第2話

 よくよく考えてみれば高所恐怖症の私が長時間空中に浮かされたまま、まともな精神を保てるわけがないのに——果たしてどうして私はこれでいいと思ったでしょうか。

 ものの数分で私は発狂してしまいました。

 私がどんな様子で発狂していたのか具体的に説明はしませんが、震えた悲鳴が突風のごとくの勢いで草原を駆け抜けていったらしいです。


「ギャーーお願い! お、おろして! おろしてください! お願いしまーす! ——って聞こえたときは流石のボクでもびびりましたよ~」


「言わないでいいんですよ、そんなこと」


「なんかでっけー鳥の爪に掴まれて空に連れていかれちゃった草食動物みたいな感じだったことっすか?」


「…………」


「とりあえずお茶でも飲んでくださいよ。ボクの自作のやつでして」


 そう言って彼女はコップに注がれたお茶を手渡してくれました。

 彼女の名前は——


「ボクはミレニアですよ?」


 ミレニア。

 私を空に浮かべて移動させていた人です。

 と言われても意味が分からないでしょう。——どうして空に浮かべて移動させることが出来たんだってことですね。

 こればかりは私もわかりかねません。ただ——魔法関連なのは確かでしょう。

 彼女が空を飛ぶために使っているのは“箒”でしたので。

 彼女も魔法少女なのでしょうか?

 ミレニアさんはクルっとした髪を後ろで束ねた何ともアホそうな印象を受ける人です。


「えへへ、なんでそんなにボクを見つめるんですか? もしかして好きなんですか?」


 ——いえ、アホですね。

 彼女は私がどうも死んでいたと思っていたらしく、死体処理のために移動させていたそうです。ただ空の高さに耐えられなくなってついバタバタしてしまったところで驚いてしまい空から落としてしまったらしいのです。——すぐに手を伸ばしてくれたので助かりましたが。

 おそらく今世で一番のスリルを味わいましたね、今でも心臓がバクバク言っています。


「もうすぐで着くからね~」


 今はミレニアさんに連れられてとある場所に向かっている最中です。

 彼女の言った“死体処理”の意味が分からないのでそれについて聞いてみようと思っています。


「それはいいのですが、あの、もう少し離れてくれませんか? 近いです」


 実は現在私はミレニアさんの箒の上に座っています。ミレニアさんは前に私は後ろに。彼女は妙に距離感が近いらしく私にもたれかかってくるのです。

 ——なんだか感じたことのない匂いがしてちょっと嫌なんですよね。


「え、いいじゃん」

「いやですよ!」


「ちょっ、それ辞めてください」


 彼女は私の肩に頭を乗せてきました。

 ミレニアさんはえへえへえへへとやけににやにやしているのです。

 初対面の人間にここまでされると懐きやすすぎませんか、っと逆に心配になってくるのですが、——やはり匂いがキツくついつい私は手を出してしまいました。


「ちょっと!」


 ミレニアさんを前に押しやり、私はそっぽを向きました。

 ——誤解を招かないように言っておくのですが決して臭いわけではないのです。ただなんだか匂い続けているとアホになってしまいそうな気がするような甘ったるさがあったので。

 あれ——

 気が付くと前にミレニアさんがいません。


「ギャー! 落ちてるー! 落ちてる!」


「え……」


 ミレニアさんが“どうしてか”箒から落ちて落下中でした。バタバタ手足を泳がせています。迫真の表情ですね。

 ——って見ている場合じゃないですよ! 私。

 箒を操る彼女がいなくなったと言うことは、もちろん操縦する人がいなくなったってことです。つまり——


「わぁ!」


 当然私も箒に跨ったまま、空から急降下しているのです。

 ま、まずい!


 このまま地面に衝突すれば確実に死んでしまいます。

 ぐちゃりと頭蓋骨が砕けて実が噴き出るでしょうね。あはは……

 ああ、もう魔法が使えればどうと言うことはなかっただろうに。

 これもどれも“木”がどこにもなかったからに違いありません。

 私が教えてもらった魔法は木の枝を杖にするところから始まるので、どうしても木がないことには無力な少女にすぎません。


「助けてくださーい!」


 私の少し下の方からミレニアさんの声が響きます。

 ——すいません。私もすぐに逝くと思いますので。許してください。

 私は覚悟を決めて箒を握りしめました。


 ——おや。

 ふと私は気づきました。

 この箒、木製では?

 もしかして魔法が使えたり?


 落下中ではありましたがここに来てまさかの発見。

 出来るかできないかは置いておいて今はダメでもともとでも試す価値はあります。どうせこのままだと脳天をぶちまけることになるだけですので。

 そうと決まれば私は箒を強く握り、全力で集中しました。


 ——飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ!


 すると急に箒に意志が宿ったのか空中で静止しました。

 突然止まりやがったせいで私は箒から滑り落ちて——間一髪のところで柄を握り、落下を防ぎます

 しかし私はなんとか一時的に落下死を免れましたがミレニアさんは相変わらず羽を捥がれた鳥のように急降下しています。

 ふと私の視界の端に箒の穂先が見えました。

 ——ええい! なんとかなれ!

 私はもう片方で穂先から一本だけ引っこ抜き“杖”の代わりに見立ててミレニアさんに向けました。


「おら!」


 杖を思い切り振り上げて『風よ、下からまき上がれ』と。

 するととてつもない爆風が私すらも巻き込んで吹き荒れました。

 ミレニアさんを再び空高く飛ばし、私から箒を奪い去りました。

 先ほど取った穂先の一本は気が付けばどこかに紛失、まぁ人を軽く吹き飛ばしてしまうような爆風ですので仕方がないことです。

 このままでは落下してしまう、私は懸命に箒に手を伸ばしました。が、しかし箒は私から逃れるように離れていき——ああ、もう駄目だ。箒を使えば魔法が使えたのに、触れないならどうすることも出来ません。打つ手なし、です……。

 もう少し風が弱ければ、と思いながら箒を眺めていると——その箒は不意に変則的に動き始めました。そして、ミレニアさんの手元に帰って行ったのです。

 そして、ミレニアさんを乗せた箒は落下する私の方に向かって飛んできます。

 しかし、それよりも私の方が早く落下しており、このままでは追いつきそうもありません。


「えっとー名前なんでしたっけー! まぁいいや、君! 手、伸ばして!」


 そう言ってミレニアさんは大きく手を伸ばしてきました。

 私は藁をも掴む思いで両手をバタバタとミレニアさんに伸ばします。

 そして——ミレニアさんの手が私の腕を掴んでくれました。 

 これで一安心……


「あ、重い……」

「は?」


 私を掴むところまではかっこよかったのですが、どうもミレニアさんの箒が勢いに耐えられなかったらしく浮上することが出来ずに——そのまま地面へと降下していきました。

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前世が魔法少女だったから転生してもすぐに魔女になれました。怪人もいないみたいだからとりあえずスローライフをすることにします 真夜ルル @Kenyon_ch

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