賽の河原
やまこし
賽の河原
何度も何度も、同じ夢を見る。
何回見たかなんてもう数えられない。具合が悪い時に見るというわけでもない。いつどのようなときに見る夢かはわからないが、とにかく何度も同じ夢を見る。
夢の中で、私は河原にいて、その足元には石が積み重ねられた山がいくつもある。山は三つくらいずつの石でできている。どれもいやにていねいだな、と思う。それを私はすこしずつ、一つずつ崩していく。たまに足で思いっきり蹴って、たまに一つずつ摘むようにして崩す。気づくと足元に広がっていた3段石の山は全て崩されている。それを見て私は悲しくなる。それがどうして悲しいのかはわからない。とにかく、とにかく悲しくなる。夢の外でこんなに悲しくなったことはないくらい、夢の中で悲しくなる。涙を流して、河原中に響き渡る声を出して泣き続ける。泣いていると、川上から小さな鬼が小船に乗ってやってきて、石をぶつけてくる。すごく怒りのこもった投げ方をしてくる。何に怒っているのかはわからない。その石は必ずおでこにクリーンヒットして、おでこから血が出る。血の生あたたかさはいつもリアルで、気持ち悪くて目が覚めてしまう。たいてい、枕が涙で濡れていることに気づく。
起きる時間は朝だったり、まだ暗い時間だったりとさまざまだ。
ただ、あの日は違った。
川上から鬼が流れてくるところまではいつもと同じだった。私は、鬼が石を投げてくることを知っていたから、咄嗟に足元の石を拾って大きく振りかぶった。涙は流れ続けて、喉からは泣き声があふれているけれど、鬼に反撃をしたいと思ったのだ。鬼と目が合う。鬼は驚いたような、困ったような顔をして、小船を私の近くに停めた。そしてゆっくりこちらへやってきた。
「その手をおろしなよ」
鬼が自分と同じ言葉を話すことに驚いて、私は一瞬動けなくなった。
「おろしなって、もうオレは、石を投げないから」
「あんた、一人称オレなんだね」
「最初に聞くことそれ?」
聞きたいことはいっぱいあったはずなのに、一人称が気になるなんてなんか夢っぽい、と一人で笑う。
「まあ、ほら、腕つかれるだろう」
鬼は腕をひっぱって下そうとしたが、なんだか鬼に触られるのが気持ち悪くて、とっさに体をひいて、そしてようやく腕を下ろした。
下ろした腕の先の手のひらは、もはや石を握っていなかった。
「今一番聞きたいことはなに?」
「……」
「いってごらん、意外とオレは話を聞くぞ」
「……どうして石を投げてくるの」
「それはオレが聞きたい。どうして石を崩すんだ?」
その日私は初めて、その夢の中で石を積んだ。
河原に座って、石を積んで、川の流れの音を聞きながら鬼と話した。
「気づくと私はここにいて、石を崩したい人になってるの」
「その石を積んだのは誰なんだ」
「わからないよ。気づいたらあるから」
「そうか」
「私の質問に答えてよ」
「なんだっけ?」
鬼は案外かわいらしい生き物だった。すぐとぼけるし、自分が本当はあんまり強くないことがつまびらかになるのをめちゃくちゃ恐れている。
「だから、どうして石を投げてくるの?」
「だからさ、どうして石を崩すの?」
「質問に質問で返さないでよ」
「面接官かよ」
「なんでそんなこと知ってんのよ」
「いいじゃねーか」
そう言いながら、鬼は私が作った石の山のうちのひとつを崩した。三つの平たい石が音を立てて崩れる。
「お前、賽の河原って知ってるか?」
「うん、死んだ子どもが石を積まされてて、鬼が崩しにきて……あ……」
ここは、賽の河原だったのか?
まだ生きているし、私は十分大人なのに……
「わかったみたいだな」
「あなた、崩しにきたはずの石が私に崩されてて、それで怒ってるの?」
「ああ、それに自分で崩したのに、まるで被害者みたいに泣き叫んでるんだよ。この気持ちをどうしたらいい?」
「でも私は子供じゃないし、死んでもいないし、」
「誰が決めたんだよ、そんなこと」
鬼は、いつも見るような怖い顔でこちらを睨んだ。
「みんなちゃんと、石を崩さずに家に帰れる。崩してもそれをそれとして置いておける」
「みんなって誰よ」
「ここにくる大人だ」
「知らない。だって石があるから崩したくなるし、崩れちゃったらすごく悲しいんだもん」
「賽の河原で、自分で石を崩して泣いてる子どもがおるか」
「責めないでよ」
「せめてなんかないだろ?」
気づいたら、鬼はいつもの怖い顔ではなく、眉毛の下がった困った顔になっていた。
「いいじゃないか、そういうことで泣いたりできる、その感性は持ち続けてほしいんだよ」
「感性……」
「悲しいよな、石が崩れたらよ……」
鬼もしゃがんで、石を拾い集めて積み始めた。その手つきはいつも石を投げてくる手と同じとは思えないほど美しく、しばらく見とれてしまった。
「昔は、オレも子どもに混ざって石を積んでたんだよ」
「えっ、そうなの?」
「いつからか、崩さなきゃいけないって気持ちになったんだ」
「うん」
「でもな、崩すたびに、子どものときのオレが心の中で泣くんだよ」
なんだ、鬼もいっしょだったのか。
「だからな、声をあげて泣いてるお前を見たら憎たらしくなっちゃって」
「泣いてもいいよ」
「なんだよ、うるせえなあ」
そういう鬼の声は少し湿っていた。
「もう一度聞く、なんでお前は石を崩しちゃうんだ、いつもいつも」
「……気に入らないから」
「石を崩してるのは、いつも、いつもお前自身なんだからな」
鬼は、持っていた石を強く握った。そしてこちらを睨んだ瞬間、反射的に体をこわばらせる。
また投げられる。
その瞬間、目が覚めた。
体に力が入っていたらしく肩のあたりが痛いし、もう冬だというのに汗をびっしょりとかいていた。
まだぼんやりとしている視線の先には、昨晩気に入らなくてやめてしまった未完成の絵がキャンバスに立てかけられている。
「石を崩しているのはいつも……」
無意識に手を見ると、心なしか土で汚れているようにも見える。洗い落とせなかった絵の具か、賽の河原で握っていた石についていた土か、今はそんなことはどうでもよかった。
賽の河原 やまこし @yamako_shi
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