無能令嬢の幸せざまぁ!! ~立場だけの無能と言われ婚約破棄された悪役令嬢ですが、封印の祠に何故か入れたので腹いせに壊してみたら前世の記憶と力が復活しました。今更媚び売ってきてももう遅い~

朽木貴士

第1話

 リングヒル皇国、王城。

 その玉座の間に大勢の人間が集まっていた。壁の基調は白、金細工が至る所に施されており、絢爛豪華な印象を見る者に与える。更に、天井からは燦然と輝くシャンデリアが一定の間隔で幾つも設置されている。

 

「タオイア・グレスマ・エイジスフィ! この僕アルベルト・ゼ―ル・リングヒルは、今この時を持ってお前との婚約を破棄する!!」


 玉座の前に立っている金髪碧眼の男が、宣言する。

 見るからに素材の良い上質な衣装に身を包んだ細身の彼は、アルベルト・ゼ―ル・リングヒル。ゼールとは、この国の言葉にて王の血筋を意味する言葉。

 そう。彼はここリングヒル皇国の、皇太子であった。


「っ……! 何故、とお聞きしても宜しいでしょうか」


 アルベルト皇太子の宣言に、苦虫を噛みしめたような表情で問いかける女性。

 彼女もまた、上質な衣装に身を包んでいる。この玉座の間に集まっている聴衆とは一線を画す、煌びやかなドレスだ。

 そんな彼女の名は、タオイア・グレスマ・エイジスフィ。この国の大貴族、エイジスフィ公爵家の令嬢である。金髪碧眼に白い肌が基本のこの国の人間とは思えない、黒髪黒目であった。


「ふん……薄々、察してはいたようだな。良いだろう! 冥途の土産だ。と言っても実に単純な話だ。お前が立場だけの無能だからだタオイア! レベル上限1! 所持スキル0! 魔力0! あまりに無能すぎる!!」


 皇太子から告げられたその言葉に、タオイアは唇を噛みしめる。婚約破棄を言い渡されたその瞬間から、彼女は分かっていたのだ。

 何故なら、事実だから。昔からそれが原因で、何度も周囲から陰口を言われた。

 それは実の家族、はてはタオイアの専属侍従であっても例外ではなかった。

 故にタオイアは悔しさに身を震わせながらも、素直に処分を受け入れる他ないと思っていた。


――この時までは。


「その癖、僕の可愛いセレーナに陰湿なイジメを行ったと聞いた!」


 待て、なんだそれは。タオイアは思わず待ったをかけそうになった。しかし貴族社会において、自分より身分が上の者の言葉や行動を遮ることは重罪。ただでさえ自分の人生が詰みへと近付いているのに、ここで皇太子の言葉を遮って余計に罪を重ねたくはない。タオイアは、すんでの所でどうにか堪えきった自分を褒めてやりたい気分になっていた。


「セレーナは優しいから反撃したりはしなかったようだが、彼女はお前より断然優秀だ。まぁ、ここまで言えば分かるだろうタオイア? お前の居場所など、もはやこの国には存在しない。お前のような無能性悪女に、これ以上タダ飯を食わせてやる意義など我々にはない! これは、お前の両親も同意済みだ。よって僕がお前に告げる処分は流刑! せよ」


 身に覚えは全くない。故に、タオイアはすぐに察した。恐らくセレーナ嬢を妃とする為の一計なのだろうと。彼女は、皇太子の言葉通り優秀だ。

 それに、侯爵家の出だ。タオイアよりも一つ貴族階級は低いが、それだけだ。それを補って余りある程に、タオイアと彼女の能力差は大きい。

 彼女はレベル上限が60もあり、産まれた時から8つものスキルを所持し、更に600もの魔力を持っていた。これは、エリート国家魔術士並みの能力である。成長した彼女はきっと、もっと優秀になっている事だろう。お前に出来ることは多くないからと両親に与えられた領地、リングヒル皇国の端っこも端っこ。辺境の地、見渡す限り平原と山しかないグレスマに軟禁されていたタオイアは、知らないが。


 ちなみに、タオイアは領地運営など何もしていなかった。いわゆる、名ばかり領主という奴だ。実際に領地を運営していたのは、タオイアが親から教育係として譲り受けた専属執事のダンカンだった。

 タオイアはただひたすら自室で窓から外を眺めるだけの、退屈で無意味な日々を過ごしていただけなのだ。部屋を出ることは、許されなかったから。


 ともかくそんなタオイアに味方する者など、この場にいようハズもない。そもそもこの場に集まっている貴族たちは、全員皇太子の味方なのだろうから。 

 タオイアが何か抵抗を見せれば、ただちに四方八方から口撃こうげきが飛んでくるに違いない。そんな滅多打ち、唯一の取り柄だった立場すら失った今のタオイアにとって、致命傷以外の何物でもない。


「っ……! かしこ、まりました……」


 故に、やはり素直に処分を受け入れるしかなかった。

 その艶やかな腰まで伸ばした黒髪をサラサラと肩から地面に垂らしながら深く頭を下げる。そしてタオイアは、その胸にモヤモヤを抱えながら、玉座の間を去っていった。




◇◇◇




「こ、ここは……!?」


 王城を出たタオイアは、最低限の身支度を整えるためと思い自身の領地であるグレスマに帰ろうとした。しかし、それは叶わなかった。

 王城の外に待たせていたダンカンが、全く関係のない場所へとタオイアを連れ去ってしまったからである。


「ここは、魔の森で御座いますタオイアお嬢様」


 淡々と告げるダンカン。


「ま、魔の森ですって!? あの、王家が代々封印してきたと言われる封印の祠が

あるって言う!? な、何故私をこのような所に……?」


 顔を青くして震えるタオイア。


「アルベルト殿下のご指示で御座います。グレスマに連れ帰るフリをして、魔の森へタオイアを捨ててこいと」


 あくまでも、淡々と告げるダンカン。

 

「そう、ですか……。殿下は流刑と仰っていましたが、私は実質死刑宣告をされていたのですね……」

 

 タオイアは俯いて、自分はなんて馬鹿なのだろうと自嘲した。

 リングヒル皇国を追放されても、どうにかして身を立て直してみせるなんて思っていたのだから。そんな復活の機会など、端から与えられていなかったのだ。


「では、私はこれで。ご武運を。タオイアお嬢様」


 その言葉を最後に、ダンカンは馬車に乗って去っていってしまった。

 ここは既に森の奥。入り口など分からない。わだちは残されているが、タオイアはとても身動きする気にはなれなかった。


「うぅ……! 私は、一体どうすれば……! こんな所で生きていける訳が、ありません……!」


 何故、これほどまでにタオイアが絶望しているのか。

 それはリングヒル皇国に伝わる一つの伝説。この国の子供には聞かせなくてはならないと法律で定められている寝物語によって、ここ魔の森にある封印の祠に、深い深い恐怖が心の底まで刻み込まれていた為であった。



――その昔、リングヒル皇国がまだアルディリア王国と呼ばれていた時代。

――剣技にて覇を唱えた彼の国は、栄華を極めこの世の全てをも掌握せん勢いだった。しかし、ある日何処いずこかより魔女、現れり。

――ソフィアと名乗る魔女、言の葉にて世界を歪めん。魔女が『炎』と言えば、地獄の底より業火現れ、街は焦土と化した。これすなわち、魔法である。

――生き残った者達、魔法の力を術理にあてはめることに成功。これすなわち、現在の魔術である。

――ある日、七賢者現る。彼の者たち、異なる魔術を極めし七天の者なり。

――七賢者、国を滅ぼさん勢いだった魔女の討伐とその魂の封印に成功す。

――彼の者達は、魔女の亡骸を森の奥地に安置。七賢者の長リングヒル、王となりて国を復興す。これすなわち、現在のリングヒル皇国なり。

――以来王家の者、代々魔女の亡骸を安置した祠の封印に従事す。

――されど魔女の呪い未だ健在。森より魑魅魍魎ちみもうりょう溢れたる。これすなわち、現在の魔物である。

――魔女の怒り、未だ冷めやらぬ。決して祠の封印、解くべからず。決して魔の森、近付くべからず。


    『リングヒル皇国の成り立ちと魔女ソフィアの呪い』



 そう。この魔の森は、魔女の怒りに触れ魔物と化した獣が徘徊する、呪われた森なのだ。決して近付いてはならない! その筈だった。


「私……このまま、死んでしまうのかしら」


 嫌だ! このような事態に陥っても、タオイアは不思議と生を諦める気にはならなかった。

 とはいえどうしたものかと考えていたその時、がさっ! と音を立てて茂みから魔物が現れた。口から火の粉を散らしながら、獰猛どうもうに牙を剥き出しにして、赤き瞳をギラギラと輝かせグルルと唸るソレの正体は、黒い体毛に赤いラインが至る所に走った禍々しい狼であった。


「ひっ……! まさか、そんな! スコルッ……!?」


 スコル。それは、魔女の猟犬と謳われる怪物。その牙は容易く鉄を噛みちぎり、その口から放たれる炎を浴びた人間は、灰すら残さず焼滅しょうめつしてしまうと言う。


「こ、ここまで……なの……?」


 腰を抜かし倒れ伏せ、スコルを見据えたまま地べたを這いずって後ろにズリズリと後退するタオイア。

 絶望。万事休す。一巻の終わり。そんな言葉が脳裏によぎる中、それでも生を諦める気は起こらなかった。

 しかし――!


「くぅ~ん……」


 あろうことかスコルは、タオイアの頬にすりすりと後頭部を擦り付け人懐っこそうに鳴いた。


「えっ……? な、なに……? どうなっているの?」


 意味が分からず、混乱するタオイア。


「わふ! わふ!」


 脳の処理が追い付かずフリーズしたままでいるタオイアをよそに、スコルは立ち上がり舌を出してへっへっと言いながら、尻尾をぶんぶん振ってタオイアを呼ぶ。


「こ、こっちに来いって、言うのですか……?」

「わふわふ!!」


 健気に自分を待っているその姿に、タオイアは少し絆された。

 一体何が起こっているのかは分からない。けれど、この子は良い子そうだ。信用しても良いのかもしれない。 


「わ、分かりましたよ。ついていきます」


 そうして、タオイアはスコルに先導されながら魔の森をおっかなびっくり突き進んでいった。




◇◇◇             




「えっ、こ、ここって……!」


 スコルの案内で辿り着いたそこは、絵本や授業の資料で何度も見た封印の祠だった。


「だ、ダ、メ、で、す~! こ、こ、だ、け、は~!! と、というかですね! そもそも……! えっ!?」


 引っ張るスコルになんとか拒否の意思を伝えようと、タオイアはスコルの引っ張る方向とは逆の方向へ倒れ込む。文字通りの全力拒否であった。

 しかし、抵抗虚しくタオイアは祠の内部・・へと引きずり込まれてしまった。 


「ど、どういうこと……? なんで」


 何故タオイアが戸惑っているのか? 単純である。

 封印の祠は、文字通り封印・・されているのだ。ガラ空きのように見えても、魔術の結界によって何人たりとも侵入出来ないようになっている筈だった。

 故にタオイアは戸惑っているのだ。何故中に入れてしまったのか、と。

 王家の者でさえ、再封印に来る時も外から術を施す。中には入らない。否、入れない。その筈なのだ。


「わふっ!」


 スコルが再びタオイアを呼ぶ。

 その声に反応し視線をやると、そこにはタオイアと同じ黒髪の、赤いローブに身を包んだ妙齢の美しい女性が眠っていた。パッと見は、本当に眠っているだけのようにしか見えない。けれど呼吸音はなく、心臓の鼓動音もしない。

 この女性は、間違いなく死んでいる。


「っ……。まさか、これが魔女の、亡骸?」


 亡骸の周囲には、一定の間隔で宝石が並んでいる。

 炎のガーネット、水のアクアマリン、風のエメラルド、土のオニキス、雷のトパーズ、光のダイヤモンド、闇のアメジストの計七つである。

 この七属性こそ、魔術の始祖たる七賢者が極めた七天なのだ。


「……魔術陣が、消えかかってる……?」


 描かれた七芒星による青白く発光する魔術陣。陣の中の、七芒星の周りには何やら小さな文字が書かれていたり、模様が刻まれている。しかし、それは消えかかっていた。全体的に薄くなっていたのだ。


「……どうせ消えかけてるなら、とどめを刺してしまっても構わないかしら」


 つい、魔が差すタオイア。

 しかしそれも当然だった。自分だって好き好んでこんな風に産まれた訳ではない。髪や目の色だって、自分自身不思議なのだ。

 何故両親は2人とも金髪碧眼なのに、むしろこの国の人間は皆、例外なく金髪碧眼なのに。どうして自分だけが黒髪黒目なのか。訳が分からなかった。

 能力などに関してもそうだ。両親は2人とも優秀だった。何せ、2人とも国家魔術士だ。スコル級の魔物を倒したこともあると聞く。

 それなのに、何故自分はこのように無能として産まれたのか。『何故貴女だけ』と何度も聞かれた。聞きたいのはこっちです! と、何度言い返そうとしたか分からない。


「……宝石を少しずらすだけで、封印は解かれる。この祠は、意味を成さなくなる」


 逡巡。葛藤。

 呟きながら、迷う。封印を解いた瞬間に間違いなく自分は、魔女に殺されてしまうだろう。もしかしたら封印を解いてくれたから! ってことで、見逃してくれるかもしれないけど、望み薄だろう。

 何せ自分は、追放されたとはいえ公爵家の人間。リングヒル皇国の人間としての血は濃い筈だ。そう分析するタオイア。

 しかし、それでもなお迷う。


「どうせ死に行くのなら、最後に仕返しをしても……良いかしらね……」


 結論は出た。タオイアは、人生最後の仕返しだと心に決めて、自分を見下してきた奴らが少しでも痛い目に見れば良い! なんて気持ちで、宝石の配置をずらした。ハッキリ言って現実が見えていない思考に基づいた、ただの腹いせだった。


 パキン……。それはもうあっさりと、実にあっけなく壊れる封印の魔術陣。

 しかし、その瞬間!!!


「なっ!?」


 亡骸が一瞬で白骨化したかと思うと一気に風化し、ぶわっ!! と舞い上がって自分の中に入り込んできた。

 

「ぐっ!? ああぁああ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 ズキズキ。ズキズキ。

 頭に猛烈な痛みが走り、たまらずタオイアは頭を抱えてうずくまった。




◇◇◇




「やぁ、目が覚めたかい?」


 聞こえてくる声に反応して、目を開ける。

 タオイアが先程まで感じていた痛みはもうなかった。


「あ、貴女は……!?」


 そこに立っていたのは、先程白骨化して更に風化した筈の魔女だった。


「はっはっは!! そんな身構えないでよ。別に取って食ったりしないからさ。というより、そんなことしようがない! ほら! 周りを見てみなよ。タオイアちゃん」


 案外軽いノリをしている魔女に面食らいながらも、タオイアは周囲に視線を巡らせる。そこは、なんとも不思議な場所だった。

 まるで青空に挟まれているような。ふと下を見てみると、タオイアの顔が映り込んだ。どうやら、空だと思っていた地面は水面だったらしい。


「ここは……?」

「ふふ、ここはねぇ。あんたの精神世界だよ」

「精神、世界……?」

「そ。要は、あんたの心の姿さ! まだ何者でもないからこそ、あんたの心は澄み渡っている。逆に言えば、あんたはこれから何者にでも成れるのさ!」


 大きく手を広げて、タオイアを扇動する魔女。


「でも私は、もう生きては。……力も、ありませんし」

「うんうん。それね! 力、欲しいかい? 見下してきた奴らにやり返すための力が欲しいかい?」


 子供を見るような、微笑ましそうな目でタオイアを見る魔女。


「欲しいです……! 欲しいに、決まってるじゃないですかっ!! けれど、私はレベル上限が1なのです! 何をしても、どれだけ頑張っても! 何の力も身に着かない!! 魔術書をどれだけ読み込んでも、魔術は使えない! せめて戦士のようになれればと運動を頑張ってもっ! 何のスキルも身に着かないっ……! 私には、もう成長の余地がない。まだ何の能力もないのに、全く成長出来ない。……だからこその、無能なのですっ……!」

  

 捲し立てるように、泣きじゃくるように、タオイアは長年抱えてきた苦痛を吐露する。何故、恐れていた筈の魔女にこのような弱みを見せているのかは、自分でもよくわからなかった。


「うんうん。……よく頑張ったね。偉いよ。本当に」


 優し気に目を細めて、ふわりとした優しい手つきでタオイアの頭をゆったりと撫でる魔女。


「なら、力をあげるよ。あたしの全てを、あんたにあげる」


 その言葉に、タオイアは思わず顔を上げて魔女を呆然と見つめる。


「そ、そんなことが……? 他人に、自分の力をそっくり与えるなんてことが、出来てしまうのですか……?」


 魔法とは、そこまで万能なのか? なんてタオイアが考えていると、


「あっはっは! そんな馬鹿な! 赤の他人に力を丸ごとあげるなんて、幾らあたしでも無理だね」


 それはあっさりと否定される。


「なっ……! わ、私を弄んだのですかっ!? この人でなし!!」


 目に涙を溜めて立ち上がり、魔女を睨みつけるタオイア。


「ちょっ、ちょっと! そんな怒んないでよ。言ったでしょ? 赤の他人なら無理だって。あんた相手なら、力をあげられるんだよ」

「えっ……? それは、どうして……?」


 呆然と、問いかけるタオイア。


「あははっ! 疑問に思わなかったかい? 何故獰猛な魔物であるスコルがあんたに懐いたのか、封印されて誰も入れない筈の祠にあんたは入れたのか。そして最後に、どうしてあたしとあんたが、妙に似ているのか……?」


 両手を後ろで組んで、ニヤリと笑ってタオイアの顔に顔を近づけて、上目遣いで問いかける魔女。

 確かに、そうだ。どうして……。タオイアはゴクリと唾を飲みこむ。


「ふふ、答えは出ないか。良いよ。教えてあげる。と言っても単純な話さ。あたしはあんたで、あんたはあたしなんだ。あんたは、封印されたあたしの魂が転生した姿なんだよ」

「転、生……?」

「そ。転生。生まれ変わりとも言うね! あんたは、あたしの魂のこぼれ落ちた欠片だ。魂の大半が祠に封印されていたから、あんたは成長出来なかったんだよ」


 すとんと腑に落ちた。

 タオイアの無能加減は、明らかに異常だった。普通、あり得ないのだ。レベル上限1、所持スキル0、魔力0なんて。でも、そういう理由なら、納得出来る。


「私は、貴女の……魔女の生まれ変わりだったのですね……。ふふっ、ずっとずっと恐れていた魔女の正体が、実は私だったなんて……」

「あぁ、それ。言っとくけどあたしは大賢者であって、魔女なんかじゃないよ。出鱈目もいいとこだ。あたしはむしろ世界を守るために単身、アルディリア王国に挑んだんだ。まぁ、確かにアルディリア王国民からすれば、あたしはとんだ魔女なんだろうけどね。でも、あいつらが無茶苦茶ばっかするからイケないんだよ?」

「えっ……? それは一体、どういうことなのですか……?」


 魔女は、魔女ではなかった……? 訳が分からない。ずっと信じてきた世界がぐにゃりと歪んでいくのを感じ、めまいがするタオイア。 


「単純な話さ。アルディリア王国の奴ら、自分の国以外なんて知ったこっちゃねぇって感じで好き放題殺して奪ってだったから、もう滅ぼすしかない! ってそれ以外の当時の国同士で会議して決めたんだよ。そしてあたしが出張ったって訳。まぁ詳しい歴史は、あたしと融合して溶け合えば分かるさ」


 自分の母国の過去が、そのような残虐なものだったなんてと思わなくもなかったが、それより重要なことがあった。


「と、溶け合う……? わ、私はどうなるんですか?」

「うん? あぁ。心配しないで良い。あたしは消える。あんたにあたしの力と知識をあげるだけ。あくまで記憶ではなく、記録だから。あんたの人格が変わるってことは多分ないと思う。多少はあたしの影響を受けちゃうかもしれないけど……あくまで主体となるのはあんただ。まぁ嫌なら、あたしはこのまま消えるだけだけど。アルディリアの頃みたく無茶苦茶やってるなら話は別だけど。もう大した国じゃないみたいだしね。今更」


 そんな風に言って、おどけてみせる魔女改め大賢者。


「ふふ……自分のこと、大賢者なんて言っちゃう自信家な所とかは、見習いたいかもですね。私は、自分に全然自信がないので……」

「あたしの力を手に入れれば、自信なんて勝手につくさ。で、どうする? あたしはいい加減ちゃんと眠りたいんだ」

「そう、ですね……。えぇ! 貴女の力、いただきます。大賢者様!」

「そうこなくっちゃ! あと、あたしはソフィアってんだ」

「ふふ、存じています。貴女は悪役になってしまいましたけれど……名前は、しっかりと伝わっておりますから」

「はっ! そうかい……」


 ニヤリと笑うと、ソフィアはタオイアの胸に手を当て、二人はどちらからともなく額同士をくっつけた。


「じゃあね、タオイア。しっかりやんなよ?」

「えぇ、おやすみなさい。ソフィア。良き旅路を」


 微笑み合って、言葉を交わす。

 間もなく、ソフィアは光の粒子となって、タオイアの体内に溶け込んだ。




◇◇◇




「っは! はぁ……! こ、ここは、祠の中?」


 どうやら、無事に精神世界から戻ってきたらしい。

 

「わふ!」


 尻尾をぶんぶん振って、へっへっと舌を出してタオイアの頬を舐めるスコル。


「貴方は……っ!」


 その時、ソフィアの記録がタオイアの脳裏に過る。ようやく脳の処理が追いつき、ソフィアの力、知識、記録がタオイアの中に定着したのだ。


「違う」


 この子は、ただのスコルじゃない。否、そもそもスコルは魔物などではない!!ソフィアの記録を垣間見て判明した事実。

 それに従いタオイアは、一も二もなくスコルの口に口付けした。

 その瞬間、


カッ!!


 スコルから迸る極光。

 

「あぁ……ソフィア。またこうして、君と話せる日が来るなんてね。嬉しいよ」


 そこにいたのは、黒髪に赤いメッシュが混ざった赤い目の青年だった。

 タオイアより二回りは身長の高い、筋肉質だが細身の男。その肩より少し下辺りまで伸びた髪は毛先があちこちに跳ねてボサボサとしているが、決して汚らしくはない。服装は、足元まで伸びた長い黒コートに黒い革靴、赤いインナーシャツに、黒いベストを着ていた。


「グリム……。ごめんなさい。私は、ソフィアではないの。記録を通して貴方のことを知ってはいるけど、貴方が守りたかったソフィアは、もういないの」


 彼の名は、グリム・マティアト・アンデルセン。自分の死を予見していたソフィアの亡骸を守るために、生前のソフィアによってスコルに変身していたソフィアの婚約者だった。


「そうか……ソフィアは眠りを選んだんだね。けど、僕は変わらず君の傍に居ることを望む。僕はソフィアへの永遠の愛を、ティアマト神に誓ったからね。例え生まれ変わろうと、思い出が消えようとも。僕はソフィアを守る。この命の限り。君が、僕を拒否するのなら、仕方ないけれど……」


 悲しそうに目を伏せ、俯くグリム。

 

「そんな訳ないわグリム! でも、本当に良いの? 私は貴方の知る私でもないのよ? ソフィアと同じ力と知識を持つけれど、思い出はあくまで記録。そんなことがあったんだなって思いはするけど、あくまで他人事なのよ?」


 複雑そうに、目を伏せながらグリムに問いかけるタオイア。

 そう。ソフィアの記憶の全てを、タオイアは知った。けれど、実体験ではなく本を読んでいるような感覚なのだ。だからこその、記憶・・ではなく記録・・。 


「ふふ、君はやっぱり優しいね。うん! 大丈夫。ソフィアは今も君の中で生きているさタオイア。彼女は眠りについたけれど、確かに君の中で生きている。だからこそ、改めて誓うよ。僕、グリム・マティアト・アンデルセンは、タオイア・グレスマ・エイジスフィを僕の命の限り守り抜く。あらゆる悪意から君を守り抜く君だけの盾として、君の幸せを阻む障害を喰い殺す猟犬・・として。僕の愛を受け入れてくれるかい? タオイア」


 片膝をついて跪き、胸に右手をあて、左手をタオイアの方へと差し出すグリム。


「~~~っ! はい。喜んでっ!」


 胸が張り裂けんばかりの喜びに胸を抑えながら、瞳に雫を溜めながら、タオイアはグリムの結婚の申し出を受け入れた。

 2人の婚約者は、遥かな時を超えて今、結ばれたのであった。




◇◇◇




「い、一体……何がっ!? 何があったというのだ!?」


 封印の祠の前に、大勢の護衛を引き連れた一人の男が居た。

 彼はリングヒル皇国の王、その人であった。息子のアルベルトが魔の森へ人間を送り込んだと聞き、何かあってはイケナイと急いでやってきたのだ。

 送り込まれた人間が死ぬのは構わない。けれど、それが魔女の封印に何か影響を及ぼしてしまったら……。そう考えてのことだった。


 けれど、実際に来てみれば封印の祠はもぬけの殻。

 封印は消え去り、中にある筈の魔女の亡骸も消滅していたのだ。


「このっ……大馬鹿者が!! よりにもよって、この魔の森に人間を送り込むなど! 自分が一体何をしたのか、分かっておるのかアルベルトよ!! お前の短絡的な行動によって、魔女は解き放たれてしまったのだぞ!? そこに座れ!」

「ひっ……!?」

 

 王の激怒にすっかり萎縮したアルベルトは、服が土に汚れることも気にせず慌てて地べたに両ひざをついて姿勢を正す。


「も、申し訳ありません父上! し、しかし……このようなことになるなど、思いもせず……!」

「それを考えなしと人は呼ぶのだ!!! この愚か者が!!」


 連れて来ていたアルベルトに怒鳴り散らすリングヒル王。

 湧き上がる怒りに堪えきれず、いよいよアルベルトの頭に拳骨を落とそうとしたその瞬間。


「まぁまぁ、その辺りにしなさって? 陛下。人前ですよ。殿下があまりの情けなさに涙目になっているではありませんか。お可哀想に。ふふ」


 何処ぞより湧いて出た黒髪黒目の女が、半笑いで王の怒りを諫めた。


「お前はっ……タオイア!? 何故生きている!?」


 そう。現れた女の正体は、タオイアである。

 

「ふふ、ご機嫌麗しゅう殿下。おかげさまで、こうして生きておりますわ」


 実に嬉しそうに、ニコニコと笑ってアルベルトを見下ろすタオイア。


「な、なんだその態度は!! 僕はこの国の王子、皇太子だぞ! 死刑にされても良いのか!?」

「あら……何を仰いますの? 私はもう、この国の人間ではありませんでしょう? 貴方が仰ったことですよ。殿下。本当なら、陛下だの殿下だの、貴方方を敬称で呼ぶ義理も、私にはもうありませんのよ?」


 膝を抱え込んでしゃがみ込みアルベルトと視線を合わせると、ニヤニヤ笑って事実を告げるタオイア。これは貴方が招いた事態なのだ、と。


「……エイジスフィ公爵家の娘、タオイアだったか。無事で何よりだ。これはお前がやったのか? それとも、お前は無関係なのか? 次第によっては」


 リングヒル王はそう言うと徐に右手を掲げた。

 その瞬間、護衛の騎士たちがタオイアを一部の隙もなく囲い込み、無数の剣を、槍を突きつける。掲げられた右手は、騎士たちへ意思を伝える合図だったのだ。


「ふふっ、酷いですねぇ。私は何の力もない『無能のタオイア』だと言うのに。大の男が揃いも揃って情けなくないのですか?」


 絶望的としか思えない状況に陥ってなお、タオイアは余裕の表情だった。ニコニコと、ニヤニヤと。


「あ、頭が可笑しくなったのか……? お前、今の状況を理解しているのか……?」


 アルベルトが、呆然と問いかける。


「えぇ、理解していますよ。あぁそれと、祠を壊した犯人でしたか? えぇ陛下のご想像通り、私ですよ」


 タオイアがそう言った瞬間、王は掲げた右手を振り下ろした。

 騎士たちが構えた剣を、槍をタオイアに突き刺そうと動き出した、その瞬間。


「ウォン!!」


 タオイアの影から巨大な狼が飛び出し騎士たちを蹴散らす。


「なっ……す、スコルっ!? い、一体何がどうなって!?」


 リングヒル王が目を見開き、困惑する。


「な、何故……狂暴で凶悪な魔物であるスコルが、お前に……無能のお前に従っているんだタオイアッッ!!!」


 アルベルトが半狂乱で叫ぶ。あり得ない。彼は今、目の前で起こっている現実を受け入れられていない様子だった。 

 彼は八つ当たり気味に、腰から提げていた鞘から細身の剣を引き抜きタオイアに襲いかかった。父に怒られた不満や恐怖、自分が捨てた筈のタオイアに父の怒りを諫めてもらい少し安堵してしまった自分の情けなさ、そして、無能と見下してきたタオイアに散々煽られたことよって、正気ではなくなっていたのだ。


「ふふっ。『断層』」


 タオイアが静かに告げる。その瞬間、タオイアに向かって走っていたアルベルトは、突如として弾かれた。

 そこには、何もない。障害物などない筈なのに、アルベルトは壁に激突したかのように顔をぐにゃりと歪め、後ろに倒れ込んだ。その鼻からは、血が垂れていた。

 そう。そこには事実あったのだ。『次元断層』と呼ばれる、不可視の壁が。タオイアはたったの一言で、絶対防御膜をこの場に発生させたのだ。


「い、今のは……まさか、魔法!? そんな馬鹿な!! 魔法は、魔女の扱う力! 遥か古の時代に、消えてなくなったはずだ!!」


 リングヒル王が動揺する。


「ふふっ、簡単な話ですよ陛下。私も魔法が使えるんです」


 ニヤリと笑って答えるタオイア。


「ぐぬぅ……。えぇい!! 騎士たちよ、しっかりとスコルを押さえつけておけ!!」


 今度はリングヒル王がその腰から短杖ワンドを引き抜き、タオイアに突きつける。


「生命を照らす温かな祝福にして、邪悪を罰する裁きの光。の名は炎。の役は滅び。我が敵に凍てつく不幸を与えよ!! 『爆焔渦ばくえんか』!」


 リングヒル王が素早く杖にて空中に魔法陣を描きつつ呪文を唱えると、杖の指し示す方向へ向かって魔法陣から炎のうずが放たれた。


「っ……! 『絶対零』」


 今タオイアが使おうとしたそれは、放たれた炎に対抗する所か、この魔の森全てを凍てつく大地に変えてしまう極大氷魔法。

 しかしすんでの所で、タオイアは躊躇ためらってしまった。


 このまま私が魔法を使えば、確実にこの場に居る者達は死ぬ。私が使おうとしていた魔法は、そういうものだ。本当に良いのか? この人たちにも家族はいる。この場に居る皆が皆、私を馬鹿にしてきた訳ではない。そもそも馬鹿にされただけで殺してしまったら、それこそ私は悪なのではないか? そう考えてのことだった。


 そう思ったタオイアは、動けなくなってしまった。例え力と知識を得ても、大賢者ソフィアの記録を垣間見ても、タオイアはただの箱入り娘だったからだ。

 例え見下されていたとしても、例え陰口を言われてきたとしても、蝶よ花よと愛でられながら育ったご令嬢であることに変わりはなかったのだ。


「あっ……」


 火炎がタオイアを包み込む、寸前。


「……全く、しょうがないねぇ。この娘は」


 タオイアの目に、攻撃的な赤い光が宿る。

 タオイアが浮かべるそれとは思えぬ口調が、その口から発される。


「『逸れよ』」


 見た目をそのままに変貌したタオイアがそう言った瞬間、今にもタオイアを飲み込もうとしていた火炎は見当違いの方向へと逸れてしまった。


「なにっ……!? 馬鹿な! 例え魔法を使えようと、『無能のタオイア』如きがわしの魔術に介入するなど!?」

「なぁに勘違いしてんだい。アルディリアの子孫のジジィ。あたしはあんたの術になんか介入しちゃいないよ。あたしがやったのは、ただ自分に迫ってきたものを逸らしただけだ。あたしの『力』に理なんかないからねぇ。これは、あたしの空想をそのまま現実にする力なんだから」


 そう。魔法とは即ち、空想の具現化能力であった。

 そこに術理など何もない。ただ生まれ持っただけの『異能』。それが魔法の正体だったのだ。


「そ、そんな馬鹿な話があるか! それに、わしをそのように呼ぶなど……。これではまるで、お前こそが本物の魔女のようではないか!?」

「くく……あはは! その通りさ。アルディリアの子孫のジジィ! あたしこそ、あんたらが恐れてやまない魔女ソフィアさ!!」


 両手を大きく広げて嗤う。

 そう。彼女は本当に、タオイアの中で生きていたのだ。


「わふっ!」


 騎士たちを蹴散らしたグリム(スコル化状態)が、ソフィアに駆け寄ってくる。


「ふふっ……懐かしいねぇ、グリム。でもあたしは、もう居ない筈の人間だ。あんたの愛は、あの娘に注いでやっておくれ。本当は出てくるつもりなんて、これっぽっちもなかったんだから」


 グリム(スコル化状態)のことを目を細めながら僅かな間撫でると、ソフィアは再び攻撃的な笑みを浮かべて、リングヒル王を、アルベルトを、騎士たちを見下す。


「あんたら、少しも疑問に思わなかったのかい? 何故タオイアが本当に無能な状態で生まれてきてしまったのか。幾ら努力しても、成長出来なかったのか。特別に教えてやるよアルディリアの子孫共」


 そう言うとソフィアは、おもむろに指を空中に彷徨さまよわせた。

 魔力の残滓光が軌跡となって、それは文字となった。


TAOIAタオイア GRESMAグレスマ AGESPHIエイジスフィ


|I AM GREATSAGE SOPHIA《私は大賢者ソフィアである》


 まずタオイアのフルネームを書くと、ソフィアはそれに『変換』と唱えた。

 すると空中に刻まれた魔力文字の文字順はふわふわと動き出して入れ替わり、タオイアの正体を示す言葉となった。


「タオイアは、あたしの生まれ変わりだ。それからボンクラ王子、イマイチあたしの強さが分かっていないようだから見せてやる。あたしの恐怖を、再び思い出させてやるよ。アルディリアの子孫共」


 そう言うとソフィアはキョロキョロと周囲を見渡し、遥か彼方にある巨大な山脈へ向けて指を突きつけた。


「よく見とくんだよ。『奔れ』」


 そう言った瞬間、指からか細い一筋の光が山脈へ向けて放たれる。

 それは視認出来ない、凄まじい速度で伸びていき――。


ズッッッドォォォォォン!!


 凄まじい轟音と、巨大な地響き。

 キノコ型の雲が出来上がる。そしてそれが晴れると、そこにはもう、山脈は存在していなかった。


「これであたしの恐怖も思い出せたんじゃないかい? あの娘はもう、あたしと溶け合った。もう無能なあの娘じゃない。あの娘だって、その気になれば今やったような事が容易く出来る。言っておくけど、これでも相当加減してるんだ。というかその気になったら、あたしは一瞬で世界を滅ぼせるんだ。そういう力なんだよ。分かったらもう、あの娘に手を出すんじゃないよ。良いねっ!?」


 ソフィアが脅すようにそう言うと、この場に居る者全員が言葉もなくコクコクと頷いた。頷くことしか、出来なかった……。


「よし! これであの娘も大丈夫だろ。悪いね、グリム。あたしはもう眠る。今度こそ本当に、出てくるつもりはない。だからあんたが、守ってやっとくれ。じゃあね」


 優しい顔で、ふわりとグリム(スコル化状態)を撫でるソフィア。

 そして目を瞑り再び目を開けると、その目に攻撃的な赤はもう宿っていなかった。 


「あ、あれ……私……どうして……?」


 困惑するタオイアの袖を、グリム(スコル化状態)が甘噛みして引っ張る。


「えっ? 人間に戻して欲しいの? わ、分かりました」


 そう言うと、タオイアは再びグリム(スコル化状態)に口付けする。


「な、なっ!? スコルが、人間に!? 一体何が起きたというんだ!?」


 アルベルトが半狂乱気味に叫ぶ。


「……殿下。グリムは、そもそも人間です。魔法によってスコルと化していただけ」


 むっ、と眉間にしわを寄せるタオイア。


「ふざけ……っ!」


 いつもの癖で怒鳴り散らす直前、攻撃的な赤を目に宿したタオイアを思い出す。もし山脈を消し飛ばしたような一撃を自身に向けられたら……。いや、彼女の機嫌を損ねて、消滅させられてしまったら……!? 


「た、タオイア・グレスマ・エイジスフィ!! ぼ、僕はやはりお前を愛しているぞ!! あ、アレは全て嘘だったんだ!! セレーナに脅されていたんだよ! あの娘は僕よりずっと強いからね! 仕方なかったんだ! 謝るよ! だから許してくれ! 僕は君を愛している!!」

「わ、わしもだ! タオイア・グレスマ・エイジスフィ! 今までの非礼を心より詫びる!! っそうだ! アルベルトの代わりにわし義娘むすめにならんか!? 絶対的な地位を約束しよう!! 財も好きなようにしてくれて構わん!!! 王になりたければ、即座に王位を譲ろう! 男が欲しければ幾らでもくれてやる!! 一妻多夫合法化だ!! どうだ!?」


 親子揃っての、見事な掌返しであった。

 その光景が、タオイアには物凄く醜く映った。事情は、先程グリムに耳打ちされ理解している。だからこそ余計に醜く、滑稽に映った。

 

「……もう遅いです。私は、この国を出ます」

「ま、待て!? それで一体何処へ行こうというんだ!!」

「そうだぞタオイア! 我が国に居れば、一生酒池肉林を愉しめるのだぞ!!?」


 なおもしつこく食い下がる2人に、


「興味ありません。私には彼が、貴方なんかより余程素敵な旦那様が既に居るんです。酒池肉林にも王座にも興味ありません。私は彼と、地方でひっそりとのどかに暮らすことにします。私を探すことは許しません。もしそんなことをしたら、その時こそ私はリングヒル皇国を滅ぼします。それでは」


 タオイアは冷たく言い捨ててこの場を去った。

 一瞬で、跡形もなく消えてしまった。まるで幻だったかのように。けれど消えてしまった山脈は以前消えたままで、それが、今日起こった一連の出来事は夢などではなかったのだと、その場に残る全ての者達が胸に刻みつけたのだった。




◇◇◇





「今帰ったよ、タオイア。山菜を探してたらキレイな花畑を見つけたんだ。これから一緒に行こうよ」

 

 働き者で優しい旦那様のグリム。



「かあさま~! えほん! よんで!!」

 

 お気に入りの絵本を無邪気に自分に差し出す、今年で3歳になる娘のソフィア。そう。タオイアとグリムは、自分達の娘にソフィアの名を授けたのだ。



 そして今お腹の中に居る子は、男の子だろうか女の子だろうか。



「ふふ……。うん。それじゃあ山にピクニックに行って、そこで絵本を読んであげるわね」

「ほんと~!? わ~い!!」

 

 タオイア達は何時までも、家族皆でずっと幸せに暮らしましたとさ。

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無能令嬢の幸せざまぁ!! ~立場だけの無能と言われ婚約破棄された悪役令嬢ですが、封印の祠に何故か入れたので腹いせに壊してみたら前世の記憶と力が復活しました。今更媚び売ってきてももう遅い~ 朽木貴士 @kuchiki835

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