第2話 一人目
理不尽で不条理な死刑宣告を受けてから二時間。
達也は都市庁舎から東に位置する森林公園へと足を運んでいた。
青々とした木々にアスファルトではない土の足場。人工島のものとは思えない自然豊かな空間は、開放感に包まれ心が癒されると評判の大人気スポットだ。
「……はぁ。やっぱ、自然の空気は染み渡るな」
すぅぅっと深く深呼吸をした達也はしみじみと呟く。
善意で老婆を助けた結果、ももの半裸を目にしてしまった。そのせいで、達也は無茶苦茶な罪を背負わされ大きな傷を心に負った。
しかしここに来たのは何も癒されるためではなく、ちゃんとした理由があった。
「さて、俺のチームメイトはまだいるかな」
中央口に陣取り、まっすぐに伸びる緑道を眺める達也。
達也の目的は天武祭に出場するのに欠かせない選手をスカウトすることだ。
都市長室を後にしてから自室に戻った達也は、即座にチームに所属していない登録選手を洗い出し選定した。
選んだ選手は三人。その内の一人が、この森林公園にいることが多い。
「けど今は春休みだし、時間的に帰ってる可能性もあるよな」
現在の時刻は八時四十分。普段であれば学校でHRが始まる頃。
生活リズムを崩さずに過ごしていれば、既に帰宅していても不思議はない。
「……とりあえずぶらついて探してみるか」
達也はポケットから通信機の端末『マジホ』を取り出しながら歩き出す。
正式名称『マジックフォン』は魔力と科学を取り入れた隔離都市専用の通信機器だ。
画面には様々なアプリが映っている。その中から達也は、選手選びでも使用した天武祭公式アプリを起動する。
ホーム画面から天武祭情報の項目を選ぶと、前期・冬の天武祭の最終順位が表示された。
1位:
2位:リアムチーム
3位:イグニアチーム
4位:
5位:
6位:
7位:
8位:
9位:
10位:マイキーチーム
11位:
12位:アリスチーム
「はぁ。色々考えてメンバー選んだけど、改めて前回の成績見ると一位取るとか無理ゲーに思えてくる」
ため息を吐きながら、達也はガックリと肩を落とす。
もも率いる一位チームを筆頭にした6位までの上位グループ。それに近しい実力を持つ顔ぶれの変わらない12位までの不動の中位グループ。
どのチームもシーズン毎に幾度も研鑽を重ねてきた猛者たち。その全てを越えなければならない事実に達也は何度目かもわからない吐息を漏らす。
と、そんな時だった。
「ん?」
かすかに聞こえる遠吠えと銃声。
マジホから視線を切り周りを見渡すと、舗装された道から大きく外れた雑多に並ぶ木々の奥の奥、数百メートルほど離れた先に狙撃銃を抱えて駆け回っている人影が目に入った。
「あっ、いた」
探していた人物の姿に思わず声が漏れる。
淡い紫髪に運動服を身に着けた少女だ。
天武祭を制するために数いる選手の中から達也が選び出した一人。
そんな少女が、一匹の黒い獣に追われていた。
「相変わらず一人で危なっかしいな」
マジホをポケットにしまいながらぼやいた達也は、軽い屈伸をしてから両足に力を入れる。
そして目的地へ視線を定めると、一気に加速。生え並ぶ樹木を突き抜けて獣と少女の間へ割り込んだ。
「よっ、リリー。今日も負けそうだな」
「……っ⁈ へっ変態⁉」
突然の達也の登場に驚いたように目を見開く少女。
「悪いけど、こいつ倒すぞ」
「え? ちょっとまち──」
紫髪の少女の静止を聞かずに達也は右足に力を込めると、正面にいる獣の顔面へ狙いを定め思い切り振り抜いた。
直撃を喰らった獣は放たれた蹴りの威力を体現するかの如く吹き飛んでいく。そして、勢いのまま木の幹に叩き付けられた獣はずるりと地面に落ちて動かなくなった。
「よし……」
そう呟き振り返った達也の目に改めて少女の姿が映る。
リリエル・フィールド、十五歳。
運動着姿に狙撃銃を抱えている、彼女こそが達也の選んだ一人目の選手だ。
早速スカウトしようと達也は口を開きかけるが、それを遮るように眉を吊り上げた少女がずいっと詰め寄ってくる。
「よし、じゃないわよ。あんたなんてことしてくれるのよ!」
「そんなに怒るなって。どうせリリー一人じゃ倒せなかったろ? むしろ、これで調伏? できてラッキーだろ」
「だから何度も言ってるでしょ! 主従の儀は一人じゃないと意味がない、の──」
「どうした?」
まくしたてるように続いていた言葉がピタリと止まり、固まるリリエルに達也は首をかしげる。
「……な、なんでもない。それで、どうして変態がこんなとこにいるのよ」
「ん? ああ。スカウトに来たんだよ」
「スカウトぉ? あたしモデルになんてならないから」
「いや違うから。天武祭への勧誘だよ」
平然とした一言に、リリエルは呆れたようにため息をもらす。
「天武祭って、吐くならもっとマシな嘘を吐きなさいよ。変態に出場資格がないことくらい知ってるんですけど」
「嘘じゃないって。オペレーターとして出場することになったんだよ」
言いながらマジホを取り出した達也は、先ほど更新されたばかりのオペレーター一覧を見せる。
「おかしい、昨日までなかったのに。……オペレーターの試験って来週のはずでしょ! どんなずる使ったのよ」
「まあ、ちょっと事情があってさ」
「なによ事情って。話しなさいよ」
「いいだろ別に」
「いいわけないでしょ。チームに誘っておいて隠し事とかありえないから。ちゃんと説明しなさいよ。じゃないとあたし入らないから」
有無を言わせないリリエルの物言いに、思わず口角が上がりそうになる達也。
少女に問い詰められている中でにやけ顔を晒す。この状況だけを見れば変態的だが、なにも、むっと頬を膨らませながら見上げてくるリリエルが可愛かったからではない。
単純にチームに入ることを前向きに考えている。それが伝わってきたのが嬉しかったからだ。
それならばと、達也は致命的な部分はぼかしつつ話すことを決める。
「今朝、箱崎の奴と色々あってさ。それで無理やり決められたんだよ」
「箱崎さん? 何で……てか箱崎さんに決められたって、つまり一位の特権を使ったってことでしょ。どういうことよ」
頭に疑問符を浮かべた様子のリリエルを見ながら、達也もまた不可解だとしみじみ思う。
全20チームにも及ぶ天武祭で一位になること自体大変なことなのに、その特権を自分の利にではなく、何の得もない同級生に行使したのだから。
「明らかに異常よ。学校でも仲良くしてるとこなんて見たことないのに、何があったらそんなことになるわけ?」
「悪い、これ以上は言えない。箱崎の尊厳にも関わるし、勘弁してほしい」
深刻な問題なのが伝わったのか『わかったわよ』とリリエルはジト目になりながら引き下がる。
なにやら誤解を生んでそうだが、言い訳している時間も今は惜しいため、達也は割り切って話を本題に戻す。
「それでチームのことだけど、入ってくれるのか?」
「それよ!」
息を吹き返したように身を乗り出してきたリリエルに、達也の肩がびくっと跳ねる。
「あたしより個人ランクが上の人なんていっぱいいるのに、どうしてあたしを選んだのよ」
「そんなのリリーが優秀だからだろ」
間髪入れずに答えた達也の直球すぎる賛辞に、固まったように動かなくなるリリエル。
優秀と達也はリリエルを称したが、実態は違う。
ポジションごとに個人間の力量を図る目的で作られた個人ランクだが、リリエルの順位は下から数えた方が早く、一般的には劣等と評価されている。
その事実を達也のみならず、オペレーターや選手たちなら誰でも知っている。故に、
「からかってるの?」
眉根を寄せて怒りを見せるのも仕方がなかった。
「いやいや本気だって。ほら、リリーって真面目だし集中力あるし努力家だし、我慢強いだろ。
「……」
「それに、ずっと出たがってたろ」
半信半疑なのか沈黙を貫くリリエルに、達也は本当の意味でスカウトにきた想いを伝える。
「……わかった、信じてあげる。で、あたしの魔法の方はどうするつもり? 狙撃の腕だけじゃ勝てないんだけど」
「ああ、そのことだけどリリーの魔法って生み出した魔物を使役するんだっけ?」
「違うわよ! 生み出すんじゃなくて創造するの。その上で主従の儀をして調伏をすませて、ようやく扱えるようになるの。それがあたしの魔法、
抱えていた狙撃銃をそっと地面に置いたリリエルは、左手を腰に当て右手の人差し指をピンと立てながら説明する。
リリエルの魔法・
しかし創造した魔物が強いのが原因で、リリエルは今までに一度も調伏に成功しておらず使いこなせていないのが問題だった。
「散々聞いたし知ってるよ。だからこれからは俺も手伝うよ」
「あのね、主従の儀はあたし一人じゃないと無効になるの」
「だったら一人でも倒せるようにリリーを鍛えるよ」
「……試合までに間に合わなかったらどうするの?」
いつの間にか詰められた吐息のかかる至近距離。覚悟を試しているかのように、リリエルはじっと物言いたげな意思を宿した
「……まあこないだろうけど、その時はリリーの狙撃だけで勝ち上がる策を考えるだけだな」
「ほんとバカじゃないの……いいわ、変態のチームに入ってあげる。……ただ、条件が一つあるわ」
「条件?」
「この先ずっと、あたしが満足するまで主従の儀に変態も参加すること」
森の中に吹いた風に紫色の長髪をふわりと靡かせたリリエルは、びしっと人差し指を突き付けてくる。
「えっーと、俺が参加したら無効になるんだろ?」
「本来ならそうだけど、どういう訳か変態は対象外みたいなの。だから死ぬ気であたしに協力しなさい」
「元からそのつもりだったしいいけどさ。なら、さっきは何で試すようなことしたんだよ」
「あれは変態がどれだけ本気なのか確かめたかったの」
照れたように頬を染めてそっぽをむくりリエルに、達也は苦笑しながら右手を差し出して。
「……じゃ、まあこれからよろしくリリー」
「あたし負けるの嫌いだから、ちゃんと作戦立ててよね変態」
そう言って、顔を背けたまま紫色髪の少女は差し出された右手をはたいた。
「とりあえず変態じゃなくて名前で呼んでくれ」
天武祭で一位になる、そのための本当の意味での第一歩を踏み出した瞬間だった。
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