第17話 雪見大福、写真撮影の薫陶を受ける
「レオ君。二度あることは三度あるという言葉を知っているかしら?」
「もちろん知っているが。……まさか雪見大福が明日も来ると?」
「来るでしょうね。現に二日連続で来ているわけだし。雪見大福ちゃんは電車に乗れるし、エレベーターを操作できるほど頭のいいお猫様よ。なにかしら使命を帯びて会社に来ていると思ったほうがいい」
「ゆ、雪見大福の使命!」
「にゃん。にゃにゃにゃ」
猫の王の勅令で吾輩は猫婚を成功させねばならぬのである!
そう言って胸を張ったが誰にも伝わらなかった。
吾輩を見ながらニャコがこてんと首を傾げたので、吾輩もこてんと首を傾げ返した。
やはり言語の壁は大きいのである。
「……本当にあるのか?」
「飼い主含めて可愛いから使命なんてなくてもいいわ。重要なのはこれから毎日来る可能性が高いってことよ」
「……これから毎日電車に乗って会社に来るのであれば、トラブルが起きたときのために鉄道会社には話を通しておいたほうがいいか」
「それならすでに通してある。うちの会長は鉄道関係には顔が利くし。ちゃんと月々の電車代を払う形にはなったけど」
「本当に……こういうことは仕事が早いな」
「ただ鉄道会社の許可は取っても、早めに雪見大福ちゃんの所属を内外に示しておかないと誘拐されてしまう危険性がある。バズっているし、毎日電車通勤する猫との共演とか変なYouTuberに狙われたり」
「それは困るな。それで会社の宣材写真として、使用することで守ろうと。でもどうして俺なんだ?」
「飼い主の猫守さんを矢面に立たせるわけにもいかないでしょ。一応さっき頭に雪見大福ちゃんを被った猫守さんの撮影もしたのよ」
「……撮影したのか」
「アレはアレで会社の宣伝になりそうだけど、余計に変な人気が出て雪見大福ちゃんとセットで誘拐されそうな可能性が否めなくて。やっぱり世間に売り飛ばすならば若きイケメン社長の猫を抱いた写真よね」
「……納得しづらいが承知した。それで猫守さんと雪見大福の安全が確保できるのならばな」
「あと雪見大福ちゃんを特別顧問とか適当な役職につけて社員証を作れば、トイレ代や電車代などは諸々経費で落とせる。経理部には生写真を渡すことになったけど」
「一度経理部の人事を見直すか……」
「だからキャットタワーも経費で買わない?」
「それは却下で」
吾輩とニャコが首どころか身体を傾けあっている間に、氷帝と先輩の話し合いが終わったようである。
せっかくの機会なのだからニャコも会話に参加せぬか!
どうしてニャコは吾輩と限界に挑戦しているのか。
「それで撮影だが今すぐか?」
「少々お待ちください。今、鈴宮さんに麦茶と葡萄ジュースとロック用の氷を用意してもらっていますので」
「……なんの準備だ」
「ちゃんとロックグラスとワイングラスも用意しているので安心してください」
「安心要素が一切ないんだが」
「最近のカメラは不自然なく背景を夜景に変えることができて便利ですよね」
「はぁ……昨日の今日だ。どういう写真が撮りたいのかはわかる。わかるが本当に……撮影するつもりか?」
「コンセプトは悪の組織の頭領。飼い主である猫守さんの意志を尊重しました」
「猫守さんの?」
氷帝の視線がニャコに注がれているが、ニャコの視線は吾輩に注がれている。
なぜか吾輩はニャコから写真の写り方についてレクチャーを受けていた。
「いい雪見大福。大事なのは気品だよ。雪見大福はいつも私の自慢の高貴なお猫様だけど、今日の対戦相手はあの氷室社長だからね」
「にゃう?」
吾輩と氷帝が戦うのか?
ニャコがなにを言っているのかよくわからぬ。
「確かに氷室社長から放たれる高貴な悪役オーラは凄いモノがある」
「にゃん」
「……悪役オーラ」
「高貴ですから褒められてますよ」
「……褒められているのか」
「その飼い猫風の写真を撮るんだから、雪見大福は媚びちゃダメ。絶対ダメ。とにかく飼い主の私以外の媚びちゃダメなの」
「……にゃぅ」
こうなったニャコはめんどくさいのである。
必死さが伝わってきたので一応聞くが。
「高貴な感じで氷室社長の横に佇んで。あまり懐いてはいない感じを出して。でも嫌っているわけではなく側に寄り添っている感じが欲しいの。雪見大福ならわかるよね!」
「にゃ……にゃう」
わからぬ……わからぬが。
できる限り頑張ろう。
「猫守さんの猫に対する要求の難易度が高すぎないか?」
「飼い主として他の人に懐いている姿は見たくない。でも自分の好み全開の写真を見てみたい。そんな複雑な葛藤が漏れ出してますね」
媚びず。
懐かず。
ただ寄り添う。
つまり……いつも通りの吾輩でいいのだな!
「雪見大福ならば理想的な悪の組織の飼い猫になれるよ! えいえいおー」
「にゃにゃにゃう」
「まさか伝わったのか!?」
「……あの猫守さんの難解な説明を理解するとは……雪見大福ちゃん恐ろしい子。電車やエレベーターに乗るよりも驚愕かも」
そんなふうにニャコと打ち合わせしていると、社長室の扉が開いた。
後輩だ。
手にはお盆を持っており、そのうえにはガラスのグラスと氷の入った入れ物。
あと麦茶と葡萄ジュースが置かれている。
「お待たせしました。お飲み物はこちらのノンアルコールドリンクですよね?」
「ええ。写真映えするように赤みと透明感のあるブドウジュースを見つけ出してくれたのね」
「果汁百パーセントだと理想の透明感じゃなくて結局混ぜものに。その配合バランスに苦労しました」
「完璧な色合いよ。素晴らしい仕事だわ」
「……猫が絡まなければ普通に有能なんだけどな。全員」
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