すーぱーむーん

夜賀千速

⋆꙳☪·̩͙𖤐´-

 十月だ、嘘みたいに夏らしい十月だ、あたしは無性に消えたくなって、それで外に飛び出した。ただそこに月があった、霧で覆われた月があった、雲間から漏れた光が地上を照らしていた。月光で砂利の夜道が歩けた、裸足のまま履いたスニーカーが冷たくて痛かった、ポケットの中の頭痛薬をお守りのように握りしめていた。真っ白な服を着て歩いた真夜中はあたしだけの愛だった、何にも変換されることのない愛だった。誰にも奪われない、あたしの中であたしだけが知っている、照らしてくれる月のような愛だった。でもそんな愛なんて一時の慰めにすぎなかった、あたしがあたしでいられるためだけの愛だった。死なないための愛だった。世界と自分を繋ぎ止めておくだけの役割を果たす、なけなしの空洞の愛だった。それに気がついた時あたしの心に穴が空いた、信じられない世界がもっと信じられなくなった、夢の中に溶け込んでしまった気がした。すーぱーむーん、特別な夜なの?へぇ何それ、だったらあたしのこと救ってみてよ。特別な夜なら特別らしく、美しくあたしの手を取ってみて。できない?そりゃそうだよね。だってきみ、もうここにはいないから。よくわからない問いを繰り返した、世界の輪郭をなぞっていた、月が綺麗ですねとは死んでも言いたくなかった。I love youなんて意味を持たせたのはどこのどいつだ、あたしはもっと純粋に、特別な月に手を伸ばしたかっただけなのに。あぁ、でも、もう、夜は明けてしまったみたい。一夜の魔法は疾うに解けた、真昼の魔物があたしを襲う。月光の下で寝落ちたあたし、今夜はあたしが夢見せる番。すーぱーむーん、きみに用などもうありません。次会えるその時までに、もっと素敵な夢をみるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すーぱーむーん 夜賀千速 @ChihayaYoruga39

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画