第18話 ニャコの意外な才能

 ――パシャリッパシャリッ


 先輩が一眼レフカメラというモノで連写してくるので、吾輩はキリリとした顔で出迎える。


 媚びず。

 懐かず。

 ただ寄り添う。


 つまり撫でられようと、ずっとカメラ目線でキリリとしていればいいのである。

 すると先輩のカメラが明らかに吾輩だけを狙ってパシャリし始めたきた。

 これはもしかすると吾輩から滲み出る悪役オーラが氷帝を凌駕したのではなかろうか。

 吾輩は勝ち誇りながら胸を張った。


「にゃん!」


「おい。別に撮られたいわけではないが、俺と雪見大福セットで写っている写真を撮るんじゃなかったのか?」


「そうだったわね。思わずいつものクセで」


「いつものクセ」


「ほらレオ君は写真写りいいし、ポーズとかも完璧に様になるからつまらな……ではなく、もう十分いい写真撮れているから」


「色々と言いたいことはあるけど、撮れたならば撮影は終了でいいんだな」


「まあ……そうね」


「にゃん?」


 もう撮影とやらは終わりらしい。

 自宅でニャコの難解な説明を聞きながらベストショットを撮ることになると半日は潰れるので、それと比べるとずいぶんあっさりと終わったモノである。

 やはり先輩はニャコとは違い仕事が早い。


「レオ君が被写体である以上、これ以上のモノは撮れないでしょうし」


「なにか棘のある言い方だな」


「正直、猫守さんを撮っている方が面白かったからね。そうだレオ君も見てみる。猫守さんの意外な才能を。今の若い子の実力というものを」


「猫守さんの意外な才能?」


「見たいなら窓際から離れてもらえる? 猫守さんちょっとこっち来て、雪見大福ちゃんを装着してみてくれる」


「えっ? はい。わかりました」


 ニャコがペタペタとやってきて、いつものように吾輩を頭に乗せた。

 先輩がちょっと引き気味でカメラを構える。

 ふむ……またアレをやるのか。

 吾輩も躍動せねばなるまい。


「それじゃあ音楽鳴らすからさっきみたいに踊って。最初は猫のポーズから」


「えーと、にゃんにゃんと」


 ニャコが両手を猫の手にしてポーズを決めると、先輩のスマホから軽快な音楽が聞こえてきた。

 それに合わせてニャコが笑顔でステップを踏むので吾輩も尻尾をふりふりさせる。

 先輩からパシャリ音は聞こえない。

 でもカメラのランプはついているので動画モードというものであろう。

 音楽の時間は15秒。

 ニャコが音楽に合わさて、吾輩の存在をアピールするように身体を横にしたり、くるりとその場で回るので、吾輩は最後の14秒まで落とされないように気をつける。

 大事なのはどの方向を向いても、必ずニャコも吾輩もカメラ目線を維持し続けること。

 そして最後の1秒でニャコが前かがみに身体を倒すので吾輩がカメラに向かってダイブする。


「にゃん!」


 もちろんそのままカメラにぶつかることはせずに避けて、先輩に抱き止められるがこれで撮影終了である。

 うむ今日も吾輩のダイブの躍動感は完璧である。

 あまりの完璧さに氷帝も少し呆けたようにニャコを見ていた。


「ほらさっき言ったでしょ。猫守さんとセットで撮影してみたって」


「……写真じゃなかったのか」


「今の時代はやっぱりショート動画なのよ! 色々なSNSにあげられるし、宣伝効果も高い! なにより可愛いし」


「そうかもしれないな。ショート動画の方が伸びやすいと聞くし」


「そうなのよ。試しにねこ猫ネッコワークで流行ったことのある『猫toダンス』のショート動画をいくつか猫守さんと雪見大福ちゃんにやってもらったら、どれも一発で完コピなのよ。当然のようにお猫様パートもよ。凄くない?」


「『猫toダンス』……そんなショート動画まで流行っていたのか」


「個人的にお猫様が勝手に動いてしまう失敗動画も大好物。でもお猫様がダンスに合わせて完璧に動いてくれる成功動画とか滅多に撮れないから珍しくてね。それなのに猫守さんと雪見大福ちゃんは何度撮っても勝確なの! 何気に猫守さんもダンスノーミスだし……ああ可愛い」


「穂香姉さん? 欲望がだだ漏れてないか?」


「はぁ……これだからレオ君はダメね。反応が薄い。時代に取り残されてる。猫守さんも雪見大福ちゃんもショート動画として完璧なのよ。コロコロ変化する表情、どれだけ動いてもカメラから視線を外すの一秒未満、目線を合わせるときいつも笑顔。振り付けも全力で可愛い。どこを切り取っても絵になる。最後の動画の終わりを告げる雪見大福ちゃんのダイブは最高だし、猫守さんの見切れる感じも神がかってる。これは一種の才能なのよ。これと比べたら済ました顔のレオ君の写真なんか糞よ」


「……糞」


「もちろん需要があることは認めるけど。だから撮るんだし。でも今どきの流行りとか考えると、宣伝効果があるのはダンシング猫守さんの方よね。悲しいことに表に出せないけど、変な人気が出ても困るし」


「……確かに可愛すぎて扱い困るな」


「にゃん?」


「ん?」


 ボソリと氷帝が言った言葉を吾輩は聞き逃さなかった。

 抱きしめられたままなので、同じ距離の先輩も聞き逃さなかった。

 よく見れば氷帝の頬がほんの少し赤くなっている気がする。

 吾輩は先輩と視線を合わせる。

 おそらく同じことを思ったのであろう。

 コクンと吾輩が頷くと、先輩も頷いた。

 そして邪悪な笑みを浮かべた。


「レオ君は最近のトレンドを勉強する必要があるわね。同じことをやれとは言わない。でも今日私が撮った動画を送っておくからちゃんと勉強しておくように」


「にゃん!」


 よくわからぬが吾輩も念押しした。

 これは猫婚の気配がする。


「いや……しかし」


「猫守さんもいいわよね。社長が『猫toダンス』の勉強したいからサンプルに動画をくれって言っているんだけど」


「氷室社長が『猫toダンス』に挑戦ですか!?」


 ニャコが謎の勘違いで瞳を輝かせた。

 見たいのか?

 ニャコのことだから見たいのかもしれない。


「俺がアレに挑戦!? それはさすがに……」


「そうですか……さすがに悪の組織の頭領イメージが崩れてしまいますからね」


「ああ……悪のイメージを守らなくてはな」


 しょんぼりするニャコとなぜか悪を受け入れた氷帝。

 そしてその光景にワクワクテカテカしている先輩。

 うむ……人間の機微というモノはわからぬが猫婚作戦は上手くいっている気がする。


 帰りの車では前日よりもニャコの緊張は薄れていた。

 吾輩が出社すれば、吾輩を安全に送り届ける名目でニャコは毎日のように社長の車で帰ることなる。

 全ては吾輩の目論見通りである。


 そんな成果を報告するために、吾輩はまた猫神殿を訪れることにした。

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猫婚〜吾輩は雪見大福である。飼い主はニャコである〜 めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri

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