SATAN-サタン-〜モモカと悪魔〜
@oosakiamuu
#0・プロローグ
信じられるだろうか──。
魔王軍を裏切り、人間の少女と平和に暮らす“悪魔”が居るなんてことを。
きっとそいつは、どっちつかずのロクデナシで、双方から
殺されるのが怖くて逃げて来たなんて、とても他人には言えないだろう……。
けれど、どんなに腰抜けでも彼女と一緒に暮らせるならそれでいい。
俺の価値観は、もうヒトである──。
「グーちゃん!!」
元気いっぱいの声がすると同時に、
古びたアパートの一室──。
俺はベランダから、目前に広がる広野を眺めていた。
緑に包まれた一筋の水流。
辺り一面の自然に恵みを
透明に透き通った水面は、
ベランダの
そして、彼女もベランダにやって来たのだ。
俺の“大切な名前”を呼んでくれながら。
肌を撫でる心地よい風にあたりながら、彼女と二人で目の前の平和を噛み締める。
隣に立つ少女の横顔は、無邪気で、なのに
「素敵だよね、この景色」
彼女は俺の方を向き、優しく微笑みながら語りかけてくれる。
素敵だ。
この景色も、彼女の笑顔も。
ようやく手に入れたモノ。
だから絶対に失ってはいけない。
昼下がりの木漏れ日の中、この平和な景色を、二人でただずっと眺める。
今日から俺たちは、ここで暮らす───。
✳︎
夏が過ぎ、少し過ごしやすくなった10月の季節──。
通り過ぎる木々の葉は、赤や黄色といった『秋の色』に姿を変え始めていた。
俺はいつものこの道を歩み、今日もまた目的地へと向かっていた。
俺の目の前には、病院がある──。
この田舎街には数少ない貴重な“総合病室院”。
その入り口の前に俺は呆然と佇んでいた。
1時間……。いや、もっと居るのか?
先程から、この病院を行き来する人たちが俺のことを見て通り過ぎて行く。
まるで不審者を見るかのように。
だがそんな事はどうでもいい。
そんな事を気にする余裕が無いほど、俺の心拍数は上がっているのだ。
そうだ、今日は彼女に会える……。
いつもの時間まであと2分。
もう行くか……。いや早いか?
そうこう考えているうちに、俺の足は自然に動いて入り口の自動ドアを潜っていた。
目的地へやは2階だ──。
トントンと階段を駆ける音が、俺の胸の高鳴りを上げ続ける。
階段を上がった先に見える『ロビー』を抜け、蛍光灯の電気が消えた、少し薄暗い廊下を突き進む。
その最奥にある、孤立した病室。
俺はその病室の前に着き、ドアをコンコンとノックした。
「はーい!」
すると、ドアの向こうから可愛らしい返事が返ってきた。
「モモカさん、俺です」
「グーちゃん!?」
ガラッ。
病室のドアを開けると、“華奢”という程、小柄な少女がベッドに腰を掛けていた。
少女は、袖にピンク色のリボンの付いた『白いパジャマ』を着ており、まだ少し、幼さを感じさせる容姿をしている。
どうやら、読書中だったようだ。
「グーちゃん、また来てくれたの!?」
「えぇ、仕事が早く終わったんで。読書の邪魔しちゃいました……?」
「ううん、ぜんぜん!お仕事おつかれさま」
病室に響き渡る、彼女の優しい声色に、俺はいつの間にか“癒し”を感じていた。
「よいしょっと」
すると彼女は、気を利かせてベッドから降りようとする素振りを見せる。
「モモカさん、俺がそっちに行くんで大丈夫ですよ!」
アイコンタクトを取りながら、彼女に呼びかける。
「ごめんね……ありがとう」
すると、彼女はベッドを降りるのを辞めて、もう一度膝まで布団を覆う。
彼女をあまり動かせてはならない──。
白色のこの病室に、今日もまた訪れる。
ベッドの隣には、小さな木製の“机”が置いてあり、その前に病室の隅に置いてあった“丸椅子”を持ち運ぶ。
彼女も、体勢を整えながら、丸椅子を運ぶ俺を見つめる。
こちらに正面を向けるために、ベッドの上で身体を回す彼女の姿は、まだ幼く、初々しいのに、どこか気品を感じさせる色気がある。
そう感じるのは、彼女と共に歩んで、彼女の事を知り、理解し、たくさんの成長を見てきたからだろうか……。
“丸椅子”を机の前に下ろす。
屈かがみごしに、ふと彼女の瞳が目に入った。
薄緑色をしたその瞳は、窓から差し掛かった光に照らされ、キラキラと虹彩を輝かせる。
その瞳を前に、ただ見惚れていた──。
丸椅子の前に立ちつくした俺を見て、彼女はゆっくりと頷く。
それは『どうぞ』と言わんばかりに、俺に着席を誘導する“始まりの合図”。
彼女の瞳に吸い込まれるように、見つめ合ったまま、我を忘れて腰を下ろす。
彼女もまた、ベッドに腰掛けながら、2人で机を囲い、向かい合う……。
いつも通りだ──。
でも、いつまで経っても照れくさい。
この光景は。
「グーちゃん、お仕事もあるし、あんまり私のこと気にしなくていいんだよ?」
彼女は、少し申し訳なさそうな“笑み”を浮かべ、俺を気遣いながら語りかける。
「いやぁ、モモカさんに会いたくて来てるんで。寧ろ来たいっていうか……。あぁやっぱ
迷惑だったかなぁ、なんて。あはは……」
「もぉ〜、ぜんぜん迷惑じゃないよぉ。私、グーちゃんが来るの本当に嬉しいんだから!!」
彼女は、少し眉間にシワを寄せて、そう答えた。
そこまで分かりやすく否定してくれると、なんだか照れるなぁ……。
「あっ、そうだ。みてみてグーちゃん!昨日ね、東山先生からプレゼントもらっちゃたの。ほら!!」
彼女はニコニコと笑みを浮かべながら、さっき持っていた本を俺に見せてくれる。
それは、花の図鑑だった──。
「おっ、花の図鑑じゃないですか!これ、さっき読んでたやつですよね」
「うん、グーちゃん、一緒に見よ!」
彼女と一緒に過ごせる事。
それが今の俺の至福の時間──。
だが、こうして人間と仲良くする事は、本来であればご法度なのだ。
なぜなら、俺たちにとって人間は敵でありエサであり奴隷の対象だから。
俺は……人間では無い。
“魔界”から来た。
が……なぜかその魔界へ帰れなくなった。
そして“人間の世界”の捕虜となり、この世界で暮らしている……。
俺は……“悪魔”だ。
そしてこの少女、名前は『夏目桃花』。
彼女は持病を抱えており、病院の中で生活をしている。体があまり強く無いので、途中退院の時以外は余り外に出た経験がないという。
彼女は、一見すると普通の人間の少女。
シルクのように透き通る、艶やかな栗色の髪。
少しカールの掛かかったロングボブの髪型からは、無邪気な子供らしさを感じられるが、可愛いらしく、とても似合っている。
年齢は、この前聞いた時に14歳と話していた。
彼女くらいの歳であれば、教養を身につけるために、人間の『学校』に通うのが普通らしい。
……が彼女はあまり、学校に顔を出していない。
そう、彼女は普通の人間とは違う時間を過ごしている……。
「あっ!このお花かわいいね!グーちゃん」
嬉しそうに図鑑を眺めながら、俺に話しかけてくれる──。
眺めていたのはリンドウという花のページだった。
その花は、小ぶりで可愛らしいシルエットをしているが、海を連想するような、落ち着いた“藍色”をしている。
『可愛い』といっても派手な方ではなくて、どちらかというと、静でお淑しとやかな雰囲気だ。
こういった花がすきなのか?
「あっ 可愛いですね!“青い花”ってなんか特別感ありませんか」
「うんうん!特別感ある!グーちゃんわかってますねぇ……」
気がつくと何時いつも、お互い気持ちが昂たかぶって、会話も弾んでいる。
今日も彼女とたくさんの事を話す予定だ。
俺の生活話、最近あった面白いこと 、都市伝説やオカルトの話 、漫画や小説の話 、次読みたい本の話。そして……。
「退院したらグーちゃんと色んなお花、観に行きたいな!」
退院したらやりたい事ことの話──。
「そうですね……俺も色々見て回りたいです」
彼女との会話はいつも途絶えない。
ただこの“退院したらやりたいことの話”に限っては、なるべくしないようにしている。
だから、今日も話を逸らす。
「モモカさん、他に好きな花は何ですか?」
「え、他に好きなお花?うーん、なにかなー」
頰に手を当て、じっくり考えている。
彼女のこういった仕草は本当に愛らしく、とても惹かれる。
文字通り『女の子らしさ』を感じるからだろうか。
きっと彼女の純粋さが自然と仕草になるのかもしれない。
「あっ、サクラかな!」
「サクラ?」
それは、知らない花の名前だった。
「うん。そっか、グーちゃんは観たことないんだっけ。これだよ!サクラは木に咲くんだよ」
彼女はペラペラと図鑑をめくり、開いたページを俺に見せてくれる。
仄ほのかに淡い“ピンク色の花”を咲かせた木枝。
図鑑に写る、どこか儚はかなげなその“花の名”は『サクラ』という。
「あー、綺麗ですね!オレも好きです!」
「でしょ!」
共感してもらえたのが嬉しかったのか、彼女は朗らかな笑みを浮かべながら、頷いてくれる。
「モモカさんは、なんでサクラが好きなんですか?」
「うーん、毎年この窓から見えるから……かな」
彼女は後ろを振り向き、ベッドの奥の“窓”を見つめた。
窓からは、一階の庭に聳え立つ一本の“樹木”が見える。
この木にサクラが咲くのか……。
「毎年の楽しみなの!春になると咲くんだよ!グーちゃんにも見せてあげたいな。ここから見る“サクラ”すごく綺麗なの!」
「そうなんですね!それじゃ来年の春は一緒にこのサクラをみたいですね!」
「うん!」
現在の季節は“秋”。
気温は少し下がり、過ごしやすいが、少し肌寒さを感じる季節。
俺が彼女と出会ったのは“初夏”だった……。
だから丁度、このサクラの木が咲いている所は観ることができなかったということだ。
「ねぇ、グーちゃんと初めてあったのは、5月だったよね」
彼女は机に腕を置いて、少し低い姿勢から上目遣いで、俺の瞳を見つめる。
俺の瞳に映る彼女の表情は、思い出に浸る、楽しさを隠しきれない、何処か悪戯な笑顔だった。
そうだ……。
もう、だいぶ経つのか。
彼女に出会ってから……。
「グーちゃん、初めて会った時のこと覚えてる?」
覚えている──。
「もちろんです、モモカさん」
あの頃から、だいぶ俺は変わった……。
「えへへ」
彼女は少し目を細め、柔らかに微笑む。
“出会い”というのは、運命の気紛れだろうか。
将又、二人が望まなくとも、この出会いは必然だったのだろうか──。
記憶が……蘇る。
彼女と俺の契約は、突然に始まったのだ。
「 SATAN -サタン- 〜モモカと悪魔〜 」
【プロローグ・終】
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