海と私
黒川衛次
海と私
夜空は星一つなくただ黒かった。無限とも思える大自然の天幕は、この街を私ごと押し潰すように広がっている。私はただただ、その無情で雄大な空に気圧されるのみであった。
そんな夜空と同化するように、暗然たる海は穏やかな波音を立てながら呼吸をしている。空と海の境目は見えず、私にはそれらが一体化しているかのように思えた。
ふと振り返れば、街灯の光が目に入る。恐らくその周りでは沢山の羽虫が舞っているのだろう。今は眩い光も虫も見たくなかったので、この真っ黒な海を眺めることにした。
陽が出かかった頃に堪能する海は透き通っていて綺麗だが、今日のような空が沈黙している時に見る海はとても不気味だ。どうしようもない孤独を感じる私を包み込んで安心感を与えてくれるが、同時にそのまま陸から引き剥がし、海底へと連れ込んでくるのではないかという不安も感じさせる。海は明るい時も暗い時も、いつも静かな殺意を持って私を攫おうとしている。
だとしても、病気や事故で死ぬくらいなら、海と一緒に息絶えた方が幸せではないかとも思う。永遠に孤独を感じることなく、海と一緒になれる、そんな思いが頭の中を通り過ぎている。
しばらくは磯の香りを無意識に嗅ぎながら、目の前の大洋をぼっーと眺めていた。いや、感じていた。
よく思うことだが、私の抱える悩みなど、この大海原の広さに比べれば砂粒のように小さいのだろう。
親が亡くなったとか、難病に罹ったり、と言う大きな悩みではないが、私は果てない孤独感を抱えている。私には友達も彼氏もいるが、どこか満たされない感覚がある。おそらく、四六時中彼氏に抱きついていたとしても 、この感覚は消えないだろう。
いつも、私はそんな時に海を見に来ている。海の前にいる時だけ、波の音と共に私の孤独感は満たされる。いっそのこと、海が私を飲み込む前に、先に飲み込まれてやろうかとも思う。
今日はどうだろうか、飛び込めるだろうか。また私は踏み込めないまま、同じ明日を迎えるのだろうか。
海は微笑みもせず、ただ陰鬱とした表情を浮かべこちらを見ている。「早く来い」と誘ってきそうだ。
だが結局、海は変わらず沈黙していた。私は長い間迷った後、「また来ますよ」と一言残し、家へと急いだ。
海と私 黒川衛次 @kuroro087
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