3.大団円(タブン)
祠の損壊部分からもくもくと湧いて出た黒い雲から降る雨は止みつつあるようだ。浅田がほっとしながら「わしも友達に入れてくれませんか」と頼んでみると、龍はあっさりと「いいだろう」と言った。
「友達が二人もできた!」
龍の震え声は、今ではしっかりした声に変わっている。やはり
「いいぞ。災害起こすのも疲れるしな。そもそも、お参りに来てくれる人間が増えないとボクの力は……」
「そっか、お疲れなんだね、
「ま……まっさ? いや、それよりちょっと背中がかゆくて……もう一度なでてくれないか」
「お、俺のゴッドハンド気に入っちゃった? そりゃもう、なでさせていただきますよ」
軽い調子で冗談混じりに男は右手を龍の背中へと差し出した。スポークを持ったまま。
「……おまえ、そのスポーク……」
「これ、使っちゃおっと」
「お、おい、やめろ! 玉依姫様を傷付け……」
「あーそこそこ、いい感じー。おまえうまいな!」
男は右手のスポークの尖った先端部分を龍の背中に当てて少しずつ動かしている。力をきちんと加減していて、うまく龍のかゆい部分に届いているようだ。
「だろー? これ、俺の指みたいなもんだしー」
「あはは、そうか。いやぁ、祠壊してくれてよかった。新しいの作ってもらえるみたいだし、友達もできたしな」
ご機嫌になった龍を見て胸を撫で下ろすと、浅田は考えた。いかに安く祠製作を依頼するかということを。まず、ここは市の土地だから市に申請して、担当課の職員にどの工務店に担当させるかを確認したうえで相談……いや、市を通すと引退済みのあいつをねじ込むことができないな、でも市に黙ったまま作り替えはできない……くっ、あいつを使うのは諦めるか……などなど。
「おまえ、名前は?」
「あ、まだ言ってなかったっけ? 佐藤
「佑、いい名だな。……また会いに来てくれるか?」
「ああ。しばらく隣の市でビジネスホテル暮らしすることになるから。でも玉依姫ちゃんはどこに住むんだ?」
「ああっ!! ボ、ボクの住むところっ……! ど、どうしよう……」
「何ならさぁ、俺と一緒にビジネスホテル暮らししちゃう?」
「ままま、待て待て、うちに空き部屋があるからそこにすればいい。さすがにホテルは……」
「ええー……佑と一緒がいい……」
「そ、そんなにこいつのことを気に入ったのですか? うう……、なら仕方ない、おまえも来るといい」
目の前でトントン拍子に何もかもが決定していく状況をあやうくスルーしてしまうところだったと、浅田は大きく息をつく。すると佑は「おー、いいのか、じいさん! じゃ頼むよ!」などと、相変わらず軽い口調で明るく言ってのけた。
「おまえ……、殺し屋とか言っていたが、警察の厄介にはならないだろうな?」
「そんなのなんねえよ。むしろ警察から連絡が来て殺しにいくことが多いくらいだしな」
「警察から!?」
「ああ、熊が出るとな。大きいのほど俺のやり方が功を奏するんだ」
「く、熊の、殺し屋……? 人間ではなく、か?」
「俺がいつ人間殺すって言ったよ? ったく、勘違いにもほどがある」
いや、勘違いって、普通殺し屋といえば対象は人間だろう、わしのうずいた中二病心を返せと浅田は言いたかったが、龍のうれしそうな表情を見て言葉を引っ込めた。
「……では、その……、玉依姫様、まずは黒い雲をしまっていただいて……」
「雲? しまえないが?」
「あっ、え、そ、そうなんですか……。ああ、『アサダの絶対当たるゾ☆天気予報』の正確さと信頼性がますます失われていく……!」
がっくりと肩を落とす浅田に、佑が言う。
「何だよ、絶対当たるぞ、って。でもさ、何だっけ、えーと……絶対伝えるぞ伝奇? に追加できるようにはなったじゃん」
「お、おお、そうだな! ではうちに行こう。玉依姫様は泳げますかな?」
「うー、ちょっと疲れてるから、無理かも」
そんなこんなで、身長百五十センチほどの龍を背中に背負った佑と、佑の自転車を押す浅田がともに田舎道を歩くというおかしな構図が出来上がった。
「背中に乗って運んでもらうというのは楽しいのだな」
「楽しいですか、それはよかった。おまえ、玉依姫様を落としたりするんじゃないぞ」
「だーいじょぶだって。ところでじいさん、名前は?」
「わしの名前は浅田だ。浅田
「浅田の家楽しみ!」
二人と一柱は、あははと笑う。黒い雲はしまえない。だが、それを吹き飛ばすくらいに明るい表情が道を行くのを、「別に雨でもいいんだけど」と言いたげな田んぼの水鳥たちが無表情で眺める。
「うちの裏で採れたキノコを使って料理を振る舞いますぞ」
「いいね! でも肉もほしい!」
「おまえには言っとらん! いいからそのスポークをしまえ!」
「あ、これもしまえないんよ」
「嘘つけ、自転車から取り出してただろ」
「佑、それでまたかゆいところ掻いてー」
「おお、いいとも。気に入ったんだな」
「玉依姫様を傷付けないなら、まあいいがな」
また二人と一柱は、あははと笑う。笑うが、浅田は考えていた。「熊の急所ってどこだ……?」と。
「俺が熊退治してる間は大人しくしてるんだぞー?」
「はぁい」
玉依姫様が楽しいならいいか、市への申請も急ぐ必要はないかもしれない、などと考え直し、浅田は自転車のハンドルを持つ手の力を少しだけ緩める。
「あ、でも料理まずかったら災害起こしちゃうかも」
「あっ、えっ、あっ、はい……がんばります……」
浅田の自転車のハンドルを持つ手に、再び力が込められた。
祠壊したら災害起こす 祐里 @yukie_miumiu
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