第14話 雪見大福の帰宅方法の問題

「すぐに終わるからソファーに座って待っていてくれ」


「は、はい!」


 寝ている間に定時とやらになった。

 恐る恐る社長室を訪れたニャコは氷帝から「待て」を指示されて、借りてきた猫のように大人しく応接スペースの黒革張りソファーに沈み込んでいる。


 猫が革で爪を研ぐことを人間は嫌がる。

 だから面倒ごとが嫌いな吾輩はあのような革製品には近づかない。

 故にソファーに座っているニャコにも近づかない。

 先ほどからちらちらと吾輩を見ている無視である。

 氷帝の仕事とやらもあと少しで終わる気配がするので眠たふりをして待っていた。


 そもそも吾輩の目的は猫婚である。

 ニャコは氷帝ともっと話さねばならぬのだ。

 いつまでも猫まっしぐらではいかんのである。

 吾輩を除けば部屋で二人きりなのだからなにか話さぬか。


「…………」


「…………」


「…………」


 ニャコには無理なのである。

 吾輩がまったりと諦めていると氷帝の手が止まった。


「あとは家でも問題ないな。待たせてすまなかった猫守さん」


「い、いえいえ! 私こそ雪見大福を半日預かっていただきありがとうございます。いい子にしていましたでしょうか」


「雪見大福は大人しくしていたよ。ずっと机の上で丸くなって眠っていて。雪見大福の名前の意味がよくわかった」


「ですよね! 毛もフワフワで。家では白くて丸いサラダボウルの中で眠ったりしているんですよ! まるで容器に入っているかのように」


 ニャコは吾輩のことならば饒舌に話すみたいである。

 ある意味狙い通り。

 そのために今日はニャコの会社まで来たのだ。


「……」


「……」


 しかしそこから他の話題に広がらなければあまり意味がないような気がする。

 吾輩は寝た振りをやめて、ピコンと耳を立てた。


「にゃん」


「雪見大福! 起きたんだ!」


「起きたみたいだね。それで確認するけど、猫守さんは今日はどうやって帰るつもりなのかな?」


「……ん? 電車ですけど」


「んにゃ?」


 ニャコはこてんと首を傾げている。

 同じように吾輩もこてんと首を傾げる。

 犬ではあるまいし、さすがに徒歩では厳しい距離だ。

 行きと同じように電車に乗るしかあるまい。


「雪見大福を連れてかい」


「あっ!? で、でも行きは一人でも大人しくしていたみたいだし、大丈夫だよね雪見大福!」


「にゃん!」


「雪見大福もこう言っているし大丈夫です!」


 ニャコの答えに氷帝が頭を右手で押さえた。

 そして人差し指で額をトントンとする。

 今日何度か見た仕草である。

 おそらく考えをまとめるときのクセなのだろう。


「やっぱりか。猫守さんは猫を連れての電車に乗るときのマナーを知っているか?」


「ね、猫を連れて電車を乗るときのマナー」


「ペット用の切符が必要なことは?」


「……知りません。ってことは雪見大福は無賃乗車を!?」


「んにゃ!?」


 吾輩は一歳児未満だから無料ではないのか!

 人間は五歳まで無料のはずである。

 なんたる猫差別。

 やはり鉄道会社は猫に優しくない。


「正確には大型の手回り品を車両に持ち込むときに買う切符だ。料金はあくまで人間の乗客に発生する。猫に運賃を要求しているわけではない」


「そうなのですね。よかったぁ〜」


「うにゃ〜」


 吾輩は無賃乗車したわけではないらしい。

 鉄道警察とやらに指名手配はされないようだ。


「ただ猫や犬を伴って電車に乗る場合は、ちゃんと専用のケージに入れておかなければいけない決まりがある。そのまま手に抱いて電車に乗ることはできないし、放し飼いなど以ての外だ」


「……ケージが必要。それでじゃあどうやって帰れば……あっ! 頭の上に載せておくのはダメでしょうか? 安定してますし、雪見大福も慣れていますよ!」


「なぜ許されると思ったんだ……当然ダメだろう。あと猫守さんがふらついて危なかっしいし、首関節的な意味でもダメだ」


「くっ、私の首関節がもっと強ければ」


「……そういう問題ではないんだがな」


 吾輩ならば勝手に帰るが?

 そう思って氷帝の顔を上目遣いで見る。


「んにゃ〜」


「……雪見大福がなにを言っているのかわからないが却下だ。今は帰宅ラッシュの時間帯で混み合っている中で、猫が紛れていればパニックになりかねない」


「そうだよ。一人で帰ろうとしちゃダメ。私と一緒に帰ろうね」


「トラブル回避のためにそうした方がいいだろうな」


「トラブルですか?」


「雪見大福の動画は今も拡散され続けている。ねこ猫ネッコワークを飛び越えて一般のSNSにもな。テレビ局が探している噂もある」


「雪見大福がテレビデビュー!?」


「にゃ!?」


 なぜ吾輩があんな板の中に入りこまなければならぬのだ!


「あまり考えたくはないが誘拐の危険性がある。雪見大福を利用し、金儲けの道具にするためのな。誘拐して勝手に飼い主を名乗り、テレビに売り込むとか」


「誘拐!?」


「世の中には犬や猫を道具にしか思わない人もいるんだよ。異性に近づくためのファッションとしてペットを購入して、目的が果たせないと虐待したり、餓死させたりとか」


「……そんなことが」


 ニャコが絶句する。

 氷帝の言葉が妙に実感を伴っていたからだろう。

 余計なことを言い過ぎたと氷帝が首を振った。


「猫守さんからすると考えたこともない発想だろうな。……そういう人もいるということだ。社員を安全に帰宅させるのも社長の務めだ。雪見大福を返すのはいいが、このまま猫守さんに帰宅の許可を出すことはできない」


「は、はい。承知しました。それでは……えーと……どうしましょうか?」


「今日のところは私が車で自宅まで送ろう」


「えっ!?」


「もちろん嫌でなければだが。家の場所を知られたくないならば最寄り駅で降ろそう」


「そ、そういう問題ではなくて恐れ多いといいますか」


「ではケージに入れずともペット可能なタクシーを探して手配しようか。今の時間帯ではすぐに来てくれるかわからないが。あと今回は不測の事態ということで私からタクシー代を出そう」


「そこまでしてもらうわけにはいきません!」


「しかしそうでもしなければ猫守さんを安全に帰宅させることはできない」


「……うっ」


 ニャコが悩んでいる。

 しかし嫌がっているわけではない。

 どうせ遠慮と人見知りを発動させているだけであろう。

 飼い猫として背中を押してやるのである。

 吾輩は机の上をスタスタ歩き氷帝の前に移動する。

 そして氷帝にペコリと頭を下げた。


「にゃぁ〜お」


「雪見大福!?」


「本当に頭のいい猫だな。猫守さん、雪見大福は車に乗せろと言っているぞ。君はどうする? 最寄り駅を教えてもらえば、私が雪見大福を運んで駅で待つことも可能だが」


「うっ……それならば私も社長の車にお世話になります」


 ニャコが折れた。

 氷帝の口元にはわずかに笑みが浮かんでいる。

 嫌な感じはしないし、下心もなさそうだ。

 つまり本当に送るだけの善意と、送られることを拒もうとしたニャコへの好意?

 人間とはなかなか複雑な感情を抱くモノなのである。


「ちなみにどの辺りに住んでいるのか聞いてもいいか?」


「はい。都内のプリンセスマンションと言うところです」


「……あそこか?」


「知っているのですか!?」


「まあ……ちょっとな。あの辺りならば道もよく知っているから無事に猫守さんと雪見大福を届けられそうだ」


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カクヨムコン10

100%趣味で書かれた猫視点の猫小説です。

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今度こそ恋愛ものっぽいはず!

当初の猫婚プロットのオフィスラブな始まりな流れにたどり着きました(4万字を超えてから?)

 

 

 

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