11-9 雑踏の中へ消えていった
夕刻の駅は、帰宅するサラリーマンや学生などでごった返していた。
そしてその片隅にはくたびれたスーツを着た中年の男と、セーラー服を着た高校生と思しき女子の姿が在った。
「今回はお手数お掛けしました」
「どうというコトはないわ、お互い様よ。県警とのパイプは多いに越したことはない」
「そう言って頂けると助かります」
「猿渡刑事、若い頃のあなたにそっくりね」
「止めて下さいよ、当時の事なんて思い出したくもないんです」
「正義感の強い熱血漢。ドラマでも持てはやされる役柄だわ」
「まったく同じ事をヤツに言いましたよ」
「目の前に居るモノだから身につまされる?」
「ですから勘弁して下さい。もう引退を指追って数える歳なんですから」
「一〇年もあれば何だって出来る。枯れるのはまだ早いと思うけど」
「もうあちこちガタが来て以前のようには行きません」
「事情を判っている捜査員というのは貴重なので、簡単に辞めて欲しくはないわ」
「次を育てていますので、ソレでご容赦の程を」
「知っているというコトと、判っているというコトは別なのだけれども」
「それを含めてと言う話です」
「ま、ソコまで言うのなら待ってみましょうか」
「もう次の現場へ?」
「ええ。予定外の業務が入って無駄に長居をしたわ」
「あの娘は生け捕りでしたね。どうするおつもりなのです」
「訊いて答えが返ってくるとでも?」
「関わったからには知りたくなるのが人情というものです」
「判っているクセに訊いてくるものだからタチが悪い」
「性分でして」
「職業病?」
「そう言い換えても」
「あたしにも判らないというのが正直な答え。でも間違いなく
「察しが付いていらっしゃるのですね」
「口には出せないけどね」
「行く末は?」
「あたしの?あなた方の?それともあの子のコトなのかしら」
「ドレでも良いです。答えられないのならそれでも結構です」
「好奇心はキライじゃない。でも執拗なのは面白くないわ」
「性分でして」
「そう言えば娘さんが居たわね。あの子と同じくらいの年頃の」
「私情を挟んだりなどしませんよ」
「そうは見えないけれど。取敢えずご愁傷様と言って置くわ」
「相変わらずの物言いですね」
「あの若い
ルールを堅守するのは管理者の務めだ。
しかしそれのみに邁進すれば、組織は徐々に硬直して行くことにもなる。
「故に適度に掻き回す者は必要、と。あなたのチームや職場にもそれとなくアレの情報が出回ったし、悪くない結果よね」
「全部計算づくだったとでも?
そこまで傲慢じゃありませんし、策士でもないです。
ですが、暴走しても許されるのは若い奴の特権。
年嵩の者が諫めるのは義務というものでしょう。
それに、ヤツには本当に期待しているんですよ」
「はっ!」
如何に気を揉もうとも、世界には思うにままならない物事がそこかしこに在る。
正に無限と言ってもいい。
どんな者でも自分の両手が届く範囲でベストなら、それで良しとするしかなかった。
「あたしにも背負うモノが在ったら別の物言いができたのかも。まぁ、此の身が灰になった後なんて知った事じゃないんだけどさ」
「ご愁傷様です」
キコカは片頬で引きつったような笑みを浮かべると、「じゃあまた」と小暮に別れを告げた。
くるりと背中を見せるともう振り返るコトはなかった。
蔦のような、うねるくせっ毛がセーラー服の後ろ襟の上で揺れている。
そして女生徒の姿をした後ろ姿は、あっと言う間に改札口の奥の、雑踏の中へ消えていったのである。
えげつない夜のために 第一一話 雨の夜 九木十郎 @kuki10ro
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