レストラン
高黄森哉
レストラン
俺は今、あるレストランの前にいる。それは、人が死ぬ料理を出すレストランである。もちろん、常に人が死ぬ料理が出てくるわけではない。たまに人が死ぬ程度だ。例えば、週に二人死ぬといった具合に。
だからなんだ、人なんか毎日死んでるじゃないか。食中毒なんか、そこまで珍しくないだろう。そう言われてしまえば、お終いなのだが、ここでお終いにはしたくないので、そういうのはなしとする。
さて、このレストランの珍しいのは、決して人が死ぬ料理を出すことではない。だって、人が死ぬような料理なんて、言っちゃ悪いが誰だって作れる。簡単にサリンでも合成すればよい。
ここの珍しいのは、客足が絶えないことである。常に満席、常に駐車場満杯、というのが素晴らしく珍しい。一体、これはどういうことなのだろう。気になった俺一人御一行は、調査に向かった。
「注文はいかがなさいますか」
俺は席に座るなり、店員に話しかけられた。店員は、普通の格好をしていた。普通のレオタードである。
「いや、メニューをまだ見てないのだけれど」
そもそも机上には天板しかない。強いて言うならば、俺の腕が乗っているくらいだ。俺の腕を介して、俺や俺の座る机、その下の床、床と接続する基礎、基礎が撃ち込まれた地盤、大陸プレートも、一応は乗っていると云える。
「食べますか、食べませんか」
「そりゃ、食べるよ」
「かしこまりました。すぐに持ってきますね」
なるほど、きっとこの店に料理は一品目しかないのだろう。だから、食うか食われるかなのだ。俺大所帯は、一品目のフルコースをまかなわれる運びとなった。
「お待たせしました」
まるで場面転換のように、やけに早く出てきたそれは、オムレツだった。オムレツ、というのを皆さんはご存じだろうか。知らない人がいるかもしれないので、ネタバレ防止のために、ここでは叙述しないでおくが、オムライスの上にレツが乗ったような姿形をしている。このレツというのは、卵をどうにかして、しぼんだラグビーボールにした代物で、例えるならオムレツの味がする。
「うまい」
まるで、とろけるような味わいだった。脳がとろけれ、おのずと意識が遠のいて、なるほど! この店が繁盛するわけだ。つまり、この店の料理は、死ぬほどうまい、というわけである。
はて、とろけ行く脳で、果たして死ぬほどうまい料理をいずれ死ぬと分かりつつ、そう何度も食べに行くのが人間なのだろうか、とやはりとろけ行く脳で考えた。
いいや、それが人間なのだ。
俺たちはコーヒーやエナジードリンクでカフェイン中毒になり、サウナで無駄に温度差ショック寸前を楽しみ、無意味にバンジージャンプというリスクを取り、仕事へ行き、車を飛ばす。 煙草を吸い、酒を飲み、オムレツを食べる。不健康な生活への罪悪感をも、目の前の快楽に対して無力。だれしもがオムレツを食べる時代。人生はこのオムレツと変わりはない。
それみろ、オムレツを知らなかっただろう。だから、ネタバレ防止のために叙述しなかったのだ。オムレツとは人生だ。それは、よくある不健康なラーメン屋の常連の文句と瓜二つだが、その類似性は決して偶然ではない。
本当の異常は、主観では理解できない。まるで、無害なオムレツにしか感じない。だから危険なのかもしれない。
俺はふと、こういうのを考えた。つぎの大流行、睡眠ぐスクール。これは、プールで睡眠をとる、という試みである。きっと大繁盛、もちろん人が死ぬ。
レストラン 高黄森哉 @kamikawa2001
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