渋滞

壱原 一

 

さながら羊の群れのように車がひしめき合っている。


見える限りの車の中は、もっぱら液晶画面に夢中。時おり無意味に首を伸ばしてすし詰めの前方を窺っては、代り映えしない渋滞に大きく肩を落としている。


1台前の車の中は、レジャー帰りの家族だろうか。土埃を被った3列7シートのSUV。運転席と助手席に大人、2列目シートは無人、3列目シートに背凭れを抱えこちらを見て笑う子供がいる。


大方こちらのダッシュボードのフィギュアの列を見ているのだろう。我が子らがせっせと買い集めてダブったアニメキャラのフィギュア達。


順に指さして物真似しているのか、両手を頬に当てて驚嘆したり、悲愴な表情で横に振れたり、何やら身振り手振りして顰め面したりする。


都度こちらを窺って、こちらが笑うのを確かめると、己の遊戯が功を奏した喜びを満面にほとばしらせて益々わらう。


ほんの数年前の我が子らが思い出されて、最近の生意気盛りに手を焼く苦労が和む心地だ。


寛大な大人を気取って鷹揚に相手をしていると、車内で独り笑っている子供の不思議を感知したのか、助手席の大人が振り返って子供を見た。


なにをそんなに笑っているのか、予想だにしないご無体をうっすら警戒する表情が、子供の後姿をたどり、すぐにこちらへ行き着く。


機敏に視線を走らせて、おおよそを把握したらしい。大袈裟に眉を下げて微笑み、恐縮の表情を作って、しんなり頭を下げてから子供に向き直って声を掛ける。


恐らく子供の名前を呼んで、前を向くよう窘めたと思われるが、子供は全く意に介さず、大人を振り返りもしない。相変わらずこちらに対し物真似の披露を続けている。


そうなるとこちらとしては、大人がいる前方を指差して子供に注意を促すほかない。


ことさら大きく口を開けて、「うしろ」と声に出さずに発し、視線も大人の方へ投げて言う事を聞くよう示す。


子供はきょとんと目を丸くし、口をすぼめて振り返り、またこちらを見てきゃらきゃら笑う。


まるでまんまと揶揄われて笑い転げているようだ。


急に「うしろ」と背後を指され、つられて振り返ってみたものの「なにもないじゃん」「やられた」と言う風に。


かなり明白な大人への無視にいささか面食らうが早いか、子供は笑いの余韻を噛み殺し、よじらせていた身を起こす。


こちらと意を通じた顔で、機嫌よく愉快げな笑みのまま、先程のこちらを真似るが如くことさら大きく口を開ける。


小さな手が背後を指して、半笑いの口が「うしろ」と動く。


シートが擦れる音と共に後ろから何かがぬっと出た。


反射的に振り返りかけて、手が当たり「パッ!」とクラクションが鳴り、その音へ目が走る途中で後ろ向きの耳に声を聞いた。


うしろぉ。


飛び退いてドアへぶつかり、慌てて身を乗り出し後ろを見る。


三方の窓はそれぞれに、延々つらなる渋滞を映している。


無人の後部座席では、出張土産の袋の列が少し崩れて座っていた。


呆然と正面へ直ると、1台前の車は既に誰一人こちらを向いていない。


3列目の子供はシートの背凭れで全く見えず、助手席の大人は運転席の大人にペットボトルを渡していた。



終.

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渋滞 壱原 一 @Hajime1HARA

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