第3章 プラムの森編 第5話 いざシトラスの湖へ!

朝の陽ざしが窓から差し込み、宿の部屋をやわらかく照らしていた。

 エルンが目を覚ますと、隣ではサラがまだ夢の中、バルボはすでに身支度を整えて机に座っていた。


「おはよ、エルン」

 バルボが小声で言った。


「……うん、おはよう。今日、いよいよなんだね」

 エルンは少しだけ胸を押さえた。


 そう。今日は、初めての“仕事”の日。そして初めて、シトラスの湖という場所に足を踏み入れる。


「どんな景色なんだろう……」

 サラも目をこすりながら起き上がった。


「湖なのに、いい匂いがするとか言ってたよね?」

「水の上で実をつける木があるって言ってた!」

「ほんとにそんなのがあるのかな……」


 3人は期待と少しの不安を胸に、支度を済ませて1階へ降りていった。


 食堂にはすでにおじさんが待っていた。

 プラムの村で出会い、今日の“仕事”を任せてくれる人物だ。


「おはよう。準備はできたかい?」

 おじさんが笑って迎える。


「はい! 行くのが楽しみで、昨日あまり眠れませんでした!」

 サラがはにかみながら言うと、おじさんは目を細めてうなずいた。


「初めての湖だもんな。無理もないさ」


 おじさんはテーブルの上に地図を広げながら、改めて説明を始めた。


「シトラスの湖は、この村から南へ、子どもの味ならおよそ一時間くらいだな。森を抜けると、ぽっかりと開けた水辺が現れる。

 水は透き通っていて、湖全体にほんのりと柑橘の香りが漂っているんだ。初めて訪れるなら、その匂いに驚くかもしれないね」


「やっぱり本当なんだ……!」

 エルンの目が輝いた。


「そして湖には、“水上果樹”と呼ばれる木が浮かんでいる。枝を伸ばして、湖面すれすれに実をつける。不思議な光景さ。今日はその実を収穫してもらうよ。」


 エルンがわくわくしたように身を乗り出した。


「うわあ……じゃあ、いろんなものを見つけられるかな。果樹だけじゃなくて、生き物とか、不思議な草とかも!」


 おじさんは小さく笑って、ふっと真面目な表情を加えた。


「うん、でも覚えておくといいことがある。この世界ではね、ひとつのエリアに現れる“もの”の数には限りがあるんだ」


「……限り?」


「そう。ひとつのエリアには、生き物は最大で5種類まで。採れる植物やアイテムも5種類までって決まっている。不思議な決まりごとだけど、昔からそうなんだよ」


「それって……」

 バルボが目を見開いた。「11個目の不思議だ!!」


「確かに! 新しい法則の発見かも!」

 エルンがあわててノートを取り出し、書き留めようとした、そのとき――


「それは違うよ」

 おじさんがやさしく笑った。


 サラが首をかしげる。


「どうしてそんなふうに決まってるんですか?」


「それはね――この世界の“生態系”を守るためだと言われてる。たくさんの種類が混ざりすぎると、食べるものと食べられるもののバランスが崩れてしまう。草ばっかり食べる虫が増えすぎたり、逆にその虫を食べる生き物がいなかったりすると、あっという間に自然が壊れてしまうからね」


エルンはペンを止め、少し照れたように頷いた。


「そっか……じゃあ、“覚えておくべきこと”として、ちゃんと書いておきます」


「うん、それでいい」

 おじさんは満足そうに言った。


「つまりね、例えばそこに棲む生き物が5種類いたら、6種類目は現れない。逆に何かが絶滅しかけても、必ず新しいものが現れて、また5つに戻る。不思議だろう?」


3人はうんうんと首を縦に振る。



「ひとつ、耳に入れておいてほしいことがあるんだ。大したことじゃないが」


 おじさんの声が少しだけ真剣になる。


3人は身を乗り出す。


「湖の中心にはね、“祭壇”があるんだよ」


「祭壇……?」

エルンがつぶやいた。


「そう。この湖の守り神が祀られている場所だと言われている。ずっと昔から、あの場所には近づいちゃいけないって教えられてきたんだ」


サラが目を丸くする。


「こわい場所なんですか?」


「いや、怖いというより――神聖な場所なんだ。だから、誰も手を出さないし、そもそも近づく手段もない。橋も船もなくてね、水深も深いし、泳いで行けるような距離でもない」


「じゃあ、見えるだけなんですね」


「そうそう。湖の端から遠くにその姿が見える。小さな円形の石造りで、古びた柱がいくつも立っている。風が吹くと、柱の間をすり抜けて音がするらしい。それが、守り神の“ささやき”だと村では言われているよ」


 エルンたちは息をのんだ。

 ただの湖だと思っていた場所に、そんな言い伝えがあるとは思ってもいなかった。


「今日の仕事はあくまで岸辺の果樹を収穫するだけ。湖の中心は遠くから見るだけで十分さ。くれぐれも、興味本位で近づこうとしないこと。いいね?」


「……はい」

 3人は揃ってうなずいた。


 その表情はどこか緊張と、少しだけ冒険の香りをまとっていた。

 まだ見ぬ湖。未知なる守り神の祭壇。


 朝の光を背に、3人は扉を開けて外へ出た。


 今日、彼らの世界はまたひとつ広がる――

 シトラスの湖へと続く道を、しっかりと踏みしめながら。

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