第15話 ニャコの迷子物語

 人間のオスは異性を送り迎えすると送り狼という怪物に変貌するらしい。

 妖怪七変化というやつだ。

 氷帝にその資質があるように思えない。

 だから吾輩とニャコで狼と戦うことはならないだろう。


 しかし異性の送り迎えや別れ際というのは様々なイベントが起こるものである。

 テレビのドラマとやらでは定番なので人間社会ではよく起こるのだろう。

 人間は送り迎えと別れ際になにかしたくなる生き物なのだ。


 そうでなくても車という窮屈な密室内で吾輩もいるが二人きりの環境だ。

 会話も弾むだろうし、吾輩の猫婚計画は早くも完了したのではないか。

 これでちゅーとろも食べ放題なのである!


 吾輩にもそんな甘い幻想を抱いていたときがあった。


「…………」


「…………」


「…………」


 無言。

 車内は圧倒的な沈黙に包まれていた。

 氷帝は悪くない。

 ニャコが血の気の引いた真っ白な顔でガチガチに緊張しまくっているせいである。

 会社の地下駐車場辺りから右手と右足が一緒に出ていた。

 頭に乗っている吾輩としては頭が上下せず乗りやすかった。

 しかし普段のニャコはピョンピョン飛び跳ねるように歩くから、吾輩はしがみつくスタイルを確立したのである。

 違和感がハンパない。


 気になる異性と二人きりなのにニャコの反応はおかしくないか?

 緊張するにしても少し顔を赤らめて恥ずかしそうにするなどあるだろうに。

 ずっとなにかを警戒しているようだ。

 氷帝から車に乗っていいと言われても「ぴゃい!」と噛むし、なぜか氷帝の横の前の席に吾輩だけを座らせてシートベルトかけようとする。

 一体ニャコはどこに座るつもりなのだ。

 無事に吾輩をお腹に抱いて出発しても警戒心むき出しで黙り込んでしまっている始末である


 仕方がない。

 飼い主の緊張を解くのも飼い猫の務めである。

 まったく情けないニャコめ。

 きっかけを作ってやるのだ。

 吾輩はニャコが大福モードなどと呼んでいる丸まった体勢から顔をあげて、ニャコのお腹に寄りかかりほおずりする。


「どうしたの雪見大福?」


「みにゃ〜おん」


「お腹空いちゃったんだね。今はすぐに食べ物は芋けんぴしかないけど食べる?」


「みゃん?」


『芋けんぴ……この状況で芋けんぴ』


 カリカリ系である。

 たまにはカリカリ系もいいのであるが、せっかくニャコと氷帝が二人きりで話す機会を設けているのだ。

 吾輩がカリカリさせていいのか。

 食べるべきか場の空気を優先すべきか。

 悩みどころである。


「……みゃ」


「雪見大福は芋けんぴの気分じゃないか。前に食べたときは端から少しずつカリカリさせて可愛かったのに」


 吾輩はコテンと丸くなることにした。

 さすがのここで芋けんぴを食べる選択はしなかった。

 カリカリはいいモノではあるのだが時と場合を選ぶのである。

 ニャコは緊張がほぐれたのか微笑みながら吾輩の背を撫でている。


「猫守さんは猫が好きなんだね」


「は、はい。物心つく前かららしいです。野良猫を追いかけて迷子になったこともあるみたいですし」


「迷子?」


「四歳ぐらいだったのであまり覚えてないんですけどね。見つかった時ずっと『ねこねこ』言っていたららしいから、猫を追いかけて迷子になったんだろうって」


「迷子……大丈夫だったの?」


「はい、もちろん」


「だよね。今元気でいるんだから当然か」


 ニャコの警戒が解けたのがわかったのだろう。

 氷帝から声かけがあった。

 うむ、ニャコとは違って氷帝はできる人間なのである。


「ただ不思議なことがあったんですよね」


「不思議なこと?」


「保護してくれたのが家から場所から遠く離れたお団子屋さんだったらしいんです。子供の足で歩くのは難しい距離の。そのお店の人から連絡を受けた警察の人に保護されたって。私はお店の人からもらった大福が美味しかった記憶はあるんですけど詳細は覚えていなくて」


「大福?」


「はい大福です! 好物なんです。ただ場所が場所だけに当時は誘拐も疑われて結構大変だったとか。結局、事件性はなかったらしいとは聞いていますけど、どう移動したのかがわからなくて」


「それは不思議だね。雪見大福みたいに一人で電車に乗ったとか」


「かもしれません。ただ保護されたときに『ねこ』『大福』『神殿』『王子様』『お姫様』って連呼していたらしいです。その中に『電車』や電車を匂わせる言葉はなかったらしいですけど」


「ふむ」


 氷帝がなにかを思い出すように人差し指で額をトントンさせた。

 信号が『赤』から『青』に変わったので思考は中断されたようだが。


「事件性はないにしても『神殿』『王子様』『お姫様』はなんだろうね」


「神殿はわからないですけれど王子様とお姫様は覚えています。お団子屋でできた友達です」


「覚えているんだ」


「名前とかはわからないですけどね。お団子屋で一緒に大福を食べていた記憶があるんです。お姫様は同い年くらい。王子様は少し年上で。二人とも綺麗な金髪だったんです。すっごく高貴な感じの。たぶん外国人観光客だと思うんですけど」


「団子屋に金髪。それに迷子の少女か。……猫守さんはトラジロウって名前に聞き覚えある?」


「トラジロウですか?」


「うん。あとどこか尊大な真っ白の女の子とか」


「トラジロウはアニメのキャラクター……ではないですよね。真っ白の女の子はあるようなないような。ただ白色は好きです」


「……ふむ。さすがにないか。と、もうそろそろかな。面白い話を聞かせてくれてありがとうね猫守さん」


「い、いえ。つまらない話を聞かせてしまい申し訳ありません」


「いや本当に興味深く面白かったよ」


 氷帝の運転する車が徐々にスピードを落として道路脇で止まった。

 ニャコの家があるプリンセスマンションから少し離れた場所だ。


「まだ距離があるけどすまないがここまでだ。プリンセスマンションはレディースマンションだったはずだ」


「はい」


「あそこは芸能人も住むことがあって色々と厳しい。親族であっても、住人が男性の車に送り迎えされているところを見られると、管理人から注意がいくほどにな。だからこれ以上、車を寄せない方がいい」


「そうなのですね。お気遣いありがとうございます氷室社長」


「それじゃあまた明日猫守さん」


 ニャコと吾輩を降ろして、氷帝の車は走り去っていく。

 そのまま何事もなく送り迎えイベントは終了してしまった。

 ただニャコが想い出話を披露しただけである。

 このままでは猫婚は成立しないではないか。


「それじゃあ帰ろうか雪見大福」


「……にゃん」


 吾輩は意気消沈しながらいつものようにニャコの頭の上に覆いかぶさり帰路に就く。

 その間、ニャコは珍しく頭を捻っていた。


「うーん尊大な真っ白い女の子……そういえば迷子になっているとき、そんなお姉さんに肩車してもらった記憶があったような。どうして氷室社長が知っているんだろう」


「にゃん?」


「まあ……考えてもわからないよね」


「にゃん」


「それにしても氷室社長は送迎に慣れていたよね。やっぱり三毛野先輩と付き合っているのかな? あの二人は親密そうだし。うぅ~車に乗せてもらったけど本当によかったの?」


「んにゃ!?」


『氷帝と先輩が恋人!? どういうことなのである!』


 まさかニャコからそんな話が出てくるとは。

 色恋沙汰への興味が薄かったわけではないようだ。

 先輩との関係性の板挟みにアワアワしていただけだったのかもしれない。


「でも私が氷室社長に送ってもらうのは三毛野先輩の発案らしいし。今は付き合ってなくて元カノとか?」


「んにゃ?」


「プリンセスマンションは三毛野先輩から割安で紹介してもらった物件だし、氷室社長が送り迎えに慣れているのはやっぱりそういうことだと思うし」


「……みゃん」


「はぁ……今日は色々とありすぎたし、ゆっくりとお風呂に入りたい。雪見大福も一緒だからね」


「んにゃ!?」


 風呂というのはあの水責めか。

 なぜあのような拷問を受けねばならぬのだ。


「勝手にお外に出たんだから逃げちゃダメだよ! あとでちゅーとろあげるから大人しくしてなさい」


「んにゃ~」


 どうやら避けられないらしい。

 外出すると色々と大変なのである。

 しかし、猫婚は猫の王の勅令である。

 どうしたものか。


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カクヨムコン10

100%趣味で書かれた猫視点の猫小説です。

ブックマークやレビュー、応援コメントをよろしくお願いいたします。


実は猫らしいグダグダした寄り道も意味があったのですよ!(作者も知らない設定と過去があったようです。ノリで書いているので行間読んで、埋めたらこうなりました)


ちなみにネタバレ。

氷室社長の初恋は人間形態の雪見大福です。

当然、実ることはありませんし、猫の人間形態が見れるのは子供の時だけ。

氷室社長のケモナー疑惑や猫耳を生やした女の子に過剰に反応してしまうくだりは、どうでもいいので本編でも軽く触れる程度で流されます。

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