02 出会い②

「やっと見つけたぞ、フリージア…!お前、こんなとこで何やってるんだ!もう祈りの時間だぞ!」


現れたのは、薄い水色のような銀髪を束ねた美しい青年だった。

彼はフリージアの姿を見つけるなり鬼の形相で彼女に走りより、彼女の首根っこを引っ捕まえた。

俺と同程度身長がある彼に掴まれたフリージアは、若干宙に浮いてしまっている。

彼女はケタケタと笑いながら無邪気に答えた。


「えー思ってたより早かったよー。それに、フリージア様にこんなことしていいのかなぁー?長老様に見つかったら怒られるのはリオだよー?」


リオ、と呼ばれた男は盛大に舌打ちをして、彼女から手を離す。

それから自身の乱れた服装を正し、俺に目を向けた。


「それでこの方は誰でしょうか、フリージア様」


彼は、先程とは打って変わって丁寧な口調で話し始めた。

この様子を見ると、彼はフリージアの世話係かなにかにみえる。

仲はすごく良さそうだが、家族には見えないな。

さっきのフリージアの言葉は、家族くらい仲が良いとか交流があるとか、そういう意味合いなのだろうか。


「アオイだよ」


「だから、誰なんだよ」


フリージアの的を得ない回答に彼…リオさんはイラついているようだ。


二人はギャーギャー言い争っている。

否、リオさんが、フリージアに一方的に遊ばれているというか、からかわれている、というか…。

なんだか申し訳なくなってきたので、名乗りがてら仲裁しよう。


「リオさん、初めまして。俺はアオイって言います。あの、さっき境異門から落ちてきたところで…」


俺が話し出すと、二人は律儀に言い合いを止めてくれた。

俺の話を聞き、リオさんはなにか納得したようだ。


「ああ、そういえば先程門が開いていたな。なるほど、落人か」


そう呟き、俺の姿を上から下まで眺めた後、俺の周りをグルグルと歩き回り始めた。

あれ、なんかデジャブ…。


それからしばらくリオさんは考え込んでいたようだが、何か思い出したのか、顔を青白くさせて逃げようとしていたフリージアの首根っこを再度引っ掴んだ。


「アオイ、と言ったか。今は緊急の用事がある。後で迎えに来るから、俺が戻ってくるまでそこで待っていろ!」


彼はそう言い、ものすごい勢いでフリージアを引き摺って行った。

…捕まった時にみせた、フリージアのあの無念な顔は忘れられないな。


フリージアの言動といい、リオさんのあの鬼の形相といい、なんだか美形が勿体ないと思ってしまう。

二人とも、言い争っていなければすごい美男美少女なのになー、なんてついさっき会ったばっかりの俺が言うのもなんだが。


とりあえず、フリージアが腰を下ろしていた切り株に俺も腰を下ろす。

待て、と言われたので大人しくお迎えが来るまで待ちましょう。

土地勘がない俺は、動き回るとここに戻ってこれる保証もないしな。


落ちてきた時よりもほんの少しだけ西に傾いた太陽は地上世界グロリオーサと何も変わらず、世界を照らしている。


よく考えたら、地下世界ジギタリスは地下なのに空とか太陽とかあるんだなーなんて

どうでもいいことを考えながら、俺はウトウトと眠りに落ちた。


夢とは、なんなのだろうか。

一説では、直近の記憶を脳が整理する時に映像化されたもの、なんて話もあるが。


確かに、ホラー映画を見た日の夜は怖いお化けに追いかけられる夢を見たし、初恋の人と初めて会話をした日はデートする夢なんか見ちゃったりした。


その一方で、全く関係ない夢を見たこともある。

知らない場所、知らない人、知らない概念が渦巻く謎の世界。

でも、夢の中では、それが当然だと思っている自分。

何も違和感を抱かない。

ただ起きた時に、不思議な夢を見た、と思うだけ。


夢とは、なんなのだろうか。


「……い、起きろ」


まぶたの裏に、薄らと明るさが灯される。

誰かの呆れたような声が耳から脳へ届き、急に現実に戻された。


「またせて悪かったな」


目の前には、手にランプを持ったリオさんが朝のフリージアみたいに俺を覗き込んでいる。

なんだか、似た者同士でちょっと微笑ましい。


太陽は沈み、月が代わりに顔を出している。

地上世界グロリオーサとは違い、地下世界ジギタリスは秋、もしくは冬の始まりくらいだろうか。

時折そよぐ風は少し冷たいが、眠気覚ましにはちょうどいい。


切り株から立って、伸びをする。

さすがに、うたた寝とはいえ体がバキバキだ。


「いえいえ、全然。めっちゃ寝てたし」


凝り固まった体を動かしていると、どうやら胃も動き始めたようだ。

お腹がすいた!と主張するように盛大に腹の音を響かせた。


そのタイミングで、リオさんとバチッと目が合う。

驚いて目を丸くさせていたリオさんは、次第に俺の腹の音がおかしかったのか、クスクスと笑いだした。

ものすごく恥ずかしい。


「夕食は用意してある。行こうか」


「はい…」


俺の顔は、ものすごく赤いだろう。

しかし、リオさんには暗くて見えていないはずだ…、と希望的観測を述べる。


俺は、前を歩くリオさんの後ろをひたすらついて行く。

会話はないが、不思議と居心地の悪い感じではない。


5分、10分歩いただろうか。

途中からひたすら上り坂になり、今や息が上がって苦しい。

日頃の運動不足を嘆く。


「着いたぞ」


木々を抜け、小高い丘の上まで来た先に見えたのは、大きなレンガ造りの門に堂々そびえ立つ洋館だった。


門の前に立っていた2人の守衛が、門を開けてくれる。

かなり重そうだがそんな苦労も見せず、開けた後は爽やかな笑顔でリオさんに挨拶をしていた。


「おかえりなさいませ、リオ様」


おお、リオさん様呼び…。

貴族の坊ちゃんみたいな雰囲気あるし、どこかいいお家のご子息なんだろうなー。


なんて、物思いにふけっていると急にリオさんが俺の方を向いた。


「ああ、ご苦労さま。こいつなんだが、これからしばらくここに住むからよろしく」


「…はうぃ!?」


ええ、初耳なんですけど!

俺、今日からここに住むんですか!


びっくりして、思わず変な声が出てしまう。


「かしこまりました、お名前お伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ア、アオイです…」


「アオイ様ですね」


さすがにさすがに、俺に様付けは烏滸がましいというものだろう。

何度か拒否られたが、様ではなく、さん呼びに変更してもらった。

一安心。


門をくぐると、一面が花園になっていた。

種類も色も、様々な花が美しく植えられている。

目の前の洋館と相まって、なんだか一種の絵画を見ているようだ。


洋館の横には、ドーム状の温室まであるし。


「ここって、リオさんの家なんですか?」


「住んではいるが、家ではないな。ここは、花の館なんだ。…神の子が暮らす場所だ」


「神の子…?」


リオさんは、まあ着いてこい、とどんどん歩みを進めていく。

向かった先は洋館ではなく、隣の温室だった。

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フリージアの夢幻 @tsukushi-sakura

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