なるかみ - 濃尾

濃尾

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梅雨の晴れ間を狙い、私は岐阜県四日市市からほど近い鎌ヶ岳へ日帰り単独登山をしていた。








鎌ヶ岳は滋賀県と岐阜県の境界、濃尾平野の西端の鈴鹿山脈の南部に位置していて、標高は1161m、地質は風化が進んだ花崗岩質で山頂部は鋭くとがり「鈴鹿の槍ヶ岳」などと呼ばれている。




ルートにより初心者から上級者まで楽しめる。




「鎌尾根」と呼ばれる瘦せ尾根の縦走は空を飛ぶようで日本アルプスに負けない魅力が楽しめる。








麓の宮妻峡を出たのが11時。




予想外に仕事が嵩み、すっかり遅くなってしまった。








カズラ谷から登って雲母きらら峰、岳峠分岐点の稜線まで出ると西に鎌ヶ岳の三角形に尖った山頂が観えてきた。








13時。視程良し。3mほどの微風。気温約23℃。




少し休んでから山頂へ向かった。




此処の花崗岩が風化した地面、所謂、「ザレ場」で足元が危ない。それだけはいつも注意が必要だ。








足元には薄紅色の可憐な小さな花をイワガガミが咲かせていた。








岳峠から観る鎌ヶ岳山頂直下の岩壁は威圧感がある。




巨大な岩塊が幾つも積み重なり30mほどのピラミッドを形成している。




ここまで誰一人として登山客に会わなかった。




当然か。もうすぐ梅雨も終わりだが、梅雨明け宣言は出ていない。




私は梅雨が終わった、と観た。




だから来たのだ。








このピラミッドを登れば山頂だ。




私は左のコルにとりついた。




山頂まであとすぐの時、急に冷たい風に気が付いた。




風が強いだけじゃない。空が変だ。




この音は遠雷か?








登り切った私の前に巨大な積乱雲が西から立ち塞がるように現れた。















積乱雲の発達と接近は急速だった。




雲の下は真っ黒で、聞き間違えようのない雷鳴がしていた。




迅速にここを離れなければならない。




ルートは二つ。




北の御在所方面の傾斜が比較的緩やかな武平峠ルート。




もう一つは今登った道を引き返す岳峠ルート。




迷うことなく引き返した。




標高を出来るだけ早く下げたかったからだ。




恐らくあと10分ほどしかない。




このピラミッドを降りたら来る。








急ぎたいが、ここの下りは危ない。




慎重に的確に慌てた。




ピラミッドを降りて岩塊から適切な距離を取り、1人用テントを急いで広げた。




私は日帰りでもテントを持つ。




中に荷物を放り込み始めるのと雨が降り出したのはほぼ同時だった。




もう雷鳴は間断が無く周囲は暗い。




と思ったら近くに落雷し始めた。




雨はますます激しい。




もうペグを打つ暇はない、と判断して私はテントに飛び込んだ。








それからは爆発音と目をつぶっていても見える閃光の中で飛ばされそうなテントに張り付き無事に時が過ぎるのを祈った。




静電気でビニール袋が舞立ち、髪の毛がざわめく。




落雷はいつ直撃を喰らうか判らない密度に思えた。















体感ではかなりの長さに思えたが、5分ぐらいで雨脚も落雷も弱まっていった。(助かった、のか?)と私はその時思った。








ヘッドランプ、携帯電話、カメラ、時計、全て壊れていた。








コンパスは消磁していた。








私の登山人生で一番の危機だったと思う。








北アルプス厳冬期単独縦走など危ない橋を渡る事は何度もしたが、これ以上危ない目には幸い遭った事は無い。












いつか書くとは思わなかったが、これはスマホの雨雲レーダーもない時代の話だ。








「山の天気は変わりやすい」。








何度も言われ、注意していたつもりの事象で命の危険を感じた。
















私は特別教訓めいた事は言うつもりはない。
























         完

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