムに酔ってはいけない訳であり――まあつまる所。


「今日も気分の悪い仕事だった」


 ため息と共にそう呟き、娼館を後にするのであった。



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【あとがき】

本作はちょっとした挿絵としてAIイラストを掲載していきます。

第1話目は表紙的な感じで、主人公とメインヒロインのツーショットです。


↓こちらのURLから近況報告に飛んでイラストが見れます↓

https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/16818093086956917747

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