アルルの花束

 魔王城の一室で、醜悪な怪物が骨にこびりついた肉のカスをしゃぶっている。

 身の丈4メートルはありそうな外観に、でっぷりと突き出た腹。

 頑丈な鎖と首輪で壁に繋がれており、太くて傷だらけの指の先、爪には汚らしく黒い垢が溜まっていた。

 大きく潰れた鼻からは鼻水が垂れて、トロンと濁った目をした顔からは、知性の欠片も感じられない。

 

「おい、コラ! ウスノロ! いつまでも意地汚く、そんな物しゃぶってるんじゃあない!」


 そう叫びながら入ってきたのは、巨大な頭のゴブリンであった。

 白髪のチョロチョロ生えた頭には、電極がいくつも刺してある。

 彼は魔王直属の部下で、四天王の一人『猟奇りょうきのカリガリ』と呼ばれるゴブリンである。

 突然変異で巨大化した脳を持つ、五百才を超える老獪ろうかいな魔術師だ。


「あ……ハカセ。おで、はらへっだ」


「残飯なら後でやる。それより、人間どもが軍で攻め入って来おったわ。今から虐殺しに行くぞい」


「うん! おで、がんばる!」


 ウスノロと呼ばれた怪物は腰の剣に手を伸ばすと、まるで果物ナイフみたいなサイズ感のそれを抜き放った。


「ああ、コラコラ。その剣はもう使うんじゃない。それ以上バカになったら、わしが制御できなくなるでな。メイスを使え、メイスを」


 ウスノロは壁に立てかけてあった柄がニメートルはありそうな血まみれのメイスを手に取り、剣を腰に戻した。

 カリガリはウスノロの剣を指さして、得意げな声で高らかに演説を始める。


「ヒャーッハハッ! わしの作る物は、なんでもすごい! じゃがそいつは、わしの作った魔道具でも極めつけじゃ! 『知性を戦闘力に変える剣』。普通の頭では、最初から知性の低いオークやトロールに持たせるくらいしか、思いつかんじゃろ? しかし、わしはそれを『伝説の武器』の名で、それらしく人間界に置いて、使わせることを思いついた! どうじゃ。すごいじゃろ?」


「お、お……?」


「まったく、人間ってのは本当に愚かで楽しい生き物じゃよ。ほんのチョッピリ性質を変えてやるだけで、勝手に仲間割れを始めよる。知性などなくなっても、わしのようにお前を道具として使えばいいだけなのにのう?」


「ゔー? ゔゔーっ?」


「よしよし。お前が死んだら、その剣はまた『伝説の武具が眠るダンジョン』の台座に戻しておいてやるぞい。強い人間が剣を使い、敵を倒してどんどん強くなって、最終的にわしの手足となる……魔王様に盾突く輩も、ついでに始末できる! そのために魔王城から近い場所にある人間の村も、いくつか潰さないで残しておいとるのじゃよ。剣を手にした人間は、みーんなそこから魔王城を目指すからのう! なまじ休める所があるだけに、気づいたら深入りしてるって寸法すんぽうじゃよ。ヒャーッハッハ! まったく、わしは天才じゃのう!」


「ゔ、ゔがー!? ゔ、ゔゔー!? ハ、ハカセ、な、なにいっでるが、わがんない……!」


 ウスノロは長口舌ちょうこうぜつに頭が混乱したのか、両手で額を押さえて唸り始めた。

 カリガリは、呆れた声でウスノロに言う。


「あー、コラコラ。お前はバカなんじゃから、頭を使わなくてよろしい。とにかく、わしの命令を聞いてればいいんじゃ。ほれ、魔王様を倒すんじゃろ?」


 その一言に、ウスノロはハッと顔を上げる。


「あっ!? ぞ、ぞう……。おで、まおう、だおず! はろるど、ありず、ながなおりっ!」


「そうじゃ、そうじゃ。わしの言うことさえ聞いていれば、いつか魔王様を倒せるかもしれんぞ。そのために、邪魔な人間どもを虐殺しにいこう。な?」


「う、うん……。おで、にんげん、いっばいごろじいぐ!」


「よし。では、四つん這い」


 カリガリがそう言うと、ウスノロは素早く地面に這いつくばった。

 カリガリは壁の鎖を外し、首の辺りにまたがると、手綱をつけてピシリと打ち鳴らす。


「ハイヨー、ウスノロ!」


 手綱に従い、ウスノロは部屋を出て、のそのそと魔王城を進んでいく。

 しかし、外に出るとその目が一点をとらえて、足が止まった。


「あ……ハカセ。にんげん、つぶじに、いぐまえに、おで、おはなあげだい」


「おお。ええぞ、行ってこい。ほれ。花ならそこの、便所の脇に生えてるのでええじゃろ」


「う、ゔゔ……。お、おはな……。ハカセ、ありがど……やざじいっ」


 カリガリが首から飛び降りると、ウスノロは糞と小便の匂いの漂う地面から花を摘み取る。

 花を持ったウスノロが便所の裏に回ると、そこには魔水晶に包まれた少女の遺体があった。その肌は魔界の毒に侵されて、紫色に染まっている。

 清楚せいそな顔つきの彼女が眠るクリスタルの表面には、『売女ばいた、ここに眠る』だの『女アルルの墓゛バカ』だの『公衆便女。立ち小便可』だのと、汚い字で目を覆うような罵詈雑言いくつも掘り込んであった。


 チャールズが魔王城へと向かったすぐ後に、魔族の軍隊がハロルドとアリスがいた村を襲ったのだ。

 二人は捕らえられ拷問の挙句、ハロルドはゾンビにされて不死の軍隊に入れられ、アリスは脳だけにされてカリガリの実験室でまだ生かされている。

 カリガリはアルルの遺体を掘り出して、それを餌に異常な強さで大暴れするチャールズを操った。

 こうして人類最強の勇者チャールズは、度重たびかさなる投薬と強化手術の末に『ウスノロ』と呼ばれる怪物になったのである……。


 魔王城の便所の裏で、アンモニアの悪臭とクリスタルに包まれて眠る聖女アルル。

 その墓前には、毒々しい色の魔界の花束が添えられていた。


 ~FIN~

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勇者は戦えば戦うほど強くなる代わりに××を失う剣を手に入れた! 森月真冬 @mafuyu129

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