最終話 お手製ハンバーグ

 一週間が経ち、私はお店に戻ってきました。


「……何か学べることがあったようだねお嬢ちゃん」


「はい。店主さんのおかげでお母さんの愛情を知ることが出来ました」


「なら、やることは一つだね」


「――私、自分の家に戻ります」


 その時です。町一体にけたたましく鐘が鳴りました。店主と私は店を出て、外に顔を出すと何やら事件が起きているようです。どうしたのかと慌てている女性に訪ねてみると、


「――大変なんだよ! 収容されていた犯罪者たちが牢屋を抜け出して、人間の町に繰り出したみたいなんだ!」


「……どういうことですか?」


「……お嬢ちゃん。これは大変なことかもしれないよ」


 通りすがりの女性は私に詳しく事情を話してくれました。


 どうやら収容されていた狼たちは昔、人間に友達を殺されたそうなのです。それから人間に対して強い恨みを持つようになり、悩みを持つ人間――迷い人を悉く暗殺したそうです。それで罪に問われて暫く、軟禁されていたそうなのですが、狼の持つ強い力で牢がこじ開けられた――というのが事の顛末。


 つまるところ、


「お嬢ちゃんが住んでいる町の人間が殺されるかもしれないということだね」


 店主は苦々しい表情をしてそう言いました。私が住んでいる町――もしかしてお母さんが危ない!?


「お母さんが殺されるかもしれません! 私が行かないと!」


「――待ちな。お嬢ちゃんが行っても何も出来ないよ。人間の力では狼には手も足も出ないんだから」


「……じゃあ、私はどうすれば」


 焦燥感。せっかくお母さんの愛情を知ることが出来たのに、仲直りしたいのに、お母さんが死ぬかもしれません。


「大丈夫だよ。今こそ、族長の出番だ」


 店主が指差した向こうには、族長とその部下らしき狼が隊列を作っていた。


「お前ら! こんな真夜中だが仕事じゃ! 人間に迷惑を掛ける奴は懲らしめなきゃならんわい!」


「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」


 男達の力強い雄叫びは町一体に広がります。――私は見ていることしか出来ないのでしょうか。その時、族長が私の元に近寄って来ました。


「お嬢ちゃんの母親が心配じゃろ? 付いて来るかい?」


「もちろんです!」


 お母さんを守るために私は狼の皆さんと人間の町に戻りました。




 人間の町に戻って来ました。ここは私が意識を失った遊具の少ない公園です。私は男性の狼たちに守られるようして立っています。


「お前ら、犯罪者たちの匂いは覚えているな! この町にいることは確かだ、徹底的に探せ!」


 族長が大きな声で命令をすると部下たちは一斉に散ります。族長も私と一緒に探してくれるようです。


「お嬢ちゃんの家を教えてくれるかい? そこに犯罪者たちがいる可能性も少ないからのぅ」


「分かりました。案内します」


 族長と一緒に私の家に急いで向かいました。


 ――結論から述べると、家の玄関でお父さんがお母さんの体を涙ながらに抱きしめていました。


 お母さんの腹部に血が。つまるところ、お母さんは犯罪者たちの手によって暗殺されたのです。

 



 狼の住む町に戻って三日が経過します。私は絶望の淵に立たされています。お母さんの死――、そう、お母さんは死んだのです。


 死体を見た時、声にもならない叫びが出て私が私じゃないようでした。


 私は宿の部屋からほとんど出ない生活をしていました。心配したおばさんやアンナが扉越しに声を掛けてくれますが、反応する元気も余力もありません。


「……私はなんでっ!」


 『お母さんなんて最初からいなければ良かったんだ!』――それが家出した際にお母さんに放った言葉。あまりにも酷いです。違うって言いたい、お母さんと仲直りしたい。本当はお母さんが大好きだって言いたい。しかしそう思っても、肝心のお母さんはもういません。どうすることもできない虚しさが自然と瞳から涙を零します。


「……お嬢ちゃん。何か食べないと死んじゃうよ」


「店主さん……」


 ノックもせずに入って来たのは寿命を代償として願いを叶える商売をしている店主でした。心配してくれているのは分かりますが、私には相手をする余裕がありません。


「――お嬢ちゃん。聞いて欲しいことがあるんだ。返事はいらない、ただ聞いてくれるだけでいいんだ」


「……」


「私は幼い頃、人間に助けられたことがあるんだ。当時は若かった族長に連れられて人間の町に行った時には感動を覚えた程だ。私が住んでいる町と違った景色と楽しさが溢れていたんだ。そんな時、私は迷子になったんだ。知らない場所で迷子になるのはとても怖い。当時は子供だった事もあって、涙を流した程さ。そして私は不審者に誘拐され、拉致された。体は縄で縛られ、口元はガムテープで塞がれまともに息もできない。ああ、私は死ぬんだと思った。でも死ななかった。たまたま通りかかった大人の人間が助けてくれたんだよ。その時、私は人の温かみというのを知った。……だから、恩返しをしたいとずっと思っていた。今がその時なんだと思う。私の人生は、本当はあの時終わっていた筈。しかしたまたま運良く、今まで生きて来られただけ。子供も大きくなったし、私がしてあげられることはもうない。旦那だって病気で死んじゃった。だから、お嬢ちゃんにこの命を捧げようと思う」


「――!?」


「私は生物の寿命を代償にすることで願いを叶えることができる能力を持っている。前にも言ったと思うけど、大きな願い程多くの寿命が必要――死んだ人を生き返らせるにはその分の対価がいるんだ。つまり、全ての寿命を捧げなければいけない」


「……いけません! 店主さんが死ぬ必要はないんです!」


 店主は自らの寿命を捧げて、私をお母さんが生きている世界線に移動させようとしているのです。そんなの行けません、もうこれ以上、誰かが死ぬところは見たくない!


「……まだお母さんと仲直りできていないんだろう? なら、仲直りしないと」


「――待って!」


 私が静止する前に、店主は自分の寿命を代償にして能力を発動させます。


「『願いは目の前のお嬢ちゃんを母親が生きている世界線に飛ばすこと。代償は私の寿命を全部捧げる』」


「ダメです!」


 足元に魔法陣が浮かび上がります。そこから彼女の寿命が吸われていきます。


「――お母さんと仲直りしなよ、お嬢ちゃん」


 店主の人生は私に向けた朗らかな笑みで幕を閉じました。




 気が付くと、私が家出をして最初に向かった河川敷に座っていました。


「……もしかして夢、だった?」


 いえ、そんなことはありません。狼の住む町にいたのはたった数日ですが、鮮明な記憶が脳内に刻み込まれています。それに、私の手元には、


「店主さんのパイプたばこ……」


 右手には彼女が愛用している物が握られていました。忘れないように形見として肌身離さず大切に保管しようと思います。私はふっと微笑んで、家に向かいます。


「君、何をしているんだい。こんな時間に子供一人だと危ないだろ?」

「――!?」


 警官のお姉さんに背後から話し掛けられて私は体が跳ねました。ですが、心配ありません。


「大丈夫です、私ちゃんとお母さんと仲直りしますから!」

「ちょっと――」


 私は呼び掛ける声を無視して急いで家に向かいます。


「――お母さんと仲直りしなよ、お嬢ちゃん」


 どこからかそんな声が聞こえた気がしました。




「留理、ご飯よ。……もう、ゲームばっかりして」


「えへへ、ごめんなさいお母さん」


「……なんで怒られてるのに嬉し気なのよ」


 呆れたような表情を浮かべるお母さん。私はあれからお母さんと仲直りして、楽しい毎日を過ごしています。


「あなたもほら、ソファでダラダラしないでご飯食べるわよ」

「……つい、ね」


 お父さんは苦笑します。これまでの私なら今の発言に対し、怒りを覚えていたことでしょう。お父さんは家族のために働いて疲れているのになぜ優しい言葉を掛けないのか、と。しかし、今ではそんな誤解はありません。お母さんの言葉には想いがあります。愛情があります。直接的ではないですが、言外にそう感じます。


「今日は留理が大好きなお手製ハンバーグよ!」


「ありがとうお母さん!」


 食卓に座ると私の好物のハンバーグが並んでました。コンビニ弁当ではない、お母さんが作ったハンバーグ。お父さんも嬉しそうに瞳を輝かせています。


「じゃあ、いただきますするわよ。せーの」


「「「いただきます」」」


 家族で手を合わせた後、ハンバーグを一口。ああ、やっぱり私は、


「お母さん大好き!」


 私はこれからどんな事があってもお母さんを大好きで居続けることでしょう。

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狼の住む町 横浜大輔 @yokohama567

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