隔離都市の天武祭〜魔法も魔力もないが、死刑は嫌なので全力で一位を目指します〜
麻月 タクト
プロローグ
「くあぁ……ねむ」
三月二十日。春休み真っ只中。
仲春の穏やかな空気が支配する『
時刻は朝六時を少し回ったところ。早朝ということもあってか、人気はなく街は静まり返っている。
健全な学生であればまだ寝ている人が多いであろう時間帯に外をふらついているのは、なにも早起きしたからという健康的な理由からではなかった。
むしろその逆。先日行われた中等部の卒業式から手にした自由を存分に謳歌した結果、生活リズムが乱れに乱れたせいで眠れなくなったのが理由だった。
「はぁ空が青い……あっカモメ。いや、くちばしが黒と赤だからウミネコか」
住宅地では見かけることがない野鳥を眺めながら一人ごちる。
そう、一見どこにでもある見慣れた光景で忘れがちになるが、ここは海の上に作られた人工島。
広大な面積を誇るこの島は、世界中の国々の協力によって出来上がった歴史を持つ。建設当初こそ小さな島であったが、年々増加する人口と増築される敷地。そして世界で最も注目されている、ある競技の影響で今やどの国家にも属さない新たな国へと昇華している。
と、何度目かも分からない欠伸でぼやけた達也の眼に人影が映る。
路肩に置かれた大きいダンボール箱を前に立ち尽くす背の丸まった老婆だ。
「困ったのぉ。荷物が重くて運べんのぉ。どこかに手伝ってくれる心の優しい若者はおらんかのぉ」
妙に芝居がかった台詞を口にしながら、ちらちらと老婆は達也へ視線を向けてく る。
『胡散臭い』その一言が達也の胸中を支配する。何故この時間に荷物を運んでいるのか? そもそもここまでどうやって荷物を運んできたのか? 次々と湧いてくるツッコミどころ。
謎だらけの意味が分からない状況だが、見て見ぬふりをしようにも見渡す限りに人はいない。関係ないと立ち去ることも出来たが、自身の良心がそれを良しとしない。故に、
「大丈夫ですか? その荷物、俺が運びますよ」
「まあ、ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわね」
重そうなダンボール箱を軽々と両手で持ち上げた達也は、老婆の案内のもと一軒の建物へたどり着いていた。日本ゆかりの銭湯と呼ばれる施設だ。
「えっと……おばあさんのお店ですか?」
「そうだよ。ささ、中に入っておくれ」
言われるがまま中に入った達也は靴を脱ぎ奥へと進む。広がった視界には男湯と女湯の境に番台が設置されたごくごく普通の光景が映る。
「おばあさん、荷物はここに置いておけばいいんですか?」
「いんや、女湯の脱衣所に置いておくれ」
「あの俺、男なんですけど」
「お願いね」
笑顔を見せるおばあさんに何も言えず、達也はちらりと目的の場所を見る。
本来なら男子禁制の聖域。しかし、今は営業時間外で誰もいないのに加えて他ならぬ管理者である老婆からの許しが出ている。
ごくりと喉を鳴らし、覚悟を決めた達也は『女』と書かれた赤色の
「お邪魔しまーす……えっ⁉」
「……」
あまりの衝撃に抱えていたダンボール箱を落とした達也の眼前──そこに立っていたのは半裸の少女だった。
小柄な
まるで、絵本の中から飛び出してきたお姫様を彷彿とさせる上品な雰囲気を纏う少女。
そんな少女のあられもない純白の下着姿を前にして、達也は動けずにいた。
「……やはり、見られると分かっていても恥ずかしいものですね」
頬を染めぽつりと独り言のように少女が呟いた次の瞬間、部屋の空気が一変した。
突如として脱衣所に置かれたカゴや観葉植物やらのあらゆる物が浮かび上がったのだ。
そしてそれらはターゲットである達也をロックオンすると、一斉に襲い掛かってきた。
「魔法っ⁉」
とっさに後ろへ飛びずさり回避した達也は、
「おばあさん……あれ、いない⁉」
忽然と消えた老婆に驚きつつも、達也は足を止めず一目散に出口へ向けて走っていく。靴を履いている時間すら今は惜しく、指に引っ掛け勢いを殺さずに銭湯を後にしようとしたその時、
「
そう言って、いつの間にか停まっていた一台の黒い車の前に立つタキシード姿の男性に行く手を阻まれる。
「
拒否権がないことを瞬時に悟り、達也は肩を落としながら車に乗り込んだ。
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