モラルのない研究者である事を隠して、女の子を観察したい!

フリーダム

第1話:真実


 全身をガチガチに医療用機械で固めた、緑掛かった髪を持つ少女、ベルファストが助手達に指示を出す。


「人工心臓を取り付け、吸引装置で血を吸い上げてください。局所的な痛みの信号を遮断したら、伝達信号を外部端子に送るように」

『わかりました』


 助手達はベルファストの指示に従い、ベットに横たわってる治療を待つ魔導師の為に準備を始めた。防具服に着替えて、医療室の中央に立つベルファストに一人の助手が声をかける。


「ベルファスト先生、魔導師が一人、13号医療室に送られてきました」

「わかりました、データを投影してください」


 ベルファストは13号医療室の魔導師のスキャン結果を見て頷き、助手に指示を出した。


「脳内下腔の血管の損傷、13号医療室のリモート医療キットを起動をお願いします」

「ええっ、それだとベルファスト先生の精神回路が非常に消耗してしまいます」


 助手の阻止を無視し、ベルファストは側にある端子キットから幾つかのケーブルを取り出し、自分の頭に接続した。


「接続テスト」


 13号整備室の光景が端末に表示され、ロボットアームがベルファストの制御で順に医療器具を持ち上げた。損傷部分を拡大すると、魔導アームの盤面に指標が表示された。


「問題ありません、同時に始めましょう」


 医療室に医療設備の駆動音が唸りを上げた。

 数時間後。


「治療終了、最後の薬品の組み合わせはお任せします」


 ベルファストは医療工具を横に押しのけ、魔導アームがゆったりとその腕を下げていき、13号医療室での作業が終わった。


「はい」


 助手はベルファストに歩み寄り、医療工具を受け取った。ベルファストは腰を伸ばし、助手のために場所を開けた。


「うっ」


 その瞬間、ベルファストは突然よろめき、整備室の光景がどんどんぼやけていった。手を伸ばした先の壁の感触で感覚を取り戻し、倒れるの寸前になんとか体を支えた。

 視界が漆黒と真っ白の点滅を繰り返す。


「先生っ!」

「薬……を」

「どうぞ」

「ごめんなさい、ありがとうございます」


 ベルファストは壁に手と漉しを預けたまま深く息を吸い込み、助手から受け取った薬を口の中に放り込んだ。


「ああ……なんでもないです。大丈夫」

「ベルファスト先生、治療する時はいつもよりずっと集中されてますよね」 

「特に変わらないと思いますよ、魔導師だって人間と同じように痛みを感じます。だから早く苦しみを取り除くのは医者の義務です」 

「彼女達に痛覚麻痺薬を投与するか、あるいは強化魔導師にしてしまえば良いのでは? 強化魔導師ならブーステッドスキルで傷は自動で治りますし」

「私達は彼女たちがどうしても痛みに耐えきれない時のみ、そうするように助言するべきですよ。痛覚麻痺も、強化魔導師手術も、普通の治療より遥かに面倒ですから。そうじゃなければ私達は存在しません」

「そういえば、ベルファスト先生はよく、リハビリ中の魔導師を慰めているようですね」

「それは彼女達が戦場に戻るためのサポートの一環ですし、それも私たちの義務の一つですから。そもそもの責任は」


 ベルファストが語り出すのを見ると、助手達はストップをかけた。


「あ、了解です。先生はその話題になると止まらなくなりますから」

「確かに。でもこれに関してはやっぱり理解できないこともあります。だって人間ではないじゃないですか? 人間がモンスター化した姿、それが魔導師でしょう」

「その通り」


 助手達の言葉に、ベルファストは悩む。


「うーん……」

「もう、この話はやめましょう。先生、そろそろ魔導師のフォローアップ調整の時間です」

「そうでした。じゃあ先に行ってます」


 ベルファストは話ながら防護服をロッカーにかけて、医療室を出ていった。

 嘘はどこにでも存在するものだ。

 生まれた時から全ての人に嘘をつきまとい、人間が構築した社会ネットワークにいる限り、総ての人は成長とともに嘘に触れていく。


 嘘は善悪を問わず。その全ては現実に対するもう一面の装飾だ。

 嘘を超えて、真実を見た瞬間に、心の琴線がささくれ立ち、ぷつんと切れてしまう。

 日常生活の中では痛くも痒くもない言葉だって、嘘の壁を超えて致命的な傷になるかもしれない。


「え、なんですって?」


 ベルファストの先達に当たる教授から衝撃的なニュースが引き起こした混乱で、ベルファストは自分はいつこのオフィスに呼び出され、いつから教授とこの話をし始めたのか忘れるほどだった。

 呆然としたベルファストは唾を飲み込み、ショックを抑えながら必死に言葉を整理した。


「教授、今話されたことは」

「そうだ。命の重さは、全ての人を救う世界医療部門であっても不平等なんだよ。その本質は、嘘にまみれた屠殺場だ」

「では、強化魔導師は……」

「強化手術が成功して輝かしい功績を残すのは、安全な強化手術があるように振る舞うためのプロパガンダだ。実際は各支部の研究者達が好き勝手に魔導師を攫い、改造し、己の欲を満たしている」 


 …………。


『そういえば。先生がよく強化手術中の魔導師を慰めるのを耳にしますが』


 ……黙って。

 強化手術の安全性と正当性……もしそれが嘘だったら、私がしてきたことは……。


「……」

「強化手術は、精密魔導機械や専門家の協力によって可能になる治療行為とはわけが違う。強化手術を行い、人間の中にモンスター細胞を埋め込むのは非常に危険で複雑な技術だ。未知の可能性を持つモンスター細胞が暴走する危険性もある。そして、それを人に埋め込む強化手術が何を意味すると思う?」

「…………」

「たった一度の手術で、様々なレアスキルと身体能力の上昇効果を手に入れられる。こうまでいとも簡単に高い効果を実現できるなら、人間はなぜ未だに強化魔導師を標準化させず、わざわざ違法な人体実験までして研究していているんだ?」


 その答えは一つだった。


「安全な強化手術など、最初から魔導師を騙し、人体実験の素体を融通させるために用意されたトリックだ」 


 黙って。

 もしかすると、私達の権限では上層部の真意を知り得ることができないだけかも。


「科学部門、生体部門、議会の上層部、彼らはきっと私達には公開していない手段があるはず、それが安全な強化手術を可能とする……そうじゃなきゃ……!」

「このデータを見るが良い」


 そこには魔導師の名前一覧が表示され、どんな実験を受けたかが詳細に記録され、死亡した結果があった。

 そこには戦死や行方不明になったとされる有名な魔導師達の名前もあった。


「そんな、嘘です、あり得ない。ここにある全員が」

「間違いない。全て人類強化の実験に使われ、死亡した。安全な強化手術などは存在しない」


 黙って。


『魔導師は人間と同じように痛みを感じる。だから早く苦しみを取り除くことは医者の義務てす』


 自分の言葉がフラッシュバックする。

 違う、これは事実ではない。


「教授、これはタチの悪い冗談と言ってください……でないと、私は」

「……」

「何故、これを私に話したんです? 私が魔導師達に公表するとは考えなかったんですか?」

「それができるというのか?」

「私は……」

「君にはできまい」


 黙って。


「彼女達に死にそうになっても安全な強化手術をすれば回復すると希望を持たせて戦場に行かせるのか、あるいは残酷な現実に直面させ、苦しみの中破滅させるのか。君がどちらを選択するかは、魔導師を助ける時の表情を見ればわかる」


 教授は目を細める。


「私が過去に行ってきた事と同じだ」


 頼む……黙ってくれ……こんな重い信頼に、私はどうやって答えれば良いんです……。


「身勝手すぎます」

「身勝手……そうかもしれないな。おそらく私も一人では耐えることのできない軟弱者で、話せる相手が欲しかったのかもしれない」

「……」

「血まみれの現実は個人の理由だけでは変わらない。あまりにも多くの要因があるため、世界医療部門は嘘に妥協するしかなかった」


 黙ってくれ。

 激しい動揺に両手を強く握りしめると、手のひらから滲み出た血の暖かさを感じた。

 疑いたい、問い詰めたい、過去を拭い去りたいという衝動が心に激ってくる。

 その衝動が出口を求めてゆっくりと手が上がった時、教授の悲しそうなやつれた顔が目に入った。


 かつて自分を世界最高峰とされる医療部門へ導いた教授が、これほどまでに老いてしまっている。

 上げた手は、自分の胸のあたりで止まり、そして落ちていった。


「……これは魔導師を欺き続けるための言い訳じゃない」

「君に真相を伝えたのは、強要するつもりではないんだ。別の答えを見つけりるように、祈っているよ」

「私は決して、貴方のように救助のふりをして地獄に魔導師を突き落とすような、嘘をつくことなんてしない」


 ベルファストは世界医療部門の認識票をテーブルに捨てて、この窒息しそうな部屋から逃げ出した。

 翌日、ベットから起きてテーブルの置いてある端末を確認すると上層部からメッセージが届いていた。


『異動命令:世界医療部門所属のベルファストは本日より世界医療部門の所属であった身分を隠して、S09地区の防衛学園に入学すること』


 ベルファストは寝不足で頭痛がする体を引きずりながら、承諾のサインを送り返した。

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