第16話 雪見大福、入社する

「……で、また来たのか雪見大福」


「にゃん」


「き、昨日の今日で申し訳ございません氷室社長! 朝ちゃんと家の戸締りは確認したんです。窓もちゃんと鍵がかかっているのを確認して」


「にゃ」


 吾輩は前足で素振りした。

 窓の鍵くらい猫パンチで開けることは可能なのである。


「いや猫守さんのことは疑っていない。朝出社したときは一人だったし、ケージも持っていなかった。雪見大福が来たのも午後からだからな」


「にゃん!」


「……また電車に乗ってきたのか。だとするとまた動画が――」


「――はい社長。ねこ猫ネッコワークは現在二日続けて登場した電車猫の動画で盛り上がっています。大変可愛いです。今日は白い大福モードでずっと丸まっていて、電車のシートとセットでお供え物感が高かったです」


「……三毛野さん。今は一応業務中なのであまり堂々と動画視聴をしないでくれるかな」


「これも業務の一環ですね。先日は確認を怠ったばかりにお猫様のご来客の準備ができていませんでした。本日はちゃんとお猫様来客マニュアルとゲストキャットカードを作成してお待ちすることができました」


「とてもわかりやすいマニュアルでした。……かなりページ数が多かったですけれど、大半が品種名が書かれた猫イラストで性格傾向とかもしっかり記載してあって。五十ページのうち九割が猫図鑑というか」


「力作です」


「……そうか」


 氷帝が眉間にしわを寄せながら額をトントンしている。

 トントンがかなり速いテンポだ。

 おそらく考え込んでいるのではなく、なにかを我慢しているか受け入れがたい現実を飲み込もうと努力しているのだろう。

 苦労人である。


「それで三毛野さんは社長室になにを設置しているのかな?」


「猫用のトイレですね。あと水飲み場もあります」


「……そうか」


「社長。キャットタワーは設置していいでしょうか?」


「…………猫用トイレは無許可だったのにキャットタワーは許可を取ろうとするんだな」


「トイレは必需品ですので。しかしキャットタワーは可愛いです」


「………………その理由で許可を求められたら却下するしかないな」


「どうしてもダメでしょうか?」


「ダメだ。猫を預かるのならば確かにトイレは必要だと思うが、キャットタワーはさすがに許可できない。設置したければ社長になってみてくれ」


「そうですか。考えてみます」


 先輩が額をトントンした。

 本当に考えているのであろうか。

 表情からはなにもうかがえないが。

 ニャコは氷帝と先輩の息の合っているのか合ってないのかよくわからない掛け合いを横で聞きながら、お風呂上りの体重計に乗るときの顔をしている。

 聞き入っているのか聞きたくないのかよくわからない顔だ。

 けれど真剣ではあると思う。

 果たして氷帝と先輩は付き合っているのだろうか?


「それよりも社長。雪見大福ちゃんを抱いている写真を撮りますので雪見大福ちゃんを抱えてもらっていいですか?」


「なぜそんな写真を?」


「会社のホームページの載せる宣材写真にするためです。イメージアップですね。雪見大福ちゃんはバズっていますし、話題性も出るかと。広報の許可はすでに取っています」


「待ちなさい。雪見大福は猫守さんの飼い猫だ。勝手なことはできない」


「猫守さんの許可はすでに取ってます」


「は、はい」


 ニャコがそう答えると氷帝が顔をしかめた。

 そして先輩を睨みながらニャコに問いかける。

 顔を怖いがその声は気遣いがにじんでいる。


「猫守さん。三毛野さんが強引に話を進めているみたいだが聞かなかったことにしてくれていい。このようにバズっているからと、会社の宣伝に猫を利用するようなことは許されるべきではない」


「い、いえ……その色々と必要だと思いますから。雪見大福を守るためですし」


「雪見大福を守る?」


「にゃん?」


 ニャコの言葉に氷帝が首を傾げた。

 吾輩も首を傾げた。

 先輩はため息をついた。


「社長。いえ……レオ君は本当に私が会社の利益ごときのためにお猫様を利用すると思ったの?」


「……会社の利益ごとき」


「全てはお猫様の安全のためよ。そのためにレオ君を世間に売るの。白猫を抱いたイケメン社長として売り飛ばすの。優先順位をはき違えないで」


「…………そうですよね。猫と一緒にいる時間を確保するために社長業を俺に押し付けたあの三毛野穂香姉さんが、会社のために雪見大福を利用するはずなかったですね」


 先輩の覇気は圧倒的だった。

 動物社会は縦社会。

 その覇気は氷帝を完全に上回っている。

 先輩こそがこの群れのボスに違いない。

 一方、覇気を感知できないニャコは二人の会話に凄くアワアワしていた。


「れ、レオ君に穂香姉さん。えーとお二人のご関係は?」


「なんだ知らなかったのか。三毛野さんは俺の従姉だよ」


「うちは親族経営でね。親会社の社長はレオ君の父親だし。レオ君が若くしてこの会社の社長に就いたのもそのおかげね」


「さらりと嘘を混ぜないでくれるかな? 元々この会社は穂香姉さんに任されるは話だったのに流れたから、本社で現場経験を積むはずだった俺に話が来たんだよね。親が決めた婚約者が猫アレルギーだったから婚約破棄して」


「そうだったかしら?」


「そ、そうだったのですか。え、えーと三毛野先輩様?」


「ダメ。猫守さんは三毛野先輩か穂香お姉ちゃんの二択」


「……まさかのにたく」


 ニャコが圧倒されている。

 うむ……これは仕方がない。

 先輩には逆らえぬなにかがあると思っていた。

 吾輩の直観は正しかったようである。

 呆然としているるニャコを放置して、氷帝が話を戻した。


「それで雪見大福を守るとは?」

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