第3話 二人目

 2時間後、午前11時。


 当初の目的であったリリエルのスカウトを果たした達也は、森林公園から都市庁舎としちょうしゃへと戻ってきていた。


 「ねえ、あたしこっちの苺ケーキ頼むから、達也はこっちの桃のケーキ頼んでよ」

 「桃……いや、自分で頼めばいいじゃん」

 「期間限定で一人一つまでなの。いいから頼みなさいよ」

 「わかったからメニューを押しつけてくんなよ」


 カフェの席で、達也はため息をつきながらベルを鳴らす。

 達也たちがいるのは都市庁舎の四階。

 大食堂とカフェが併設された誰でも利用可能なこの場所は、寮生や社員の交流の場に使われる憩いの場だ。もうすぐお昼時ということもあってか、ちらほらと人が増え始めている。


 「それ食べたら今度こそ行くからな」

 「はいはい。そんなにせっかちだとモテないわよ」

 「せっかちていうか、着替えだなんだでリリーが時間を使いすぎなんだよ」

 「仕方ないでしょ! 初めましての人と会うのに汗だくのまま行けるわけないじゃない」


 そのごもっともな意見に対しては達也も反論する気はない。

 初対面の人に失礼のないよう、最低限身なりを整えるのは大事なことだ。

 髪のセットや化粧、着ていく服を選んだりと女子なら多少なり時間がかかるのだって達也は理解しているつもりだ。しかし、


 「……にしたって、二時間も迷う必要はなかっただろ」


 肩肘をついたままストローを吸う達也の視界に映るリリエルの姿は、ホットパンツにパーカーといった服装だ。

 およそ二時間も掛かったとは思えないラフな格好に不満が漏れるのも仕方がなかった。


 「べっ、べつにいいでしょそれぐらい。どうせ行き先はここだったんだし、細かいことで突っかかってこないでよ」

 「二時間は細かくないけどな……まあとにかく。ここを出たら寄り道はなしで、八階のトレーニングブースに行くから」


 再度、諌めるように釘を刺す達也に、リリエルは不満げにぷくっと頬を膨らませる。

 と、話が一区切りするタイミングを見計らったかのように頼んでいたケーキが運ばれてきた。

 待ち遠しかったのか受け取った途端に笑顔を見せるリリエル。食べ物一つでころっと変わる表情に、相変わらず単純だなと思う達也。


 「それで……聞き忘れてたけど次って誰を誘うの?」


 ケーキを頬張りながら、リリエルはこてりと小首を傾ける。


 「……ああ、それなら」


 そういえば話してなかったなと、達也は姿勢を戻しながらマジホを取り出す。


 「俺たちの一個上の鳴島無角なるしまむかく先輩だよ」

 「ふーん? ……えっ⁉ 鳴島センパイ⁇」


 驚いたように目を見開くリリエルに、達也は意気揚々と続ける。


 「前衛アタッカーランク7位でチームに所属してないフリーの選手。即戦力間違いなしのいい人選だろ」


 マジホをしまいながら、わかりやすくドヤる達也。それを見て冷静になったのか、リリエルは冷たい目を向ける。


 「……一人で盛り上がってるとこ悪いけど、鳴島センパイがあたしたちのチームに入るなんて100%《パー》ありえないから」

 「なんで?」

 「なんでってあんた知らないの? 鳴島センパイはね今まで受けた勧誘を全部断って、個人戦ばっかやってる狂戦士バーサーカーで周りからは『黒い鬼』なんて呼ばれてるんだから」


 流暢にすらすらと説明するリリエル。


 「まあでも誘ってみないと分からないだろ。もしかしたら天武祭に興味が湧いて入ってくれるかもしれないし」

 「無理に決まってんでしょ。あの箱崎さんですら断られたのよ」

 「へぇ、箱崎が……」


 ももの名前を聞いて、達也はジュースの入ったグラスに視線を落とす。

 初めての天武祭。それもオペレーターという特殊なポジションで不安の中、色々と悩んで決めた人選だったが、達也は自分の選択が間違ってなかったと確信する。

 鳴島無角なるしまむかくは天武祭で一位を目指すためには絶対に欠かせない選 手だと。

 諦めさせるために言ったであろうリリエルの言葉によって、逆にやる気が出てくる達也。


 「決めた。鳴島先輩には絶対にチームに入ってもらう!」

 「おれがどうかしたのか?」


 熱意のままに立ち上がった達也に、横合いから声がかかる。

 顔を向けた達也の双眸に映ったのは一人の青年だった。

 達也よりも一回りは小さい160㎝くらいの身長に、ふわっと丸みを帯びた黒髪。深く暗い朱色の瞳は、見ているだけで引き込まれそうになる謎の魅力を放っている。

 ドリンクを片手に不思議そうに見降ろしているこの青年こそが話題の渦中である鳴島無角なるしまむかくその人だった。


 「……鳴島先輩っ⁈」

 「どうもどうも」


 にやりとした何とも言えない絶妙な表情でひらひらと左手を振る鳴島。

 降って湧いた出会いに驚愕しつつも、これはチャンスだと達也は思い切って声を掛ける。


 「えっと……とりあえず立ち話もなんですし、座って話しませんか?」

 「それじゃお言葉に甘えて」


 いきなり断られなかった事に、ほっと胸をなでおろしながら達也は、自分の座っていた席を鳴島へ譲ってリリエルの隣へと移動する。


 「それで鳴島先輩はどうしてここに?」

 「飲み物を買ってたんだ、個人戦に行く前に。そしたら、大っきな声でおれの名前とか黒い鬼とか聞こえてきたからさ」


 そう言って原因を作った紫髪の少女へ顔を向ける鳴島に釣られて、達也も隣を見やる。

 二人からの視線を一身に受けているリリエルはと言えば、俯いたまま我関せずとばかりに黙々とケーキを食べている。

 テーブルとにらめっこ状態なリリエルの様子を見て、達也は『こいつ人見知りだったなぁ』と小さくため息。

 恐らく初対面であろうリリエルからのシャットアウト。さすがに失礼だよなと、弁明を口にしようとした達也を鳴島は特に気にした様子もなく笑顔で制する。


 「……じゃ、次はそっちの番。おれをチームに入れるとか言ってたけど天武祭の勧誘か?」

 「まあ、そうですね。天武祭に出場することになったので、そのチームメイトを探してて」

 「ほう?」

 「単刀直入に言うんですけど、先輩の力を俺に貸してくれませんか? 今のオペレーターの俺と後衛スナイパーのリリーしかいないチームじゃ天武祭を勝ちあがるのは難しい。だからこそ実力のある先輩の力が必要なんです」

 「ふむ……」


 話を聞き終えた鳴島は何かを考えるようにそらを見上げて。


 「いいよ。天司のチームに入っても」

 「マジか⁉」


 予想外の返事に思わずタメ口が出る達也。

 無理だとリリエルから断言されてたこともあり、一度目は拒否されると覚悟していた。それだけにあっさりと承諾された事実に、今度は疑問が湧いてくる。


 「ちなみに何が決め手だったか聞いてもいいですか?」

 「ん? オペレーターが天司だから。今あるチームの中でオペレーターが男なの天司のとこだけだからな。なんか特別って感じがしてカッコイイのと、ちょっと約束があるんだ」

 「そんな理由で……」


 あっけらかんと答える鳴島に、肩の力が抜ける達也。兎にも角にも、


 「よっしゃ! これで二人目」


 残るは一人だと喜びを見せる達也に対し、鳴島はドリンクを一口飲んでから口を開いた。


 「……ただし、おれとの勝負に勝ったらだけど」

 「え……?」

 「ろうよ。一度、ってみたかったんだ超越者ちょうえつしゃって呼ばれる天司と」


 そう、冗談を感じさせない真剣な表情で言い放った。

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隔離都市の天武祭〜魔法も魔力もないが、死刑は嫌なので全力で一位を目指します〜 麻月 タクト @Takuto_0120

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