第1話 死刑

 車に揺られること十数分。達也が運ばれたのは隔離都市かくりとしの中心部に位置する『都市庁舎』《としちょうしゃ》と呼ばれる巨大ビルだ。

 地上二十階、地下五階という白を基調とした外壁に包まれる正方形の建物。名前からも分かる通り、この隔離都市を運営するお役所である。

 そんな都市庁舎の中枢である、都市長室で──


 「よっ、達也。卒業式以来だな」


 高級そうな椅子に座ったまま陽気な笑顔で片手を挙げてきたのは、スーツ姿の男性だった。

 都市長としちょう長谷川陽太郎はせがわようたろう

 黒髪黒目の人好きのする雰囲気からは想像できないが、島に住む全ての人々の上に立つ隔離都市の総責任者だ。


 「さて、何でここに連れて来られたか理由は分かるよな達也?」

 「えっと……箱崎はこざきのあれを見たからですよね……」


 直接的な表現を避けて口にしながら、達也はちらりと澄ました顔で長谷川の隣に立つゆるふわ銀髪の少女を見やる。

 箱崎はこざきもも。達也と同じ十五歳のお淑やかな印象の少女。

 先刻の下着姿とは打って変わって、今はベージュ色のワンピースにベレー帽をかぶっている。


 「そうだな。ももの裸体を覗き見たんだ覚悟は出来てるな?」

 「いやいやいや待ってください! あれは偶然なんです。俺は荷物を運ぼうとして入っただけで中に人がいるなんて思わなかったんです」


 流れるように判決を下そうとする長谷川都市長に、達也は必死で弁明する。


 「偶然か……一応訊くけど、入る前に確認したんだよな?」

 「してないです。……いや、でも朝六時半ですよ! 普通に無理ですって」

 「うんまあ、分かるけどよ……」


 真っ当すぎる達也の言い分に、思わず同乗してまう長谷川都市長だったが、隣からの視線に我に返り一つ咳ばらいを挟む。


 「ごほん。えーと、悪気がなかったのは理解した。だけど、聞けば謝罪もなく逃げたって話じゃねえか」

 「それはそうなんですけど……」


 魔法を使われたからとはいえ、避けた後に謝罪をする時間は確かにあった。しかし、そうせずに逃走したのは間違いなく、ぐうの音もでない達也。


 「どうやら反論はなさそうだな。どうしたもんかな」

 「い、今ここで誠心誠意、謝りますのでどうか許してください。すいませんでしたぁ!」


 もはや言い逃れることは不可能な状況に、達也はすぐさま両膝をつき頭を床へ擦りつける。理不尽だと泣き叫びたいが、この場において大切なのはプライドよりも明日の我が身だ。


 「って言ってるが、どうするもも?」


 全面降伏する達也の姿を見た長谷川都市長は、その裁定を被害者であるももに委ねる。

 あれは不慮の事故だ。確かに慎ましやかな胸を見た、逃げもした。けれど、そもそも予期できぬトラブルであり情状酌量の余地はあると切望しながら、達也は少しだけ顔を上げてももからのジャッジを持つ。


 「……死刑、ですね」


 良心の欠片もない重たすぎる宣告に冷や汗が止まらない達也。


 「まっ、待ってくれ! 謝罪が足りないってならもう一度謝るし、俺に出来る事なら何でもするから許してくれ! 頼むよ」


 誠心誠意が伝わるように達也は、ゴンっと音を立てて頭を床に打ち付ける。


 「天司くんの言い分は分かりました。ですが、ここで引き下がるのは乙女の矜持が許しません。ですので一つ、条件付きの執行猶予を設けたいと思います」

 「……条件?」

 「天司くんには来月から始まる、春の天武祭てんぶさいで一位を目指してもらいます」

 「天武祭っ⁉」


 『天武祭てんぶさい』とは世界最大のファン人口を誇るチームバトルロイヤルである。

 人口水上島・通称『隔離都市』を舞台として年に三度開催される天武祭は、二十前後の資格を有した魔法使いたちのチームが一位を目指して三つ巴・四つ巴の激戦を繰り広げる過激なものだ。

 といっても、あくまでスポーツ競技の一種であり命のやり取りをするわけではない。

 勝敗についてもわかりやすく『相手の身に着けた徽章エンブレムを破壊し、最後まで生き残ったチームの勝ち』というものだ。


 そして、数多の試合を通して一位に輝いたチームに与えられるのが『好きな願いを叶えてもらえる』という特権だ。

 だが前述の通り、参加できるのは資格を得た者たちのみ。達也にその権利はなく、今後取得することも出来ない。何故なら──


 「無理だ! 俺には魔法どころか魔力がないんだぞ!」


 無理難題の条件に無自覚のまま立ち上がる達也。

 前提として天武祭の出場資格の取得条件には魔力が必要不可欠だ。たとえ、生まれながらに肉体に刻まれることのある『魔法』がなかったとしても、魔力さえあれば最低限の条件はクリアできる。そして本来ならその心配は全くもって必要ない。

 なぜなら、この世界の生物は皆大なり小なり魔力を内包しているからだ。

 けれど、どういう訳か達也には生まれつき魔力が全くなかった。


 「確かに天武祭の規定上、魔力のない天司くんが選手として出場するのは不可能ですね」

 「だろ、だったら──」

 「しかし、オペレーターであればその限りではありません」


 考え直してくれ……という発言を遮るような形で、ももは別の抜け道を提示する。

 新たな単語に達也は思い出すようにして口を開く。


 「オペレーターって選手に情報を送ってサポートするやつだろ。あれだって資格がいるんじゃなかったか?」

 「問題ありません」


 ですよね、と同意を求めるようなももからの視線に、長谷川都市長も肩をすくめてみせる。


 「ま、そういう願いだからな。特例として達也にオペレーター資格を授与しよう」

 「いやいや、勝手に話を進めないでください。俺は一言もやるなんて言ってないですよ」

 「残念ですが天司くんに拒否権はありません。死刑を受け入れるか、天武祭で一位を取り死刑を免れるか。二つに一つです」


 ふわりとした銀髪を揺らして挑発的な笑みを浮かべるもも。

 降って湧いた理不尽な死刑から逃れるための選択肢は一つしかない。まるで掌の上で踊らされている様な不快感を噛み殺しながら、達也は半ばやけくそにこう答えたのだった。


 「くっ……わかったよ。やればいいんだろやれば!」


 ▲▼▲▼▲▼▲▼


 不満を漏らしながら達也が退出した後、ももは熱のこもった瞳で閉じられたばかりの扉を見つめていた。


 「嫌われたんじゃないのか?」

 「ご冗談を、あれくらいの児戯で他人を嫌うような人ではないですよ」


 ギシっと背もたれに寄りかかり、からかうように広角をあげる長谷川にももは微笑を浮かべる。


 「だとしても達也を天武祭に参加させるためとはいえ、身を削る必要があったのか? 普通にオペで強制参加させることを希望すりゃよかったのに」

 「それだと天司くんが真面目に天武祭に挑むことはなかったでしょう。私が望むのは全力の天司くんと競い合うことです」


 力強く明確な戦意をもって堂々と言い切るもも。

 手を抜かれては意味がない。

 あの頃よりも成長している本気の達也と戦いたいのだ。

 そのためには理由がいる。


 「だからこその縛りか。……けど実際、初参加の達也がもものチームのいる上位グループまで上がるのは難しいというか無理だと思うけどな」

 「天司くんは必ずきますよ。もとよりそこらの魔法使いより実力も潜在能力ポテンシャルも上ですから」

 「随分と買ってるんだな。まあ、達也の特別性を知ってれば当然だろうけど、天武祭じゃ超越者ちょうえつしゃとしての力は使えないぞ」


 確信をもって断言するももに、長谷川都市長は目を細める。

 達也には生まれつき備わっているはずの魔力がない。代わりに超人的な身体能力を獲得しているが、オペレーターは戦闘を行わないため発揮する場面はない。


 「天司くんの能力が戦闘面だけに傾いているようであれば、わざわざ天武祭に参加させようとはしませんよ」

 「そこまでか。……天武祭に出れるかもわからないのによく見てるな」

 「私も乙女ですから」


 言いながらももは想起する。

 彼の実力が露呈した初等部のあの日。魔力も魔法も持たずに、他を圧倒する姿。


 震えた。

 視線が離せなくなった。

 胸が高鳴った。


 他の誰とも違う特別な存在に抱いた畏敬と同時に沸き立った負けん気。

 彼に並びたい。勝ちたい。認められたい。

 先程まで達也が立っていた場所を見つめ、長谷川都市長にも聴き取れない小さな声で呟く。


 「……あの日以降、あなたを恐れ認めようとしない周囲の影響で実力を隠すようになりましたよね。そのせいでついぞ再戦は叶いませんでした」


 だから思考した。努力した。彼と本気で戦えるように。

 孤独を感じている彼に勝利して、特別なのは自分だけではないと知ってほしい。その上で想いを伝えたい。

 時間は掛かったが、ようやく全ての準備は整い夢想していた念願が目前に迫っている。

 それが楽しみで仕方がない。


 「天武祭が待ち遠しいですね」

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隔離都市の天武祭〜魔法も魔力もないが、死刑は嫌なので全力で一位を目指します〜 麻月 タクト @Takuto_0120

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