act.1 ファンタジー篇②

 長々とした交渉こうしょうがやっと終了しゅうりょうした。やっぱりだ。金貨がぎっしりまった宝箱を背負って歩く俺、長門、古泉の姿はハタから見たら勇者一行でもなんでもなく、ただの図々ずうずうしい物取りなのではないかと疑問を感じる余裕よゆうもなく重かった。荷物運び係には慣れているはずだったが、金貨が満載まんさいの木箱はさすがに最近背負ったどんなものよりも重く、ハルヒの体重以上はありそうで、重量で価値が決まるのならば文句なく宝箱の勝利である。

「出だしはまあまあね。この調子でラストまで行くわよ」

 先頭をずんずん進むハルヒの道程に従って、俺たちはひいひい言いながら後を追う。もっともあえいでいるのは俺だけで、長門と古泉はけっこう余力をもって荷物をかついでいるようだが、長門はともかく古泉にそれだけの腕力わんりょくがあるとは妙に気にくわない現象だった。ひそかに筋トレでもしてたのか、この野郎。俺もさそえよな。

 言うまでもなく朝比奈さんに余計な斤量きんりょうあたえられていない。彼女が持っているのはネジくれた古木の棒であり、それが彼女の魔術的アイテムであるらしい。実はよくわからない。この朝比奈さんにどんな魔法が使えるというのか、疑問以前にミステリーの一種である。まさか美味おいしい新茶のれ方とかいうような豆知識のことじゃないだろうが……。

「まずは腹ごしらえよ。好きなもんを注文しなさい。軍資金はたんまりせしめたし、景気づけにパアッとやりましょ」

 ハルヒが立ち止まったのは、ナントカていという木彫きぼりの看板が店頭にかかげられた木造二階建てだった。道端みちばたに何頭かの馬がひもつながれており、どこか疲れた目を俺たち五人に向けていたりする。生き馬の目を抜く世界観がここの標準であるらしい。

「しかし時代考証のよく解らない町並みだな」

 俺は鎧をガチャつかせながら辺りを見回した。

 城を出てすぐの城下町は、文明レベルで言えば百年戦争当時のヨーロッパ大陸っぽい雰囲気ふんいきだが、もちろん俺が当時の習俗しゅうぞくくわしく知っているわけでもないので、結局よく解らんとしか言いようがない。道行く人々の格好はまさしくファンタジー系のロールプレイングゲームでしか見たことのないような衣装いしょうであり、手っ取り早く、いわゆる『剣と魔法』の世界を想起してみれば話は早い。そんな感じのものだと思ってくれれば余計な説明の手間も省けるから俺としてもかなりの部分で助かる。

 そうして俺が描写能力の限りをくして風景説明をしているうちに、ハルヒはすったかと居酒屋らしき建物のとびらを開き、

「ハーイ!」

 上機嫌じょうきげんな声を発し、その店の客を残らず振り向かせた。客層はあまりよろしくなさそうである。どことなくあらくれ者のにおいがするブルーカラー的なおっさんが昼間からジョッキをかたむけているのだから、この国の就労事情の一端いったん垣間かいまられる。俺が背負う宝箱に集中する視線もなかなか不穏当おんとうであり、よほど長門の後ろにかくれようかと思ったくらいだ。

 だが、それも、

「今日のお客さんはラッキーよ! 飲み食いしたぶん、全部あたしがはらってあげるから。おごりよ、奢り。お金のことは気にしないでいいわ。全額王様負担だからさっ」

 と叫ぶまでのことだった。怒号どごうみたいな歓声かんせい安普請やすぶしんの木造へきを揺るがしたかと思うと、居酒屋の中は宴会えんかいモードに突入とつにゅうした。

「店の主人はどこ? とりあえずメニューにってる料理と飲み物、はしから順番に持ってきて! 五人前ね!」

 ハルヒはずかずか奥のテーブルまで進むと、出てきた髭面ひげづら親父おやじ豪気ごうきな注文をしてから、

「なにやってんのよ、キョン! みんなも! さっさとこっち来て座んなさい。前祝いよ、前祝い!」

 いったい何を事前に祝おうというのか。そんな俺の疑問に対する答えは、だれからも与えられることなく喧噪けんそうの中で空中分解するのであった。

「…………」

 立ちつくす俺の横を、盗賊に扮する長門が沈黙ちんもくと宝箱を背負って通り過ぎ、

「わあ……。すごいいいにおいですね」

 朝比奈さんが形のいい鼻をくんくんさせながら続こうとして、

「わきゃっ」

 マントのすそをふんづけてすっころび、

「それにしても涼宮すずみやさんは気前がいい。ですが元は国庫ですから、こうして民衆に還元かんげんするのが一番なのかもしれませんね」

 古泉が朝比奈さんを助け起こして、俺に微笑みかけた。例によっての余裕をかましたニヤケ顔であり、長門の無表情も朝比奈さんのおとぼけさんぶりも部室で見るのと変化なし、ハルヒなんかは意味なし元気パワーをさらに加速させている感がある。何かに取り残されているように思っているのは俺だけで、全員この状況じょうきょうにあっさり馴染なじんでいるようだ。

「わっ、これ美味しい! 何の肉? マンモス? 今までに食べたことのない味がするわ。後で食材とレシピを教えてちょうだい」

 テーブルに次々運び込まれる料理の皿を前に、すでにハルヒは舌鼓したつづみを打っていた。

「あれのどこが勇者だって?」

 俺は宝箱をゆかに置いて呟いた。

 魔王退治の依頼いらいを受けて城を出るなり居酒屋に飛び込み、せっかくの軍資金を装備や道具に使うことなく無駄むだに消費しようとする、そんな勇者がどこにいる。

「キョン、早く来なさいよ! この発泡酒はっぽうしゅ、アルコールきついけどけっこうイケるわよ! 早くしないと全部飲んじゃうから!」

 ハルヒが陶器とうきのジョッキをり回しながら俺を呼ぶ。しかたがない。あんな勇者でも俺たちのリーダーだ。革命のコマンドがないのと同じ理屈りくつで、しがない一戦士としてはここで離反りはんするわけにもいかない。一人では行く当てにも困ることだしさ。

 勇者一行が陣取じんどるテーブルへ、俺は歩き始めた。



 それからどのくらいの時間がったのか、時計がないのでよく解らないものの、店中を巻き込んだどんちゃんさわぎは依然いぜんとして続行中だった。

 どぶろくみたいな発泡酒をすっかりお気にしたハルヒはさかずきを空にするたびメートルをどんどん上げていき、となりのテーブルにいたおっさんと肩を組んで奇怪きかいな歌を合唱している。

 その横では長門が後から後から運ばれる名称めいしょう不明の料理を黙々もくもくかつ淡々たんたんと平らげ続けていた。この居酒屋の食材は無限かと思えるほどだったが、もっと無限を疑うべきは長門の胃袋いぶくろである。あれだけの量が果たしてどこに収まっているんだ?

 ぽろりろ、とげんはじく音がした方を見ると、壁際かべぎわ椅子いすを移動させた古泉が竪琴たてごとをつまいて、何人もの町むすめたちに囲まれていた。その娘さんたちが古泉を見る目が、まるで地上に降りたアポロンを見つめる純真な乙女おとめのようで、まったく俺は不愉快ふゆかいだ。

 まあ別にいい、俺には朝比奈さんがいるしな、と自分をなぐさめようとしてみたが、朝比奈さんも俺のそばにいてくれたりはしていなかった。どこにいるかというと、

「お待たせしましたぁ。ご注文はこれでよかったですか? あ、はぁい、ただいまおうかがいしまーす」

 なぜか店のウェイトレスとなって、テーブル間をいそがしそうに走り回っている。ハルヒの押しつけに従って一杯いっぱいひっかけてしまったのが悪かったらしい。ほんのりとほおを染めつつ、うれしそうに厨房ちゅうぼうとテーブルを往復しているのだった。

「おい、古泉」

 さすがにだまって飯うのも限界だ。とっくに腹一杯になっていたこともあって、俺は流しのミュージシャンのように竪琴で弾き語りをしている急造の吟遊ぎんゆう詩人を呼び寄せた。

 古泉は町娘たちのうっとりした視線を背中に浴びながら、

「どうしました、戦士キョン。我々のこの状況に何か不満なことでも?」

 あたりまえだ。満足してる場合じゃないだろ。

「そうですね。一刻も早く魔王まおうたおさないといけないのでしたっけ。でも、一日二日おくれるくらいなら許容範囲はんいですよ」

 そうじゃねえ。魔王を倒す以前の問題があるだろう。

「ここはどこだ」と俺は言った。「このロープレみたいな世界は何なんだ。どうして俺たちはこんなところにいる。誰が連れて来やがった?」

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2024年11月3日 12:00
2024年11月4日 12:00
2024年11月5日 12:00

涼宮ハルヒの劇場 谷川流 @NagaruTANIGAWA

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